サイト開設当初から 考え方の変化 1



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 このサイトを開設した当時と、今の私の中で考えが変わったことについて、シリーズでお送りしていこうと思います。予定では五回くらいに分けて書こうかと思っています。今の状況ですから多くは望みませんが、連載を続けるのに、一回につき最低3コメントは欲しいかなと思っています。3コメント以下になったら、そこで静かに打ち切らせてもらおうと思います。ご協力のほどお願いします。

 8月に、警備員時代の私小説を読み返したのですが、当時の自分とは、だいぶ考え方が変わったなと感じました。

 変に悲観しなくなった。自分に蓋をしなくなった。無駄なところで劣等感を抱かなくなった。社会で上を目指すにおいて、無駄な思考の切り捨てができてきたと思います。

 このサイトを立ち上げた当初の私は、社会というものを激しく憎み、反社会的ということを運営のテーマに掲げ、自分の書くエネルギーの一つにしていました。

 26歳。今からまともな企業に就職を目指すには、ちょっと厳しい年齢。野口のようなけったいな頭としょぼくれた顔をした女に、ただフラれるだけではなく散々コケにされ、「お前にはまともな容姿の女と恋愛するのは不可能である」と言われているも同然の仕打ちを受け、人としての喜びを否定された。仕事といえばしょうもない非正規の派遣労働しかなく、そこですら、自己愛性人格障害者に付きまとわれ、精神的に大きなダメージを受け、長くは続かない。

 こっちだって最低限の努力はしているはずなのに、「健康で文化的な最低限度の生活」を送るだけの収入も得られず、「健康で文化的な最低限度の女」すら得られない。

 あの当時の私が社会を憎むのは、まったく正当。逆に、あの境遇で、「全部自己責任だ」とかいって、真面目に頑張る方がどうかしていると思います(そっちの方が圧倒的大多数だったとしても)。

 あれから、様々な状況の変化がありました。

 26歳。まだ、新しいことを始めるのに、遅すぎない年齢。これまで、必ずしも真剣に取り組んではいなかった小説を、本気で自分の生業にすべく活動を始めた。何度もくじけそうになりながらも3年間サイトの運営を続け、固定の読者さんも付いた。文学賞の方でも選考を通るようになってきた。少しサイトの運営に依存し過ぎた面もありますが、じっくりと下積みができたことで、自分のスタイルというものを確立でき、「量産体制」に入る準備ができた。

 私生活では、私も妻を持つ身となり、家族との関係も改善。仕事は相変わらず非正規の派遣労働しかありませんが、警備員時代のように病んだりするようなこともなく、うまくやっていると思います。

 まだまだ、不満を述べてもいい立場であるとは思います。こんなところで満足するのは、偉い人間でもなんでもなく、ただ単に志が低いだけの人間です。ここは私のゴールではない。こんなところで「あーよかったな、と納得しろ」という人の意見には、一切耳を傾ける必要はない。

 ただ、客観的冷静に見て、明らかに、小学校や秋葉原に突っ込むような位置にはいない。「健康で文化的な最低限度の」生活を送れている以上、社会を恨んだり、ねだったりしているばかりではどうしようもない。これ以上の生活は、自分が努力して掴み取るものである。

 もう、「反社会」というのは、人生のテーマから外してもいいのではないか。最近はそのように考えています。

 社会批判をやめるということではない。社会の方がおかしなところもいっぱいあるのは紛れもない事実であり、すべて自己責任で片付けられるのはもってのほかである。ただ、スタンスを変えてみる。これからは、社会に対して反逆を考えるのではなく、より良い社会を目指す社会の構成員として、社会の平和と発展を願って、意見を唱えていくということです。そのために、私が過去、社会に復讐を考えるところまで行った経験が役立つこともあるはずだ。

 最近になって突然、そう思ったわけではなく、まだサイトの定期更新を行っていた一年半ほど前から、段々このように考え方は変わってきていたのですが、決定的となったのは、「偽善の国のアリス」を書いたことで、もう自分は正社員の地位を望んでいないという意思確認が、はっきりとできたことです。正社員になるつもりもなく、正社員を羨ましいとも思わない以上、非正規の派遣である自分の立場を呪うのもおかしな話である。

 非正規の派遣でいまだにシンドイ思いをしているならともかく、折茂のような異常者に付きまとわれたりもしておらず、人を人とも扱わないような馬鹿大集合の職場からは逃げることも覚え、そこそこに働ける職場を見極める目もできて、今はそれなりにやっているのだから、それはそれでいいではないか。もちろん、これで一生終わるというのではいけませんが、必ずやより良い生活を手に入れると決意して活動しているのだから、今はそこに劣等感を抱く必要はない。

 結果論にすぎないとはいえ、ある意味、「宿敵」神山や金澤のお陰といえなくもない点で、「偽善の国のアリス」を書き上げた、今のところ唯一の、実利的な意味といえるかもしれません。もっとも、社会に対する復讐心は消えても、神山や金澤に対する個人的な復讐心が消えたわけではないのですが・・・。

 そして、このことをわざわざ記事に書こうと思った直接のキッカケは、先日、連休中に実家に戻った際、電車の中でノートパソコンを忘れ、それが無事に、自分の手元に戻ってくるという出来事があったからです。

 こういうのは、日本社会の大きな美点だと思います。日本人にはそれが当たり前だと思っている人もいますが、ほかの国では、まずこれは考えられない。パソコンにはパスワードが設定されており、何も知らない他人が拾ってもうまく利用できるものでもないですが、とりあえず持って帰るというのが、日本に訪れたことのない外国人の思考です。

 パソコンの中には、私の小説のデータも入っていました。そんな大切なものを、電車の網棚に上げておくなというのは正論なのですが、パソコンを電車で実家にまで持って帰ろうと思ったのは、私が実家でも執筆活動を頑張ろうと努力しようとしていたからです。これがなくなるのは、私の努力が否定されるのと同じことである・・・。まったくの自業自得ながら、私が社会を再び恨むキッカケにも成りえた出来事でした。

 あまりオカルト的に考えるのは好きではないのですが、「社会が自分の活動を後押ししてくれている。明らかに、自分は社会から拒絶されていない」。パソコンが戻ってきた瞬間、私がそう感じたのは事実でした。

 第一回はここで終わります。連載の継続望まれる方いらっしゃいましたら最低3コメントご協力お願いします。
 
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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