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175話 挿絵

さしえ

 稚拙な絵ですがとりあえず戦場の様子はこんな感じです
 グーグルマップ見た方がわかりやすいかも

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第175話

セブンスターをゆっくりと灰にしながら、宅間は今回の戦場である「あやめ橋交差点」へと、敵軍を誘導する。

 宅間達自身があやめ橋交差点を通過し、交差点の名の由来であるあやめ橋に到達したころ、麻原のオッサンからのワンコールが入った。戦場到着の合図。今まさにあやめ橋交差点に到達した角田、闇サイト、コリアン連合軍の背後から、バドラの所有するファミリーワゴンが現れた。

 ワゴンから、造田博、小田島鐡男の二人が降りてくる。さらに、都道11号線の蒲田駅側からは、バドラの勝田清孝、菊池正の二人、反対の京急蒲田駅側からは、大道寺将司、小平義男、丸山博文の三人が姿を現す。

 ワゴンに乗って現れたグループをA班とするなら、蒲田駅側から現れたグループはB班、京急蒲田駅側から現れたグループはC班、そして宅間たち三人をD班とする。この四班で角田連合軍を取り囲んで逃げ場をなくし、一気に叩き潰す。それが宅間が即席で考え、麻原のオッサンに、金川真大のメールで伝えた作戦であった。

 バドラの連中は、例の「秘密基地」に、城番として正田昭を残し、九人が出陣している。バドラ、宅間連合軍の十二に対し、角田、闇サイト、コリアン連合軍の十。そのうち、女の吉田純子はおそらく全体の目付け役として戦地に赴いているだけで、戦闘には参加しないだろうから、実際の戦力差は十二対九。人数の上でも、配置の上でも、こちらが有利の体制だ。

 宅間達が横断歩道を渡ったとき、ようやく信号の前まで来た敵が何かを感じたのか、歩みを止めた。しかし、もう遅い。もはや角田連合軍は、四方をバドラと宅間軍に囲まれた、袋のネズミである。

 狭まる包囲の輪を見て、敵軍が動いた。敵は、9人の集団を分割し、A,B,Cの各班に向かって攻めかかったのである。

 宅間が憂慮していた一つの事態は避けられた。それは、敵軍が一か八か、麻原のオッサンがいるワゴンの方へ、全軍を投入して攻めかかることである。戦力の一極集中の原則からいけば十分あり得る展開であったが、敵軍はそれよりも、前後から挟み撃ちにされる事態を恐れたらしい。

 ワゴンに麻原のオッサンが乗っているとわかれば事態は違っただろうが、スモークフィルムが貼られた窓ガラスからは、車内にいる麻原のオッサンは視認できない。敵軍は、己らが総大将の角田の婆が戦場に出てこなかったのをいいことに、こちらも麻原のオッサンが家で寝ていると思い込んでおるようだ。

 ともかく、敵は軍を分割する手を選んだ。A班に向かったのがコリアントリオ、B班に向かったのが闇サイトトリオ、C班に向かったのが、角田軍の連中である。最強の男、永山則夫をA班にぶつけなかったことからも、敵軍が麻原のオッサンが戦場に赴いていることに気が付いていないのがわかる。

 最大の戦力を持つ我がD班と真正面からぶつかろうとしなかったのは懸命な判断のようだが、奴らはわかっていない。我がD班が、A班、B班、C班、どの班に援護に回っても、戦力の均衡は著しく崩れるのである。宅間が援護に向かった班が、対峙する敵軍のグループを壊滅させれば、すぐさま別の班の援護へと向かい、そこでまた戦力の不均衡が発生する。敵が全滅するまで、それが繰り返される。

 敵軍を蒲田駅周辺の然るべき場所まで誘導するにあたっては、二通りのパターンが考えられた。一本道で前後から挟み撃ちにするパターンと、交差点で四方から包囲するパターンである。特に根拠はなく、宅間独特の動物的勘により後者を選んだわけだが、どうやら正解だったようだ。

「手始めに、一番近いところにおる闇サイトの奴らからや。チャッチャと済ますぞ」

 宅間が、蒲田駅側から現れたB班の援護に回ろうと走り出した瞬間、信じられないことが起こった。麻原のオッサンが、ボディーガード兼運転手の関光彦を伴い、ワゴン車から降りてきたのである。

 あのアホは、何を考えておる?車の中に隠れて、高みの見物を決め込んでおればいいものを、なぜわざわざ、危険に身を晒す?あんな不細工な体で殺し合いなどできるはずもないのに、何を考えて出てきたのか?宅間にはまったく、わけがわからなかった。

 大声を出すわけにもいかない。まだ、敵が全員、麻原のオッサンに気が付いているわけでもないのである。とにかく、宅間が今せねばならないのは、速やかに麻原のオッサンと同じ島に移ることだ。島というのは、交差点を中心とした、北西、北東、南西、南東の歩道のことで、それぞれを、米屋のある北西が1の島、レンタカー屋がある北東が2の島、便所がある南西が3の島、駐車場がある南東が4の島とする。

 現在の配置は、麻原のオッサンがいるA班が1の島信号機付近、蒲田駅側から到着したB班が3の島西側、京急蒲田駅側から到着したC班が4の島信号機付近、そして我がD班が、3の島南側に位置している、という状況である。

 もともとは3の島信号機付近にいた敵軍は、今、それぞれの敵と相対しに、各島へと散っている最中である。避けなくてはならないのは、麻原のオッサンがいる3の島に、敵軍が殺到してしまう事態だった。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第174話

 昨晩、「夜原なおき」の名で詩人として活動している麻原の元に、一通のファンレターが届いた。

 ――夜原先生、こんにちは。突然ですが、私は現在、病魔に体を蝕まれています。毎日、大事なところが痛くて、苦しくて・・このままでは、余命いくばくもないかもしれません。闘病生活の中、夜原先生の「おじおち」だけが心の支えです。これからも、素晴らしい作品を世の中に発表し続けてください。
 
 差出人の名は、今田夕子という、26歳の女性である。彼女は「おじおち」ファンの中でも最も熱心なファンで、届いたファンレターは、今まで10通を超える。

 その彼女が、病気で余命いくばくもないというのは、初めて知った。大事なところが痛いということから、病名は乳がんか子宮がんと推測されるが、過酷な闘病生活を送る彼女を是非とも勇気づけてやらねばと、麻原の心は使命感に燃えていた。

 しかし、使命感に燃えたとて、直ちに創作のアイデアが浮かぶわけではない。そこで麻原は、彼女に初めて、ファンレターの返事を書くことにした。

 ――今田夕子ちゃん、こんにちは。夜原のおじさんだよ。おじさんも夕子ちゃんのこと、応援してるからね。詩とは関係ないけど、実は今度、おじさんは生死をかけた大勝負に臨むんだ。その戦いでおじさんが勝ったら、夕子ちゃんの病気も治るはずさ。だからおじさん、絶対に勝つことを約束するよ。

 生死をかけた大勝負――言うまでもなく、角田、闇サイト、コリアン連合軍との一大決戦のことだが、本文中の勝つとは、戦争に勝利することを意味するわけではない。戦争に負けたら、麻原の命までも脅かされるのだから、絶対に勝たなければならない。そんな当たり前のことを、わざわざファンとの約束にしても仕方がない。

 麻原が勝つといっているのは、自分の尿意に打ち勝つということである。その昔、野球の神様ベーブ・ルースが、病弱の子供に次の試合でホームランを打つことを約束し、実際に打って子供を勇気づけたエピソードにちなんで、今度の角田軍との戦いにおいて、麻原がおもらしを我慢することで、今田夕子ちゃんを勇気づけようと思ったのである。

 これは、麻原の自分自身との戦い――なればこそ、絶対に負けるわけにはいかない。宗教の修行とは、突き詰めれば自分自身との戦いである。史上最大の宗教団体を作ろうとしている麻原にとって、躓きは絶対に許されない。

 そしてバドラ本部の電話が、高らかと鳴り響く。電話に出た勝田清孝が、話ながら、麻原の方を向いてうなずく。宅間守から、敵軍の襲撃を受けたとの連絡――。いよいよ、決戦の火ぶたが切っておとされたのである。

「よし!お前たち、出撃するぞ」

 応援してくれる今田夕子ちゃんのために――何がなんでも、おもらしはしない。自分を追い込むために、おむつははかない。麻原は、この日のために密かに買い込んだ「ムーニーマン」が眠る戸棚に未練たっぷりの視線を送りながら、信徒たちとともにバドラ本部を後にした。

               ☆      ☆      ☆     ☆     ☆

「そういうことやから・・・できるだけはよ来いよ。ほな、切るぞ」

 宅間守は、配下の二名とともに、大田区の町内を歩いていた。怨敵、角田軍と対峙しながらの練り歩きである。

 バドラの正田昭から提示された作戦――次回、敵から襲撃を受けた際は、相手を引きつけながら速やかにバドラに連絡し、到着まで時間を稼ぐ。大ざっぱにいえばそういうことであったが、大ざっぱにも程があるというものである。

 古来より、戦闘において時間稼ぎにもっとも有効な戦術といえば籠城である。宅間もはじめそれを考え、ホテルをチェックアウトしたと見せかけて、敵軍の襲撃を受けるやいなやとんぼ返りして、予め連泊の予約をとっていたホテルの自室に籠る――という考えでいたのだが、そうすると敵軍は、深追いせず撤退してしまうのである。

 小さな意味ではなく、大きな意味での時間稼ぎというなら、このまま引きこもっていればいいのかもしれない。そうすれば、角田の婆と決着をつける機会は先送りされ続ける。だが、あいにく、こちらにはこのまま引きこもり生活を続ける資金力がない。遊びにいけないストレスも溜っている。そうこうしているうちに角田の婆はより大きな力をつけ、城に籠っていようがなんだろうがお構いなしに潰しに来るかもしれない。

 やはり、イチかバチか打って出て、野外で決着をつける必要があった。そこで宅間が考えたのが、大田区の蒲田駅周辺を縦横無尽に走り回り、自分たちで疲弊させた相手を、バドラに叩かせるという作戦である。土地勘のある本拠地の大田区ならば捕まることはないし、相手の思わぬ奇襲を受けるリスクも少ない。この作戦はうまくいくであろう、と思っていたのだが・・。

 角田軍は、予想に反した動きを見せた。逃げる宅間達を必死で追おうとはせず、一定の距離を保ちながら、不気味ににじり寄ってくるだけなのである。川中島の上杉謙信よろしく、敵の別働隊が合流するまでにケリをつけようと、全力で攻めてくると考えていたのだが、完全にあてが外れた形となった。

 吉田純子、永山則夫、藤井政安、向井義己。金嬉老、イチヌ、孫斗八。堀慶末、神田司、川岸健治。敵軍は、角田の婆さんを除く全員いる。盟主である重信房子、永田洋子とのラインと角田の婆さんとは、強い信頼関係にはないという話が本当ならば、別働隊が控えていたとしても大した人数ではなかろう。

「くらぁ、なにビビッとんや腰抜けどもが!かかってこい、三十秒で皆殺しにしたる!」

 宅間の挑発にも、敵は顔色一つ変えない。

 確信。敵はこちらの作戦を看破している。にらみ合いを続けたまま、無理には争わない方針のようだ。こんなときこそ役に立つはずの金川真大の弓矢は、今ここにはない。追いかけっこに不利になるからと、大きな武器は置いてきてしまったのだ。

 こちらの思惑とは違う展開となったが、動じることはない。ようは、敵が数的有利を頼みにしなかった、それだけの話。がっぷり四つ、組み合うつもりでいるなら、それに応じてやればいい。

 襲ってこないのなら、こちらは運動前の一服をくゆらせてもらうとしよう。宅間はポケットから、セブンスターのパッケージを取り出した。

「おい、宅間。蒲田駅周辺についたぞ。今どこにいる?」

 麻原のオッサンからの着信。頼もしい援軍の到着である。

「・・・あやめ橋交差点に来いや。そこで決着をつけたる」

 宅間は紫煙とともに、低い声を送話口に送り込んだ。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第173話

 最後の攻防に備えて、全神経を集中させる。頼りない視覚を、聴覚を、限界まで研ぎ澄まし、永山の動きをうかがう。気配が変わったのを察知したのだろうか。永山は攻めてくるのをやめ、様子見に入ったようだった。

 1分・・・2分・・・こう着状態が続く。両者とも、相手の実力を十分に知っているからこそ、迂闊に動けない状況。ギャラリーは一言も発さず、固唾をのんで戦いの行方を見守っている。彼らに騒がれ、音の情報を寸断されていたら厄介であったが、その心配はなかった。ギャラリーの賑やかしも許さない緊張感。実際に戦っている俺が感じているそれは彼らの比ではなく、喉がひりついて仕方がなかった。

 が――。時間が経過するにつれて、状況が変わってくる。ようやく俺の目も暗さに慣れ、闇に紛れていた永山の姿が見えるようになったのである。俺が隠れる電子オルガンから三メートル前方のタンスの裏。暗闇から獲物を狙うヒョウのような永山の姿が、はっきりと確認できた。

 これで条件は五分と五分。ならば、停電前同様に、こちらから攻めるまで。俺はオルガンの裏から飛び出し、永山に向かってダッシュした。

「待て、降参だ」

 警棒を捨て、両手を上げる永山。大将戦は、ギブアップという形で幕を閉じた。

 これで全試合が終了。結果は5戦5勝で、永田チームの完全勝利となった。

「おかげ様で、今日はええ訓練ができたよ。また機会があれば、よろしく頼むよ」

 照明が復旧した倉庫内。角田の婆さんが、口惜しさも見せないサバサバした表情で礼を述べる。もともと盟主の立場ではない婆さんには、負けたからといって失うものはない。

「今は・・・21時か。まだ、夜は長いね。折角足を運んでくれたんや。場所を変えて、もてなさせとくれよ」

 婆さんの策謀は、まだ続いていた。酒を飲ませて油断させ、重要な情報を引き出させる・・。松永さんもよく使った、サイコパス殺人者の常套手段である。

「申し訳ないが、それは・・・」

「ええやないか。客人に馳走もせず帰したんじゃ、私の顔も立たないよ」

 永田のおばさんが固辞するのを引き留めようとする婆さん。負けて失うものはないといっても、婆さんの方もリスクを冒して「敵」を懐に呼び込んだのに、何も得るものもないままでは終われないということだろう。

「じゃあ、こうしませんか」

 妥協案を持ち込んだのは、松村恭造くんであった。一緒に酒を飲むのはいいが、人数を絞ろうというのである。

「俺らからは、俺と加藤くん。そっちからは・・・永山くんと、イくんをお借りできれば」

 復帰年齢10代、20代の若い面子での飲み会ということだ。角田の婆さんはこれに一瞬、渋い表情を見せたが、自分から言い出した手前もあり、結局は承諾してくれた。

「そいじゃ、私は先にアジトへ戻ってるからね」

 意を含んだ視線で永山を見て、婆さんは倉庫を出ていった。

「さて・・・場所だけど、どうする?うちの店まで来てもらうか?」

「いや・・・わざわざ足を運ばせるのも悪いよ。やめとこう」

 松村くんの提案に、俺は異を唱えた。理由は距離の問題だけではなく、もし歌舞伎町まで永山とイを連れていってしまえば、間違いなく松永さんが絡んできてしまうことを考えたからだ。せっかく婆さんが大人しく帰ってくれたのに、こっちが松永さんを出してしまったのでは、さすがに婆さんに申し訳ない。

「じゃあ、どうするよ」

「ここで飲もう。たまには店じゃなくて、床にあぐらをかいて飲むのも悪くないだろ。一応、未成年だっていることだしな」

 俺の提案は皆に受け入れられ、飲み会の場所は倉庫と決まった。近所のスーパーで買い込んだ酒、つまみ類を四人で囲み、ボーイズトークに花を咲かせる。

「永山、たけしと同じ店で働いてたってマジなの?」

「ああ。当時は、あれほどの有名人になるなんて思いもしなかったから、あまり印象には残ってないけどね」

「でも、すごいですよね。小学校低学年レベルの学力しかない状態から獄中で勉強して、文学賞を受賞するレベルの作品を書き上げたんだから。読書好きの僕も永山さんの作品を拝見しましたが、中々に読ませる文章でした」

「そんな大げさなもんじゃないよ・・・。死刑囚ってことで、話題性も込みの受賞だったには違いないし。まあ、でも、これでバドラの正田昭との一騎打ちが実現すれば、作家対決ってことになるな」

 永山と松村くん、イの会話であるが、これを聞いて、合同トレーニングに赴く以前に永山則夫の資料を熟読していた俺は驚きを覚える。網走番外地の出身だったことをネタに、同僚から網走刑務所で生まれたとからかわれたのを真に受けて仕事を辞めてしまうほど柔軟性がなく、愛情に恵まれない幼少期を送ったことから自己愛性人格障害に陥ってしまった永山が、冗談を飛ばし、謙遜を覚えている。これは、類まれなコミュニケーション能力で、数多の人を洗脳の毒牙にかけてきた、角田の婆さんと出会ったことが大きいのだろうか。

「しかし、永山もよくあの妖怪婆について行ってるよなあ。あれで実年齢ではうちの大将より若いんだから、もう何がなんだか」

「あの人を悪く言うなよ・・。あの人は、寂しい人なんだ」

 角田の婆さんを揶揄する松村くんを咎める永山の口調からは、婆さんに対する深い敬愛がうかがえる。実年齢では、永山も婆さんと同世代。あまり想像したくはないが、「そういうこと」もあるのだろうか。

「しかし、野郎ばっかの飲みってのもあれだな・・。Nでも呼んでみるか?」

 松村くんが、俺の方を向く。襲いくる動揺を悟られないようにする。

「いいよ・・。仕事でいつも女を扱ってるんだ。自分が飲むときくらい、視界から色は排除したい」

 自分でも苦笑してしまう逃げ口上。本当は、Nへの未練を断ち切りたかっただけ。

 俺とNは、もう敵同士なのである。お互いに命を狙いあう関係。個人的な思い入れを持ち込んだら、俺が殺されてしまう。

 Nは俺に恩義は感じていたとしても、好意はもっていない。もしかしたら、艶福家として名高い八木と・・・なんてこともあるかもしれない。

 今、俺がNに関して望んでいるのは、彼女が他の誰かに殺されてしまうこと。単純な話で、Nがこの世から消えてしまえば、すべての悩みわずらいから解放されるのだ。自分が好意をもった相手だからといって、その人の幸せを無条件に望むなど、偽善的な感情は持ち合わせていない。俺が関わらない幸せなどは、むしろ呪わしく、ぶち壊したいものだ。好きだけど、手に入らない。そんなものは、消え去ってくれたほうがいい。

「もう日付が変わってしまったか・・。夜更かしはコンディションに響く。ここらでお開きにしようか」

 俺たちは後片付けをし、それぞれ帰路につく準備を始める。角田の婆さんが望む情報を提供できたかわからないが、久方ぶりに同世代と楽しい話ができて、俺としては有意義な時間だった。

「永山。宅間守は手ごわいぞ」

「知っているよ。今度こそはケリをつける」

 死地に赴く「戦友」と握手を交わし、俺は松村くんとタクシーに乗り込んだ。

凶悪犯罪者バトルロイヤル 第172話

 迎えた5×5対抗試合、大将戦。ともにラインいっぱいに開始線を定めた俺と永山は、タンス、ソファ、デスクなど、無数の障害物を隔てて対峙する。

 永山は、こちらに銃口を向けたまま微動だにしない。エアガンに込められた24個の弾を、無駄には消費しない考えのようだ。膠着状態が一分、二分と続き、立ち上がりは静かな展開となった。

「おいおい、どうしたどうした。お見合いやってちゃ、勝負にならんぞ!」

「大将戦が引き分け決着じゃ、恰好つかねえぞ!」

 無責任なギャラリーたちが、口々に野次を飛ばす。気にしてはならない。これはプロ格闘技の試合ではない。生き残るための戦いである。他人に言われて生きるわけではなく、俺は自分の意志で生き、この戦いに臨んでいるのである。俺の命などどうでもいいと思っている奴らの野次などに、心を惑わされてはならない。

 間合いを詰めるタイミングを伺う。気をつけなくてはいけないのは、エアガン連打で怯ませてからの突撃。それを防ぐため一番有効な戦術は、自分から攻めていくことである。間合いをゼロにさえしてしまえば、所詮は牽制にしか使えないエアガンは無力化する。打ち合いにさえ巻き込んでしまえば、あとは五分の勝負である――。

 試合開始から4分が過ぎたところで、永山のエアガンから一発の銃弾が放たれた。弾が掠めた首筋を、暖かい液体が流れる。改造し、規定の数値いっぱいまで破壊力を引き上げた18禁エアガンは、片面ならアルミ缶を貫く威力を発揮する。

 しかし、牽制専用の殺傷能力に欠ける武器という俺の認識は変わらない。永山は、膠着状態のプレッシャーに負けた。精神的に疲弊した状態である。そう判断した俺は、障害物を縫うようにして、一気に間合いを詰めた。走りながら何度となく被弾したが、気にしない。厚手の戦闘服の上からであれば、ダメージは抑えられる。この痛みは、一度味わったことのある痛み。予想できる痛みは、歯を食いしばれば耐えられる。

俺の勢いが止まらないのを見て、永山も前に出てくる。ルールでは、場外エスケープはその時点で失格負けである。端っこに引っ込んだままでは分が悪いと判断したのだろう。

 お互いが手の届く間合いに入った。一発で勝負を決める。渾身の力で打ち込んだ一撃は、わずかに永山の肩を掠めたのみ。永山は打ち終わりを狙って攻撃を仕掛けてくる。ゲームのようにターン制ならば、ここで俺が取るべき行動は防御になるのだろう。しかし、俺はお構いなしに、二発目を繰り出した。後出しで放った俺の警棒は、永山の警棒よりも早く、相手に到達した。

「・・・!!」

 脇腹を打たれて怯む永山は、たまらずエスケープを図る。逃してなるものか。俺は三発目の攻撃である、ボディへの突きを繰り出す。これは失敗であった。警棒は一応ヒットしたが、逃げようとしている相手と同じ方向に出した打撃は、衝撃がかなり逃げてしまい、大したダメージにはならない。永山は悠々と距離を取り、仕切り直しとなった。

 永山を仕留めることはできなかった――が、俺は今の攻防に、確かな手ごたえを感じていた。どうやら、純粋な白兵戦においては、俺に分があるようである。このまま前に出て、プレッシャーをかけ続ける。それで間違いない。あとは単純ミスにさえ気を付ければ、勝利は確実である――。

 自信を持った矢先の出来事だった。突然、倉庫の証明が落ち、景色が暗転した。

「なんだっ、停電か?」

「おいおいおい~、どうなってんだ?」

 偶然のアクシデントか、だれかが仕組んだ罠なのか。大騒ぎするもの、外へと逃げ出そうとするもの・・・倉庫内は大パニックに陥り、収拾がつかなくなってしまった。

「お前ら、黙らんかい!まだ試合は途中やで!!!」

 倉庫内の騒ぎを収めたのは、角田の婆さんが落とした雷のような一喝だった。凄みのあるその声音の迫力で、一同は一瞬で落ち着きを取り戻したのである。有無を言わさぬカリスマ性。傘下の軍を合わせれば、11名からの人間を従えるだけのことはある。

「政。ブレーカーを見てきな」

 角田の婆さんが、藤井政安に照明を復旧させるよう命じる。それまで試合は中断ということになりそうだったが、俺には別の考えがあった。

「いや、このまま続けさせてください。永山、お前も同じ考えだよな?」

 明るい場所で戦えば、俺の勝利は九分九厘間違いないのである。ならば、あれ以上続ける意味は薄い。せっかくの合同トレーニングの機会なのだから、色々なシチュエーションを試したかった。

「・・・戦場では、あらゆるアクシデントを想定しなければならない。続行でお願いします」

 選手双方、合致した意見を受けて、試合は残り11分から再開される。暗転した倉庫内、攻めるにも守るにも、まずは暗さに目を慣らさなくてはいけない。俺はしばらく動かず、じっとタンスの裏に身を潜めていたのだが・・。

 警棒が木材を打つ音――。足音ひとつ立てずに近寄ってきた永山が、攻撃を仕掛けてきたのである。目の前に立たれるまで、まったく気が付かなった。

 俺はまた、今度はデスクの裏に身を隠したのだが、そこでも同じことが繰り返された。まさか、幼いころ電気もない極貧の家庭で育ったことが原因ではないだろうが、永山は俺よりも早く、この暗さに目が慣れてしまったようだった。

 停電前とは打って変わって、今度は俺が劣勢を強いられる展開となった。どれだけ警棒を振るのが上手かろうとも、的が見えていないのではどうしようもない。どうする?どうする?どうする?頭を振り絞り、積み重ねた経験から、最善の手段を導き出す。

 結論――。この状況を乗り切る唯一の手段は、カウンターの一撃。永山を敢えて懐へと呼び込み、攻撃をかわして、こちらの攻撃を叩き込む。1メートル先の光景も定かではないこの状況で永山に勝つには、それしかない。

 大将戦もいよいよ大詰め――。最後の攻防が、始まろうとしていた。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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