凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十七話

 
 市橋達也は、小池俊一とともに、上野公園のホームレス村を訪れていた。この集落は、全国のホームレス村の中でも、もっとも上下関係が厳しいらしいのだが、ホームレス界の情報に疎い僕たちはそんなことは知らず、単純に規模だけを見て、大きいなら大きいだけ住み心地がよかろうと判断し、入り込んでしまったのだ。

 新入りに冷たいと言われるこの集落で僕たちが歓迎されたのは、手土産が上等なものだったからだ。小池さんが持ってきた「獺祭」が、ホームレスの親分、元ヤクザのヤナイのハートをがっちりと掴んだのだ。空き瓶を酒場の裏から拾ってきただけで、中身は、スーパーで880円で買った「のものも」だとも知らずに、ヤナイは旨そうに全てを一人で飲み、僕たちをいきなり中堅クラスの待遇で迎えてくれた。

 イメージと違い、ホームレスたちは意外と小奇麗な身なりをしており、パッと見は、普通の勤め人や求職者と大差はなかった。幹部クラスになると、スーツなんかを揃えている人もいる。30代の若いホームレスで、コスプレの衣装なんかを持っていた人もいたから驚いた。

 仕事も、空き缶拾いなんかで生計を立てている人もいないではないが、半分は、雑誌などの売り子やサンドイッチマン、違法薬物の運び屋などで、一日あたり数千円からの収入があり、結構リッチな生活を送っていた。上野公園のような大規模集落に所属するメリットは、まさにそこにある。おいしい仕事を回してもらえる可能性が高いのだ。

 ここに来てから、小池さんは雑誌の売り子、若い僕は肉体労働で生計を立てていた。ヤナイが懇意にしている建築会社の現場に派遣され、一日4500円の給料で働くのだ。相場の半値の給料だが、僕の境遇に同情した建築会社の社員が食事をおごってくれたり、日用品や衣服、缶詰などを買ってくれたりするので、給料以上の収入があった。

 結構平和にやっていたのだが、一週間目の夜、事件が起きた。ヤナイの妻、レイコが、他の男に抱かれたとか抱かれないとかいう騒ぎが起きたのだ。

 数は少ないが、女性のホームレスはいる。彼女たちは女を武器に、力を持ったホームレスに身体を捧げることで生きている。信じられない話だが、70歳を超えた老女でも、ホームレスの世界では、高い需要があるのだ。50代なら引く手数多、40代なんてことになったら、もうマドンナ扱いである。

 ただ、若ければ若いだけ問題もある。妊娠の可能性があるということだ。中世以前において、女性の死亡原因のトップは出産だった。医療機器もなく衛生状態も悪く、その上高齢なホームレスの女たちの出産は、まさに死の危険と隣り合わせである。命を産み出すカウントダウンと同時に、死のカウントダウンが始まっているのだ。

 そんな状態にあるレイコを、ヤナイは金属バットで打ちすえていた。レイコは41歳。どこでどう道を間違えたのか知らないが、彼女は水商売でも成功しそうな美人である。ヤクザの情婦で、不貞を働いたのか、犯罪を起こして逃げているのか。なにか表に出られない、よほどの事情があると察せられた。

「おらあ!吐け!てめえは誰とヤッたんだ!吐け!おらあ!」

 ヤナイの非道な振る舞いを止めようとするものは、誰もいない。元ヤクザの組長のヤナイは、ここでは絶対君主である。基本的にホームレスの世界においては、過去の経歴は「言ったもん勝ち」で、皆それぞれ、好き勝手に身分を名乗っている。所詮は見栄だから、言っていることはコロコロ変わり、昨日は会社経営者だったのが、今日は元オリンピックの代表選手になっていたりなんてこともザラだ。

 ただその中でも、ヤナイの経歴だけは、本当かもしれないと思えた。僕は飯場で沢山のヤクザを見てきたから、「本物」は雰囲気でわかる。ヤナイの押し出しの強さと、獣のような奔放さは、確かに飯場で出会ってきたヤクザたちに酷似している。

 レイコは苦痛に耐えかね、一人のホームレスの名を打ち明けた。スズキ。一見、物腰柔らかな老紳士風で、性格も温和で春風駘蕩といった感じで、下の者にも優しく、ホームレスみんなに慕われている男性だ。

 ヤナイが子分に命じ、狼狽するスズキを自分の前に引っ立てさせた。

「てめえ~、人格者ヅラして、ヤルことヤッてんじゃねえか。俺の女に突っ込むなんざ、いい根性してんな、おお?レイコ、てめえもだ。腹ん中にガキ抱えたまま他の男に突っ込ませるなんざ、とんでもねえ淫乱だ。節操もなく蜜を垂らしまくるてめえのアソコは、塞いじまったほうがいいな」

 ヤナイが、らんらんと光る眼を、スズキとレイコに向けた。

「俺は優しい男だ。てめえらの望みは叶えてやる。ただし、あの世でな」

 ヤナイが子分たちに、レイコとスズキの「処刑」を命じた。20名からの子分たちが、金属バットや角材などで、スズキとレイコを殴りつける。悲鳴をあげさせないように、口に猿ぐつわを噛ませた上で、滅多無尽に殴りつける。

 助けに入ろうとは、思わなかった。僕には、守るべき者がいる。浅はかな正義感で大事な者の命を危険に晒すほど、僕は青くない。それに、ヤナイの恐ろしさを知りながら、いい年をして不貞を働いた彼らは、やはり軽率とも思えた。自業自得とまでいっては酷かもしれないが。

 見て見ぬフリをしていると、子分たちの暴力が、突然止まった。レイコが、産気づいたらしいのだ。

「ううっ・・・うっうっ・・・・」

 悲痛なうめき声が、集落の中にこだまする。ヤナイの子分たちは、凝然として立ち尽くしている。腰を抜かしてへたり込んでしまう者や、嘔吐してしまう者もいた。想像を絶する光景が繰り広げられているのは、見なくてもわかった。

「死体をトランクに詰めろ。いつもの、産廃の山に捨てて来い」

 やがてレイコのうめき声がやむと、ヤナイが子分に命じた。

 あまりの衝撃に、視界がしばらく色を失っていた。まさか、本当に殺してしまうとは思わなかった。

 レイコとスズキの死体がトランクに詰められ、運ばれていく。続いて、レイコの身体から排出されたモノが、新聞紙に包まれて運ばれていく。隙間から、ちらりと中身が見えてしまった。オレンジともピンクともつかない色をした、カエルとも鳥ともつかない物体が、生魚のような臭いを放って、妙な液体を垂らしていた。

 激しく嘔吐した。貴重な食料を、全部小動物のエサにしてしまった。

 テントに戻ると、仲間の一人が、ホームレスの殺人は、ヤクザや不良少年にストレス発散のために殺される事件ばかりが話題になっているが、実際には、ホームレス同士が私怨や物の取り合いで殺し合うケースの方が多いのだということを聞いた。

 人間は、どこまで愚かな生き物なのだろう。これ以上ない弱者に落ちぶれ果てても、まだ同族でいがみ合い、傷つけあい、殺し合っている。みんなで手を取り合って豊かになろうとするのではなく、誰かを蹴落としてプライドを満たすことを優先させている。どこに行っても、どこまで落ちても、それが繰り返される。

「気にしていたらこっちがもたん。さっさと寝るぞ」

 小池さんはそう言って、一足早く寝袋に包まっていった。

 思考のチャンネルを切り替えた。今しがた見た光景を、記憶の中から消し去った。レイコもスズキもお腹の子も、最初からいなかったのだ。そう思うことにした。僕も素人ではない。情に囚われていては、過酷な戦いを生き抜くことはできないことは、わかっている。
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No title

>>1番コメ

いやその件に関しては俺が全面的に悪いのはわかってるよ。
それだけを言ってくれれば素直に謝るのに。
それを言わずに、つまらんとかなんとか、いちいち余計な一言だけを言うから、こっちもムキになっちゃうんじゃん。

つか、君に言われるまでもなく、ほとんどのスレでNG食らってて、もう宣伝できなくなってきてるんだけどね。

やっぱしニコ生やるしかないよなあ。
今月中には始めるから、1番コメちゃんコミュ入ってね!

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No title

>>夜桜さん

大変ですw

いつも詳しく書いていただきありがとうございます。
拘置所、刑務所は個性的な方が沢山いらっしゃいますよね。
「こいつは面白かった!」的な人物エピソードなども頂けると嬉しいです。

面白いっ!
空き瓶に違う酒入れて手土産にするとか、実体験でもあるかのような生々しいリアリティが感じられて読ませるのが巧いと思う。

No title

>>?さん

新規の読者さんですかね?
どうぞよろしくお願いします~。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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