凶悪犯罪者バトルロイヤル 第184話

 
 自由が丘の新しい現場で、午後の作業が始まった。午後イチは一日で最も暑い時間帯である。休み休み行きたいところだが、お客さん相手の商売ではそうは言っていられない。疲れた体に鞭を打って、働かなければならない。僕も音を上げそうだったが、ここで意外なことが起こる。

「おっ。兄ちゃん、気合入ってんじゃねえか」

「はい。ガンガンやりますよ」

 新しい現場に入った途端、シゲユキくんが、人が変わったように働き始めたのである。まさに、突然スイッチが入ったという感じだった。

「シゲユキくん、無理はするなよ」

「ヘーキ、ヘーキ。たっちゃん、これ一緒に運ぼうぜ」

 一体、どういう風の吹き回しなのだろうか。休憩時間中に放たれた、彼の心の叫びとも言うべき言葉とも矛盾する態度に、僕も戸惑いを隠せない。

 関係ない話だが、もう一つ・・。現場の家族の様子が、どこかソワソワしているというか、気まずそうな感じなのが気にかかる。勝手なイメージだが、引っ越しというと、新天地での生活に心躍り、むしろ気分は高揚するように思うのだが、ここの家族からはまったくそうした雰囲気が感じられないのである。

 人それぞれ、色々な事情がある。シゲユキくんにしろ、家族にしろ、余計な心配なのかもしれない。だが、逃亡生活を続ける身の上としては、些細なことが気になって仕方がない。

 周囲に神経を張り巡らせながら仕事を続けていたが、結局最後まで変わったことは起こらず、無事に勤務が終わった。シゲユキくんの頑張りのお蔭で、予定よりも少し早い解放である。

「俺らはこれから産廃の処理に行かないといけないから駅まで送ってやれないけど、大丈夫か?」

「ええ。どうにか歩いていきますから」

「そうか。じゃあ、今日頑張ってくれたから、これ。ジュースでも買ってけよ」

 そういって、社員はシゲユキくんに小銭を渡す。

「朝は厳しいこと言って悪かったな。あまり気にすんなよ。俺らも時間が押してたから偉そうにあんなこと言ったけど、本当はサボりたいんだ。なーに、イタリア人なんかから見りゃ、クソ暑い夏に働いてるだけで、日本人はおかしく見えてるんだから、世界全体で見たら兄ちゃんなんか働き者の方なんだよ。今度、余裕あるときに来てくれたら、休み休みやらしてあげるからよ。じゃあな」

 気持ちのいい笑顔を残して、社員はトラックで去って行った。 

 世の中、無茶を言ってくる人ばかりではない。頑張れば認めてくれるし、話のわかる人もいる。怠け者や無能者といわれる人でも、意外と何とかやれることもある。

 シゲユキくんも、こうした経験から少しづつ自信を取り戻してくれればいいのだが、それはやはり日雇いの派遣では難しいか。一般派遣なら、人材に定着してもらおうと、会社側も色々気を使ってくれる場合が多いが、日雇いの派遣は、条件で揉めようが過酷な仕事でぶっ倒れようが後腐れがない使い捨てのため、どうしてもスタッフの扱いはぞんざいになりがちである。

 シゲユキくんはせめて一般派遣に戻ったほうがいいが、彼はいくつもの派遣会社でお払い箱になった「派遣難民」である。待遇がマシな大手は軒並みアウトになってしまっているし、彼自身、派遣に不信感を持ってしまっている。もしかしたら、ブラックリストのようなものも出回っているかもしれない。現状は中々厳しい。

「あの・・・たっちゃん、昼休み、ごめんな。俺、ちょっとムキになりすぎたよ。どうか嫌いにならないでくれよ」

 シゲユキくんが、今にも泣きだしそうな顔で頭を下げる。これまでの人生において、何度もトラブルで人間関係が壊れることを経験してきた彼は、どん底の状態で新しく得た友人である僕を失うまいと必死である。

「気にしてないよ。さあ、駅へと行こう」

 携帯の地図を見ながら、僕とシゲユキくんは連れ立って歩き始める。

「お、たっちゃん、夏祭りがやってるぞ。ちょっと覗いていこうぜ」

 シゲユキくんに手を引かれ、僕は出店が立ち並ぶ公園に入っていった。

「お面屋があるぞ。あ、顔マンコ怪獣だ。コイツ、宇宙恐竜っていうけど、全然恐竜っぽくないよな」

 シゲユキくんに不名誉な名前で呼ばれるのは、「ウルトラマン」シリーズに登場する怪獣、ゼットンである。

 昨年、国民栄誉賞を受賞したプロ野球の伝説的人物を見るとわかるように、発達障害は人や物に独特の呼び名をつけることがある。発想が自由なのだ。

「夏祭りなんか久々だよ。たっちゃん、ナンパでもしてみようぜ。たっちゃんはイケメンだから、きっと一人くらい持ち帰れるよ」

 僕を立てるシゲユキくんだが、シゲユキくんの容姿だって、なかなかどうして、男前ではないか。彼は今まで女性には縁がなかったそうだが、そんなに焦らなくても、いつかきっと素敵な彼女ができるだろう。しかし、彼は自分の容姿を極端に醜いものと思い込み、激しいコンプレックスを抱いているようである。

 実際は卑下することは何もないのに、思い込みで損をしている人は多い。他人から見れば単なるバカバカしい思い込みでも、本人にとっては確かな実体験の上で作られた考えだから、それは信念に近いものになってしまっている場合が多い。単に言ってあげるだけで直るものではなく、何かしらの根拠が必要だ。僕はいるだけでいいなら、ナンパもいいかもしれない。

「なんだよ、全然だめじゃねーか。ま、いくらたっちゃんがイケメンでも、こんな汗臭くっちゃ無理か。今日のたっちゃん、俺よりくせーぞ。はははは」

 ナンパはことごとく失敗に終わったのに、シゲユキくんは大はしゃぎである。二十歳を越えた大人で、こんなに無邪気な笑顔を浮かべられる人はそうはいない。発達障害は良くも悪くも天真爛漫、感情表現が実に豊かである。

 こんな笑顔を浮かべられるヤツが、どうしてこんなに追い詰められてしまうのだろう。人と同じようにできないことが、そんなにダメなのか?人とちょっと違う考えなのが、そんなにダメなのか?ツイッターの炎上騒ぎなどに象徴されるように、今の社会は、「行儀のよさ」を過剰に求めすぎてはいないか。

「今日は楽しかったよ。じゃ、またな。たっちゃん」

 駅について、僕とシゲユキくんは別れた。人間生きてりゃ、楽しいことだってある。シゲユキくんがそう思ってくれたなら良かったと、安心して床に着いたのだが、真夜中にかかってきた一本の電話で、また不穏な気配が訪れる。

「今、自由が丘にいる。午後に行った現場の家族を、これから殺す」

 シゲユキくんの声は、夏祭りのときとは打って変わった、暗い湿気を帯びていた。
 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

シゲユキくん、遂に爆発か・・・。
しかし、何故午後の部の家族を?午前の部の夫婦なら寧ろわかりやすいけど。
家族のそわそわといい、以前から何らかの繋がりが?
さあ、市橋はシゲユキくんを止める事ができるのか!?

No title

>>NEOさん

 謎は次回明らかとなります・・・!
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR