凶悪犯罪者バトルロイヤル 第183話

 市橋達也は、今日の勤務の待ち合わせ場所である、ファストフード店前に立っていた。

「お。たっちゃん。今日も一緒か」

 集合時間を二分すぎて現れたのは、23歳のシゲユキくんである。日雇い派遣に登録してから二週間ほど、彼とはよく相勤になった。話す機会も増え、今ではお互いにタメ口で呼び合う仲となっている。

「場所がわかりづらくて参ったよ。スポットは毎回現場が違うから厄介だよね。俺なんかパソコンもスマホも持ってないし、いい地図が用意できないからさ」

 ぶつくさと文句を言う彼は、規則で決められたチノパンではなく、ジーパン姿である。

 規則を守らないのは、当然まずいことである。現場で怪我をしたとしても、それが規則を守らなかった結果であった場合、労災が支払われないことも多いのだ。

 取りあえず言われたことを守っておけばいい。こちらがそう考えておけば間違いはないわけだが、規則について満足な説明もしない会社側の姿勢もどうなのだろうか、とは少し思う。ガキではないのだから、一つ一つの規則にちゃんと意味があることがわかれば、誰だって面倒くさくても守るのに、ただ頭ごなしに言われるだけでは、一見意味のわからない規則はバカバカしくて守る気が起きなくなる人がいてもおかしくはない。スタッフを人間ではなく、家畜に近いものとして見ているから教育などはしないということであろうが、労災を死んでも払いたくないという姿勢なら、登録時に5分なり10分なり時間を設けて、一通りの説明くらいはしておくべきではないかと思う。

 やがて引っ越し屋の車がやってきて、僕たちを回収していく。昔は、沢山いる日雇い労働者をトラックの荷台に積んで輸送するといったことも行われていたらしいが、今はさすがにそんなことはない。それぞれ別の車の助手席に乗せられ、僕たちは現場へと向かった。

「水は持っているか。茶よりもスポーツドリンクがいいぞ。塩飴もあるから、いくつか持っていきな」

 連日、熱中症の話題が喧しいこともあり、社員はそれなりに気を使ってくれる。あれだけ騒ぐと、逆に思い込みで症状を悪化させてしまう人もいそうな気もするが、それで助かっている人の数の方が多いには違いないから、どんどん騒ぐべきであろう。確かに近年の暑さは凄まじい。自分の身を守れるのは、最終的には自分自身しかいない。各自、対策はしっかりとらねばならない。

 現場に到着し、仕事が始まった。マンションの四階に、重たい家具などを次々と運び込んでいく。昔は真夏だろうが引っ越し屋がエレベーターなどは使えなかったそうだが、いまどきはそんな残酷なことは言うオーナーもいないという。住人には嫌な顔をされることもあるが、こっちは日に何件も仕事を抱えており、体力を温存しておかなければいけないのだから、気にしてはいられない。

「おい、大丈夫か?しっかりしろ」

 社員に心配されているのは、シゲユキくんである。全身から滝のような汗を流し、足もとはふらつき、いかにも倒れそうに見える彼だが、僕は彼のそんな姿を、冷ややかな目で見ていた。

 荷物は小さい物しか運ばない。ふと見ると、陰に隠れて休憩をとっている。一番若い彼が一番仕事をしていないのに、どうして一番疲れているのだろう。確かに体力は人それぞれには違いないが、僕にはどうも、彼は全力を出し切っていないように思える。

 しかし、やがてシゲユキくんの行状に社員も気づきはじめ、注意を受けることになってしまう。

「君さあ、サボるんだったら帰るか?仕事しない奴には金やりたくねえよ」

 仕事のキツさに応じた金をもらっているとは言い難いし、頑張って仕事をしたところで貰える金は同じなのだから、できるだけサボろうとするのは当たり前なのだが、シゲユキくんの場合はちょっと目に余る。怒られるのは無理もない。

 それから、少し真面目に働くようになった彼だが、何か不満そうな顔をしながら仕事をしていた。社員に怒られたことを気にしているのかと思っていたが、それが違っていたことが、休憩時間に明かとなる。

「ゴキブリでも見るような目で見やがって・・。あの家の夫婦、絶対俺のこと見下してたよな・・・」

 お客の夫婦は、シゲユキくんより少し上くらいの年齢であった。いまどきそのくらいの若さで、家賃8万はするようなマンションに住めるのだから、いい会社に勤めているのだろう。シゲユキくんが僻むのは無理もないかもしれないが、見下していたとは、被害妄想が強すぎるのではないか。

「だからって、サボるのはよくないんじゃないか。あれは怒られるよ。仕事ができなくてもいいけど、せめて頑張ってる姿勢は見せないと」

 別に彼の今後を心配したとかではなく、単純に、話題を繋ぐために、僕はそう言った。

「だって、バカバカしいよ。やってられないよ。あんな仕事、真面目に頑張る方がバカだよ」

 シゲユキくんは、開き直ったように言う。初めて会ったときにはオドオドしていた彼だが、親しくなるにつれ、だんだん本当の顔を僕に見せるようになっていた。

「俺は確かに仕事ができない能無しさ。正式に診断を受けたわけじゃないけど、頭に障害があるんだと思う。だからって、なんで人より頑張らなきゃいけねえんだよ。逆だよ。能無しだから、逆にサボるんだよ。人の何倍も努力して、ようやく人並み。それでやる気が起きるか?人が手を抜いてもできていることを、なんで俺だけが死ぬ気になってやらなきゃいけねえんだよ。努力ってのはゴールに向かってするものなのに、なんで俺だけがスタートラインに立つために努力をしなきゃいけねえんだよ。そんなの不公平だろ」

 こっちもそこまでは言っていないし、おそらく他の誰かに言われたわけでもないだろうが、被害妄想に凝り固まったシゲユキくんには通用しない。僕は黙って彼の話を聞く。

「頭に障害があるけど、私は頑張ってます。健常者様に認められるために、いじましい努力をして、人ができて当たり前のことを自分だけは一生懸命にやっています。健常者どもを喜ばせるためだけに、なんで俺が、そんな偽善テレビ番組でやるようなストーリーを演じなきゃいけないんだ?バカにすんなよ。頑張れとか言いやがって、もし頑張った結果、貧乏まみれの人生から抜け出せず、結婚もできなかったら責任とれんのかよ。障害者だからそれでも我慢しろってか?ふざけんな」

 能力がない人間だからといって、プライドがないとは限らない。若いシゲユキくんのプライドは強烈だが、半端だ。その半端なプライドが、彼が持つ本来の可能性を狭めてしまっている。

 プライドさえ無くなれば少しはマシになるだろうが、それはおそらく無理だろう。彼は自分を卑下してはいるが、自分が好きなのだ。好きな自分を変える気が起こるはずもない。他人から説教などされたら、余計に依怙地になってしまうだけだ。
 
 ADHD。人に理解されない障害を抱えた者には、彼らにしかわからない世界がある。それは健常者が容易に立ち入るべきではない世界だ。健常者の世界についていけないシゲユキくんは、自らの歪んだ世界の中で哲学を作ってしまっている。それは健常者には到底受け入れ難い哲学である。

 犯罪者である僕には、シゲユキくんが犯罪をおかすのは、時間の問題に思えた。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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