凶悪犯罪者バトルロイヤル 第174話

 昨晩、「夜原なおき」の名で詩人として活動している麻原の元に、一通のファンレターが届いた。

 ――夜原先生、こんにちは。突然ですが、私は現在、病魔に体を蝕まれています。毎日、大事なところが痛くて、苦しくて・・このままでは、余命いくばくもないかもしれません。闘病生活の中、夜原先生の「おじおち」だけが心の支えです。これからも、素晴らしい作品を世の中に発表し続けてください。
 
 差出人の名は、今田夕子という、26歳の女性である。彼女は「おじおち」ファンの中でも最も熱心なファンで、届いたファンレターは、今まで10通を超える。

 その彼女が、病気で余命いくばくもないというのは、初めて知った。大事なところが痛いということから、病名は乳がんか子宮がんと推測されるが、過酷な闘病生活を送る彼女を是非とも勇気づけてやらねばと、麻原の心は使命感に燃えていた。

 しかし、使命感に燃えたとて、直ちに創作のアイデアが浮かぶわけではない。そこで麻原は、彼女に初めて、ファンレターの返事を書くことにした。

 ――今田夕子ちゃん、こんにちは。夜原のおじさんだよ。おじさんも夕子ちゃんのこと、応援してるからね。詩とは関係ないけど、実は今度、おじさんは生死をかけた大勝負に臨むんだ。その戦いでおじさんが勝ったら、夕子ちゃんの病気も治るはずさ。だからおじさん、絶対に勝つことを約束するよ。

 生死をかけた大勝負――言うまでもなく、角田、闇サイト、コリアン連合軍との一大決戦のことだが、本文中の勝つとは、戦争に勝利することを意味するわけではない。戦争に負けたら、麻原の命までも脅かされるのだから、絶対に勝たなければならない。そんな当たり前のことを、わざわざファンとの約束にしても仕方がない。

 麻原が勝つといっているのは、自分の尿意に打ち勝つということである。その昔、野球の神様ベーブ・ルースが、病弱の子供に次の試合でホームランを打つことを約束し、実際に打って子供を勇気づけたエピソードにちなんで、今度の角田軍との戦いにおいて、麻原がおもらしを我慢することで、今田夕子ちゃんを勇気づけようと思ったのである。

 これは、麻原の自分自身との戦い――なればこそ、絶対に負けるわけにはいかない。宗教の修行とは、突き詰めれば自分自身との戦いである。史上最大の宗教団体を作ろうとしている麻原にとって、躓きは絶対に許されない。

 そしてバドラ本部の電話が、高らかと鳴り響く。電話に出た勝田清孝が、話ながら、麻原の方を向いてうなずく。宅間守から、敵軍の襲撃を受けたとの連絡――。いよいよ、決戦の火ぶたが切っておとされたのである。

「よし!お前たち、出撃するぞ」

 応援してくれる今田夕子ちゃんのために――何がなんでも、おもらしはしない。自分を追い込むために、おむつははかない。麻原は、この日のために密かに買い込んだ「ムーニーマン」が眠る戸棚に未練たっぷりの視線を送りながら、信徒たちとともにバドラ本部を後にした。

               ☆      ☆      ☆     ☆     ☆

「そういうことやから・・・できるだけはよ来いよ。ほな、切るぞ」

 宅間守は、配下の二名とともに、大田区の町内を歩いていた。怨敵、角田軍と対峙しながらの練り歩きである。

 バドラの正田昭から提示された作戦――次回、敵から襲撃を受けた際は、相手を引きつけながら速やかにバドラに連絡し、到着まで時間を稼ぐ。大ざっぱにいえばそういうことであったが、大ざっぱにも程があるというものである。

 古来より、戦闘において時間稼ぎにもっとも有効な戦術といえば籠城である。宅間もはじめそれを考え、ホテルをチェックアウトしたと見せかけて、敵軍の襲撃を受けるやいなやとんぼ返りして、予め連泊の予約をとっていたホテルの自室に籠る――という考えでいたのだが、そうすると敵軍は、深追いせず撤退してしまうのである。

 小さな意味ではなく、大きな意味での時間稼ぎというなら、このまま引きこもっていればいいのかもしれない。そうすれば、角田の婆と決着をつける機会は先送りされ続ける。だが、あいにく、こちらにはこのまま引きこもり生活を続ける資金力がない。遊びにいけないストレスも溜っている。そうこうしているうちに角田の婆はより大きな力をつけ、城に籠っていようがなんだろうがお構いなしに潰しに来るかもしれない。

 やはり、イチかバチか打って出て、野外で決着をつける必要があった。そこで宅間が考えたのが、大田区の蒲田駅周辺を縦横無尽に走り回り、自分たちで疲弊させた相手を、バドラに叩かせるという作戦である。土地勘のある本拠地の大田区ならば捕まることはないし、相手の思わぬ奇襲を受けるリスクも少ない。この作戦はうまくいくであろう、と思っていたのだが・・。

 角田軍は、予想に反した動きを見せた。逃げる宅間達を必死で追おうとはせず、一定の距離を保ちながら、不気味ににじり寄ってくるだけなのである。川中島の上杉謙信よろしく、敵の別働隊が合流するまでにケリをつけようと、全力で攻めてくると考えていたのだが、完全にあてが外れた形となった。

 吉田純子、永山則夫、藤井政安、向井義己。金嬉老、イチヌ、孫斗八。堀慶末、神田司、川岸健治。敵軍は、角田の婆さんを除く全員いる。盟主である重信房子、永田洋子とのラインと角田の婆さんとは、強い信頼関係にはないという話が本当ならば、別働隊が控えていたとしても大した人数ではなかろう。

「くらぁ、なにビビッとんや腰抜けどもが!かかってこい、三十秒で皆殺しにしたる!」

 宅間の挑発にも、敵は顔色一つ変えない。

 確信。敵はこちらの作戦を看破している。にらみ合いを続けたまま、無理には争わない方針のようだ。こんなときこそ役に立つはずの金川真大の弓矢は、今ここにはない。追いかけっこに不利になるからと、大きな武器は置いてきてしまったのだ。

 こちらの思惑とは違う展開となったが、動じることはない。ようは、敵が数的有利を頼みにしなかった、それだけの話。がっぷり四つ、組み合うつもりでいるなら、それに応じてやればいい。

 襲ってこないのなら、こちらは運動前の一服をくゆらせてもらうとしよう。宅間はポケットから、セブンスターのパッケージを取り出した。

「おい、宅間。蒲田駅周辺についたぞ。今どこにいる?」

 麻原のオッサンからの着信。頼もしい援軍の到着である。

「・・・あやめ橋交差点に来いや。そこで決着をつけたる」

 宅間は紫煙とともに、低い声を送話口に送り込んだ。
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No title

キタ━━━━━━!!
待ってましたよ、バドラ戦闘編!
角田軍もコリアンも闇サイトもポアだポア!

No title

>>NEO

バドラが野外決戦で暴れるのは本当に久々ですね
殺し合い自体も久々かなあ
ようやっと書ける、という感じですね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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