凶悪犯罪者バトルロイヤル 第三十二話

 

 加藤智大は、松村恭造、尾形英紀とともに、松本美佐雄の勤務するコンビニエンスストア「ファミリーマート」を、車の中から見張っていた。

 数日前、僕たちの軍団は、中古店でハイエースを購入していた。車は移動手段としてだけでなく、武器や臨時の住居としても使える。あって損はないアイテムである。

 ちなみに、バトルロイヤル開始から50日が過ぎた現在の段階で、僕たちの軍団は、いまだに本拠を構えていない。歌舞伎町にオープンしたキャバクラが、一応の城といえるが、生活までそこでしているわけではない。ホテルを転々とする、ジプシー暮らしだ。

 どこか一か所に定住するのは、施設を思う存分に強化できるし、コスト面で有利など、メリットも大きいが、やはり特定されやすい分、リスクも大きい。日中、起きているときはいいが、夜、身体を休めているときは、どうしたって隙が出てくるものだ。不測の事態に備えるため、僕たちは常に、三階建て以上のビジネスホテルの最上階で寝泊まりをしている。

「あっ。出てきた」

 松村くんの声で、後部座席で休憩をとっていた尾形さんが起き上った。二人が、松本に注目しつつ、僕の方にチラチラと視線を向ける。彼らは、僕の指令を待っていた。

 松本は狙われる立場、こっちは狙う立場。向こうは一人、こっちは三人。まず勝ちは動かない状況である。となれば考えるべきは、いかに損害を抑えるかということ。そして、いつか来るであろう大戦に備え、いかに質の高い実戦経験を積めるか、ということだ。僕はすでに、渡辺清を殺した経験があるが、松村くんと尾形さんは、今回が初めての実戦だ。彼らが初陣で、今後の自信に繋がるような成果を挙げられるようお膳立てをしてあげるのが、先輩の務めである。僕の責任は大きい。

 試してみたい戦術がある。ゴルフボールを用いた、投石攻撃だ。

 原始時代、人間は英知とともに、投擲能力を獲得したことで、生態系の頂点に立った。言うまでもないが、基本的に戦いは、射程距離が長い武器を持っていた方が有利である。漫画や映画などで、銃を持った相手に剣やナイフで立ち向かう登場人物が持て囃されるのも、それが普通に考えれば不利であるという認識が、観ている者の頭の中にあるからだ。
 
 投擲武器を使いこなせる人間と、殴る蹴るしか能がない人間が戦えば、その戦力差は、原始時代の猛獣と人間以上に広がる。硬いゴルフボールなら、当たり所が悪ければそれだけで相手の命を奪えるし、少なくとも怯ませることはできる。その隙に距離を詰め、殺傷力の高い刃物でとどめを刺す。

 ただ、その戦術を使えるのは、開けた場所限定である。広いグラウンドで野球のピッチャーと格闘家が戦えばピッチャーが勝つが、6メートル四方のリングでは、立場は逆転する。
狭い室内では、モーションの最中に刺されてオシマイなのだ。飛び道具は万能ではない。

「行きましょう」

 僕の合図で、三人が一斉に車から飛び出した。この辺りの道は、頭の中にしっかりとインプットされている。僕たちは三手に分かれて、松本がT字路に入ったところで包囲した。松本から見て左に松村くん、右に尾形さん、背後に僕、という位置関係である。

 作戦では、ここで松村くんと尾形さんが、ゴルフボールを投げつけるはずだった。が。二人とも、しまった、という風に口を開けて、なにやらマゴマゴしている。極度の緊張から、車の中にゴルフボールを忘れてきてしまったようだ。仕方ない、作戦変更だ。ゴルフボールを投げる役割は、僕が負うことにした。

 ポケットの中から、ゴルフボールを取り出した。よく狙いを定める。ワン・ツー、とステップを踏み、身体を前に押し出した。タメを十分に作ってから、腕を振り上げる。肘をしならせ、指先を最後までボールにかけて、全身の力をしっかりと伝え、ボールをリリースした。
 
 白球が空気を切り裂き、松本の身体目がけて飛んでいく。重信さんにも教わったが、素人が頭部などを狙っても、まず当たらない。それよりも、相手の胸部付近を狙って投げ、球が上手いこと荒れてくれればいいという考え方で投げた方が、結果的には急所に当たるという。投げるのが火炎瓶だったならば、急所を外しても相手に甚大な被害を齎せるのだが、薬品の使用は、今の段階では禁止されている。投剣や投げナイフでは精度が落ちるし、飛距離を得られないということで、僕たちの軍団では、投擲武器にはゴルフボールを採用していた。

 枯れ木が折れたような、渇いた音が響き渡る。ボールは、松本の右ひじを砕いたのだ。人間の骨なんてのは、簡単に砕けるもんなんだな。意外と冷静に、そう思った。松本はポケットから武器を取り出そうとしたようだったが、脳の指令は前腕から先に伝わらず、ただ、困惑していた。

 いけない。観察している場合じゃない、指示を出さなければ。

「二人とも、行けッ!殺せっ!」

 僕の指示で、あたふたしていた二人が、それぞれダガーナイフを抜いて、弾かれたように飛び出す。腕の機能を奪われた松本は反撃できず、僕の方に向かって逃げてきた。動かぬ腕をぶらつかせ、やみくもに走る松本。すれ違いざまに足払いをかけると、松本はもんどりうって倒れた。

「今だ・・っ」

 トドメを刺せと命じようとした、そのときだった。前方から、二十代の学生風の男二人が歩いてくるのが見えた。見られたらまずいか?いや、バトルロイヤル中に僕たちが起こした殺人は、世間には公表されないよう、情報統制がされている。現在、バトルロイヤル参加者は、10人が命を落としているが、彼らの死は明らかになっていない。問題はない。

「殺れっ!」

 血しぶきが舞い、アスファルトに赤い海が広がった。二度、三度、四度・・。松村くんと尾形さんが、壊れた機械のように、繰り返し、ナイフを振り下ろす。僕がストップの指示を出しても一回では聞かず、三回目でようやく止まった。二人とも目は血走り、喘息の発作が起きたときのような、凄い呼吸をしている。

 酷い取り乱しようだが、人を殺してしまったとき人間が見せる反応としては、それが自然と思えた。僕も、初めての殺人のときはそうだった。が、バトルロイヤル開始後、渡辺清を殺したときの僕は、自分でも驚くほど冷静だった。今もそうだ。僕はもう、人間ではない何かになってしまったのだろうか。

 肉塊となった松本美佐雄は、白目を剥き、舌を出して、小刻みに痙攣しながら、血の海に浮かんでいる。目撃者の二人は、彫像のように固まって、地獄絵図を眺めている。この体験はPTSDとして、彼らの人生に暗い影を落としてしまうのかもしれない。僕が「あの町」で起こした事件に巻き込まれた人たちの中にも、きっと・・。

「よし。引き上げるぞ」

 目撃者から視線を切り、撤退の指示を出した。車に向かって走る僕の後ろに、二人が続く。

 娑婆に出てから、二度目の殺人。渡辺清を殺したときは、強い自己嫌悪に陥り、三日間、ロクに食事が喉を通らなかった。

 が。松本美佐雄を殺した直後の、現在の僕の胸に広がっている感情で最も強いのは、投石攻撃の有効性を確かめられたことへの満足感だった。後悔、罪悪感。まったく感じていないわけではないが、自信と満足感が、それを覆い尽くしていた。高校時代に味わった挫折以来、一度も自信など持ったことのなかった僕が、今、確かな手ごたえを感じている。自信がなさ過ぎて殺人まで走った僕が、皮肉なことに、その殺人で自信を得ている。

 そんなことで自信を身につけて、僕はいったい、何になろうとしているのだろう。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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