凶悪犯罪者バトルロイヤル 第166話

 演技を看破されて、目を覚ました彼が、動転したように視線を周囲に彷徨わせる。酷暑の沖縄で建設作業員をしていた僕は、熱中症の人は見ればすぐわかるのだ。

「別に、責めてるわけじゃないよ。倒れたフリしてるのも大変だろうと思ってさ」

 それに、演技だとわかっていて、ずっと一緒にいる僕も何となく気まずい。

「す、すいません・・・」

 彼はまるで調子の悪さは窺えない動きで起き上がり、気恥ずかしそうに頭をかいた。

「とにかくあの場から逃げたくて・・・わけがわからなくなって、気づいたら、熱中症になったフリしてて・・・」

 こちらが聞いたわけでもないのに、彼は熱中症の演技をした理由を話してきた。仕事から逃げたいなら、勝手に帰ってしまえばいいだろうとも思うが、気の弱い性格なのだろう。もしくは、今後、派遣会社から仕事を紹介してもらえなくなるのを恐れたのかもしれない。

「ど、どうしよう・・・。帰った方がいいですかね」

「一応、熱中症ってことになってるんだから、もう少しここにいたら」

「そ、そうですね・・」

 これをキッカケに、僕らは互いに自己紹介し、日々のことなどを語り合い始めた。

 彼は名をシゲユキくんといい、年齢は二十三歳。二十歳で親元を離れ、ずっと派遣など非正規労働で生計を立てているという。

「工場やオフィス・・色々なところで働きましたけど、どこに行っても、使えないと言われて、契約途中でクビを切られるんです。しまいには、まともな派遣会社から仕事を回してもらえなくなって、日雇いやるしかなくなっちゃいました」

 それはそうだろうと思っていた。先ほどからの彼の仕事ぶりを見ていれば、彼の経歴がいともたやすく想像できる。そして、彼の抱える問題も・・。

 ADHD――注意欠陥、多動性障害。彼にはその気が多く見受けられる。少し前まで知的障碍者の施設で働いていた僕は、そこで知的障害の親戚である、発達障害の知識も学んでいた。

 ADHDは発達障害の一種で、その名の通り、小学生ごろまでは、授業中に立ち歩いたりなどの多動性が顕著に見られる。多動性に関しては、成人以後はほぼ収まるのだが、ただ完全に治るわけではないから、やはり普通よりは落ち着きがない部分は残ってしまう。

 大きな問題は、不注意性の部分である。こちらは多動性よりも成人以後まで症状が残りやすく、改善は容易ではない――いや、治すということは不可能である。

 ADHDは知能的には何らの遅れはないため、学習や遊びはごく普通に覚え、仕事も、やり方を覚えるまでは健常者との間に差異はない。しかし、注意力が散漫なため、いわゆるポカミスが多く、それが何度指摘されても治らないのが特徴である。忘れ物、落し物も多く、また物事を後回しにする傾向があるから、掃除や整理整頓といった作業が致命的に苦手で、気付いたら会社のデスクや自分の部屋が物でグチャグチャになっているという状況に陥りがちである。

 そんなであるから、几帳面さが命のオフィスワークなどは、彼らにとっては鬼門である。しかし、手先が不器用かつ、物事に飽きっぽく退屈しやすい脳をしているため、現業系など職人的な仕事も向いているとは言い難い。発想が独特なためクリエイティブな仕事が向いているなどと言われるが、そういう仕事で生活に十分な金を稼ぐのは難しい話である。彼らが仕事をして生きていくというのは、現状、非常に厳しいというしかない。

「人ともうまく馴染めなくて・・。学生時代の友達も、気づいたら皆いなくなっちゃったなあ・・。メールなんか、最後にしたのは一年前かあ」

 ADHDは、表面的なコミュニケーション能力に関しては何の問題もない。むしろ、無邪気で人懐っこく、発想がユーモラスな彼らは、周囲の人気者になることもある。

 しかし、その天真爛漫さは諸刃の剣である。喜怒哀楽の喜と楽だけを出していればいいものを、怒と哀まで豊かに表現してしまうため、人から「自分勝手でワガママ、空気の読めない、足並みを乱すヤツ」と取られやすいのである。また、些細なことへの拘りが強い特徴を持つため、根に持ちやすく執念深いとも思われがちなところがある。その拘りがいい方に嵌れば、仕事や学業において素晴らしい実績をあげることも稀にはあるのだが、こと人間関係においては、マイナスになるケースがほとんどである。また、注意力の欠陥から約束を忘れたり、遅刻が多かったりすることも、人間関係に悪影響を及ぼす要因である。食べこぼしなど行儀が悪かったり、服装が乱れていたりするから、それだけで「ちゃんとした人」には嫌われるし、異性にも良い印象を抱かれない。

 仕事もできず、人付き合いもうまくいかない。努力をしても社会に適応できない。しかし、見た目には健常者とまるで変わらない発達障碍者は、人々から理解されず、忌み嫌われ、排除される。知的にはなんらの遅れもないというところも彼らにとってはジレンマで、能力が低いにも関わらず、望みの強さは健常者と同レベルだから、鬱屈を抱えやすい。なまじ障害の程度が軽いために、彼らは福祉の網からもこぼれ、「自己責任、努力次第」の枠で健常者と一緒に扱われ、辛酸をなめ続ける。

 そして犯罪に走る――。刑務所に収監されている囚人の3割程度は知的障碍者であるとは知られた話だが、発達障碍者にまで枠を広げれば、過半数を超えるのではないかと、僕は思っている。

「ああ、もうそろそろ、仕事が終わる時間だ・・。みんなが来ないうちに、僕、帰ります。今日の給料、全額もらえるのかなあ。不安だなあ・・・」

 海より深いため息をついて、シゲユキくんは休憩室を出ていった。このご時世で、同世代の若者は、まだ実家暮らしをしている者が大半だが、シゲユキ君に寄る辺はない。お金がないことは、命に関わるのである。いわゆるセレブニートの立場から逃亡者に転落したとき、僕もその恐怖は散々味わった。

 その後、僕も仕事が終わって、駅まで行って電車に乗ろうとしたのだが、改札口を潜ろうとしたところで、どこからか現れたシゲユキくんが、突然声をかけてきた。

「途中まで、一緒に帰りましょうよ」

 偶然を装ったつもりなのだろうが、おそらく彼は僕を待っていたのだろう。熱中症の件もそうだが、若い彼は芝居が稚拙である。

 そして僕らは、二人で小田急線に乗り、また肩を並べ合って語り合った。僕らが席に座ると、周囲にいる人がすーっと逃げて、僕らの周囲だけ休日の始発電車みたいな状況になる。ひょっとして、臭っているのだろうか。確かに、倉庫では沢山汗はかいたが・・自分ではよくわからない。

「シゲユキくん、家はどこなの」

 それを聞くと、彼は途端に顔を曇らせる。

「家、ないんですよ・・」

 ネットカフェ難民。日雇いの世界じゃ、とくに珍しくもない。

「ふうん・・じゃあ、僕、ここだから」

 素っ気ない口調で言って、僕は新しく借りたアパートのある駅で、電車を降りた。あわよくば、今夜のねぐらを――シゲユキくんはそんな期待をしていたのだろうが、僕はそれには応えられない。大会参加者は、一般人を無暗に危険に晒さないため、一般人との同棲が禁止されている。女性のみ例外だが、同性相手に危害が及んだ場合は、本人も処罰を受ける、というルールとなっている。

 それでなくとも――僕は人と親しい関係を築くのが苦手である。プライドが異常に高く、繊細で傷つきやすい。一度何かに対し強い感情を抱くと、歯止めが利かなくなってしまう。

 テンプレートのケースには該当しないが、もしかすると、僕も発達障害のキャリアなのかもしれない。発達障害は、これはこれ、あれはあれと、簡単に分類できるものではなく、例えばある人にアスペルガーの要素とADHDの要素が、全てではなく半々に見られる、などということも多い。症状の現れ方は千差万別、人それぞれなのである。

 もう、人とは関わらない。人を求めない。それは悲劇にしか繋がらないのだから。

 砂漠の中で孤独に生き、孤独に死んでいく。僕はそう決めたのだ。彼の期待に、応えることはできない――。
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これを読んだら自分も発達障害な気がしてきた
学生の頃は授業への集中力がなく教師に怒られていたし
大人になってから、仕事の時の不注意ミスが多くて
何回も職場を変わっている
まともな家族がいたおかげでネット難民にも犯罪者にもなっていないが
老後が心配だ(汗)

はじめまして

初めてコメントします。
久々の市橋パートですね。
シゲユキくん、これまでのパターンからすると
やっぱり氏んじゃうんですかねえ・・・。
市橋には生き残って欲しいので、今後が楽しみです。

No title

>>MSKSさん

発達障害は結局は自己申告の世界なんですよね。
わかったところで社会は助けてくれないし、逆に死ぬまでわからず生き続ける人もいる。
家族のサポートは重要ですよね。
経済面でも精神面でも発達はまともには生きられないので
僕も実家に見捨てられていたら塀の中に入る未来しかなかったです。

>>NEOさん

書き込みありがとう!よろしくお願いします。
更新頻度が少なくなっているので、久しぶりになってしまう方々が何人かいますね・・。果たして終わるんだろうか?自分でも心配ですw
これまで市橋にかかわった人は大概不幸になっていますが、今回はどうしようかなあ。考え中です!

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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