凶悪犯罪者バトルロイヤル 第165話

「あのなあ、ここはお前の家じゃねえんだよっ。ちゃんとやれよ!」

「す、すすすす、すみません・・・・」

 怒られた紹介スタッフは、目を泳がせ、肩を震わせて、正社員への恐怖と、失態を犯したことへの申し訳なさを露わにする。かなり大げさで、芝居がかっているとも思える反応である。そんなにビビるくらいなら、しょうもないヘマをしなければいいと思う人もいるだろうが、彼にとってはそんな簡単な問題ではないことは、僕にはすぐわかった。

 休憩が終了し、午後の勤務が始まる。先ほどの一件で目をつけられたのだろうか、若い紹介スタッフは、正社員から狙い撃ちで怒られるようになった。

「おい!てめ、いくらなんでもトイレ行き過ぎなんだよ!」

「滅茶苦茶な作り方してんじゃねえよ!」

 まさに集中砲火といった有様で、見ていて気の毒になるくらいだった。あれでは、最後まで持つかどうかも怪しいところだ。日雇いのスタッフがバックレることなど珍しくもなんともないことで、正社員とて、それくらいは覚悟で、あれほど厳しい態度をとっているのだろうが。

 「紹介スタッフ」には、他にも色々、個性的な人がいた。

「おい。よそ見をするな。手元に集中して働け」

「私語をするな。口を動かさず、手を動かせ」

 午前中から、よそのテーブルにわざわざ歩いていっては、紹介スタッフたちに偉そうに指図をして回っている、三十代半ばくらいの人がいるのだが、この人、実は正社員ではない。同じ立場の紹介スタッフなのである。

「なんだ、あいつ。リーダーでもないのに、偉そうにしやがって・・」

 仲間の紹介スタッフからも煙たがられているのだが、どうやら彼、派遣会社や左皮急便から頼まれたわけでもないのに、まったく同じ立場の紹介スタッフを仕切ろうとしているようなのである。

 正社員に登用されようと本気で頑張っているのか、単に、俺はお前らとは違うと、能力を誇示しているだけなのか・・。理由はわからない。一つ言えるのは、彼のやっていることは、己の立場を弁えない、極めて自己満足的な行為である、ということだ。

「おい、お前、勝手に工場の備品を動かしてんじゃねえよ!」

「あ、いえ・・しかし、こうした方が、作業の効率が・・」

「口ごたえしてんじゃねえっ!」

 仲間の派遣スタッフを仕切った気になっているくせに、自分が正社員に怒られているのである。

 ――仕事のできる人は余計なこともする。だから嫌われる。

 飯場で働いていたとき、現場監督がよく呟いていた言葉だが、あの仕切りたがりの紹介スタッフ――彼は別に、仕事ができるわけでもないが――には、その言葉がまったく相応しい。「戦場でもっとも不要なのは、無能な働き者の兵士である」とは軍人の格言だが、積極的に仕事をするにしても、方向性を間違っていれば、成果どころか損害を与えてしまう。我々紹介スタッフは、指示に従い、言われたことだけをやるのが仕事なのだから、それに徹していればいいのである。

「おい、お前。さっきからお客さんに怒られてんじゃねえよ」

 正社員に怒られた後、彼が懲りずに冷蔵庫開けっ放し事件の紹介スタッフにかけた言葉だが、ここまで己の立場が見えていないのは、凄いとしか言いようがない。権限もなく、能力もないくせに自分で判断し、動き回っては現場を引っ掻き回す――。もし、彼が正社員になりたくて頑張っているのだとしたら、まずは己の空気の読めなさと、客観性の無さを理解した方がいいと思う。

 十四時三十分――長きに渡る単純作業の繰り返しに、元、飯場労働者の僕も、さすがに疲れを覚えてきた。屋外での肉体労働の心地よい疲れとは決定的に違う、どっしりと圧し掛かるような、嫌な疲れである。

 自己責任、自業自得――社会の勝ち組と呼ばれる人は、底辺にいる人たちを、「努力していない、怠け者だ」と、したり顔で見下す。しかし、こんなに過酷で、人が厭うような労働に従事している彼らに努力をしていないなどと言うのは、あまりに酷ではないか。

 努力と苦労は似て非なるもの――努力すべきときに努力しなかったから「苦労」をするはめになったのだ。そんな風に言われれば返す言葉はないが、釈然とはしない。それで納得しろというのは、あまりに人の尊厳を踏みにじりすぎていると思う。

「おいっ、お前、大丈夫か。しっかりしろ」

 暑さと疲れで、意識が遠のきかけていたが、正社員のひっくり返った声で我に返った。目の前で、また事件が起きていた。冷蔵庫事件の紹介スタッフが、倒れて口をパクパクさせているのである。

「やばいな、熱中症か・・。おい、ちょっとお前、運ぶの手伝って」

 正社員から指名を受け、僕は冷蔵庫事件の紹介スタッフを担ぎ、休憩室へと連れていった。そこで彼を床に寝かせ、水を飲ませる。

「おい、大丈夫か?俺の声が聞こえるか?」

 正社員が何度も問いかけ、ようやく冷蔵庫事件の紹介スタッフが、首を小さく縦に振った。

「お前は、今日は仕事はもういいから・・。落ち着いたら、勝手に帰れ。あんた、運ぶの手伝ってもらって悪かったな。俺は作業場に戻るから、しばらく付いててくれ」

 そう言い残して、正社員は休憩室を出ていった。救急車は呼ばなくていいのだろうかと思ったが、冷蔵庫事件の紹介スタッフに付いていることでサボる口実になるなら、僕としては特に異存はない。
それに・・・。

「おい。もう演技はやめたらどうだい」

 虚ろな目を天井に向けていた冷蔵庫事件の紹介スタッフが、ギョッとして身を強張らせた。

 

 

 
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No title

僕も今ひどい有様ですけど、まあ学生時代は決して怠けてはいなかったと思います。でも結果としてはまともに生きられなかった。今後もそうだと思います。結局何も報われることはありませんでした。すべて空回りに終わりました。

No title

>>空回りさん

どうも世の中には、「努力したけど失敗した」を頑なに理解しない人がいます。人間は努力すればだれでも成功できると思っていて、成功できないのは努力が足りないからだと決めつける。そういう人間が、倒れた人間にムチを打ち、無理だと言っている人間を痛めつけてくる。

恵まれた才能で、社会で優れた実績を残す人間がいるのなら、同じ数、落ちこぼれる人間がいるのは当たり前。それは運や生まれ持ったものも多分に影響していて、本人だけの責任ではないのだから、自分が悪いと思う必要などはない。頼れるものは頼って、自分のできることをすればいい。僕は今そう思っています。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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