凶悪犯罪者バトルロイヤル 第164話

 市橋達也は、物流大手「左皮急便」の倉庫にて、梱包作業に従事していた。派遣会社「パワースタッフ」の紹介を介して、という形である。

 2012年に改正された労働者派遣法により、30日以内の短期契約による労働者派遣は、原則として禁止となった。しかし、実際には、スポット派遣そのものがなくなったわけではない。「日々派遣」から「日々紹介」と名を変え、今も存在し続けているのである。

 「日々紹介」とは、文字通り、派遣会社が労働者に「仕事を紹介する」ということで、形式的には、労働者に指揮命令を行う企業との直接雇用という形となる。給与の支払いは派遣会社を介さず、雇用した企業が直接労働者に払い、派遣会社は、紹介した企業から「紹介料を受け取る」という形で、従来の「マージン」に当たる利益を得ている。

 この「直接雇用」というのが曲者である。響きだけ見れば、派遣よりも安定しているようにも聞こえるが、労働者から見ると必ずしもそうとはいえない。例えば、有給休暇のことである。考えてみれば誰でもわかることだが、「日々紹介」では、基本的には、同じ企業の指揮命令下で長期間働くことはないから、いつまで経っても、有給を取得する権利が発生しないのである。従来通り、派遣会社との間に雇用関係があればそうした問題は起こらず、日々違った企業に派遣されようが、働いた日数に応じて、有給を取得する権利が発生する。また、最大の問題は、派遣から直接雇用に変わり、いわゆる搾取がなくなったところで、最終的に労働者の手元に渡る給与が増えるとは限らない、ということである。

 つまり、「日々紹介」とは名前が変わっただけで、従来の日雇い派遣と、実態は何も変わっていない。それどころか、派遣の方が優位と思える部分すらあるのである。法が変わろうが、悪い人間はすぐに抜け穴を見つけていくのだ。

「おらあ、お前ら手え動かすの遅えんだよ~!ちゃっちゃとやらねえと帰らせねえぞ!」

 直接雇用にしたから偉くなったとでも思っているのだろうか。左皮急便の社員が、「紹介スタッフ」に対して、容赦なく怒号を飛ばす。

 手を動かすのが遅いといっても、テキパキやったところで給料は変わらないのだから、やる気にならないのは当たり前である。成果ではなく、あくまで時間のみで給料を貰っている非正規労働者は、「何かに手をつけているだけで満足してしまう」生き物だ。それをいかに使うかが指揮命令者の腕の見せ所で、犬、猫並みに怒鳴ることしかできないのは、無能を露呈しているだけである。今は犬、猫のしつけでも、無暗に怒鳴るのは推奨されていないのだが・・。

 しかし、日雇いの労働者を使う立場としては、あれで間違いないのかもしれない。確かに、怒鳴ってケツを叩けば、その場では労働者は頑張るからだ。ただ、こういうやり方では、絶対に人は定着しない。つまり技術の習熟は見込めないのだが、梱包作業などは誰でも出来る単純作業であり、習熟もクソもない。このご時世で、日雇いの労働者は幾らでも確保できるから、定着しようがしなかろうが屁でもないということだ。日雇いという就労形態が無くならない限り、こうして悪循環が繰り返されるのだ。

「あ?お前今、なんつった?」

「いや、こうした方が自分はやりやすいって言ったんだよ」

 どうやら、教えられたやり方とは別の手順で作業を進めていたスタッフと、正社員との間で、口論が起きているようである。

「だよって、てめ、タメ口きいてんじゃねえよ」

 我が目を疑った。正社員が、スタッフの頭を、クリップボードで打擲したのである。

「いいか、口応えすんじゃねえ。お前は下っ端なんだよ。俺が偉いんだよ。言われた通りにしてりゃいいんだ。わかったか、ああっ!」

 暗澹たる気持ちになる。何が辛いって、怒鳴られているスタッフは50歳近く、怒鳴っている正社員の方は、まだ20代の若さだからだ。僕の父親でもおかしくない年齢のおじさんが、僕よりも若い正社員に、頭を叩かれているのである。あんなのを見るくらいなら、自分が怒られた方がまだマシだ。
 
 暑さと、単純労働特有の、体感時間の長さに苦しみながら、どうにかこうにか、昼休みを迎えた。過酷な労働での、束の間の安らぎの時間であったが、ここでもトラブルが起こる。

「お前、冷蔵庫開けっ放しじゃねえかっ。何やってんだっ」

 休憩室の冷蔵庫の扉を開け放っていたスタッフに対し、先ほどの20代正社員が、怒りを露わにしたのである。

 怒られているのは、20代前半と見られる青年だった。僕と同じ机で作業にあたっていたからよく見ていたのだが、彼、まだ若いのに、どうも作業の手際が悪く、仕損じが多い。また、極度に集中力がなく、十分に一回は作業の手を止め、周囲をキョロキョロしたり、トイレに行ってしまったりしていた。

 休憩中においても同じ様子で、落ち着いて座りながら食事をとることができず、歩き回りながらパンをかじって、ヘンゼルとグレーテルばりに床にパンくずをボロボロとこぼしていた。冷蔵庫の扉を開けたのも、ドリンクを取るわけでもなく、「ただなんとなく気になったから」衝動的に開けたようだった。

 いつかは正社員に怒られると思っていたのだが、そのときがやってきたようだった。
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No title

ありがとう~。

嫌な予感しかしないw
会社以外の場所でも若い人の年輩者へのタメ口は端から見ててもいい気しないんだよ!頼むよ!逆にどんな間柄なのか気になってしまう!

警備品物語も面白いし、
こういう妙にリアルなバイト体験記が作者の真骨頂って気がします。
自分の体験と重ねても無駄に懐かしくて面白い。
多くはないけど絶対数の需要がある話かなと。
色々なバイトをしてこんな感じの自伝的小説?をいくつか書いてほしいです。

No title

バイト先の工場とかで他人が怒られてるのを見ると次は自分の番なんじゃないかと思ってビクビクします。
世の中の裏側では、効率性を重視し過ぎるあまり、人間性が無視されてる現場もあるというのをさんざん見てきました。自分はもうそこには戻りたくはないのですが、もうどうしようもないですね。いずれ自らの手で人生を終わらせようと思っています。

No title

>>OKBさん

 年長者を敬うというのは世界共通の文化で、人間の本能といっても差支えない価値観です。それにわざわざ抗うというのは、結局くだらない自己陶酔のためでしかないんですよね・・。

>>読者Aさん

 正直バイトはもう経験したくはないのですが、自分が生きていく道は、底辺で這いつくばる人間の闇しかないとは思っています(小説のネタ的な意味で)。文章で金が稼げる日がいつになるのかわかりませんが、まあそのときまでは非正規労働の世界で生きていくことでしょう・・・。クソみたいな日々でも、後で飯の種になればいいですね。

>>空元気さん

 確かに人間性がまるで無視されている職場は多いけれど、加藤事件以来、少しずつ非正規が働く環境は良くなっているように感じます。地下に落とされた者の叫ぶ声は、けして無駄ではないと思います。

 あなたはまだ若い。心理的にどうかはわからないけれど、経済的に頼れる環境はある。個人的な意見ですが、まだ、「そのとき」ではないように思います。

 働く必要がない者は無理に働かなくていい・・それが僕の考えです。僕とて、彼女と遊ぶという目的がなければ、働いてなどいません。今の世はあまりに人をなめきったような条件の職場が多いですから、そんな会社を増長させないためにも、焦って飛びつかないほうがいいんです。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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