凶悪犯罪者バトルロイヤル 第二十九話

 市橋達也は困惑していた。
 
 直観でわかった。あのスクーターの男は、僕を殺しにきている。逃げなくては。
 
 スクーターは小回りがきかない。一度、民家の敷地内に入るなりすれば、容易に振り切れる。しかし、もし僕が逃げたとしたら、救急車はどうする?ここは土地勘のない場所だ。一度現場を離れてしまったら、正確な場所を電話で伝えることはできない。ワタナベの容体は、一分一秒を争う。助けられるのは、僕しかいない。でも・・・。

 男がスクーターの速度を上げ、すれ違いざま、鉄パイプを横殴りにスイングしてきた。地面に転がって躱す。オーバーアクション。しかし、男がスクーターを止め、降りてくるまでの間に立ち上がり、体勢を整えるのは間に合った。

 僕は覚悟を決めた。ワタナベの命を救うには、戦うしかない。腰につけていた、伸縮式の特殊警棒を抜いた。施設警備の隊員が使う物だが、会社の管制の人に頼み込んで、一本もらったのだ。リーチは鉄パイプに遥か劣るが、扱いやすさでは上だ。初撃を躱せば、こちらの勝ちだ。

 いやな予感がした。背後から、何かが迫ってくる。安っぽい排気音。もう一台のスクーター。

 慌てて飛びのいた。完全には躱せなかった。腹部に衝撃が走る。Tシャツが裂けた。二人目の襲撃者の手に握られたナイフ。相手の武器が、刃物で助かった。僕はTシャツの下に、防刃チョッキを着ていたのだ。これが一人目の襲撃者のように、鈍器を用いて破壊力で来られていたら、致命傷は避けられなかった。
 

 敵が二人に増えたことで、思考を切り替えた。戦っても、勝ち目はない。逃げるしかない。救急車を呼ぶのは遅れてしまうが、仕方がない。ここで僕が死んだら、どっちみちワタナベの命も終わりなのだ。

 決断を下すや、僕は邪魔な荷物を捨て、すぐさま民家の塀を乗り越えた。住居不法侵入。れっきとした犯罪であるが、これくらいでは委員会からの処分対象になることはないだろう。小池さんだって、よく立ち小便やタバコのポイ捨てをしている。

 幾つかの民家に侵入し、ジグザグに逃走している内、襲撃者の足音が聞こえなくなった。武器の大きさと、フルフェイスヘルメットの重さと視界の悪さが、機動力を分けたようだ。

 その後も、体力が続く限り、走って逃げ続けた。駅の近くまでたどり着いて、ようやく一息ついた。ここまでくれば、もう大丈夫だろう。僕は携帯電話を取り出し、119を押した。応答した救急隊員に、今日働いた現場の住所と、ワタナベがその近くで倒れていることを伝えた。僕自身がその場にいない理由については、車を運転していて、通りがかったときはなんとも思わなかったが、後になって気になった、と誤魔化しておいた。

 ワタナベが倒れた現場には、僕のリュックサックが残されているが、諦めるしかない。襲撃者が待ち伏せしているかもしれないのだ。リュックの中には、制服と誘導具一式が入っている。会社では制服を無くすと、入社時に受けた法廷研修の賃金が受け取れなくなる決まりになっているが、それも諦めるしかなかった。どのみち、襲撃者に会社が割れてしまった以上、もう今の会社では働けない。今月分の給料を前借りして、フケるしかない。

 会社の寮に帰ってきた。管制の人から、ワタナベが搬送された病院で息を引き取ったことを伝え聞いた。

 哀しみはなかった。飯場で働いていたころ、似たような経験は幾つもしてきた。飯場を管理する会社では、定期健診が義務付けられていたが、身体に異常が見つかったからといって仕事を休む人は誰もいなかった。ちゃんとした病院に入院しようともせずに過酷な肉体労働に身を投じ、症状を悪化させ、彼らは孤独のうちに死んでいった。

 また、僕の働いていた建設会社ではそういう仕事はなかったのだが、山奥でダム工事など高所作業を請け負う会社では、強風の日などは、やはり転落事故が相次いだという。地面と激突してバラバラになった死体は、そのまま山に埋められ、不明者扱いで、警察に届けられることもなかったという。

 そんな風景を目の当りにしているうち、僕は人の死に対する感覚が鈍磨していった。肉の袋から魂が抜け落ちるという現象に、深い感慨を抱かなくなった。「あの人」の死も、過ぎ去ったドラマのワンシーンのようなものだったのだ・・。そうやって無理やり考えることで、罪の意識から逃れていた。

 その晩のうちに、僕は荷物を纏め、子猫をケージに入れて、寮を後にした。メールで状況を伝えた小池さんと合流して、その晩はひとまずネットカフェで夜を明かした。

 警備会社には一応、退職の連絡をした。バックレは心が咎めるとか、道徳的な問題ではなく、あの襲撃者二人が、自分を探しにきたかどうかを知りたかったからだ。すると案の定、よく似た顔立ちの二人が、僕を探しに寮を訪れたという返事が返ってきた。バトルロイヤル参加者で、よく似た顔立ち・・。松本和弘、松本昭弘の兄弟だろうか・・?

 翌朝、アベノミクスによる景気回復路線を嘲笑うかのような値下げに踏み切った「吉野家」で、朝食をとりながらその話をすると、小池さんが、

「どうもクサイな。まだこの時期に、わざわざ寮に押しかけてまで、特定の個人を狙おうとするか・・?」

 と、難しい顔をして言った。

「よほど金に困っていたんじゃないですか?」

 僕が返すと、

「うーん・・それにしてもな・・。いや・・なにか、俺には、もっと大きな陰謀が動いているような気がしてならないんや・・それが何かまではわからんが・・」

 考え過ぎだ、と笑うことはできなかった。僕の数倍もの期間、逃亡生活を送っていた人の勘が、危険を告げているのだ。僕の心にも、言いようのない不安がよぎった。

 ケージの中の子猫は、この世に自分を狙う者などなにもないといったような弛緩しきった顔で、すやすやと寝息を立てている。

 僕に安息はいらない。その資格はない。しかし、彼の安息だけは守らなくてはならない。期間は残り十か月半。堂々と、里親探しができるようになるその日まで、僕がこの子を守らなくてはならない。
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ワタナベェ・・・・・

「最強伝説黒沢」を思い出しましたた・・・・・
カイジの作者の漫画で負け犬のバイブルですo(^o^)oo(^o^)oo(^o^)oo(^o^)o

市橋良い人すぎう~~
最後まで生きててほしうす・・・・・へ(^^へ)へ(^^へ)へ(^^へ)へ(^^へ)へ(^^へ)

No title

>>フムフム草さん

お!黒沢は僕も大好きなんですよ。
あれは隠れた名作ですね~。
バトル展開は正直くだらないですけど、
仕事エピソード、プライベートエピソードは泣けますね。
二十代の僕でも「わかる」のが多いです。

福本信行氏はかなりの苦労人ですから、
不器用な人間、腐った人間、切羽詰まった人間の
心情描写が巧みですね。
実体験を元にしてる部分が大きいのでしょう。

逆にわからないのが、井上雄彦です。
二十代前半で超人気作家に上り詰めた彼が、
なぜあれほど負け組の心情を理解しているのか、
本当に意味不明です。
あれが天才ってことなんですかね??
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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