凶悪犯罪者バトルロイヤル 第二十八話

 
 ガス管工事の現場に出た市橋達也は、工事が終わり、アスファルトの補修も完了した道路を清掃する作業に従事していた。ホースで水を撒き、土埃を洗い流すのである。

 これは警備の仕事から離れた、完全な付帯業務だ。付帯業務でも、カラーコーンを並べたりする程度の仕事ならお手伝いすべきだが、僕が今行っている清掃作業は、そうではない。別に難しい仕事ではないが、制服が汚れてしまう。警備員はサービス業である。お客さんの前で、小汚い恰好をしていてはいけないのだ。

「おい!あっちの方、まだ汚れ落ちてねえだろうが!よく見て仕事しろよ!」

 僕に偉そうに命じているのは、現場の作業員ではなく、同じ警備員のワタナベだ。この四十歳くらいの同僚は、さっきから誘導の業務そっちのけで、作業員に混じって、泥だらけになって土木の作業をしている。確かに今日の現場は交通量が少ない僻地で、迂回経路を示す看板と一緒に、かかしみたいに突っ立っていればいいだけの通行止めの仕事しかないが、だからといって、放り出していい理由はない。警備員は、ただ突っ立っているだけで仕事になっているのである。工事会社が高い金を払って警備員を雇っているのは、交通誘導の仕事もあるが、近隣住民からの心象を良くする目的もあるのだ。

 しかもワタナベは、現場監督から余計な仕事を次々に取ってくるのはいいが、それを仲間の僕にもやらせようとしてくる。自分の勝手な、しかも間違っているやり方を、人にまで押し付けてくるのである。毎回同じ建築会社に派遣されるわけでもないのに、媚びを売ったって意味ないだろうが。業務外の作業中に怪我をしたら、労災も出ないというのに。

 ただ、ワタナベがおかしくなってしまうのも、わからなくはなかった。以前聞いた話なのだが、ワタナベは普段、日勤夜勤と言われる、日勤で働いたその日に夜勤を行うという過酷な勤務を、毎月半分近くもこなしているらしい。労働基準法で定められた日数の休日もとっていないようだ。日勤終了の18時から夜勤開始の21時、夜勤終了の6時から日勤開始の9時までの僅かな時間に休息をとっているようだが、明らかな睡眠不足である。

 もう若くもないのにそんな身を擦り減らすような働き方をしていたら、頭がおかしくなって、常識的な判断力がなくなってしまうのも無理はない。おそらく借金かなにか、やむにやまれぬ事情があるのだろう。こういうのは、ストップをかけない会社が悪いと思う。本人がやりたいと言っているのだから、という問題ではない。過労死が出てからでは遅いのだ。

「おい!終わりだ!帰るぞ!」

 ワタナベが、アガリの指示を出し、現場監督に伝票を書いてもらいにいった。威張ってはいるが、一文の得にもならない班長の役を自ら進んでやってくれるのだから、いいとしようか。

 僕たちは着替えを済ませると、並んで駅までの道を歩き始めた。今日の現場は僻地で、駅までの距離が遠いから、工事会社の人が車で送ってくれるのではないかと期待していたのだが、そんなことはなかった。朝来るときも、地図を片手に、散々迷いながら、大変な思いをしてここまで足を運んだのだ。現場にも当たりはずれがあるが、今日はトコトンはずれの現場に当たってしまったようだ。

「・・今日、悪かったな。仕事中、怒鳴ったりして」

「え・・いや・・いいですよ、気にしてないです」

 意外なワタナベの謝罪。本当に、大して気にしていなかった僕は、逆にこっちが恐縮してしまった。

「ちょっと待ってろ」

 ワタナベが自動販売機に歩いていった。スポーツドリンクを二本買って、一本を僕に手渡してくれる。喉が渇いていた僕は、礼を述べて受け取った。この時期はまだいいが、夏場になったら、水分補給だけでも相当な金を遣いそうだ。そんなことを考えながら、また歩き始める。

「俺は昔、小さいながらも会社を経営していてな。そのときから、どうも、仕事になると周りが見えなくなって、無茶苦茶に突き進んでしまう癖があってな。人にも、随分辛く当たっちまった。そのせいで、最後には経理を務めていた女房が社員の一人と駆け落ちして、金を持ち逃げされ、家族も会社も失って、このザマだ。自業自得。身から出た錆だな」

 自虐的に笑うワタナベに、僕はなにもいえなかった。

 関西の飯場で学んだこと―――。人は大なり小なり、何かを抱えながら生きている。事件を起こすまで、僕は自分が弱い人間であるのをいいことに、ワタナベのような一見強そうに見える人を、他人の痛みがわからないガサツな奴と決めつけて一方的に嫌悪していた。が、飯場で働き始めて、人に揉まれる中で、考えを改めた。世の中には、色々な人がいるのだ。

「うっ・・うっ」

 ワタナベが突然、胸を押さえて蹲った。呼吸は荒く、顔は血の気が失せて、蝋人形のように蒼白になっている。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ・・・うぐあっ・・」

 道路に倒れ、嘔吐するワタナベ。連日の過酷な勤務がたたったのだろう。症状はわからないが、危険な状態であるのは明らかだ。すぐに救急車を呼ばなくては、命が危ない。
 
 ポケットから携帯を取り出した、そのときだった。正面から、原付バイクに乗った男が、鉄パイプを構えながら、僕に向かって突進してきた。
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>どんなに人に共感されない、少数派の意見でも、それを叫ぶ人間は必要だ。
同感です
どのような事件にも
①犯人にも何か事情があったのではないか
②被害者にも落ち度があるのではないか③冤罪ではないか
などの意見が出てくるけれど
①②なら「理由があっても許されない」
③なら「怪しいから捕まるんだろ」
こちらが「正しい意見」
①~③は「少数派の意見」
ですがネットに①~③の人達が多数生息するのも
このような理由からなのでしょう

No title

>>1番コメさん

うーん、

「凶悪犯罪者に裁判は不要だ!」
「その場で銃殺刑でいい!」
「動機なんて考える必要はない!」

さすがにコレ系の極論は、こっちが少数派だと思いますよ。
ヤフコメなんかでは、こういう意見がなぜか「私もそう思う」を
稼いでいますが、まあ、あそこは民度が異常に低いですから
仕方ないですw
2ちゃんねるのそれなりの板でそういうことを言っている人は
あまりいないですね。リアルでも同じことかと。

上記のようなセリフをリアルでも言っている人は本当に問題です。こういう思考停止した人が、人を犯罪に追い込むのです。

自分と違った考えの人も受け入れなければいけない、そういう点からいえば、無視はできないのでしょうが・・。

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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