凶悪犯罪者バトルロイヤル 第二十七話

 
 バドラの信徒たちが身を挺して自分を守ってくれている間に、麻原彰晃は、ベンチまで退いていた。

 宅間守――。大阪池田小事件の犯人。自分や酒鬼薔薇聖斗が旧世紀最後の怪物なら、奴や松永太は、新世紀最初の怪物である。起こした事件のインパクト同様に、奴の戦闘力は怪物そのものであった。バドラの二枚看板の片割れ、大久保清を、ああもあっさり屠り去るとは・・。あんな男と序盤戦でかち合ってしまうとは、自分も運がない。前世のカルマの影響か・・?

「来いやぁ!うらぁ!」

「うるぁ!おるぁ!」

「ああああああああああああっ!」

 血に飢えた野獣たちの声が響き渡る。オウム時代、自分も何度か修羅場は経験したが、その全てが、小学校の騎馬戦のように思えるほど、目の前の地獄絵図は次元が違った。

「ぐああああっ!」

 菊池正が、左腕を抑えて倒れる。

「ぎええああっ!」

 勝田清孝が、右わき腹を抑えて倒れる。

 犯罪史上に名を残す凶悪犯罪者たちが、たった一人の男に、まるで歯が立たずにバタバタと倒されていく。悪夢だった。考えられなかった。マネキンと人間が戦っているわけでもあるまいに、なぜにあそこまでの差が出る?

 空自出身の宅間と素人の信徒たちでは、基礎能力が違う。それはわかる。だが、それにしてもである。人類最強と言われる男でも、武器を持って殺しにかかってくる複数人の男たち相手に、あんな立ち回りはできないだろう。比較するなら、70人斬りの宮本武蔵か。激動の時代を生きた伝説の剣豪に匹敵する戦闘力を、平和の時代を生きたあの男が備えているというのか?そんなことが、あり得るのか?

 あんな化け物とやり合っては、命が幾つあっても足りない。麻原が死を覚悟した、そのときだった。

「もう我慢ならん!ぶっ殺す!」

 宅間の仲間の一人が、突然、謀反を起こし、背後から宅間に斬りかかっていった。

「俺をなめるなやぁ!こっちかて、ガキのころからシャブ漬けの人生を歩んできた、筋金入りのワルなんやぁ!」

 かろうじて躱した宅間だったが、動揺は避けられない。勢いが止まった。

「てめえ橋田ぁ!裏切ってんじゃねえええ!!!」

 もう一人の宅間の仲間が、橋田と呼ばれた参加者に斬りかかっていった。裏切り者が引き付けられている間に、宅間がいったん、戦場を離脱する。
 
 射抜くような獣の視線が、ベンチで震える自分に向けられた。宅間が瞬足を飛ばし、自分に向かってくる。戦闘能力を残している関光彦、尾田信夫、正田昭が必死に追いかけるが、距離は離れていくばかりである。人員が出払って手薄になったベンチまで退いたのは失敗だったと後悔したが、もう遅い。

 頭が真っ白になった。目の前が真っ暗になった。万事休す・・。何人もの人間をポアしてきた自分の魂が、ついに回帰されるときがやってきたようだった。

「尊師のおじちゃんをイジメるなーーーーーーーー!」

 麻原の目の前で、宅間の動きが止まった。宅間の足元に転がるボール。自分の危機に、ワタルが立ち上がったのだ。

「尊師のおじちゃんは僕の友達なんだーーーーー!」

 ワタルが泣きじゃくりながら、宅間に次々とボールを投げつける。ボールが無くなればグローブ、グローブが無くなれば、自分が履いているスパイクを。手当たり次第に、宅間に物を投げつける。

「な、なんや、こんガキ・・」
 
 宅間に戸惑いが見える。バトルロイヤル参加者は、一般人に手を上げることを、委員会から厳重に禁止されている。たとえ自分が暴力の被害を受けたとしても、反撃は一切許されないのだ。

「いい加減にせんと、ぶっ殺すでっ、こんガキャァっ!」

 宅間がターゲットを自分からワタルに替え、突進していく。頭に血が上った野獣には、ルールもなにも関係ないらしい。五秒先の未来も見えなくなっているのだ。

「ムカついた!ぶっ殺す!」

 ワタルの首が胴体から切り離される光景を想像した次の瞬間、ベンチに留まっていた唯一の信徒が動き、宅間の前の立ちふさがった。造田博である。これまで、どんなに親しみをもって接しても心を開かず、バドラの信徒たちとの遊びにも加わらなかった彼が、自分とワタルの危機に、ついに立ち上がったのだ。

 凄まじい剣速で金属バットを振るう造田博。あの宅間が、冷や汗を流している。宅間がスタミナを消耗しているとはいえ、互角の打ち合いを見せている。

 99年、池袋サンシャイン通り魔事件。近年の、社会反逆型無差別殺傷犯の先駆け的存在。宅間守も、その意味では彼の後輩である。造田博の戦闘力は、本物だった。

「宅間さん、そいつはヤバいっす!造田博っす」

 裏切り者を始末して宅間の援護に駆けつけた仲間が叫んだ。

「宅間さんが倒した二人から、財布を奪い取りました!ここは退きましょう!」

「・・・・ちくしょうがっ!!!」

 関光彦、正田昭、尾田信夫の三人が、ようやく追いついた。このままでは挟み撃ちになり、戦況が不利になると判断したのだろう。宅間が心底悔しそうな咆哮を残して、グラウンドの外まで退却していった。

 嵐が過ぎ去ったグラウンド。菊池正、勝田清孝、戦闘不能状態に陥っていた二人もベンチにやってきて、自分を取り囲み、お互いの安否を確認し合う。

「宅間守・・恐ろしい男だ・・」

「あんな化け物と、いつままた戦わなくてはならないのか・・」

 信徒たちが口々に、鬼神のごとき男への恐怖を吐露する。一方、傍観者であるツンベアーズの少年たちにの間は、違った空気が起こっていた。

「ワタル、すげえじゃねえか!」

「見直したよ!勇気あるな、お前!」

 イジメられっ子だったワタルが、みんなに讃えられている。いつも塞いでいたワタルが、満面の笑みを見せている。

「ワタルよ、見事な戦いぶりだった。俺には、今日の結果が見えていた。お前は必ず、自分の力で試練を乗り越える。それがわかっていたからこそ、悩み苦しむお前に、敢えて手を貸さなかったのだ」

 麻原が、イジメを放置していた怠慢を正当化すると同時に、いいとこ取りを図った。

「うん・・。全部、尊師のおじちゃんのお蔭だよ」

 感謝の言葉を述べるワタル。目論見は成功したようだった。続いて今度は、バドラの信徒たちを集め、グラウンドに転がる、大久保清、宅間の仲間の橋田の死体を囲んだ。

「勇敢なるバドラの信徒、大久保清よ。お前の戦い、しかと見届けた。お前のカルマは浄化され、魂はニルヴァーナへと導かれるだろう」

 関光彦、菊池正が号泣する。勝田清孝たちも、唇を引き結び、ぐっと哀しさを堪えている。

「そして、宅間の仲間よ。悪魔の手から逃れ、一瞬とはいえ、バドラの味方をしたお前の善行も、俺はしかと見届けた。お前のカルマも、その多くが浄化され、来世では幸福な人生を送るだろう」

 身内以外の人間の死も平等に悼む自分の懐の深さに、信徒たちが感激している。
 
 大久保清の死は、確かに痛い。だが、戦いはまだ、始まったばかりである。後ろを振り返ってはいられない。最後の8人に生き残るためには、すぐに気持ちを切り替え、未来に向かっていかなければならない。

 バトルロイヤル参加者、現在91名。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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