凶悪犯罪者バトルロイヤル 第157話

 八木と出会った翌日――出勤したT・Nを迎えたのは、腐乱したカラスの死骸と、うず高く積まれた中傷ビラの山だった。

 手の込んだことをするものである。その労力を、自分を高めることに使えばいいのにとも思うが、実際、トップに君臨する私を引きずり下ろせば、自動的に自分の順位が一つ上がるのだから、彼女らのやっていることも、あながち間違いではない。私がそれに屈さなければいいだけなのだ。

「おはよう、ホミ・・」

「ホミカー、おっはよう!」

 ともに戦う「戦友」に声をかけようとしたところ、別の声が割り込んできた。先輩キャストのユキである。先輩キャストたちは私だけでなく、ホミカも嫌っていたはずなのに、どういう風の吹き回し?

 ユキはその後、五分間ホミカを独占し、私と話させなかった。しかし気を取り直し、ユキがトイレに出たところを見計らって、再度ホミカに声をかけたのだが・・。

「やだやだやだやだやだやだやだ」

 ホミカが両の耳を抑え、私の声をシャットアウトしようとするのである。

「ちょっと、ホミカ・・どうしたのよ」

「Nちゃんの声を聴くと悪魔になっちゃう。Nちゃんの声を聴くと悪魔になっちゃう」

 いたって真剣な顔で、ホミカはそんな突拍子もないことを口にする。すぐに確信した。ホミカは、先輩キャストたちに取り込まれた。先輩キャストたちは、狙いを私一人に定め、分断工作を仕掛けてきたのだ。

「ホミカ。そんな話を信じないで。私の話しを聞いて・・」

「ちょっと、やめなさいよ!ホミカが嫌がってるじゃない!」

 ホミカの耳に当てられた手をどけようとすると、先輩キャストたちのリーダー格、リノが割って入って、私の手を強く払った。

「ホミカ、こっち行こ。悪魔になっちゃうからね。ホミカは私たちと一緒がいいんだもんねー」

「ホミカ、リノちゃんと一緒がいい」

 リノの言葉を疑いもせず、素直に後をついていくホミカ――。その姿を見て、私の目の前は真っ暗になった。あんなに仲良しだったのに、どうして。私たち、友達じゃなかったの?いくら知的な遅れがあるからって、あんな人たちの言うことを、あっさり信じてしまうの?私はあなたの何だったの?

 雑念を抱えたまま勤務開始時間となり、フロアーに出たが、こんな精神状態で、いい接客ができるはずもない。

「N、どうしたんだ。何か元気がないぞ」

 常連客からも心配される始末である。

「Nちゃん、体調が悪いなら、今日は早退してもいいぞ」

 加藤店長にも、心配をかけてしまった。

「きゃはは。マスゾエさんの話、面白~い」

 ふとホミカの方に目をやると、彼女はいつもより、いやいつも以上にテーブルを弾けさせている。それって何?私を失っても、何もダメージを受けていないどころか、せいせいしているってこと?

 悪いのは、ホミカの純粋さに付けこんだリノたち。それはわかっている。けれど、私の怒りはホミカに、より深く向けられる。リノたちは最初から敵だったが、ホミカは初め私と仲良しだったのに、私を裏切ったからだ。

 私は人を死ぬほど好きになれる―――しかし、一度嫌いになると、殺したいほど憎んでしまう。

 世の中には、愛や絆を謳った芸術作品が溢れているが、あれは所詮、本当は金と名誉しか頭にない自称芸術家が適当に書き並べた、フィクションにすぎない。現実の世界では、平気で浮気をし、平気で人を傷つけられる人間ほど、うまく生きることができる。人を強く思う人間は、逆にすこぶる生きにくいのである。

 「あのとき」とまったく同じ――友達を疑うどす黒い感情。押し込めようとすればするほど、醜く、禍々しく、その形状を歪めて、私の中で際限なく膨れ上がっていく。いけない。このままでは、ホミカを殺してしまう。

 こんな状態ではとても接客にならないと判断し、私は加藤店長の言葉に甘えて、店を早引きさせてもらうことにした。

「あら、もうお帰り?さすがナンバー1様は、余裕があるわね。こちとら安月給だから、時間目いっぱい出て稼がなきゃならないのに。自分の時間がとれて、羨ましいわ~」

 数の力を、自分の力だと勘違いしている大馬鹿者――弱い者が隠し持つ牙が見えない近眼者を無視し、私は帰路についた。

 その晩、私はAに電話をした。八木の店に移りたい旨を申し出たのである。

「ええよ。Nちゃんがそうしたいのなら、そうすればいい」

 Aは意外にも、あっさりと許可を出してくれた。私が八木の店に移るということは、同時に松永社長らとの蜜月関係は崩れてしまうことを意味するが、Aはそれを承知してくれたのである。

「心配はいらんよ。もし松永さんたちと争うことになっても、簡単にはやられはせんよ」

「その自信は、どこから来るの?」

「今は言えんよ。重要な秘密を教えるのは、Nちゃんが完全に松永さんたちと切れたことが確認できてからや。まあ、謀略家は転んでもタダでは起きない、とだけ言っておくよ」

 どういうことなのかはわからない。しかし、とにかく、これで堂々と八木の店に移ることができる。

 私はもう、あの店にはいられない。あのままあの店にいたら、ホミカを殺してしまう。大切な友達を――いや、もう、あの子は友達ではなくなった。これからは、同じ業界で凌ぎを削り合う、完全な敵である。

 Aに続いて、私は加藤店長の携帯に連絡をした。

「移籍するって、どういうことなんだ!」

「すみません、決めたことなので」

「原因は、リノたちだな?俺から強く言っておくから。考え直してくれよ」

 懇願する加藤店長の口調からは、単に店の看板キャストを失いたくない、という思い以上の感情が見て取れる。しかし、残念ながら、私はその想いには応えられない。

「すみません。今まで、お世話になりました」

「N―――」

 もう、話すことは何もない。私は電話を切った。

 私の新しい目標が固まった。私一人の力で、八木の店を、スカーフキッス以上の隆盛へと導いてみせる。誰にも邪魔されない領域まで、上り詰めてみせる。二度と、あんな恐ろしい思いにとらわれないために。
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わわわわわ、Nちゃんついに重信軍から離れちゃうんです?彼女も心配ですが加藤店長も心配です(>_<)本当この二人には幸せになって欲しい…人を平気で傷つけられる人のほうが生きやすい世の中なのかもしれないけれど、私は人をこれほどまでに強く思えるNちゃんを応援したいです!

No title

>>枇杷さん

段々と人間関係に変化が生まれてきたね~。
人を強く思える人間が生きにくいのは僕も実感しているよ・・。結局、人とは「広く浅く」付き合うのが一番理想なんだよね。
「愛」や「絆」を強調する芸術作品を見ると、「他人事だと思って勝手に言いやがって」・・・と思わざるを得ない。かといって、あまりにもドライな考えを見ても、それはそれで不快な思いにはなるけどね・・・ww
もう僕は自分の世界以外で生きられないなあ。

したたかな美女に成長したと思っていたNちゃん
心の中はまだまだ大人になりきれていないようで
この話であの事件のNちゃんらしい部分が戻ってきた気がする

No title

>MSKSさん

三つ子の魂なんとやら・・ですね。小学校高学年ごろに発揮していた性格、性質は、二十代になってもそんなに変わっていないような気がします。性へきもそうかな・・。酒鬼薔薇くんとかも、「反省」はしても、「更生」はしてはいないと思います。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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