凶悪犯罪者バトルロイヤル 第156話

 T・Nにとって、かつて「IKB48」に応援という形で勤務して以来、2か月ぶりとなる、八木との出会い。しかし、そのやつれ果てた外観は、かつて威勢を誇ったあの頃とは、別人のようである。

「・・・一旦、こちらの席に移動して、少し待っていてくれる?大事なお客さんとのアフターなの」

 八木が意味もなく、宿敵松永社長の本拠地、歌舞伎町に、危険を冒して現れるはずがない。何か私に大事な用があるに違いなかった。

「わかった」

 八木を移動させた後、私はオザワと一時間過ごし、タクシーで帰るふりをして、歌舞伎町にとんぼ返りした。八木はその間、ずっと一人で、静かにグラスを傾けていたようである。

「お待たせ。一体、私に何の用?」

「まずは、祝辞を述べなくてはいけないな。ランキング一位、おめでとう」

「ありがとう・・・」

 今月度の店内ランキングは、まだ風俗情報誌には掲載されていないはずである。八木はそれを知る情報網を持っている?いや、たまたま通行人から耳にしただけかも。現在の八木の、本当の実力は、どれほどのものなのだろう。

「あれから2か月。お前は力をつけ、俺は力を失った。大会屈指の智謀の士などと言われ、豪傑都井睦夫を従えて調子に乗っていた俺は、今や明日のおまんまに有り付くこともままならない、ホームレス同然の有様だ」

 八木が自嘲気味に笑った。端正な顔に刻まれた皺が、深い哀愁を醸し出す。刻まれているのは皺だけではない。頬や、グラスを握る手に、無数の切り傷が見える。逮捕前に出来たものではない、もっと新しい傷である。

「ハイエナのような大会参加者に、幾度となく命を狙われた。奴らだけじゃない。不良のガキどもや、頭のおかしな奴からも、命を狙われた。まるで都会を彷徨う捨て犬のように、這いつくばりながら生きてきた」

 生傷の多さや、弱弱しい声音は、嘘を言っているようには思えない。しかし、このすべてを虚飾で塗り固めたような男の言葉である。簡単に真に受けるわけにもいかない。人の同情を誘い、金を引っ張るためなら、自分の身体を傷つけることくらい、朝飯前にやってのける男なのだ。

「だが、チャンスが訪れた。ボロボロだった俺に、再起の金を融資してくれる人間が現れた」

「え?あなたは、懇意にしていた暴力団からも見捨てられたはずでしょ。いったい、だれが・・」

「今は言えない。しかし、あの金があれば、小箱程度のキャバクラは開ける。俺はその看板キャストに、お前を考えている」

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。あの八木が、私を引き抜きに?追い詰められて、おかしくなってしまったのではないか?

「何を言ってるのよ。あなた、私のことを、大した利用価値もない小娘みたいに言ったじゃない」

 ――お前のような小娘など、それだけの利用価値しかないということだ。

 あのIKB48での、八木の言葉――。今思えば、あれがあったから――八木を見返したい一心で頑張ったから、今の自分があるのかもしれない。私はあのとき八木が放った侮蔑の言葉を、まだ忘れてはいない。

「そうだな。調子に乗って見下した女は、あっと言う間に出世の階段を上った。お前はすごかった。そして俺は、人を見る目のない、大馬鹿だった」

 また、八木が自嘲をする。胸が締め付けられる感じ。五十男の哀愁漂う表情というのは、なぜこれほどまでにセクシーなのだろう。

「N。俺を助けてくれないか。俺にはお前の力が必要だ。生き残るために、お前の力が必要だ」

「そんなこと・・・」

 普通なら、できるわけがないと思う。第一、私にメリットが何もない――。

 本当にそうだろうか。確かに私は、スカーフキッスでトップに立った。その地位は、今後も当分は揺らぐことはないだろう。しかし、「王国」が「楽園」とは限らない。おそらく、リノら先輩キャストの嫌がらせ、足の引っ張りは、今後ますます激しさを増す。別に気にはしないが、心配なのは、私の過去のことである。

 今もネットを検索すれば、かつて私が犯した事件の記事は多数ヒットする。嫉妬のあまりリノたちが本気を出せば、私の正体は明らかになってしまうかもしれない。私がキャバクラに勤め、大金を稼いでいることが世間に知られれば、かつてAが言ったように、私は激しいバッシングに晒されるに違いない。そうなれば、キャバクラを辞めなくてはいけないだけでなく、日本で生活できなくなるかもしれない。

 八木が開くという店に移れば、リノたちの嫌がらせは止まる。そして、スカーフキッスより規模の小さい八木の店なら、おそらく私のワンマンチームになる。全体のレベルが高く、他のキャストの声も無視できないスカーフキッスと違い、八木の店なら、私一人に大きな発言権が与えられる。八木に頼んで、ライバルを辞めさせることすらもできるのだ。

 八木の話に、思った以上に旨みがあることがわかり、私の心は動く。そして、それ以上に、老いて群れから置いていかれた一匹狼のような、寂しそうな八木の顔が、卑怯なほど愛おしくて、心が迷ってしまう。

 けれど、決めたではないか。私はホミカと、スカーフキッスを支えていくって。それに、Aのことがある。恐ろしいAが、裏切った私を放っておくはずがない。他の大会参加者そっちのけで、私を狙ってくるに違いない。

「ちょっと、考えさせて」

 悩んだ末、私は八木の誘いを保留することにした。

「わかった。いい返事を貰えることを期待している」

「お金は大丈夫なの?」

 勘定を済ませて帰ろうとする八木に声をかける。

「ああ。女に金を出させるほどには、まだ落ちぶれちゃいない」

 精いっぱい強がる八木の後ろ姿を見送り、私は新しいカクテルを注文した。思考を切り替えるための、ウォッカをベースにした強い酒である。

 明日も仕事がある。バトルロイヤルの戦いとはまた別の、あの熾烈な戦いを勝ち抜くためには、気持ち切り替えていかなければならない。多くの男性の心をつかむには、八木に対して抱いてしまった感情とは、決別しなければならない。
 
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152話(小声)
あの環七通りの戦いで生き残り、その後も何度となく襲撃されながら大事に至らなかった八木氏は強運の持ち主なんですかねぇ…。
枯れたオサーン(死語)もストライクゾーンだけにあの振る舞いが演技だとしたら悲しいわw
果たしてNちゃんはどちらを取るのか(; ・`д・´)

No title

>OKBさん

152話抜けていたね・・・ww
早めに気づいてよかったよ。直しておきます。
八木ちゃんは数人の愛人を使って保険金殺人を犯した艶福家だからねえ。女を手玉に取る術は知り尽くしているんだろう。
若いNちゃんでもコロッとやられちゃうのさ。
サイコパスはどうしてこうも異性にモテるんだろうねえ。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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