凶悪犯罪者バトルロイヤル 第146話

 松永太は、復帰戦を勝利で飾った加藤智大を眺めていた。

 素人目に見ても、見事な立ち回りだった。強豪小泉を相手にあの内容で勝てるのならば、都井に負ける以前よりも、力は上になっているだろう。しかし、手離しでは褒められない。あの男・・宅間守との戦いの時は、もう現実に考えられるところまで迫っている。加藤には、一層の覚悟を持ってトレーニングを積んでもらわねばならない。宅間と単独で渡り合えるポテンシャルを持っているのは、全参加者中でも加藤しかいないのだから。

「さあ、用事は済みましたから、これ以上の長居は無用です。松村くん。運転を頼みます」

 指示を出しつつ、視線を、鳴動する携帯電話に転ずる。ディスプレイに表示されている名――角田美代子。

「どうしました?」

「それが・・その・・・」

 珍しく、角田に動揺が見える。何か不測の事態が起きたようである。まあ、松永には、角田軍がいかなる事態に直面したのか、すでにわかっているのだが。

「ターゲットを取り逃がした・・・!?いったいそれは、どういうことですか!!」

 自分がそれを仕掛けておいて、松永は角田の失態に、激昂したフリを見せた。

「いや、アタシたちだけだったら、うまくいってたんだよ。邪魔者が入ってさ・・。北村一家だ。あいつらが、ごちゃごちゃと文句をつけてこなかったら、こんなことにはならなかったんだ」

 松永は、口角をギッと吊り上げた。「麻宅同盟」「麻原包囲網」、どちらにも属さない中立勢力である、北村一家を利用する計画は、大成功を収めたようだ。

 松永は前日、角田軍のターゲットである丸山博文に金を握らせ、北村一家に電話をかけさせていた。「あなた方の軍に加わりたい。ついては、七月○×日、自宅アパートまで迎えに来てほしい、と。

 そんなことをしたのは、角田軍と鉢合わせ、角田の作戦を妨害させるためである。角田に、丸山を取り逃がさせる――挽回のため、角田が積極的にバドラに攻め込むようになる――我が軍の戦力を使わず、バドラの戦力を損耗させる、という計画である。

 角田軍とバドラを戦わせるならば、バドラに丸山を迎えに来てもらうのが一番手っ取り早いことはわかる。しかし、現状、人数に余裕があるバドラは、おそらくそこまではしないだろうと、松永は読んだ。逆に、今後のことを考えれば、喉から手が出るほど人材を欲している北村一家ならば、呼べば必ず迎えにくるだろう。

 それに、バドラ側に謀略が漏れてしまえば、逆に小泉毅を狙う我が軍が、バドラの急襲を受けてしまうかもしれない。そうなれば、たとえそこを生き残っても、我が軍と角田軍の立場が逆転してしまう。すべての計画を実現するには、第三勢力である北村一家を利用するしかなかった。

「なんだか知らないけど、北村一家の話を聞く分には、丸山は二股をかけていたみたいだね・・。それさえ事前にわかってりゃ、こんなことには・・」

 何も知らない角田。二股など、あるはずがない。

 丸山は1942年、北九州市で生まれた。母は丸山が三歳のときに亡くなり、父はアルコール依存症で働かず、家庭は貧困を極めていた。丸山は家計を支えるため、幼いころから大工や農家の手伝いをせねばならず、義務教育もロクに受けられなかったため、その学力は、成人してからも、小学生レベルの漢字の読み書きすら覚束ない有様だった。

 義務教育終了後、全国の建設現場を転々として暮らす生活を送っていたが、30歳のとき、水商売の女性と結婚。居を落ち着け、一児をもうけたが、この妻は男にだらしがなく、子供がいる身ながら毎夜遊びあるくような生活を送っていたため離婚。丸山は、子供を施設に預けなければならなかった。その後は全国の建設現場を転々とする生活に戻り、収入はけして安定しなかったが、そんな中でも、丸山は施設への送金を一度も欠かすことはなかったという。

 しかし、金にも人の温もりにも恵まれぬ生活の中で、丸山の心は荒んでいった。

「今まで真面目に働いてきちょったとに、何でワシばっかりがこげな目に会わないかんと・・?」

 弱者を蔑み、食い物にする社会への不満が、狂気へと変わっていったのである。

 そして1980年、新宿西口にて、バス放火事件を起こす。六人が死亡し、二十二人が重軽傷を負う大事件であったが、丸山は犯行当時精神耗弱状態にあり、また被害者の一人が丸山の境遇に同情を寄せ、世間からも減刑の嘆願が多くあったことなどから、判決は被害者人数からいえば異例の無期懲役となった。このとき丸山は、その無知から、無期懲役を無罪と勘違いして被害者遺族に土下座をするなどして、法廷には笑うに笑えぬ空気が漂ったという。

 データを見る限り、丸山とは、誠実なだけが取り柄のような男である。そんな男に限って二股などあるはずがない。また、そういう男であるから、松永が言いくるめるのも容易かった。自分で襲撃計画を練っておいて、「襲撃を逃れるには、北村一家を利用するしかない。角田軍と北村一家が争うその隙にしか、君は家を出ることができない」などと、いけしゃあしゃあと言ってのけたのである。前日にはネットカフェを利用するなど、いくらでも手はあったというのに、丸山は疑うことさえしなかった。松永が疑わせなかったのだが。
 
「言い訳は無用です。あなた方がもっと早く・・それこそ、夜襲でもかけていれば、そんなことにはならなかったんだ!なのにあなた方はなんですか!のんびりのんびり、こんな時間にやってきて・・。しかも、コリアントリオは置いてきて・・。同盟軍全軍を動員していたら、北村一家を追い払うのもわけはなかったはずです!あなたはこの失態を、どう落とし前をつけるつもりですか!」

 烈火のごとく怒り――いや怒るフリをして、松永は角田を恫喝する。一のミスをした相手に、百のミスをしたように思わせる――松永の得意技である。

「どうするったって・・・」

「包囲網の先陣を切って、バドラを攻めるか、このまま包囲網を脱退するか・・二つに一つです」

 選択肢――それも答えが決まりきった選択肢を提示することで、相手の思考を制限する。

「早く決めてください」

「わ、わかったよ・・アタシらがバドラを攻めればいいんだろ」

 そして、決断は最後に必ず相手にさせることで、「自分で望んでそのようにした」という形を作り、責任を回避する。

「わかっているのなら、それでいいのです。必要ならば、こちらからも援軍や資金を提供しますよ。なに、ミスは挽回すればいいのです。盟主としてケジメをつけるためといえ、言い過ぎてしまいました。すみません。我々は、角田さんの力を高く評価し、必要としていることは変わりませんから」

 厳しく言った分だけ、フォローもきっちりと。これで相手は、気分よく仕事をしてくれる。

 松永の謀略の方程式が、完璧に決まった形となった。

 策士策におぼれる――才知に長けた者ほど、意外と謀略に引っかかりやすいということがある。己が一番頭がいいと思っているから、己が騙されることが想定できないのだ。

 角田美代子殿――。あいにく自分は、貴女を味方だとは思っていない。手を携えたのは一時のこと。自分の理想は、味方の立場でいながらにして、貴女を死に追いやることです。

 何も珍しいことではありません。サラリーマンの自殺原因の上位には、常に職場の人間関係が入っています。敵はむしろ外よりも、内にいるものです。

 このバトルロイヤルは、現代社会の縮図――たった百人の争いに勝てないようでは、七十億人類の争いには、勝てはしません。

 まだ自分は、一ラウンドを取っただけ。貴女に勝ったとは思っていません。今後、貴女の方から、も仕掛けてくるなら、遠慮せずにどうぞ。受けて立ちます。そちらも、ゆめゆめご油断なさらぬよう――。

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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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