凶悪犯罪者バトルロイヤル 第143話

 加藤智大は、小泉毅殺害のため、全軍を乗せたハイエースを運転し、敵の家へと向かっていた。

 小泉毅・・元厚生労働省事務次官の犯人。宅配業者を装って被害者宅を訪れ、ターゲットとその家族を殺傷したこの事件は、当初、年金問題に対するテロ行為であると報道され、負け組の社会への報復であるとして盛り上がりを見せていたが、逮捕された小泉が語った動機とは、幼少期に殺処分された愛犬の復讐であるという、超個人的なものだった。

 たしかに、家族同然に過ごした愛犬ならば、殺害された恨みは長年に渡って尾を引いてもおかしくはない。しかし、犬の復讐を厚生事務次官に行うというのは、例えば「エヴァンゲリオンのパチンコで十万円負けた恨みを、アニメ総監督の庵野秀明氏に向ける」に等しい、あまりに飛躍した考えである。殺害現場からの逃亡に当たって、警察のNシステムの位置を完全に把握して回避するなどの周到な計画を練る知性を持つ小泉が、そんな突飛な発想を抱くとは不自然である。

 加えて、犯行当時の小泉の生活は謎に包まれており、仕事をしている様子が一切なかったにも拘わらず、家賃の滞納もなく、ときには繁華街で酒を飲む姿も目撃されたという。そのことから、小泉は単独犯ではなく、何者かに雇われたヒットマンだったのではないか、との説もいまだに根強い。

 しかし、小泉は動機については犬の復讐の一点張りで、それ以上は黙して語らず、今こうして、バトルロイヤルの大会に参加している。立場は、俺たちの敵である。ならば殺し合うしかない。

「小泉は大会において、殺害経験こそありませんが、四月には、まだ一人で行動していた時期の宅間軍上部康明、五月には、旧八木軍の都井睦雄などと戦って生き残っています。それなりに実のある強さを有しているとみて、間違いはないでしょう」

 重信さんの分析を聞き、身が強張る。都井睦雄――俺が手も足も出なかったあの男と一人で遣り合い、生き残った男。俺は小泉に、勝てるのだろうか。

 三十分ほど車を転がして、現場に到着した。文京区の、閑静な住宅街。人が動けば、すぐに目につく場所である。

「バドラの面接は、本日、朝十時より、世田谷のバドラ本部にて行われるそうです。時間を逆算すると、ちょうど朝八時ごろ、小泉は自宅から出てくると見ていいでしょう。それまで、小泉の自宅前にて、待機とします」

 現在時刻は、早朝の四時である。重信さんの読みが正しければ、俺たちはこれから四時間、じっと車の中で待機を余儀なくされることになる。

「加藤くん、カーラジオを」
 
 重信さんに言われ、俺はラジオのスイッチを入れた。

 兵士にとって、「待つ」という行為に耐える精神力は、敵陣に突撃するための精神力と同じくらいに大切である。考えてみれば当たり前の話だが、前線においては、戦っている時間より、ただ待っている時間の方が遙かに長い。戦国時代の城攻めなどは、一年、二年も城の包囲を続けるといったこともザラであった。長期退陣の中で襲ってくる、退屈、疲労、不安、孤独などのストレスは、衛生状態の悪さから来る疫病と並び、ある意味敵兵以上の脅威なのである。

 一瞬でも気を抜けば、命を失う戦場。しかし、待機時間にまで、集中力を切らさずにいる必要はない。あまり緊張しすぎれば、訓練を受けた兵士でも発狂してしまう。談笑や、ときには娯楽も必要である。第一次、第二次の世界大戦でも、戦場の兵士には、トランプなどのカードゲームの携帯が認められていた。しかし、弛みすぎもいけない。このあたりは、小隊の統率者のさじ加減が重要となってくる。重信さんの場合は、携帯ゲームの持ち込みや、携帯でネットサーフィンをすることなどは禁止であるが、視線を戦場に向けつつ、ラジオを聴くのはOK、ということだった。

 ラジオを聞きつつ待っていると、やがて、空が白み始めた。近隣住民が起きてきて、掃除やゴミ捨てを始め、やがて、通勤通学のサラリーマン、学生の姿も見え始める。二時間も三時間も、ずっと同じ場所に停まったままの車を不審に思う住民は、誰もいない。これが田舎とは違う都会人の性質であり、俺たちにとっては、実に仕事がしやすい。

 俺たちが車を停めて待機するのはアパート前の道路であるが、小泉が確実にアパートの玄関から現れる保証はない。思わぬところから出てくるかもしれない。そこで、委員会が口出しできない最小限の距離である、半径百メートル以上に、アンダーグラウンドの一般人が配置されている。小泉がどの方向から出てきてもいいように要所を固め、完全に包囲しているのだ。小泉にはもはや、逃げ場はない。それはつまり、俺もまた、小泉と殺し合うのを避けられない、ということだ。
 
「失礼。同盟者からの電話です」

 助手席に座る松永さんが、電子音を鳴らす携帯を取り、通話を開始した。受話口から聞こえる皺枯れた声は、「麻原包囲網」参加者の一人、角田美代子のようだ。

 現在時刻、七時二十七分――。夏の朝の陽ざしは、スモークフィルムを施したガラスの向こうからも容赦なく照り付ける。俺は冷房の温度を下げた。

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あけおめです!久しぶりにきたらまたまた緊迫の展開…!加藤パートはいつもハラハラドキドキしながら読んでますo(;-_-;)o彼らもお正月くらいゆるりと過ごしてくれていたら良いのですが…

No title

>>枇杷さん

あけましておめでとう!
枇杷さんのような熱心なファンに支えられて、なんとかここまでやってこれました。今年もよろしく!

ある意味なんでもありの麻原は宮崎パートと比べて、加藤や松永パートはリアリティを意識しないといけないから大変やで。

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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