凶悪犯罪者バトルロイヤル 第138話

 市橋達也は、「ひまわり館」閉鎖に伴う、残務処理に追われていた。

 三日前、高崎が、大会参加者の手によって殺害された――僕の目の前で。事件を受け、館長のシジマは、即刻、施設の閉鎖を決定した。元々、資金難により運営が困難になっていたところに、職員の不祥事による利用者死亡とあっては、もはやどんなに頑張っても、存続は不可能であった。

 「知的障碍者男性」が突如、理由もなく「住民男性」を襲い、もみ合った末、知的障碍者男性が殺害された――。それが、警察による事件概要の発表だった。間もなく、その架空の「住民男性」とやらは「正当防衛により不起訴」ということになり、事件は闇に葬られるのだろう。委員会による捏造、ここに極まれりである。 

 あのとき、僕は高崎を見捨てた。すべて見なかったことにして、その場から逃げ出した。

 タイミングとしては際どいところで、あの場で僕が乱入していたところで、高崎が助かったかどうかはわからない。しかし、飛び出していれば、少なくとも自己満足にはなっただろう。だが、僕はそうしなかった。

 死を恐れていた。それが半分。もう半分は、「楽にしてやった方がいいのではないか」ということだ。

 単なる免罪符なのかもしれない。しかし、実際、あれから高崎が生きていて、どうなったというのだろう。

 生産能力のない人間を生かしておいても意味がないだの、税金の無駄だの、そんなお前は何様だというような意見を言うつもりはない。あくまで、高崎の立場に立って考えてみて、ということである。

 心の拠り所としていた母親は、すでにこの世にはない。高崎には、それを知る知性もない。永遠に、存在しない母親を探して、孤独に苛まれながら、彷徨い歩くしかない。そんな人生を送って、どうなるというのだろうか。高崎に何が残るというのか。

 「人間生きてりゃ、いつかはいいことあるさ」などは、究極的に無責任な言葉である。じゃあその人の言うように実際に十年二十年生きてみて、何もなかったらどうするというのか。それを言っていいのは、実際に幸せを与えた人間だけだ。「いいことあるというなら、あんたが一万円をくれれば少しはいいことなのだからくれ」という話である。何も与えられないなら、下手なことは言うべきではない。

 だからといって、もちろん勝手に人を殺していいわけではないが、見捨てる権利くらいはあると思う。僕は、この先、高崎の人生に展望がないと思ったから、彼を見捨てた。自分の命もかかっていたことであり、それは別に、責められることではないと思う。

 気になるのは、高崎がアパートに突入する際に口走っていた言葉である。確か、「お母さん」と聞こえたように思う。当日、あの場にいた女性は、参加者のT・Nただ一人。高崎がお母さんと言っていたのは、彼女のことだったのだろうか。まず間違いなく勘違いであろうが、刑務所から届いた高崎の私物に、母親の写真は混じっていなかったから、確認はできない。調べてみればわかるのかもしれないが、そんなことをする趣味も、好奇心も、また暇もない。僕は残務処理を終え、働いた分の給料を割ってもらい、次の仕事を求めて何処かへと去るだけだ。

「ええーー!?じゃあ、たかさきくんは、しんじゃったの??」

 仕事の手を止め、トイレに立ったとき、レクリエーションルームから、利用者たちの声が聞こえてきた。

「そうだよ。高崎さんは、もう、この世にはいないんだ」

 館長のシジマが、利用者たちに高崎の死を告げている。

「たかさきくん、かわいそう・・・」

「高崎さんは、可愛そうなんかじゃないよ。高崎さんは今、天国で、大好きなお母さんと幸せに暮らしているんだから」

 そのシジマの言葉を聞いて、僕は違和感を覚えた。

 どうして一人の人の生涯について、そんな勝手なまとめ方をするんだ?誰がどう見たって、高崎は不幸じゃないか。おそらくはやってもいない罪で長い間刑務所に入れられ、その間に最愛の母は亡くなっていた。出所後もそれを知らず、愛に飢えながら、母親を探して彷徨い歩くだけだった。施設で暴れてみんなと喧嘩をし、男性の大事なところまで、勝手にいじられて・・・。

 そんな高崎の人生を幸せなどというのは、遺された者の自己満足に過ぎないじゃないか。言霊信仰でもあるまいし、それで死者が浮かばれるというのか?

 知的障碍者相手だから、そういうことにして誤魔化している・・。シジマに限って、そんなことはないだろう。おそらく、悪気があってのことではない。それはわかる。しかし・・。

 臭い物には蓋をして、事実を事実として認めない。荒野をお花畑だったことにして、勝手にハッピーエンドを作り上げ、すべてを片付ける。それでいいのだろうか。先に死んだ者から何かを学ぶ機会を、棒に振ってはいないだろうか。

 だが、シジマの考えを訂正する気も起こらない。そんな資格は、僕にはない。

 それから二日後・・。先輩職員のツクシが、高崎脱走の責任を感じて自殺した。風呂場で手首を切ったということだった。大会参加者は、間接的に二人の人間の命を奪ったのである。それでも、大会中止を告げる連絡は届かない。一般人を巻き添えにして、まだこんな殺し合いゲームを続けようというのだろうか。

 そしてその翌日、いよいよ僕が、「ひまわり館」を去る時がきた。去り際、猫の入ったケースを部屋の外に持ち出したことにより、僕が猫を飼っていたことが、施設の利用者にバレてしまった。

「かわいいー」

「おなまえ、なんていうの?」

 それでハッとした。そういえば、出会ってから三か月以上もたつのに、まだ猫の名前を決めていなかったじゃないか。

「クロッカス・・」

「え?」

「いや・・クロ。クロっていうんだ」

 咄嗟に思いついた花の名前。しかし、長すぎるし、語呂が悪いと思い、猫の色を見て訂正した。

 クロッカス・・花言葉は、「悔いなき青春」。大学の園芸学部で覚えた花である。22歳で、僕に命を絶たれた「あの人」の人生への願いが、その花の名を思い浮かばせたのだろうか。

 だとしたら・・僕こそ、人の生涯を、勝手にまとめようとしているじゃないか!100%、自分の都合のために・・。

「いちはしせんせー。いままでありがとう」

「ああ・・みんなも、達者で・・」

 自分への憤りを悟られないよう、精いっぱいの笑顔を浮かべ、僕は「ひまわり館」を去った。僕が守らなければいけないもの・・クロを連れて。

小説・詩ランキング

小説・詩


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR