凶悪犯罪者バトルロイヤル 第136話

 陽の光が雲間から差し込み始める時刻――。市橋達也は、千代田区の住宅街を歩いていた。

 昨夜、高崎が、施設からの脱走を図った。初めてのことではないから、職員はもちろん警戒していたのだが、その日に限り、なぜか夜間の当番、ツクシが、何処かへ姿を消してしまっていたのだ。

 3時間近く、職員総出で足を棒にして探し回ったが、高崎は見つからない。先に見つかったのは、ツクシの方だった。なんでも、入れあげているキャバクラ嬢と、繁華街を歩いているところを発見されたらしい。

 ツクシを責める気も何もない。僕はとにかく、自分の仕事を果たすだけ――何としても、高崎を探し出すだけだ。

 高崎は体重100キロ近い巨漢であり、また、知的障碍者でもあるから、警察の目には着きやすく、今までは、夜明け前には警察に保護されているのが普通だった。しかし、今日に限っては、未だ警察からの連絡は入っていない。いったい、高崎は、どこでなにをやっているというのか――。

「――!」

 とあるマンションの近くで、ようやくに高崎の姿を見つけることができた。ホッと息をついたが、次の瞬間、身も凍るような戦慄に、安心は掻き消された。

 高崎が見つめるマンションのドア付近に、三人の若い男・・参加者の加藤智大、A・S、T・Sの姿があったのだ。

 
  ☆    ☆    ☆    ☆     ☆

 T・Nが、小林薫の腕の中に捉えられ、4時間あまりが経とうとしていた。

 私を人質に取った小林は、玄関前に立つAらに、この場から去るように要求したが、Aは頑としてそれを受け入れない。かといって、小林も人質である私を殺す踏ん切りがつかず、事態は膠着していた。

「小林の兄さん、いい加減観念したらどうなん?もしNちゃんを離してくれたら、僕らは兄さんには何もせんよ。約束する。何なら、タクシーでも呼べばいい。逃走資金が必要なら、ほら。お金も用意してあるよ」

 Aが小林に、三十枚の一万円札を、トランプの手札のようにして見せた。

「ほとんど俺の金だろうが・・」

 舌打ちをしたのは、加藤店長である。

「せやったね。まあええやん、加藤くんの方が僕よりずっと羽振りがええんやから。Nちゃんを助けるためやで。ケチなことは言ってられんよ!」

 カラカラと笑うAを、小林は身じろぎもせず、メガネの奥の細い目でじっと見つめている。

 小林に、私を解放する気はないようだった。客観的に考えて、逃走用にタクシーを呼ぶのを許してくれるのと、三十万円の資金獲得は悪い条件ではないように思えるが、小林はそれよりも、私との生活が崩壊するのを恐れているようだ。小林の中で私は、それほどまでに大きな存在となっていたらしい。

 ツンとした刺激臭が鼻をつく。4時間の膠着の中で、小林は尿を漏らしていた。私は何とか耐えているが、そろそろ、限界が近づいていた。体力も気力も、いつまで持つかどうか――。

「・・・・誰だ?」

 加藤店長とTが、マンション入り口の方向に視線を向け、表情に警戒の色を湛えた。Aはといえば、待ち人が現れたように、目を爛々と輝かせている。何か必死に、笑いをこらえているようでもある。

 開きっぱなしの玄関から一歩退いたAたちの変わりに、私と小林の視界に現れたのは、丸々と太った、中年の男性だった。

「お・・・・お・・・・」

 男性が口角から涎を垂れ流しながら、何事かを呟いている。何?この人は、誰なの?言いようのない恐怖が、私の背筋を這った。

「おがああざん!おがあああざあん!」

 いったい何を思ったのか、男性は突然、わけのわからない言葉を喚きながら、私と小林に突進してきた。この走り方――。どこかで、見たような―――?

「おがああざん!おかあざあああ!」

 男性が、両手の底で、小林を滅多無人に殴りつける。その力は相当に強いらしく、小林はひるんでバランスを崩し、とうとう私を手離した。

「こ・・・のっ!」

 脱兎のごとく逃げ出した私の背後で、恐ろしいことが起きていた。私がそれに気づいたのは、玄関の外まで出て、室内を振り返ってからであった。

 フローリングの床に滴り落ちる鮮血。腹部からシャワーのように血液を噴き出させながら、それでも小林を殴り続ける男性。しかし、三十秒が経ったころだろうか。男性の動きが鈍り、そして止まった。

「う・・・あ・・・」

 誤って一般人を刺してしまった小林は、茫然としている。Tも、加藤店長も、あまりのことに、中に踏み込むこともできない。ただ一人Aだけが、笑いをこらえきれずに口を三日月形に曲げている。

「おかあさ、おかあ、さ」

 虫の息の男性は、私の方を見ながら、まだ何かを呟いている。私は、加藤店長が止めるのを振り切り、男性のところへ行った。男性の頬を撫でてあげた。なぜかはわからない。なぜか、そうしなければいけない気がした。男性の鬼気迫る形相が穏やかになり、そして完全に呼吸が止まった。私が男性を撫でるのを、小林はただ、じっと眺めているだけだった。もはやすべてが終わったことを、悟っているようだった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

>津島さん

スゴい…。

用事で身支度中に、
またまた、読みふけってしまいました…。
朝すぐに書けなくて、ゴメンなさい_(._.)_

最後のNたん、良いですね…!

>私は、加藤店長が~~~気がした

…まで。特に好きです♪

自覚のない母性本能…?(勝手な想像)

終始、ゾクゾクしちゃいました…。

No title

>夢咲蘭さん

Nたん良かったですか~w
僕はどちらかというとAくんの鬼畜ぶりが書いていて楽しかったですがw

うわわわわばやしこ(小林さん)ついに一般人を…!!Aくんが仕組んだことなんです?さすがド鬼畜ボンバーですね(><)個人的にはTくんの活躍ももっと見たいです~(^-^)/

No title

>>枇杷さん

Tくんか~、そういえば少し影が薄いかもしれないねw僕の中で、Aくんのオマケ的扱いだったのかもしれないw考慮してみます~。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR