凶悪犯罪者バトルロイヤル 第十八話


  市橋達也は、小池俊一と席を並べて「ラーメン二郎」で食事を摂っていた。
 
 小池俊一。僕と同じ、全国指名手配犯だった男だ。ポスターの標語は、あまりにも有名である。つい最近、アパートから遺体で発見されたそうだが、それまでに11年という、僕を遥かに超える逃亡記録を樹立した人だ。

 小池さんから先ほど受けた、この大会を協力して生き残ろうという申し出に、僕は一も二もなく承諾した。自分と同種の人間なら、敵意がない相手を、無闇に殺したりはしないだろうことはわかっていた。バトルロイヤルを最後まで逃げ切るために、この情報化社会で11年もの逃亡生活を送ったそのノウハウを吸収したかった。

「逃亡のコツ?ま、そりゃ、なんといっても目立たんようにすることや。余計な口は一切叩かず、遊びもほどほどに。可能な限りは家から出んようにする。基本やな」

 それはわかる。僕も飯場で生活していたころは、必要最小限の挨拶と世間話以外は、ほとんど他人と口をきかなかった。元々人と話すのが大好きというわけではなかったから、この点は性格に恵まれたといえるだろうか。

 それに、無口は現場でも気に入られる。「仕事が出来る人は余計なこともする。だから嫌われる」飯場の現場監督が口癖のように言っていた言葉だ。「はい」「すみませんでした」「教えてください」現場では、この三つの言葉さえ使えればそれでいい。言われたことだけをやり、余計なことはやらない。そういう人が長続きする。

「あと、異性を誑かして家に転がり込むっちゅうのは一つの手やな。なんちゅうても経済的に有利や。意外と気付かれんもんやで。恋は盲目っちゅうが、気付いとっても気づかんふりする場合もあるしな。兄ちゃんなんか男前なんやから、試してみるのもええんやないか?」

 それはできないと思う。女性と暮らすとなれば、性の問題は不可避だ。僕は自分が起こした事件から、セックスに対して恐怖感を抱いている。飯場にいたころ、同僚たちは毎週のように飛田に女性を買いに行っていたが、僕はただの一度も同行したことがなかった。セックスが出来なくても女性を繋ぎ止める話術も、僕にはない。

 それに、飼っている猫のこともある。やはり僕には、どんなに大変でも、危険に身を晒しても、自分一人の力で生きていく方が性に合っている。

「兄ちゃんには言うまでもないことやが、外見を変えるのも基本中の基本やな。といっても、なんも高い金かけて整形せんでもいい。短髪なら長髪に、長髪なら短髪に髪型を変えて、髭を生やす。たったそれだけで、人間の印象はがらりと変わるもんや」

 整形せんでも、という言葉が胸に突き刺さった。名古屋市で受けた美容整形。あれがきっかけで足が付き、僕は逮捕された。費用をケチって胡散臭い病院でやってもらえば安く上がり、身分も割れなかったのだろうが、杜撰な治療で細菌感染でもして顔面崩壊してしまったらたまったもんじゃないから、仕方なかったのだとは思うが。整形せずに逃げ切れる自信もなかったし、運命だったのだろう。

「地獄のような痛みを我慢できるなら、硫酸で指紋を消すってのも手の一つやな。あ、でもこれは警察から逃げてるわけやないから、必要ないのか」

 逃亡生活初期の頃、縫い針を使って、自分で鼻と唇を手術したときの痛みが蘇った。本当に必死だったから、それほど辛くはなかった。

「ただ、今回は、警察から逃げるよりも厄介な戦になるかもしれんがな。東京都内には無数のヤクザの事務所がある。裏社会は今は平和共存路線やから、その情報網は、県警や所轄ごとに、縄張り意識の強い警察よりもむしろ強固やで。参加者の中には、ヤクザを味方につけようって奴が必ず出てくるやろ。そいつが金を使って俺らを探し始めたら一貫の終わりやで」

 同意して頷いた。飯場にいたころ、たくさんのヤクザを見てきたが、彼らは総じて執念深い。元締めのヤクザにも、食い詰めて作業員になった同僚の元ヤクザにも共通していえることだ。そんな彼らに、束になって、血眼になって居場所を探されたら、とてもじゃないが逃げ切れないと思う。警察から逃亡していたあの頃よりも、もっと頭と神経を使わなくてはならないようだ。

「ま、今はまだ焦る時期やない。ところで話は変わるが、お前、俺以外の参加者に会ったか?ちなみに俺は、二人ほど顔をみかけた。向こうは気づいてなかったようやけどな。東京ってのは、意外と狭いもんやで」

 浅草で会ったあの女性のことを話してみようか。小池さんは、今は協力者なのだから、情報交換は大事だ。

「浅草で会ったんですけど・・見た目、30歳から40歳くらいの女性で・・。僕の名前を知っていたから、多分参加者だと思うんですけど、名鑑を見ても顔が載ってなかったんですよね・・整形をしたんですかね・・・」

 小池さんは難しい顔でしばらく考え込んだ後、おもむろに口を開いた。

「俺の勘が正しければやが・・それはきっと、福田和子や。俺らの大先輩。兄ちゃんもよく知っとるやろ」

 福田和子。同僚のホステスを殺害して15年の逃亡生活を送り、時効直前に逮捕された女性だ。そのドラマチックな生涯には心酔する人も多く、テレビドラマ化もされてアイドル的な人気を誇っている。嘘か本当か、石川県で和菓子職人の家に転がりこんでいた時期に、メジャーリーグで活躍した松井秀喜選手と交流があったそうだ。犯罪史に残る逃亡犯が作った和菓子を食べて育った松井選手が、球史に残る国民的ヒーローになったというのは、なんとも数奇な運命である。

 あの女性が、福田和子・・。それなら、あのとき感じた、実のお姉さんを見ているような親近感も頷ける。

「あの女は怪物や。さっき、逃亡の基本は目立たないようにといったが、あの女は接客業に従事し、朗らかな性格で、近所の人気者だったそうやからな。兄ちゃんにも経験があるやろうが、田舎者ちゅうのは、余所者が来るとまずは疑って、いろいろ詮索しようとしてくる。それをかわして、何年も居座り続けたんやから、肝っ玉が太いっちゅうか、大した女やで」

 たしかに、僕にはマネのできない芸当だ。尾籠な話だが、おそらく、よほどの「床上手」でもあったのだろう。他人の警戒心を解くだけの魅力が、彼女にはたしかにあったのだ。どこへ行っても人と上手くやれなくて、友達もできず女の子とも長く続かず、トラブルばかり起こしていた僕とは大違いだ。

「ま・・心配ごとは尽きんが、神経すり減らしとっても持たんからな。食うもん食って、しっかり体力つけて、ストレスを発散するのも重要や。ほれ、奢ってやるから、食え食え」

 それもそうだ。僕は丼に箸をつけ、並盛といいながら、普通の店の大盛を遥かに超える量があるラーメンをすすった。

「おらアっ!注文間違えてんじゃねえよ!お前何度目だあっ!」

 カウンターの中では、頭の悪そうな顔をした髭面の男が、若いアルバイト店員に怒声を飛ばし、膝蹴りを食らわせている。僕はげんなりした。ああいうのが、カッコいいとでも思ってるんだろうか。やるんなら裏でやれよ。食べているこっちは、食事が不味くなるだけだというのに。

 が、所詮は他人事。黙々と食べるのに専念している小池さんを見習うことにした。このチャーシューは、猫への土産に持ち帰ってやろう。
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No title

市橋と小池と福田。逃亡犯が揃いも揃いましたね。
小池は逃亡先で病死。福田も確定後間もなく病死。
やはり息を潜めての逃亡生活は精神的にも肉体的
にも相当キツいのでしょう。
海外に高飛びしたほうがまだ楽なのでしょうか?
ダッカ日航機ハイジャック事件の大道寺あや子など
逃亡先でお気楽にやっているんでしょうね。
旦那の大道寺将司は拘置所で不自由な暮らしをして
いるというのに…

No title

>>1番コメさんコメントありがとうございます!


  消耗度は半端じゃないでしょうね。町を歩けば、道行く人の全てが自分を狙っているように思えるようです。僕も鬱のピーク時は世界中の人間すべてが敵に思えたものですが、そんな次元じゃないんでしょう。それに、逃亡中は迂闊に病院にも行けないですからね。

  今は海外に高飛びしても安心とはいかないようです。「子連れ狼」の西川和孝がタイに逃亡した際には、あっという間に捕まっ手強制送還されてしまいました。ただ東南アジアは物価が安いです。なにも犯罪者でなくとも、働き盛りにセミリタイヤして「外籠もり」生活を満喫する生き方もトレンドになっていますし、経済的には有利でしょうね。

初見の人のネタバレ回避として念のためこの回にカキコ
福田ネキ初登場回の夕日のシーンは今作品の中でお気に入り場面ベスト5に入るよ
手持ち資金を整形費用に全振りしたなら既に私たちの知ってる容姿ではないんだろうね
さすがに老舗和菓子屋の後は人目を避け生計を立てていたようだけどホステスとしても和菓子屋女将としても有能だっただけに最初の過ちが本当に惜しい
市橋小池の食事シーンは「ラーメン大好き小池さん」だけにラーメン二郎を選んだか
先日福田さんの生涯を再ドラマ化した番組を観た時にコメしたかったんだけど間が空いてしまままま
02年版も俄然観たくなった

No title

OKBさん

 最近やった福田和子のドラマは見逃しました。やっぱり年齢的に主婦層の共感を得やすいからかな。市橋の逃亡劇もサバイバー的要素があって結構見ごたえあると思うんですが・・・。

 福田和子の人心掌握術は逃亡犯という立場で必死に生きようとする決意から磨かれたたものだという見方もあります。人間、否応なしにそういう立場に追い込まれると変わるもんです。

 どうでもいいけど一番コメさんって言い方懐かしい・・・。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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