凶悪犯罪者バトルロイヤル 第126話


 市橋達也が、知的障碍者更生施設「ひまわり館」で働き始めて、二週間ほどの月日が過ぎた。仕事はまだわからないことだらけだが、ついていくのが精いっぱいだった最初のころに比べたら、戦力にはなれているのだろうか。あまり自信はないが、少なくとも、利用者たちとの親密度は、それなりには深めることができたようである。

「いちはしせんせー、おはようございます」

「ああ、武田さん。おはよう」

 いい挨拶である。人と人とのコミュニケーションは、挨拶さえできればそれで十分だと思う。くだらないお喋りばかりが達者で、ろくに挨拶もできない、または、上の立場の者にしか挨拶をしない。そんな輩に、人をコミュ障呼ばわりする権利などないのだ。

「センセー見て見て、虫を一杯、捕まえたよ」

「あ、ああ・・。すごいね。でも、ナメクジはどうかな・・?」

 更生施設は隔離施設ではない。健常者との関わりは、避けては通れない。こういう人に不快感を与えるようなことは、本当ならキツく注意すべきなのだろうが、僕にはどうしてもそれはできない。僕はずっとここに留まるつもりはなく、時が経てば、また何処かへと去るつもりである。利用者のことを思うより、変に波風を立てたくないという思いが強い。

 ちなみに、猫のことは、利用者たちには伝えていない。まだ、彼らと知り合って間もないから・・というのは方便で、実際は、利用者のことを信頼していないからなのだろう。別に、悪いことだとは思わない。だって僕らは、「同じ」ではないのだから。

 「平和のための差別」は、確実に存在する。障碍者と健常者を完全に一緒に扱うことは、一部の健常者の、精神的思想的な自慰となるだけで、当の障碍者にとっては、いらぬ損を被るだけなのである。

 利用者たちと仲良くなるのはいいことである。だが、少し困ったことも。

「いちはしせんせー、おべんと作ってきたよ。食べて、食べて」

 利用者の一人、真島麻衣子。彼女が、どうやら、僕に好意を寄せているようなのだ。

 知的障碍者にも、健常者同様、恋をする。性欲もある。彼らは欲求をコントロールできないから、小さいときから親や教員がしっかり性教育を施し、欲求を処理する際は、人目につかないところでしなければならないことなどを指導しなければならない。

 自慰そのものが困難である場合には、セックス・ボランティアが介助を行う。ボランティアは異性とは限らず、同性が性奉仕を行う場合もある。尾籠な話だが、同性のほうがツボを心得ている分、高度なサービスを行うことができるということもあるらしい。

 また、どうやら彼らも異性を見た目で判断しているようで、男性も女性も若く美しいほど、彼らからの求愛を受けやすい。僕が麻衣子のお眼鏡にかなったのは光栄であるが、残念ながら、期待に応えることはできない。

「真島さん、ダメだよ。勝手に食堂のごはんを取ってきちゃ」

「なんで?喜んでくれないの?それと、あたしのことは、麻衣子って呼ばなきゃダメだよ」

「決まり事を破って作ったものは、受け取れないよ。真島さん」

「・・・」

 悲しそうな顔をさせてしまった。だが、仕方がない。麻衣子にだけは、厳しい態度で望まなくてはならない。変に期待を持たせてはいけないのである。

 性恐怖症の僕は、女性を愛することはできない。また、その資格もない――。などというのは、キレイごとになるだけだろう。単純に僕は、麻衣子に好印象を持っていない。ダウン症特有の極端に凹凸の少ない顔つきをしており、食事のコントロールができないためか、かなり肥満している彼女に好意を持たれることに、嫌悪感を持っているのである。

 「あの事件」を起こして、僕は色々変わった。他人への思いやり。弱者に優しくする気持ち。それが少しはわかった。それをすることは人のためではなく、自分に返ってくるためにやることなのだ、と学んだ。それでもまだ、昔の傲慢な自分が残っている。仕方がない。これ以上は、持って生まれた性の問題であり、一生付き合っていくしかないんだろう。

 「ひまわり館」に勤めるようになって、知的障碍者に対する知識と理解は深まった。彼らに出来ること、できないこと。健常者と同じところ、違うところ。それらに対して、適切・・と自信を持っては言えないが、まあ間違いではない対処はできるようになった。

 彼らは基本的には温和で、無垢な心の持ち主である。知的に遅れがあるとはいえ、教育してあげれば、ある程度の生活能力を身に着けることもできる。社会に適応し、定職についている人もいる。また、脳の一部が未発達な彼らは、それを補うため、脳の別の部分が異常発達する場合があり、サヴァン症候群など特別な才能を発揮して、社会的に大きな成功を収める人もいる。

 それはいい。問題は、そうした人たちの華やかなストーリーだけが伝えられ、まるでそれができない障碍者はすべて無視され、空気のようなものとして扱われてしまうことだ。知的障碍者の中でも比較的程度の軽い人や、知的には何らの遅れのない発達障害者などの場合は「努力不足」の烙印を押され、一方的に責められるようなケースもある。

 日本人には、よくわからないものを「とりあえず」で「努力不足」のせいにしようとする傾向があるが、脳に欠陥がある人を健常者の枠で扱うのは、下肢欠損者を無理やり100メートル競走に参加させるようなものであることを、まるでわかっていない。まあ、見極めは確かに難しいが、人の親や教員など、「知らないでは済まされない」人間にもその知識がなかったり、知っていても現実逃避的に無視する場合が多すぎる。立場が上の者の「エゴ」で迷惑するのは、いつも弱者ばかりなのだ。そうした無知で無情なる者たちが、基本的には無害な単なる無能者を、犯罪へと追い立てるのである。

 そうした被害者の一人が、高崎である。彼の場合、冤罪の件が事実だとしたら、その闇はいっそう深い。今日も彼は、「おかあさん」などと叫んで、夜中に急に暴れだしたのだが、彼を静止するために、館長のシジマがとった行動を見て、僕は瞠目した。

 なんと、高崎の履いたジャージを脱がせて陰茎を露出させ、摩擦を始めたのである。三十秒ほどで射精に達した高崎は、あの独特の倦怠感から、すっかり大人しくなった。なるほど、考えようによっては、鎮静剤を注射するよりもずっと人道的なのかもしれない。誰もがマネできることではないが。

 施設で暴れるくらいならまだいい。脱走だけはしないでほしい。そう考えながら、僕は廊下で眠ろうとする高崎を、シジマと二人で、医務室の方へと連れていった。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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