凶悪犯罪者バトルロイヤル 第103話

「高崎さんが、19歳のときのことだった。近所に住む15歳の少年が、何者かに頭部を殴打されて死亡しているのが、近所の山の中で見つかった。しばらくして逮捕されたのが、高崎さんだ。少年と高崎さんは幼友達で、当日も、死亡推定時刻の一時間前まで、公園で遊んでいたそうだ」

 シジマが語るのを、僕は黙って聞いていた。

「ロクな物的証拠もないままに、高崎さんの刑は確定してしまった。自白が記録されたテープが決め手となったようだが、後に私が聞いた感想では、どう聞いても、無理やり言わされたとしか考えられない代物だった」

「冤罪・・の可能性が高いということですか」

 シジマが頷いた。

「殺害された少年とは仲が良かった高崎さんだが、たびたび奇声を上げたり、子供を追いかけまわしたりしていたことなどから、近所の住民からの評判は芳しくなくてな。警察の厄介になったことも一度や二度ではなく、そういう所も、裁判の結果には影響したらしい」

 情景は容易に想像がついた。高崎には協調性に欠けるところがあり、他の利用者とトラブルを起こしやすい傾向があった。性格的な問題もあるのだろうが、僕には高崎が荒れるのは、言葉を使って己の感情を発露させる術を持たない彼が、何かメッセージを発しているように思う。それが何なのかは、経験の浅い僕には到底わからないが・・。

「結論から言って、私は高崎さんは冤罪だと思う。実は、そうやって知的障碍者が、やってもいない罪で刑務所に入るケースは珍しくないんだよ」

 知っている。知的障碍者だけではない。警察には「犯人を作り出すのも仕事」という側面も、確かにあるのだ。特に複雑な要素が絡む重大犯罪では、警察が作り上げた調書に、ねつ造された記述が一行もない方が珍しい。健常者でさえそうなのだから、言葉も持たない重度知的障碍者なら、まさに警察、検察の作りたい放題だろう。

「刑務所に入っている受刑者は、その半数近くが、IQ69以下の知的障碍者なんだ。まあ、ああいう所に入る羽目になった人は、そもそも知能検査なんて真面目には受けないだろうから、単純に数字を鵜呑みにもできないが。しかし、誰の目にも明らかなハンデを背負った人が多いのは確かで、そのうちの何割くらいが、本当に罪を犯したのか。また、本当に罪を犯したとして、社会の方には問題がないのか。家族の支援を受けられない状況にある知的障碍者には、刑務所で生活するために、わざと犯罪を起こしている人が少なくないんだよ」

 僕が一時期生活していた、ホームレス村のことを思い出した。あのホームレス村にも知的障碍者を何人か見かけたが、彼らの中に、社会で生活できないために、衣食住の保証された刑務所にわざと入ろうと軽微な犯罪を繰り返す「累犯障碍者」がいた。他のホームレスに話を聞いたところ、知的障碍者だけでなく、広汎性発達障害や精神障害、また高齢者などにも、同じように自分から刑務所に入りたがる人はいるのだという。

 福祉の対応のまずさ。脳の障害に関する、世間の理解のなさ。出所時に貰える、刑務所の作業報奨金の安さ。前科者に対する風当たりの強さ。様々な要因から、一部の人にとって、日本という国は「刑務所よりも、娑婆の方がまともに生きられない」という状況になっているのである。

「高崎さんは、大層なお母さん子でね。知的障碍者の親は、育児放棄をしてしまう場合も多いんだが、彼のお母さんは愛情深く彼を育て、また彼もお母さんをとても信頼していたんだ。しかしそのお母さんも、高崎さんが刑務所に入った5年後に、失意のうちに亡くなった。高崎さんは、お母さんが亡くなったことを、まだわかっていないようなんだ」

 深夜、ときどき高崎が、「お母さん」と叫びながら、施設から逃げ出そうとするのは、そのためだったのか。彼の心に嵐を吹きすさばせているものの正体が、わかった気がした。

「重い話をしてしまって、すまなかったね。前科のある人を受け入れているのは、隠していてもいつかはわかることだし、本当なら面接の際に言っておくべきことだったんだが・・。人手不足の現状で、つい躊躇ってしまったんだ。卑怯な男だな」

「・・気にしないでください、館長。僕なんかでよかったら、これからも、頑張らせてください。話をして頂いて、ありがとうございました」

 僕は、話を聞く前と同じ返事を、シジマに返した。

 別に、シジマの話に心を打たれたわけではない。心情的には、話を聞く前と何も変わっていない。ただ、自分の仕事に対する知識が深まって、よかったと思っているだけだ。

 他人に同情するとか、社会の在り方について義憤を感じるとか、そんな感情は、僕にはない。ただ、自分と猫を生かしてくれるこの場所に留まりたい。そう思っただけだ。

 シジマの指示で、その日の以降の勤務を免除された僕は、レストランを出てから初めての長時間睡眠を貪った。が、それも束の間。高崎が、職員が一人欠けて管理が手薄になった隙をついて、施設から脱走してしまったのだ。朝まで探し回って、結局、高崎は、警察に保護される形で帰ってきた。

 己の行いがどれだけの人に心配をかけたかもわからず、子供のように眠る高崎。彼にかける言葉は、何もない。砂漠のように枯れた心。潤いを知らない僕が、僕よりもっと乾いた場所で苦しむ高崎を、救えるはずなどない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR