凶悪犯罪者バトルロイヤル 第102話

 市橋達也は、台東区の知的障害者更生施設「ひまわり館」にて、清掃の業務についていた。

 巣鴨のレストランを出て数週間、僕は都内で、主に野宿をしながら生活していた。ネットカフェやネットルームは、猫がいるため利用できなかったのだ。小池さんと合流しようと呼びかけたりもしたのだが、どういうわけか、連絡は取れなかった。

 よもやの事態があったのだろうか。心配はしたが、気を取られてはいられなかった。自分が生き残ることを、まず第一に考えなくてはならない。

 そして、現在の職を得た。介護業界は人手不足ということもあり、資格も経験も、住む所さえない僕でも受け入れてくれた。時給は軽く最低賃金を割るが、住み込みで働ける上、三食つきの条件はありがたかった。

「お・・お・・タツヤ・・お・・真面目に仕事・・する・・しろ」

 利用者の一人、シバヤマが、僕の肩を叩いて言った。シバヤマは55歳で、両親が高齢となり、介護ができなくなったことで施設に入所した利用者である。

「あれ。また、掃除の仕方、間違えちゃったかな。まだ入ったばかりで、勝手がよくわからないから、シバヤマさん、教えてくれよ」

 作業にも色々あるが、清掃業務は、職員と利用者が一緒になって行う仕事だ。知的障害者とはいえ、彼らの生活すべての面倒はみない。出来ることは、個人に合ったサポートをしながらやってもらう。それは彼らにとっても、確かな喜びとなるのだ。

「よく見てろ・・こう、こうだ・・・」

「へえ。いい手際なあ。シバヤマさんは器用なんだね」

 僕が笑顔でシバヤマを褒めると、シバヤマもニッと前歯を見せた。

 「ひまわり館」で働くようになってから、僕は、一生でもこんなに笑ったことはないというほど、よく笑顔を見せている。

 介護の仕事は、1に体力、2に体力という肉体労働であるが、同じくらい、性格的な向き不向きも大きい。人の役に立つのが好きな人、いついかなる時でも明るく笑顔でいられる人。そういう人でなければ、とても勤まる仕事ではない。

 よく若者の失業問題を扱ったテレビ番組では、介護の仕事は人が足りない、若者はなぜそれをやらないのか、などという意見が、主に老人世代から出ているが、そういう人は、自分が介護される側になったときのことを想像する頭がないのだと、僕は思う。介護に不向きな性格の人に杜撰なサービスを受けて、嫌な思いをするのは自分だというのをわかっていない。嫌な思いをするくらいならまだいいが、最悪、怪我をして命を失ったらどうするのか。確かに仕事は選ばなければ幾らでもあるのかもしれないが、最低限の適材適所は必要だと思うわけである。

 少年時代から、狷介で不愛想だと言われてきた僕は、向き不向きでいえば、明らかに介護には向いていない。だが出来なくはない。自分が大事で大事で、絶対に自分を曲げたくなかった昔と違い、今の僕は、生きていくためなら、自分を殺し、やりたくないことでも無理やりやることができる。そうなったのは、殺人の咎を背負い、まともに人らしく生きる道がなくなってしまったからだから、まったく自慢できるようなことではないのだが。

「よーしみんな、休憩にしようか」

 プロレスラーのような体格をした館長のシジマが、野太い声でみなに呼びかけた。二十人からの利用者と職員が食卓を囲み、おやつを食べる。

 と、ここで、トラブルが発生した。利用者の二人が、取っ組み合いのケンカを始めたのである。

「たかさきくんが、僕のをとった!」

「おおおおおおおっ!おおおおおおおおっ!」

 ケンカをしている二人のうち、クッキーを盗られた方の間島は、日常生活程度なら言葉でのコミュニケーションは取れるものの、その語彙は六歳児レベル。一方、クッキーを盗った方の高崎は、言葉はかろうじて「あんよ」「おにぎり」「おかあさん」などの単語を話せる程度のレベルである。

 クッキーを盗ったの盗らないのと、子供じみた理由でケンカをしているが、二人の年齢はともに42歳。人生も半ばを過ぎた、中年男性である。

「ほらほら。二人とも、やめなさい」

 シジマが、間島を羽交い絞めにして引き離す。僕も同じように高崎を羽交い絞めにしたが、体重が100キロ近くもある肥満体の高崎の力は強く、僕は吹き飛ばされ、テーブルの角に側頭部を強打し、脳震盪を起こしてしまった。

 シジマに担がれて医務室に運ばれ、しばらくベッドで休んでいると、間島と高崎が二人でやってきた。

「いちはし先生、ごめんなさい」

 間島がペコリと頭を下げる。高崎は、指をしゃぶりながらキョロキョロしているだけだ。

「ああ、いいんだよ。これからは、もう、ケンカしないようにしてくださいね」

 僕が笑顔で言うと、二人は手をつないで医務室を出ていった。入れ替わりに、シジマが入ってくる。

「市橋くん、調子の方はどうだ」

「ええ。どうにか、良くなったみたいです」

「そうか・・よかった」

 シジマが安堵した様子で、椅子に腰を下ろす。

「どうかな・・。これからも、頑張れそうかな」

 一転して不安げな面持ちで尋ねてくる。「ひまわり館」では、新人職員の8割が最初の給料日まで持たないというから、怪我までした僕が辞めはしないかと、不安になるのも無理はなかった。

「ええ。勿論です。頑張らせてください」

 僕は、力強くそう言った。これでシジマも安心するかと思ったのだが、案に相違して、シジマは唇を引き結び、黙ったままである。

「この機会に、君に言っておくが・・。彼・・高崎さんは、殺人の前科があるんだよ」

「え?」

 唐突な暴露に、僕は言葉を失った。
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No title

>>うさこさん

市橋の量刑は懲役20~25年くらいが妥当だと思うんだけど、無期になってしまったねえ。果たして、生きて娑婆に出られるんだろうか・・。少しクセは強いけど、根っからの悪人ではないと思うんだよね。

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Re: タイトルなし

>>うさこさん

まあ、そうだね。
ただ同じ殺人でも、ただ悪いのと、より悪いのは分けなくちゃいけない。
殺意があったのか無かったのか。
被害者にも非があったのか無かったのか。
その辺の不公平を無くすためには、まあ、刑期で分けるしかないんだよね。
無期は一応出られるんだけど、身寄りがない人とかは難しいよね。
40年入ってる人とかザラだし、事実上の終身刑みたいな側面は大きいよ。

放送はまたいつかやるんで観てねw
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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