凶悪犯罪者バトルロイヤル 第101話


 松永太は、初めて出会う麻原彰晃を、じっと観察していた。

 一見、なりはでかいが気の小さそうな中年男。しかし、その細い瞼から覗く瞳から窺えるのは、奸智に長けたペテン師が放つ、禍々しい光である。

 伝え聞く噂によれば、麻原彰晃は、本拠とする世田谷区において、スーパーバイザー的な地位を築き、住民からの名声を得ているのだという。住民を誑かし、わけのわからない名目で金を巻き上げたりもしているようだ。

 そして、自分にその情報を伝えた正田昭は、今、土下座をして麻原の命乞いをしている。麻原を心から慕っていなければ、こんな態度は出てこない。正田の話では、バドラではほぼ毎日のように、地域の住民も交えて遊びを行い、絆を深めあっているのだという。

 恐怖で縛り付けるのではなく、ひたすらポジティブ要素のみで人を繋ぎ止める。自分には、到底マネのできない人心掌握方法である。90年代、芸能関係の著名人を含む、あれだけ多くの国民が麻原に騙されたのは、この男に確かな「陽」の魅力があったからに他ならない。その裏に隠された、狡猾で猜疑心に満ちた「陰」の気質も含めて、すべてがこの男の本質なのだ。

 戦争において、全軍を壊滅させる前に大将を倒した場合、敵軍がとる行動は大きく二つに分けられる。敵軍の大部分が自軍に降るか、残党がゲリラとなって徹底抗戦してくるか、である。麻原に心酔するバドラの場合、後者の道を辿るであろうことは、火を見るより明らかであった。

 麻原彰晃。紛れもなく、参加者中最大の大物。八木茂と争っている今、戦うべき相手ではない。

「加藤くん。それを仕舞いなさい」

 いきり立つ加藤智大に、努めて穏やかな口調で命じた。

「え?しかし・・」
 
「加藤くん。松永さんの言う通りにしなさい」

「・・・はい」

 名目上のリーダーである重信房子にも同じように命じられて、加藤がダガーナイフをシザーバッグに収めた。

「お初にお目にかかります、麻原尊師。私、松永太と申します」

「重信房子です。私の監督不行き届きで、恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」

 自分と重信が近寄って頭を下げると、麻原の表情から緊張が解けた。が、アスファルトに尻餅をついたまま、立ち上がろうとはしない。

「あ、ああ・・。威勢のいい若者だな。若者はこうでなくちゃいかん。うちの連中にも、見習わせたいものだな。お前のことだぞ、昭。はっははは」

 麻原が、震える声音で、無理やり大物ぶって見せた。褒められた加藤は、舌打ちをしただけである。

「ところで尊師。お見受けしたところ、うちのキャバクラで働いている、ホミカを気に入っていただいたようですが」

「む?この娘は、キャバクラ嬢だったのか?」

「はい。ホミカと遊びたくなったら、いつでもいらっしゃってください」

 松永はにこやかに笑って、麻原にスカーフキッス店舗の住所、連絡先、HPアドレスが記された名刺を手渡した。

「それから、尊師。私は尊師に、謝らなくてはなりません」

「ん?謝る、とは?」

「彼・・正田昭くんは、我々がバドラに送り込んだ、スパイだったのです」

 麻原に、特に驚いた様子はない。先ほどの命乞いで、すべてを察したのか。あるいは、もっと以前からすべてをわかっていながら、あえて獅子身中の虫を飼っていたのか。

「しかし、先ほどのやり取りを見て、私にはわかりました。正田くんの心は、すでにバドラにあるようです。そうですね?正田くん」

 正田が、バツが悪そうに俯く。ここで松永は決断した。金で繋ぎ止めておけないほどにバドラに心が向いている正田にこれ以上スパイの役を負わせても、正確な情報を運んでくるのは期待できない。どころか、最悪、ダブルスパイ化する可能性もある。汚れて使いものにならなくなった道具は、捨てるだけだ。

「どうでしょう、重信さん。この際、正田くんを手放してあげませんか」

「・・そうですね。このまま中途半端な状態が続いても、誰も得をする結果にはなりません。正田くん、今後はバドラで頑張りなさい」

 この言葉に、正田昭は端正な顔をパッと輝かせ、繰り返し繰り返し礼を述べた。この男は、なにか勘違いをしているようだ。自分はただ、用済みになった道具を、穏便に始末しただけだというのに。

「・・よし。では、話が纏まったところで、俺たちは行くとするか。ちと、のどが渇いたな。おい、昭。ミニストップで、オランジーナを買ってきてくれんか」

 命じられた通りに正田がオランジーナを買ってきて、麻原に手渡すと、麻原はそれを一口飲んだのち、急に手から落とした。

「くそう。オランジーナを落としてしまったせいで、ズボンがびしょびしょになってしまった。この、アスファルトにできたシミも、オランジーナによるものか。なんとも勿体ないことをしてしまったものだ。次からは気を付けねばな。はっはっは」

 妙に説明的な口調で言って、麻原がようやく道路から立ち上がった。麻原は上手くごまかしたつもりのようだが、松永の鼻は、先ほど名刺を渡した際に、麻原の下半身から立ち上っていたアンモニア臭を、確かに感じ取っていた。

「では、また会おう!」

「お気をつけて」

 麻原と正田が去っていくと、松永も重信、加藤を伴って、タクシーに乗り込んでいった。相変わらず住まいに関してはジプシー生活を送っているわが軍の今宵の宿は、杉並のホテルである。

 麻原彰晃。いまのうち精々、いい夢を見ているがいい。現在進行中の「麻原包囲網」が完成すれば、貴様の目に映るのは、終わりなき地獄だけだ。
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No title

はわあああああ良かった!正田さんとりあえず無事だああああああ(落ちつけ)松永さんにどんな思惑があるにしろ生き延びてくれるのは嬉しいです(*^_^*)パッと顔を輝かせる正田さんかわいいですね!しかし尊師…またもらしましたねww

No title

>>枇杷さん

戦闘員は数が物を言いますが、謀略家は1+1が2になるわけではないですからね。慶応卒の知力をもつ正田も、天才殺人鬼松永からみれば「小才が利く」程度の器ですから、それほど惜しい存在ではないのでしょう。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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