凶悪犯罪者バトルロイヤル 第十四話

 

 市橋達也は、路上で片側一方通行の交通誘導警備業務を行っていた。

 僕は五日前より、交通誘導警備の会社で働き始めていた。バトルロイヤル開始からそれまでに遣ったお金は、二万円弱。金銭には全然余裕があった。なのになぜ、他の参加者に居場所を特定されるリスクを犯してまで、働かなければならなかったのか。それには、ある事情があった。


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 六日前の深夜、夜を明かすために、公園のトイレに入ったときのことだった。二十歳くらいの男女四人組が、奇妙な叫び声をあげながら、なにか盛り上がっている。見ると、子猫を苛めて遊んでいるようだ。

 沖縄のオーハ島で暮らしていたころ、僕は一匹の子猫を飼っていた。三白眼で、あまり可愛いとはいえない猫だったけど、僕によく懐いており、ヘビなどをとっては一緒に食べていた。

 その猫の記憶が蘇った。助けてあげたいと思った。だけど、今の僕は、自分が生き残ることで精一杯だ。とてもではないが、猫の世話などする余裕はない。僕は無言でその場を立ち去った。

 でも、三十分くらいしてから、やはり放ってはおけないという気持ちが強くなった。逃亡生活を続けていた二年七カ月、カラカラに渇いた砂漠のようだった僕の心が潤おされたのは、猫と一緒に暮らしていたあの頃だけだった。人間はいつかは裏切るが、動物はけして人間を裏切らない。動物を、それも逃げる脚力も持たない子供をイジメるヤツは許せない。

「やめろ」

 僕が低い声で言うと、若者たちは剣呑な視線を向けてきた。

「なんだてめえ。殺されてえのか」

 呂律が回っていない。お酒の臭いはしない。どうやら、薬をキメているようだ。

 一般人に手を出すことは、ルールで禁止されている。どうするべきか。悩んでいると、いきなり目の前に火花が散った。景色が揺れる。僕は殴り倒されていた。

「せっかくいいとこだったのに、ふざけやがってよおぉっ!」

「エイスケー、やっちゃえやっちゃえ」

 嵐のような攻撃を、僕は必死に耐えた。二十分くらいが経った頃だったろうか。ようやく、攻撃が止んだ。

「この金はもらってくからな。つうか、てめえくせえぞ。銭湯代に、1000円は残しておいてやる。じゃあな。行こうぜエリコ。ヒヒヒヒ」

 ズダ袋のようになった僕と子猫を残して、若者たちは消えていった。僕は水道で、普段の二倍くらいに膨れ上がった顔を洗い、トイレを後にした。

 よせばいいのに、余計なことをして大事な金を失ってしまった。満足感など欠片もなく、あるのは後悔だけだった。
 
 なにかの気配が追ってくる。後ろを振り返った。僕が助けた子猫が、足に縋りついてきた。
 
 お前のせいで、僕は金を失ったんだぞ。蹴飛ばしてやろうかと思った。できなかった。僕は子猫を抱きかかえて、夜の町を歩き始めた。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 それから僕は、寮完備の警備会社を見つけて面接を受けた。警備の仕事は、賃金の安さや、首都圏に同業他社が乱立していることから万年人材不足で、住所不定の僕みたいな人間も快く受け入れてくれた。採用にあたっては、警備業法によって、戸籍謄本の提出など、厳しい身分証明が義務付けられていたが、委員会が用意した偽造の書類の精度は完璧で、僕の身分が疑われることはなかった。

 交通誘導の警備は、傍目から見る分には緩い仕事のようにも思えるが、立ちっぱなしで、脳をほとんど使わず、ひたすら退屈に耐えるだけの一日は、労働量では測れないキツさがある。早期退職者や高齢で仕事を失ったような人がやるならともかく、頭と身体がよく動く若者がやるような仕事ではない。

 それでも、僕は働かなくてはならない。生きるために。

 逃亡生活を繰り広げていた二年七カ月、僕は関西の飯場で働いていた。仕事はなにをやっても続かなかった僕が、ガサツな男たちに毎日怒鳴られながら、泥だらけになって働いていた。プライドが異常に高すぎる僕は、今まで他人の些細な一言ですぐカッとなって、関わる先々でトラブルを起こしていたが、飯場で働いてからは、他人に何を言われてもまったく気にならなくなっていた。そんなことはどうでもよくなっていた。

 頼るものを全て失ったとき、人間は確実に変わるのだ。ニート、引きこもりの一番手っ取り早い解決方法が、家を追い出すことであるのは、やはり間違いないだろう。もっとも、実際には、自殺や犯罪を選んでしまう人の方が遥かに多いだろうが・・。

「おーい、あんちゃん。仕事あがりや」

 片交で僕とペアを組んでいた年配のガードマンが、勤務終了を告げた。時間は、まだ昼を少しすぎたばかりだ。

 交通誘導警備の仕事は時給ではなく日給制で、工事が早く終わっても、フルタイム働いた分の給料は支払われる。今日はラッキーな日だった。

 着替えを済ませると、僕は今日の相勤の、年配のガードマンと足を揃え、駅へと向かった。

「よう。ラーメンでも食ってかんか?」

「いえ。遠慮しておきます」

 食事の誘い、飲みの誘いは全て断っている。飯場にいたころは、人間関係に気を使って、たまには誘いに応じていたが、今は本当にカツカツなのだから仕方がない。

「なんや、金でもためとんのか」

「ええ、まあ・・」

「そうやな。金は重要やけんな・・・市橋達也」

 二人の間の空気が張り詰めていく。こいつ、僕の名前を知っている。ということは・・・。

「あんたは・・?」

「小池俊一。バトルロイヤルの参加者や」

 小池はニッと笑い、すきっ歯にタバコを指し込んだ。
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No title

個人的には市橋の量刑は重過ぎるように感じます。
懲役25年から30年くらいが妥当に思えます。
同じわいせつ目的でしかも三歳の女児を狙った
清水心ちゃんの事件の山口芳寛が無期懲役で
あることを考えると妥当とは思えません。
しかし控訴せず確定。本文と同様に根はいいやつ
なんでしょうね。

No title

失礼。
控訴→×
上告→○
ですね。

No title

>>1番コメさんコメントありがとうございます!

市橋容疑者の事件は国際問題にまで発展しましたからね。
示しを付ける必要があったのでしょう。

ベストセラーとなった市橋の手記「逮捕されるまで」を何度も読みましたが、僕にはどうしても、市橋が根っからの悪人とは思えませんでした。生き方が極端に不器用で、本文にも書きましたが「カラカラに乾いた心」の持ち主だった・・と思っています。
罪状が罪状だけに、なんらかの異常せいへきの持ち主であった可能性はありますが・・。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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