凶悪犯罪者バトルロイヤル 第92話


 獣が、迫ってくる。
 鬼が、迫ってくる。
 悪魔が、迫ってくる。
 
 Nは恐怖で動けない。限界を超えた恐怖が、身を硬直させる。ここで、私は死ぬの?それは仕方がない。私は、それだけの罪を犯したのだから。
 
 だけど、もう少し。もう少しだけ、生きていたい。

 生きててありがとうって、誰かが言ってくれるまで。
 生まれて良かったって、思えるまで。

 宅間の凶刃がのど元に突き刺さる瞬間、私は身をよじって攻撃を躱した。だけど、それが精一杯。宅間守。私とは別の意味で、死の運命を受け入れた男。この怪物を前に反撃に移る余力も勇気も、私にはない。あまりに、力の差が大きすぎる。

 私が防戦一方なのがわかると、宅間は槍のリーチを生かした中距離戦から、インファイトに切り替えてきた。槍を短く持ち、ナイフのように使うのである。

 お互いの額が触れ合うような距離からの攻撃を、すべて躱しきれるわけもなく、私の身体には二つ、三つと、生傷が刻まれていった。このままでは、やられるのは時間の問題である。私は、シザーバッグからナイフを取り出して構えた。とにかく、距離を作らなくてはならない。

 それには成功したのだが、それだけだった。距離をとった宅間は、ナイフを持った私の右腕をめがけて、槍を薙ぎ払ってきた。あっさりと武器を失った私を見て、宅間の口角が吊り上がった。

「終わりや。べっぴんのお姉ちゃん」

 宅間は自らも武器を捨て、私にタックルを食らわせてきた。40キロそこそこの私の体は簡単に宙に浮かされ、アスファルトの上に叩き付けられた。ゆっくりとマウントをとった宅間が、拳を振り上げる。パウンド。しかし、宅間の拳は狙いを大きくはずし、硬いアスファルトに誤爆した。

「うっ・・」

 宅間が動きを止めた一瞬の隙をついて、私は自らに跨る宅間を突き飛ばした。起き上がる宅間の足は、よろついている。肩と左腕に負った深い傷、アスファルトに垂れ落ちる血液。おそらく、貧血でめまいを起こしているのに違いない。

 訪れた絶好のチャンス――。私は落ちたナイフを拾い、手負いの宅間に向かって突き出した。

 それが失敗だった。宅間の長い脚は、私のナイフの切っ先が届くより先に、私の下腹部にめり込んだ。

「ぐふっ・・」

 致命的なミスだった。変に色気を出したせいで、逃げるのが遅れてしまった。しかも、ボディにダメージを受けた私の足は、いつもの半分の速度も出せない。貧血を起こしているのが信じられない速度で走る宅間に、みるみる距離を詰められていく。

 万事休すかと思われたそのとき、一台のワンボックスカーが、人込みを切り裂いて現れた。運転席のAが窓から手を出し、私を招く。

 この車は、私たちが乗ってきたものとは違う。記憶が正しければ、アカギが乗ってきた車ではないか。考えている暇はない。私は後部座席へと乗り込んだ。

 宅間守・・。人間の強さではない。男と女の差以前の問題。とてもかなわない。おそらく、加藤店長でも・・。

「危なかったね、Nちゃん。Tくん、手当てしたげて」

 Tによる手当てを受けながら、私はバックウィンドウ越しに、ガンダム像を見た。被害者のカップルが、ガンダムの左右の足に、それぞれ縛り付けられている。

 なに、あれは。アカギは、何をしようとしているの。
 彼を止める方法は、本当になかったの?

   ☆          ☆          ☆          ☆

 ガンダム像前での宴が、フィナーレに入ろうとしている。宅間守は、野次馬の最前列に陣取り、駆け付けた金川真大から傷の手当を受けながら、歓喜のときを待っていた。

「ひゃめて・・ひゃめてえええっ!」

「いやあああっ。いやああよおおっ!」

 ガンダムの両足に縛り付けられた、サツキとヘイゾウ。万死に値するものどもの悲鳴が聞こえる。なんと心地よいメロディか。今まで、数限りない人間を痛めつけてきた自分だが、これほどの愉悦を味わったことはなかった。比較できるとするなら、十二年前の今日耳にした、あのガキどもの悲鳴――。それだけであろう。

 愉快や。まっこと、愉快や。

「宅間さん、すみません・・」

 日高夫妻の追撃を命じていた上部康明が、自分のところに帰ってくるなり謝ってきた。

「殺ってきたんか?」

「いえ、その・・。夫妻の口車に乗せられてしまい・・。所持金すべてを差し出すので赦してくれ、というのを、つい聞いてしまいまして・・」

「いくら分捕ったんや」

「は。90万円ほど・・」

 財布の中に、それだけの金が入っている。全財産は、少なく見積もってもその三倍はあるとみていいだろう。泳がせておけば、またいつか金を分捕れる機会があるかもしれない。

「それでええ。今は、みだりに敵を殺せばええという時期やない。お前もこっち来て、祭りを見ろや」

「は。ありがとうございます・・」

 宅間は、胸をなで下ろしていた。上部に優しく接していて、本当によかったと思う。もし、自分が上部に冷たくあたっていたなら、上部は自分の元には帰ってこなかっただろう。やはり、厳しいだけでは人は使えない。向上心というものが欠落気味の自分だが、結果、大金が懐に入ってきたのだから、ここは素直に学ぶべきであろう。

 宴は、クライマックスへと突入していく。アカギたちが、カップルの口腔に、例のお手製爆弾を押し込んだのである。

「むごおっ、むごおっ」

「何を言っているか、まったくわからんな。お前たちの耳には、俺たち負け組の声は、こんな風に聞こえていたのかな」

 アカギは配下を引き連れ、ガンダム像前を悠々と去っていく。その背中の向こうで、花火が上がった。火花と肉塊と脳漿が、ガンダムの足元に飛散した。首から上が吹っ飛んだ死体が、そのままガンダムの足元に括り付けられている。

 絶景や。これ以上ない、絶景や。

 アカギは路肩に止めてあった車――自分たちで乗ってきた車ではなく、どこかの誰かが置いていった車に乗り込み、まだ包囲の体制が整っていなかった警察を振り切って、逃走していった。自分の姿に気づいてはいたろうが、一瞥もくれることはなかった。

 それでええ。過去の亡霊は振り切り、貴様は貴様の道を歩むのや。

 むせ返るような硝煙と死臭の中で、宅間は金川が火を点けたタバコを肺腑に納めた。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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