凶悪犯罪者バトルロイヤル 第87話

 事務仕事を一通り片づけた加藤智大は、「スカーフキッス」のフロアーに目を配っていた。

 オープンから一か月半が過ぎ、キャストだけでなく、男性従業員の陣容も、取捨選択を経て充実してきた。中でも有望株は、三週間前に入店してきた、未経験組のアカギである。

 気配り、目配り、洞察力、話術、胆力、フットワーク。どれも、未経験のレベルではない。水商売の世界は、年齢や勤続年数に関係なく、実力さえあればあっという間に出世の階段を駆け上っていける世界だが、アカギのレベルはすでに、フロアマネージャーを務める、バトルロイヤル参加者の松村恭造を超えているように思える。

 俺はこのアカギを、自分の後任の店長にと考えていた。自分が倒れたとき――この店を切り盛りする仕事を、Nと同じ二十一歳のこの青年に任せようということである。

「よう、アカギ。ちょっと話があるんだ」

 俺は、前半戦を終え、食事休憩に入ろうとしたアカギを呼び止め、店長室へと呼んだ。

「明日からなんだが、お前には、フロアリーダーをやってもらおうと思ってる」

 つまり、松村くんは解任ということである。が、元々、仕事を辞めたがっていた松村くんに、特に異存はないだろう。本人にはまだ伝えていないが、松永さんには、すでに了承済みだった。

「・・すいません。それは、辞退させてください」

「え?なんでだよ」

 意外な返事に、俺は首を傾げた。

「・・ちょっと、考えるところがあるので・・」

「なんだよ。他店からの、引き抜きにでもあったか?」

「いえ、そういうわけでは・・」

 嘘はついていないように見える。だが、この男のことだ。腹の内を読むことはできない。いずれにしろ、己の権限で処理できる案件が桁違いに増え、給料はざっと三倍になる昇格の話を蹴るのは、よくよくの考えあってのことだろう。あまり突っ込んで、事情を根堀葉堀聞くのは、逆効果になるかもしれない。

「そうか。わかった。だが、俺はお前の能力を買っている。お前さえその気になれば、いつでも上にあげてやるから、そのつもりでな」

 それだけ言って、俺はアカギを食事に行かせた。

 有能なのに、どこか昏い目をした青年。なぜだか俺は、彼のことが気になって仕方がない。それがなぜかはわからない――。が、妙な胸のざわつきを、抑えられない。

 6月8日。「あの日」が、いよいよ明日に迫っている。なにか関係があるのだろうか・・。


 
       ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 
 6月8日。この日、スカーフキッスでの勤務がないNは、常連客のオザワの見舞いに、総合病院を訪れていた。

 近頃、プライベートの付き合いが増えたことで、私は出勤する回数が、僅かながら減っていた。それでも、売上は右肩上がりを記録している。今月度のランキング中間発表では、すでに女王のリノに迫る2位に着けていた。親友のホミカもナンバー入りの5位で、私が描く、ホミカと二人で店の看板を背負っていく夢が、早くも現実味を帯びていた。

「おお、N。俺が店に行かない間に、ちょっと太ったんじゃないか?どれ、肉付きを見てやろう」

「こーら。病人なんだから、大人しくしてなさい。それに、私、むしろ最近痩せてるわよ。まったく、失礼しちゃう。体だけじゃなくて、目も悪くなったんじゃないの」

 オザワが尻に手を伸ばしてくるのを躱し、逆に、年齢にしては面積の狭い額を叩いてやった。こんなことで嫌な顔を見せていたら、キャバクラ嬢は務まらない。大きくてスケベな子供だと思えば、可愛いものである。

「じゃあ、私もう行くからね。早く良くなって、お店に遊びに来てね」

 私は、オザワにウインクをしてみせた。いまどき漫画でしか見られないような仕草だが、オザワの年代の男は、こういうのに弱いのである。

 オザワの病室を出て、エレベーターへと向かう途中、半開きになった個室のドアから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。スカーフキッスでボーイを務める、アカギである。

「・・ずいぶん痩せてしまったね。母さん」

 確かここは、意識不明で寝たきり状態の患者が入院する病室だったはず・・。私は、悪いと思いつつも、足を止めて話を聞いてしまった。

「待ってろ。父さんの命を奪った奴らを・・俺たちをこんなにした奴らを、地獄に送ってやる。俺たち一家の悲劇を二度と起こさないように、世の中を変えてやる」

 アカギとは、挨拶以上の会話をしたことはなかったが、父親がすでに鬼籍に入っていることは知っていた。だが、奪われたとは・・?そして、母親が寝たきりとなった事情とは?世の中を変えるとは・・?どうにも気になって仕方がなかった私は、病室の前で、アカギが出てくるのを待った。

「・・・ごめん」

「・・・聞いていたのか」

 意外なような顔をしているが、私は、アカギは私が同じ病院に来ているのを知ったうえで、私にわざと話を聞かせていたのではないか、という気がしていた。

 それを裏付けるように、アカギは私を食事に誘ってきた。それに応じ、先ほどの言葉の意味を尋ねる私に、アカギは、

「今晩、俺とデートしてほしい。そのときに話す」

 と、答えた。デートとは、アカギにしては珍しい、直球である。

「いいわ。約束よ」

 そのときはそう返事を返したのだが、夕方になって、軍団のリーダーであるAから、急な呼び出しがかかった。我が軍団が戦闘状態にある、日高夫妻を急襲するのだという。同盟相手である、松永社長にも内密の作戦とのこと。なにか怪しい感じがしたが、リーダーの命令に従わないわけにもいかない。私は、アカギにキャンセルの連絡を入れた。

「・・わかった。もう会うこともないだろう。さようなら」

「え?ちょっと、それ、どういう」

 電話はそこで切れ、二度と繋がることはなかった。

「一体、なんなのよ・・」

 ふと、カレンダーを見てみる。

 6月8日。

 今日は加藤店長が、秋葉原で事件を起こした、その日だった。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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