凶悪犯罪者バトルロイヤル 第81話


 池袋駅西口――。色とりどりのネオンの下、Nは業界を賑わせるキャバクラ「IKB48」に向かって進んでいた。

 昨日のこと。スカーフキッスの事務所に、IKB48を経営する八木茂から、一本の電話がかかってきた。明日の晩、キャストに欠員が出た。ついては、お宅のNを、応援に寄越してほしい――。

 その名の通り、ファミレスバイトに消費税が付いたような安い給料で大量のキャストを雇い、数で質を補うスタイルを展開しているIKB48では、一人二人が休んだくらいで店舗の運営に支障が出るという事態には、なるはずがない。これは明らかな挑発である。

 松永社長は、これを受けた。敵がわざわざ自分から手の内を晒そうというのに、断る理由はない、ということである。

 その代りに要求した条件は、加藤店長とAを、私の勤務中、客として遊ばせること。私の身の安全の確保と、情報取集能力の強化を同時に図り、さらに、どうもソリが合わない加藤店長とAの同年齢コンビの親睦を深めようという、一つの策を打つにあたって常に二つ三つの利益を見込む松永社長らしい考えだが、私は、最後の目論見だけには懐疑的だった。性質の違う二人を無理やりくっつけようとするのは、往々にして逆効果になるからである。人間心理を読むのには長けているが、人情の機微には疎い。それが、松永社長の弱点なのかもしれない。

「お、ここやな。ほな入ろか」

「ちょ、ちょっと待てよ。心の準備ってものが・・」

「そんなん、いつまで待っても一緒よ。恋愛だってそやろ?心の準備が、なんて言ってる女のペースにいつまでも付きあっとったら、結局ベッドインなんかできんで終わるで。行く!と決めたら、躊躇せずバッと行くんや。なんか今、そんな言葉が流行っとるんやろ?なんやったけ、あれ?」

 流行りのフレーズなんてものを一番嫌いそうな加藤店長に、よりにもよってあのセリフを言わせようとしているA。加藤店長は、今にも舌打ちしそうに、顔をしかめている。私が引き受けなければ、血の雨が降りかねない。

「今でしょ!」

「それや。ほな行くで。ハッハハ」

 先が思いやられる。八木茂軍を相手にするより、二人の仲を取り持つ方に神経を使いそうだった。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。加藤さんとAさんは、フロアーの方へ。Nさんは、控室の方へ案内させていただきます」

 私たちを出迎えたのは、ボーイを務めるバトルロイヤル参加者、佐々木哲也だった。ソープ嬢との結婚を反対されたのを理由に、両親を殺害した男。映画「青春の殺人者」のモデルである。

「いえ。結構です。もう、準備はできていますから」

 蒸し暑い中を歩いて、少し汗をかいており、化粧を直しておきたかったのだが、フロアーを一目みて、その必要もないことに気が付いた。そこらの女子大生レベルのキャスト、居酒屋レベルの接客。自惚れでもなく、このレベルに私が入れば、掃き溜めの中の鶴になれそうだった。

 と、侮っていたのだが、低い次元の戦いには低い次元の戦術というかノリがあるのか、はじめ私は、なかなか客の心を掴む接客ができなかった。ここで客が悪いと決めつけるのは簡単だが、今後のことを考えるならば、次元の低い客の扱いもマスターしなければならない。すべての客のニーズに対応するのは不可能だが、守備範囲が広くて損をすることはないのである。

 ある程度身体能力任せが通用する外野しか守れない野球選手が、連携や動きの複雑な内野手に転向するのは大変だが、逆はそれほど難しいことではない。開店から二時間もしたころには、私のテーブルは、20近いテーブルの中で一際弾けていた。

 接客術を学ぶのに集中していたせいか、八木茂軍の情報をほとんど集められていなかった。加藤店長とAはどうか?トイレに行くフリをして、二人の着くテーブルの前を通ると、驚愕の光景が、目に飛び込んできた。

「どうかね、加藤君、Aくん。これでウチの軍に加わらんか?手柄を立ててくれた暁には、これの何十倍の金を出すぞ?ん?」

 テーブルに山と積まれた札束――。八木茂が、直接二人を口説いていた。

 この男は、馬鹿なのか?傍らに短時間での大量殺人の日本最多記録保持者、都井睦雄が控えているとはいえ、参加者屈指の戦闘力を持つ加藤店長と、殺人モンスター、Aの二人という、犯罪マニアでも失禁して失神するようなコンビに首を狙われているにも関わらず、二人を懐に呼び込んだばかりか、物怖じ一つせず、札束で仲間に勧誘するとは。馬鹿でなければ、よほどの大物か。仕事柄、いわゆる器の大きい男性と接する機会は多い私だが、これほど豪快な人物は、ちょっと記憶になかった。

「遠慮しときますわ。お金は大事やけど、あんたの首を切り取って、それを餌に、サンシャイン水族館のサメにショーでもやらせたほうが、よっぽど楽しそうなんでね」

「ハッハハハ。面白いことを言うんだな、Aくんは。加藤くんはどうだね?」

「俺は・・金では動きません」

「そうか。まあ、気が変わったらいつでもかけてきたまえ。こちらは君の力を必要としているのでな」

 Aも加藤店長も、八木の誘いを断った。お互いがお互いをけん制する間柄。どちらかが首を縦に振った瞬間、血しぶきが舞う。二人を組ませた松永社長は、ここまで計算していたのかもしれない。二人が別れた後、どういう決断をするかはわからないが・・。

「お楽しみのところ、すまなかったな。今日は私の驕りにするから、閉店まで楽しんでくれたまえ・・・ん?」

 席から立ち上がった八木が、私に目をとめた。

「なんだ、いたのか」

 至極興味なさそうな目を一瞬向けただけで、八木は控え室の方へと去って行こうとする。

「待ちなさいよ」

 軽く見られたと思い、頭に血が上った私は、気付いたら、危険も顧みず八木を追いかけ、呼び止めていた。

「なんだ。私は誘わないのか、とでも言うつもりか」

「・・・・」

「勘違いするな。今日、お前を応援に呼んだのは、加藤くんとAくんと、直接話すきっかけを作りたかったからだけにすぎん。お前のような小娘など、それだけの利用価値しかないということだ」

「・・私を殺そうとしたじゃない」

「あれは俺のミスだった。誰を殺れと指示したわけではないが、だからといって、お前のような小娘を狙うとはな。尾形のような腰抜けに声をかけた、俺のミスだった」

 いちいち、癪に障る男――。私を挑発しているのか、それとも、本当に侮っているのか。いずれにしても確かなのは、今この状況で暴れれば、それこそ八木の思う壺ということ。戦闘力に関しては、確かに私は、取るに足らない存在でしかない。

「どうした、Nちゃん」

 私を探しにやってきたらしい加藤店長が、ベルトにかけたナイフの柄に手をかけながら言った。

「いえ・・なんでもないです。大丈夫です」

 興味もなさそうに社長室へと引っ込んでいく八木の背中に、憤怒に燃え上がる目を向けながら、私は誓った。あの男には、必ずや何らかの形でオトシマエをつける。

 強くなる。貪欲に強くなる。

 私は誰にも負けない。
 誰にも、私のことは傷つけさせない。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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