凶悪犯罪者バトルロイヤル 第80話


 加藤智大は、永田洋子軍が根城とする倉庫にて、永田軍との合同トレーニングに参加していた。近々開戦する、八木茂軍との戦争に備えてのことである。

 東京港沿岸のコンテナヤードに建つこの倉庫は、暴力団、山崎組のフロント企業の所有で、永田軍は先月からこの倉庫に生活用品やトレーニング用品を持ち込み、拠点として活動していた。都心から離れたこの場所は、経済的な利便性では劣るが、防備には優れている。松永さんもこの土地には着目しており、有事の際には、ここに一大要塞を築いて立て籠もる計画を立てていた。

「よし。基礎訓練終了。十五分の休憩を挟んだ後、実戦訓練に移る」

 永田のオバサンの掛け声で、俺はサンドバッグ打ちを中断し、プロテインと水分を補給した。少しベンチに腰掛けて呼吸を整えると、すぐに拳にバンテージを巻いて、特設リングへと上がり、シャドーを開始した。

 二か月半前、トレーニングを開始したときには、たった10キロ程度のランニングで足腰が立たなくなっていたのに比べたら、スタミナが随分ついたものだと思う。瞬発力は天性のものが大きいが、スタミナはトレーニングで幾らでも向上する。トレーニングもせず、不摂生ばかりしているであろう宅間守に、確実に勝てる部分といえばここだろう。

「休憩終了。これより、実戦訓練を開始する。今回は、加藤君のリクエストで、勝ち抜き形式で行う。では、まずは松山、リングへ上がりなさい」

 今回の実戦訓練では、三十センチにカットした竹筒に布を巻いた棒をナイフに見立て、これを武器として用いている。ヒットした部位に応じてポイントが加算され、規定数の5ポイントに達した時点で勝敗が決まるルールだ。松山純弘は元警官であり、警棒術をマスターしている。ナイフとは使い方が異なるが、間合いの取り方など、似ているところも多い。技術の面ではもっとも手強い男が、最初の対戦相手に決まったようだ。

「始め!」

 合図とともに、一気に間合いを詰めた俺は、松山の膝にローキックを見舞った。武器ばかりを警戒していた松山が、予想外の位置への攻撃にパニックに陥る。怯んだ松山の腹部に竹筒を突き立て、まずは3ポイントを先取した。

 実戦なら、腹にナイフを突き刺したということだから、この時点で勝負を終わってもよさそうなものだが、そうはならない。人間の生命力は大したもので、永田のオバサンは、かつて心臓を撃ち抜かれた人間が、何十メートルもの距離を走って逃げた光景を見たことがあるらしいのだ。相手の息の根を止めるまで、油断は禁物。俺は体勢を整えた松山と、再び対峙した。

「いえあっ!」

 松山が吠え、速射砲のように突きを連発してくる。理に適った攻撃。実戦において、ナイフは切るための武器ではなく、刺突に用いる武器である。上から振り下ろしたところで、西洋剣や日本刀のような破壊力は見込めず、表面を撫で切っておしまいだからだ。

 しかし、その刺突にしても、フェンシングの試合のようにただ真正面から突くのと、綿密な下拵えをしたうえで突くのとでは、当然精度が違ってくる。俺はしばらく、十分な間合いを保ちつつ松山と打ち合ってから、いきなり大きく踏み込んで、右手に持った竹筒を横に薙ぎ払った。

 中距離からの真っ直ぐに目を慣らされていた松山はこれを躱せず、首筋にヒット。これで1ポイント追加。さらに俺は、怯んだ松山に組み付き、竹筒を叩き落とした。そしてグラウンドからバックに回り、自分の竹筒を、松山の首筋に突き立て、トドメを刺した。5ポイント追加で、オーバーキルである。

「・・・見事。コマンドの鑑だわ」

 褒め言葉はいい。さっさと、次の練習台を寄越せ。

「よし。次は、俺が相手だ」

 鼻息荒くリングに上がったのは、おせんころがし事件の栗田源蔵である。180㎝を超える巨躯、90㎏近い体重――。サイズだけなら、仮想敵、宅間守をゆうに超える相手。野獣が人の皮を被ったような、本能丸出しの男。しかしこの男は、本能だけで有無を言わさず人を支配する、強靭な肉体の持ち主である。

「始め!」

 開始の合図とともに、栗田が対角線上のコーナーから突進してきた。大きな体に似合わぬスピードである。

「ずああっ!」

 間一髪で躱した斬撃が、コーナーポストに誤爆する。凄まじい破壊音。空を切る音は、まるで鉞を振り下ろしているようである。まともに受けていたら、腕の骨を持っていかれかねない。俺はたまらず距離をとった。

「ちょこまかしてんじゃねーーっ」

 その後も、栗田のダンプカーのようなアタックが続く。遠目には、隙だらけの攻撃のようにも見えるだろうが、狭いリングの中で向き合う俺には冷や汗ものである。しかし、逃げ回ってばかりでは、活路は開けない。俺は突進する栗田の攻撃を、紙一重、必要最小限の動きで躱し、すぐさま反撃の体制を整え、脇腹に竹筒を尽き立てた。3ポイント先取。

「ぬうおっ」

 闇雲に振り回される竹筒を躱し、俺は栗田の腰にしがみついた。台風の目。超接近戦は、安全地帯でもある。もぎ放そうとする栗田の剛力に必死で抵抗して、俺は栗田の足を払い、テイクダウンに成功した。

 倒れた拍子に、栗田は生命線の竹筒を取り落とした。だが、勝負は終わりではない。俺は栗田からマウントを奪い、冷徹に、首筋目がけて竹筒を振り下ろした。狙いは外れ、竹筒は栗田の顔面にヒット。1ポイント。二発目。これも、顔面にヒット。1ポイント追加で、合計5ポイント。

「てめえ、調子のってんな、こらあっ!」

「栗田、やめろ!もう勝負はついている!」

 頭に血が上った栗田は、永田のオバサンが止めるのも聞かず、下から、アワビのような拳を放ってくる。一発もらって、口から出血した。俺としたことが、戦いが終わったと思って、油断してしまった。実戦なら、死んでいたところだ。

 俺は栗田の顔面に、鉄槌を振り下ろした。一発、二発、三発。手の側面に、鈍い感触が伝わってくる。栗田がたまらず腕を伸ばしたところで、手首をキャッチし、腕ひしぎ十字固めを決めた。

「いででっ、いてえよおっ!」

「タップしろ、栗田!加藤の足を叩け!」

 永田のオバサンに言われて、栗田が素直にタップし、降参した。俺はすぐには離さず、栗田の殺気が完全に消え去ったのを確認してから、腕ひしぎを解いた。

「次はあんただが・・やるか?」

「いや・・とんでもない・・です」

 最後に残った小原保が、俺から目を逸らした。足の悪い小原では、俺の方も、練習にならない。一々聞いてやるのも、意地悪だったかもしれない。

「あの栗田を完封するとは・・。まるで戦闘マシーンね。加藤君、どうかしら。バトルロイヤルの期間中は松永さんのところで働くとして、勝ち残りを決めた暁には、私と一緒に、世界を変革するための戦いに身を投じてみない?」

 げんなりした。変な思想に、俺を巻き込まないでくれ。

「・・・気が早いですよ」

「ふふ。それもそうね」

 永田のオバサンを適当にあしらい、俺はまたトレーニングに没頭した。トレーニングは、熟せば熟すほど基礎体力が上昇し、量を増やすことができる。トレーニングをするためにトレーニングをする。主目的になってはいけないが、考え方の一つとして、間違ってはいない。

 戦闘マシーン――。永田のオバサンの言葉が、鼓膜の内側でリフレインする。敬称なのか蔑称なのか、若干良く分からないが、悪い気はしなかった。マシーン。そう、俺はずっと、マシーンになりたかった。ただ目の前に与えられた仕事を、確実にこなすだけのマシーンに。

 どんなに頑張ったって幸福を手に入れられないなら、せめて苦しみを感じないようになりたい。俺には、それすら、神に祈る権利もないのだろうが――。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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