凶悪犯罪者バトルロイヤル 第七話


「ヴァンデー・グールナム・チャラナラヴィンデー・サンダールシッタ・スワートマ・スカーヴァ・ボーデー・ニー・シュレヤセー・ジャンガリーカーヤーマネー」

 時刻は23時。世田谷のワンルームマンションの一室。照明の一切が消された室内。数本のローソクが放つ微かな灯りの中、麻原彰晃は、自らが立ちあげた新生オウム真理教――「バドラ」の信者に向かって、マントラを唱えていた。イニシエーションを受けているのは三名。いずれも、バトルロイヤルの参加者である。

 グランドマスターによって俗世に解き放たれてから、十日間。この短期間で、よくぞここまで来れたものだ。すべては、偉大なるシヴァ神の導きがあってのこと。感謝の意を捧げるためにも、なんとしてもこのバトルロイヤルを勝ち抜いてみせる。聖なる戦士たちの力をもって。

「サムサラー・ハーラハラ・モーハーシャンティエ・アーバーフー・プルシャーカーラム・シャンカチャクラシー・ダーリナム」

 突如、マントラに間の抜けた音が割って入った。室内に香ばしい臭いが立ち込める。麻原はマントラを中断し、糸のような目を、カッと見開いた。結跏趺坐を解き、立ち上がる。

「貴様!神聖なるマントラ・イニシエーションを受けている最中に、放屁をするとは何事か!」

 麻原が放った怒声が、ローソクの炎を揺らめかせる。怒ったように見せかけているが、麻原は信徒に感謝していた。実はさっきから自分も屁を我慢していたのだが、それをこの機に乗じて放出することができたからだ。音は己の怒声に紛れ、臭いは信徒の屁に紛れた。

「す、すみません、尊師!」

 貴様、と言いつつ、誰が屁をひりったのかはわからなかったのだが、幸いにも、信徒の方から名乗り出てくれた。信徒に常々こう言っていたのが功を奏した。自分は全てを見通す目と、すべてを聞きわける耳を持っている。だから自分には、けして嘘をつくな、と。

 名乗り出た信徒の名は、菊池正。1953年、栃木県で起きた一家四人強殺事件の犯人である。しかし、この男が犯罪史上に名を残しているのは、その罪状の凶悪さゆえではない。菊池は死刑確定後、拘置所を脱獄し、十日間に及ぶ逃亡劇を繰り広げた男なのだ。

 昔の拘置所の管理体制が、現代とは比較にならないほどお粗末なものだったのは確かとはいえ、破獄というのは、並みの人間に出来る事ではない。常人を超える知力と体力、そして精神力を兼ね備えた者にしかできない芸当である。その上この男は、無類の働き者ときている。真理の戦士として、必ずや力になることは疑いようもない。

「まあいい。お前たちはまだ、修行を開始して日が浅い。失態を犯すのも仕方は無い」

 鷹揚な笑みを浮かべる麻原。菊池がホッと胸を撫で下ろす。

「さて。イニシエーションはこれくらいにして、ワークの報告に移ろうか。ではまず、正。お前から聞こうか」

 ワークとは、オウム時代に使用していた用語で、金銭を稼ぐ行為全般を指す。あの頃は飲食やパソコンショップなどの店を展開し、年間二十億円以上を荒稼ぎしていた。信徒をタダ働きさせていたから人件費は無いに等しく、利益はほとんどが自分の懐に入った。昨今のブラック企業の経営者も、データ装備費など、わけのわからない名目で人件費をケチるくらいなら、宗教を開けばいいのだ。

 ちなみに自分は「バドラ」の信徒を、年上、年下、男女の区別なく、ファーストネームで呼ぶことにしている。親しみのこもった印象を与えるためだ。

「はい。本日は、牛丼チェーン店、松屋の面接に行ってまいりました!」

「ふむ。手ごたえの方はどうだ?」

「履歴書というものを持参せず行ったところ、君、今まで何して生きてきたの、と、呆れられてしまいました!」

 麻原は舌打ちした。委員会め、一年間もクローン復活者の教育に時間を割いていながら、なにを教えていたのだ。

「まあ、現代に蘇ったばかりなのだから、仕方が無い。次からは気を付ければよいのだ。書き方がわからなければ、あとで、光彦にでも聞きなさい。では、次はその光彦に聞こうか」

 第二の信徒――関光彦。1992年に起きた、市川一家四人殺害事件の犯人である。逮捕当時19歳、札付きのワルとして地元で名が通っていた関光彦が犯したのは、暴力団関係者から要求された200万円を支払うため、かつて己が強姦した女子高生の家に強盗に入り、家族を惨殺した後、女子高生を監禁して再び強姦に及んだという、鬼畜の所業である。人間の皮を被った悪魔と呼ぶに相応しい男――しかし、だからこそ使い道がある。

「光彦・・光彦!」

反応のない関光彦の名を連呼する麻原。この男、居眠りを決め込んでいたようだ。菊池正に肩を揺すられ、ようやく目を覚ます。

「んあ?・・ああ?」

「んあ、ではない。ワークの報告をしろと言っている」

「ああ・・仕事ね。今日はパチンコ屋の初出勤日だったけど、面倒くさくなって、三分でバックレちゃったよ。で、別のパチンコ屋でスロットやってた」

 なんでも正直に話せと言ったのは自分だが、ここまであけすけなのも考えものではある。教義を守るのと同じくらい大切と言い聞かせてきたワークをおろそかにしたことに、まるで罪悪感を抱いていないのは問題だ。まあ、しかし、この男には一般就労は無理なのかもしれない。下手に外に出てトラブルを起こさないよう、常に自分の目が届くところに置いておくのが正解か。

「わかった・・ひとまず、今晩はゆっくり休むといい。最後に、清孝。お前の報告を聞こうか」

「はい。本日はマクドナルドで、二日目の勤務をこなしてまいりました」

 第三の信徒――勝田清孝が、明瞭な口調で答えた。

 勝田清孝。1972年から1983年にかけて、立証されているだけで14件、本人の告白では22件の殺人を繰り返した、連続殺人犯である。

 殺人の検挙率が高く、また狭い国土に人口が密集している日本では、米国に比べ、連続殺人犯の発生率は低い。発生したとしても、まだ被害の少ない短期間の内に逮捕されるケースがほとんどであり、勝田ほど長期に渡り、多数の人間を殺害したケースは、後にも先にも存在しない。また、連続殺人犯は、快楽殺人犯とイコールであるケースが多いのだが、勝田の場合は強姦や強盗など、物的な欲求を満たすための犯行が主であったのも特徴的である。

 この十日間の最大の成果――それは紛れもなく、この日本犯罪史でも十指に入る男、勝田清孝を配下に据えることが出来たことだった。

「しかし、最近の電子機器というのは凄いですね。クレジットカードの処理やらなんやら、正直、ついてけまへん。ほんま、かないまへんわ」

 弱音を吐きつつ、その表情には自信が溢れている。逮捕の直前まで消防士として働いており、その勤務態度は誠実だったというから、仕事の覚えは早いはずだ。

「ふむ。ところで、マクドナルドの60秒ルールについてはどう考えている?」

 この質問には、ちゃんと意味があった。組織の命令ならどんな理不尽なことにも応じる、従順さを確かめているのだ。

「ほうですね。まあ、論理が破綻していますわ。店側は、クルーに困難な課題を与えることよりモチベーションの向上を図るなんて言っとりますが、賃金は上げずに負担だけ増やされて、なんでやる気が上がるのかって話ですわ」

 期待通りの答えが返ってきた。信徒が忠誠を誓うのは、自分が作った組織「バドラ」に対してだけでいい。

「清孝に関しては、問題なさそうだな。よし。今日はこれくらいにしよう。三人とも、ゆっくり身体を休めて、明日に備えてくれ」

 解散の指示を出すと、信徒たちは寝室に入っていった。

 まずは三人、自分の手足となって働いてくれる、忠実なる僕を獲得することができた。引き続き参加者の勧誘活動を続け、今月中には組織を固める。来月からは一気に攻勢に出る。全ての参加者たちを駆逐し、勝ち残りが確定した後は、自分が作った「バドラ」の、一般大衆への布教活動を本格的に開始する。「バドラ」を、オウム真理教以上の宗教団体に成長させてみせる。

 今度こそ君臨してみせる―――神の座に。

 新生オウム真理教「バドラ」、始動。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

いよいよ麻原が組織を立ち上げましたか。
しかし関戦士までもが麻原の傘下に入るとは。
若き戦士たちの活躍に期待しています。
しかし振り返ると我らが勇者加藤戦士もはや30代。
もう若手というより中堅といったほうが
ふさわしいでしょうか。

No title

>>1番コメさんコメントありがとうございます!

これから本格的に物語を進めていこうと思っています。

今回麻原の配下となった三人、いずれも宅間守や松永太に劣らぬ個性の持ち主です。菊池正の脱獄作戦なんかはそれだけで15分もののショートムービーが作れそうなくらい面白いので、なんか別の形で紹介したいですね。
人物がもう少し増えてきたら辞典も作ります。

懐かしいですね!

段々と(自分の)語彙力のなさを痛感していますが・・・(笑)
懲りずに感想コメントします!(^^)!

この回も懐かしいですね!麻原ver.はギャグ路線とはいえ、
細かくよく描けているなぁと思います・・・。
パロディにしようとしても、なかなか思いつかない事と思います!

ここから先いろいろとおもしろいんですよね~
またの楽しみにとっておこうと思います☆(*'ω'*)

お返事はどこかの章で頂けたら(*^^*)気長~に待っていますね。
長々と失礼致しました。

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR