凶悪犯罪者バトルロイヤル 第75話

 市橋達也は、福田和子からの呼び出しを受けて、店へと向かっていた。今日は店は定休日だが、何か特別に用事があるのだという。バトルロイヤルを勝ち残る上での、相談事だろうか。

 福田さんは、店の前で立って、僕を待っていた。水色ワンピースに、白のレディースハット。妖艶な魅力を持つ彼女だったが、清楚な出で立ちもよく似合う。

「おはようございます。用って、なんですか?」

「あら。若い男と若い女が二人で会うのよ。デートしかないじゃない」

 唐突な福田さんの言葉に、僕は頭の中が真っ白になった。デート?殺伐とした戦いに身を投じる僕たちに、あまりにも不似合いな言葉を、僕はどう受け止めていいのかわからなかった。

「なに言うとんねん!オバハン、僕の母ちゃんみたいな年齢やろ!」

 福田さんがおどけた調子で言って、僕の頭を軽くチョップした。

「ったくもう。突っ込んでくれなきゃ、変な感じになるじゃない」

「え・・あ・・」

「ほら、行くわよ」

 福田さんに手を引っ張られ、僕は駅前へと向かっていった。

 初めに行ったのは、美容室だった。回転率重視の1000円カットだが、坊主頭にするだけなら、ここで十分だ。バトルロイヤルが開始されたから三か月あまりが立ち、僕の髪の毛はかなり伸びてきている。ここで一度リセットすれば、だいぶ印象は変わってくるはずだった。

「サッパリしたじゃない。食べ物を扱う店なら、そっちの方が衛生的でいいわね。ていうか、可愛い」

 福田さんが背伸びをしながら、180センチある僕の頭を撫でた。

 それから、僕らは電車に乗って、「東京ドームシティ・アトラクションズ」に向かった。一緒にアトラクションに乗ったり、ソフトクリームを食べ歩いたり。何も知らない人から見たら、たぶん、本当の恋人同士に見えただろう。

 僕が命を奪ってしまった「あの人」と、僕は恋人同士になりたかったのだろうか。実際、よくわからない。人を愛するということが、よくわからない。僕はただ自分の所有欲とプライド、あるいは性欲を満たすためだけに、女性を欲してきた。それについて、疑問を抱いたこともない。

 僕にとって女性は、自分を認め、思い通りになってくれる間は男性よりも上位だが、自分のプライドを傷つける側に回った瞬間、男性、いや虫ケラ以下の存在と成り果てる。人生をボロボロにすることすら躊躇はない。いやむしろ、積極的に潰すべきである。その考えが行き過ぎてしまったから、あんな事件を起こしてしまった。

 正しかったが間違っていたのかでいえば、変な日本語だが、間違いなく間違っていたのであろうとは思う。だが、改心せよと説教されるのも、釈然としない部分がある。だって、僕自身が愛された実感なく生きてきたというのに、どうして人を愛せるというのか。一度としていい思いをしたことがない人間が、人に与える気持ちになんかなれるのか。

 どこまでも、自分本位の人付き合いしかできない人間。それが改心もせず、再びこうして野に放たれてしまった。この上はもう、何も望まない。誰に何を期待することもなく生きていく。

 娑婆で味わう孤独は、獄で味わう孤独よりも辛い。みんなが裸になっているところで裸でいても羞恥は覚えないが、みんなが服を着ているところで裸になっていれば、強い羞恥を覚える。それと一緒で、手を伸ばせば人の温もりに触れられる場所で孤独でいるのは、孤独が当然の場所で孤独でいるより辛いのだ。

 だからこそ、その道を行く。一生の孤独を、「あの人」への償いの代わりとする。干上がった砂漠を、ただ一人でひたすら歩き、一人で死んでいく。

「なにを難しい顔をしているの」

 観覧車のゴンドラの中で向かい合う僕に、福田さんが言った。

「いえ、あの・・・」

「悩むなら、とことん悩めばいいわ。悩みが消えるまで、悩むしかない。それが、死ぬまでであっても」

 てっきり、考え方を変えろ、とか、悩んでたっていいことないよ、とか、前向きになろうよ、とか、石を水に浮かべろというのと同じくらい不可能なことを言われるかと思ったら、違っていた。やはり、この人はわかっている。どうしようもない暗がりに落ち込んだ者に、下手な説教や中途半端な慰めをかけるのは、ナイフで腹を刺された人に絆創膏を渡すくらいに、無意味であることを。
 
「さあ、帰りましょうか」

 夕飯時を前にして、僕たちは巣鴨へと帰っていった。なにか、逃亡の極意とか、そんな話を聞けるのではないかと思って、少し気合いを入れていたのだが、本当に、ただデートだけをして終わった。いや――。もしかしたら、髪を切らせたことといい、無言のうちに、なにか僕にアドバイスを送ってくれていたのかもしれない。寮に帰ったら、じっくり記憶を取り出して、思い出してみよう。

 お互いの住処に帰る前に、店の前を通ると、なぜか扉が開いていた。店主か誰かがいるのならいいが、泥棒が入ったのなら大変だ。僕たちは様子を見に、店へと入った。

 厨房に広がる血だまり―――。白のユニフォームを真っ赤に染めて、タイルの床に突っ伏している店主――。包丁を持って店主を見下ろしているのは、カワゴエだった。

「カワゴエくん・・・どうして・・」

「・・このクソじじいが、食材の産地を偽装していやがった。そのことについて問い詰めた。口論しているうちにエキサイトして、やっちまった」

 能面のような表情で、カワゴエが淡々と言った。

「中学を出てから13年間・・。散々に殴られて、やりたいことも我慢して、もっといい条件のオファーも無視して、この店で修行してきたってのに・・。あと少し・・あと少しで、店を開けるところまで来たってのに・・。なんでこんなことになっちまったんだよ・・。なにやってんだよ俺・・。俺の人生は、なんだったんだよ・・」

 13年分の涙が一度に流れ出したかのような、悲痛な慟哭をあげて座り込むカワゴエに、僕も福田さんも、何も言えなかった。

 頭と右腕を失い、殺人事件まで起きてしまったレストランに客が入るはずもなく、店は閉店となってしまった。

「俺には料理しかねえからよ。また一から出直して、絶対に店開くからよ。そんときは、絶対に食いに来いよ!」

 そう言って、飲食の世界に残る決断をしたのはミツルだけで、他の店員は皆、事件のせいで気力を失い、業界を去ろうとしているようだった。

 結局、レストランでの滞在も、二週間ほどにしかならなかった。手元に残ったのは、給料を日割りした十一万円だけ。福田さんとも、また別行動をとることになった。基本的に僕らは、逃亡スタイルが違う。一緒にいては、足を引っ張り合うだけだ。

 警備会社での一件といい、ホームレス村での事件といい、レストランでの事件といい、僕が行く先々で、なぜか人が死ぬ。単なる偶然なのだろうか。それとも、僕が行く先々で、死の鱗粉を撒き散らしているのだろうか。

 関わる人すべてを不幸にして――。まだ僕は生きている。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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