凶悪犯罪者バトルロイヤル 第72話

 スカーフキッスでの勤務を終えたNは、二十分ほど酔客を介抱していから、控室へと引き上げていった。室内に入って、首を傾げる。今日は同僚のホミカと、常連客のアフターに付き合うことになっていたのだが、彼女の姿が見えないのだ。

 ホミカは私より一つ下の20歳で、私と同じ未経験組だった。家出をして新宿歌舞伎町をふらついていたところを、松永社長にスカウトされたのだそうだ。

 ホミカは小柄で愛くるしい顔立ちをしているロリ系で、年齢も若いのだが、一つ重大なハンデを抱えていた。軽い知的障害の持ち主なのだ。加えて、家庭環境にも問題があった。時代錯誤でエゴの強いホミカの両親は、彼女に適切な支援を受けさせず、あくまで健常者の枠にねじ込んで育てようとした。ホミカがテストで悪い点を取ってきたり、問題行動を起こすと、ただ罵倒し、蔑み、打擲した。

 悲惨な境遇の彼女に手を差し伸べる者は、誰もいなかった。学校の教師は、学業や生活面の遅れを認識しながら、ヤクザまがいの父親の恫喝に負けて、ホミカを特殊学級へと移さなかった。同級生は、彼女をただ嘲笑い、陰湿なイジメを繰り返した。

 中学校卒業時のホミカの学力は、小学校一年生レベル。普通高校への受験が絶望的で、進路は障碍者枠での就労しかないとなった時点で、ホミカの両親は、彼女を家に閉じ込めた。家の恥を、外には出さないというわけだ。

 ホミカは親の目を盗んで外に出かけた。人との繋がりを求めて、外を彷徨い歩いた。ホミカを相手にするのは、悪い男だけだった。17歳で強姦相手に妊娠させられ、堕胎、不妊手術。18歳でリタリン中毒になった。さすがに家でもホミカを持て余すようになり、彼女は薬物治療施設、障碍者施設、病院などをたらい回しにされ、20歳でホームレスとなった。そして、北朝鮮の農村部の少女のような憐れな姿で歌舞伎町を彷徨っているところを、松永社長に拾われた。

 知的に遅れのある女の子が夜の世界で働くことは、それほど珍しいことではない。就職難の時代で、最近では大卒で資格も持っているような女の子がキャバクラや風俗で働くケースも増えているが、やはり多数を占めているのは、どこかネジの緩んだ子である、というのが現状だ。

 ただ、そうした子の働き口は、夜の世界は夜の世界でも性的サービスを行う店がほとんどであり、ホミカのように、会話メインのキャバクラで働くケースは稀だ。松永社長のアイデアを誰もが訝しがり、せせら笑ったが、ホミカは周囲の視線を気にもとめず、ブレイクを果たした。

 知的障害を抱えるホステス――。ハンデを売りにする商法は、初めは物珍しさからある程度客受けするが、徐々に「痛々しい」との思いが上回るようになり、客は離れていってしまう。大事なのは、卑屈さを感じさせない強さと明るさなのだが、これが中々難しい。

「障害にもめげず、明るく前向きに生きている彼ら」「私は健常者を妬んではいませんよ。ただし、羨んではいますけれどもね」「だから私をあなた方の仲間に入れてください」―-。そうした、「健常者が求める障碍者像」を演じ、単に「健常者の枠で頑張ってる自分に酔っている」だけの障碍者は、いつかは化けの皮が剥がれる。

 自伝がベストセラーになった某四肢切断者が、その典型例である。ジャーナリストの職を得て、メディアを使って自分の主張を広く世間に訴えていける立場にありながら、障碍者の支援充実には積極的に動かず、健常者に媚びを売って稼ぐことしか考えていない。挙句、ツイッターで憂さ晴らしなどをやっているから、健常者にも同胞にも見放されてしまう。

 どう取り繕ったところで、障害は辛いには違いないし、それで心が歪むのも仕方ないのだから、臭いモノに蓋をせず、暗い部分だってもっとさらけ出していけばいい。「ご都合主義のお伽噺」などは、いつかはその嘘臭さと胡散臭さがばれてしまうのだから、最初から裸になっていけばいい。人間は暗いままだって、前に進めるのだ。

 筆談を武器に銀座トップのホステスにのし上がった女性と同様のスタンスで、ホミカは成功した。といっても、本人がそれを意識したわけではなく、松永社長がそう指示したわけでもない。彼女はホステスとして、天賦の才があったのだ。現在、ホミカは売上7位につけており、前回の順位発表から一週間が経った現在では、すでにナンバーを伺う勢いを見せている。私とホミカで、店の看板を背負っていきたい―。店でただ一人の友達と、よくそうやって語り合っていた。

そのホミカの姿が見えない。いったい、どこに行ってしまったのだろう?

「あの、先輩。ホミカのこと、知りません?」

 順位発表で私に負けたユウコに聞いた。

「は?知らねーし。バカだから、約束忘れて帰っちゃったんじゃねーの?」

「でも、バッグはロッカーに置いてありますけど」

「っぜーな。知らねえっつってんだろ!」

 取り付く島もない態度である。仕方なく、電話をして本人に聞くと、勤務時間が終わった三十分前から、ずっとトイレに籠っていたとのこと。ホミカは私同様――いや、気が優しくて、言葉で反撃する能力を持たないことから、私以上に、先輩から辛いイジメを受けていた。

「ホミカ、私が来たからもう安心だよ。さあ、アフターに行こう」

「でもね、でもね、行けないの」

「・・どうして?」

「あのね、あのね、ホミカがアフターに行くとね、加藤店長が死んじゃうから、行けないの」

「・・誰がそんなことを?」

「あのね、あのね、みんなが、そう言ってたの」

 無垢な瞳を輝かせて、ホミカは大真面目な口調でそんなことを言う。二十歳の大人の女が、先輩たちに吹きまれたそんな大ぼらを、信じてしまっているのである。この狂った社会の中で、よく今まで生き延びられたと思う。彼女には、幸せになる権利がある。

「大丈夫。加藤店長は、死んだりしないから。さあ、コイズミさんが待ってるから、行こう」

 私はホミカを抱きしめ、手を取って、店外へと出た。スカーフキッスでの勤務においては、健常者のキャストたちと差別なく扱われるホミカだったが、一人でアフターに行くことだけは禁止されている。ホステスは、よほどのことがなければ、客と一線を越えてはいけない。体を手にした客はそれで満足してしまい、もう店に通ってくれなくなってしまうからだ。その男の性を逆手にとって、「切り時」と判断した男には積極的に体を許し、さっさと消えてもらうという術もあるが、場合によってはさらにのめり込まれてしまうこともあり、一概にはいえない。ようは、相手に合わせた使いようである。そのさじ加減ができないホミカを、一人で店の外で男に会わせてはいけない。太客に誘われてどうしても断れない場合は、必ず私がついていくことになっている。

 ホミカは、懐石料理屋でのアフターでも、テーブルを弾けさせた。店では六時間も喋りっぱなしだったのに、疲れたところを見せない。ホミカは記憶力が優秀で、幼少の頃の思い出話が得意だった。無垢ゆえの失敗談などを語ると、客は大いに盛り上がる。やはり世間は、ご都合主義の偽善話だけではなく、ハンデを抱えた人のリアルな話を聞きたいと思っている人も多いのだ。その暗いネタも明るく話すから、聴衆は引きつけられる。ホミカは、もっと上へと昇っていける。

 やがて夜も更け、この日は解散となった。家まで送っていくというコイズミを振り切り、私は男性従業員でバトルロイヤル参加者の尾形英紀さんを呼んだ。敵がいつ、どこで襲ってくるかはわからない。私はいつも、スカーフキッスの従業員に送り迎えをしてもらっていた。

 尾形さんが運転するハイエースは、ホミカのマンションに向かっていく。一日を終えた安堵感で、ウトウトとしかけたそのとき――。車が、突然止まった。信号でもないのに。飲み物でも買うのかしら。でも、ドリンクホルダーには、飲みかけのコーラが・・。

 夢うつつになりかけてきた意識が、一瞬で覚醒した。
 視界に現れたのは、尾形さんの射るような視線と、鋭いナイフの切っ先。
 なぜ――。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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