凶悪犯罪者バトルロイヤル 第71話


 加藤智大は、新宿のフィットネスジムで、ウェイトトレーニングを行っていた。フィジカルを徹底的に鍛える。地道だが、強くなるためには、これが一番確実な方法だ。ダンベルやバーベル、あるいは自重を用いたトレーニングは今までも行っていたが、ジムで行うマシンを用いたトレーニングは、筋肥大の量が違う。また、初心者でも筋肉に効果的な負担をかけられるメリットもある。

 現在のサイズ――168㎝、59㎏。体脂肪率12%。体重を、あと6㎏は増やしたかった。体重は、イコール、パワーである。戦いにおいて、体が大きくて損をするなどということは、ほぼあり得ない。小よく大を制すは理想だが、体が大きいほうが有利なのは、紛れもない事実なのだ。

 あの男――宅間守とは、ちょうど16㎝の身長差と、16㎏の体重差がある。体格面での不利は明白だ。身長はどうしようもないが、体重はトレーニングで確実に増やせる。まずはそこから、差を詰めていく。

 一昔前は、筋肉によって体重を増やすと動きが鈍くなるという迷信が、半ば常識として信奉されていたが、ここ十年ほどの有名スポーツ選手の活躍で、今やその考え方は完全に否定されている。日本人史上最強投手と称されるとあるメジャーリーガーによれば、筋肉が動作を阻害するには、ボディビルダー並の量がなければいけないそうだ。そんな筋肉は、つけようと思ったって中々つくものではない。短距離走の選手を見てもわかるように、筋肉を太くすれば太くするほど、スピードだって伸びるのだ。

 また、忘れてはならないのが、怪我を防止する効果だ。ストレッチに時間をかけることが前提だが、筋トレは基本的に、怪我の防止に役立つ。関節回りの筋肉を鍛えれば炎症が抑えられ、単純に肉の量が増えることによって、打撲時の衝撃吸収力が増加される。筋トレの失敗例として挙げられる某野球選手がいるが、逆の見方をすれば、彼は筋トレをしていたからこそ、あの程度の怪我で済んでいたのだ、と考えられなくもない。それに彼はアスリートとしては脂肪が多すぎ、無駄に下半身に負担をかけていた部分もある。一部分だけを見て、誤った結論を下してはいけないということだ。

 トレーニングと並行して、プロテインと、納豆、豆腐、鳥のササミ、魚肉ソーセージなど、高タンパク、低カロリーの食事を、一日八回に分けて食べる。配分を間違えると脂肪も増えてしまうが、多少ならば構わない。適度な脂肪は一年を戦い抜くエネルギー源となり、実戦では肉の鎧になってくれる。

 毎日感じられる筋肉痛と、見た目に感じられるトレーニングの成果は、精神的な安定をもたらしてくれる。自分はこれだけの努力をしてきた、という自信。フィジカルを鍛えることで、俺の最大の課題である、メンタルをも鍛えられる。トレーニングは、いいことずくめだ。

 ウェイトを開始して2時間。麻薬的な陶酔感に浸り始めたところで、重信さんから電話がかかってきた。オーバーワークにならないように、チェックしているのだ。

 俺はたっぷり30分をクールダウンに費やし、プロテインを補給した後、また30分をイメージトレーニングに費やしてから、シャワーを浴びた。トレーニングで汗をかいた後はすぐにシャワーが浴びたいと思うところだが、それは筋肉の発達を妨げるのだという。小さな心がけの積み重ねが、鋼の肉体を作っていく。妥協するわけにはいかない。

 トレーニングを終えたら、すぐに店に出勤だ。オープンから一か月が過ぎ、経営も軌道に乗り、松永さんからはトレーニングに専念するように言われたが、俺は店に残る決断をした。それも、店長という責任ある立場で、フルタイム出勤することを願い出た。

 今後は絶対、敵軍がわが軍の資金源である「スカーフキッス」を直接襲撃してくる機会が出てくるだろう。そのとき俺が店にいなければ、仲間やキャストを守ることはできない。それに――。俺以外の男に、Nを任せるわけには―――。

 歌舞伎町を歩いていると、妙なビラが風で宙を舞っているのが目に入った。手にとって見てみる。「歌舞伎町スカーフキッスのNは、淫乱だ」「スカーフキッスのNはエイズ持ち」「スカーフキッスのNは、ホストを食いまくり」そんなことが書かれてあった。どこのどいつがやったことが、大体見当はつくが、放っておいた。

 業界に入って一か月のルーキーが、いきなりナンバー入り。やっかみや妨害があって、当然だ。それを乗り越えられないようではNの成長はないし、妨害する奴らにしても、Nの躍進を悔しく思うくらいの気骨があってくれないと、店全体の発展には繋がらない。ま、俺自身が嫉妬深い性格だから、妨害をする奴に強く言えない、というのも、本音ではあるのだが。

 従業員通用口から店に入った。早速、仕事を開始する。帳簿の記入、キャストの出勤管理、酒や備品の発注――。店長になると、事務作業が一気に増えてくる。キャストの管理業務がなくなるわけではないから、重い負担が圧し掛かるだけだ。

 トレーニング、仕事、トレーニング、仕事、トレーニング、仕事。ひたすら、課題に埋没する。休息の時間は、日に日に減ってきている。それでいい。疲労の泥沼に身を沈めているときだけは、なにもかも忘れられる。犯した罪の重さも、生きることへの絶望も、自分自身への、憎しみも――。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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