凶悪犯罪者バトルロイヤル 第65話

 宮崎勤たち三人は、「三国志Ⅷ」を開始した。シナリオは、194年。陶謙を討ちに徐州へと侵攻した曹操の背後をつき、呂布が兗州で旗揚げした年である。この年代は、全体的に突出した勢力がなく、在野の武将も多く、群雄割拠として一番面白い年だ。

 僕たち三人はいずれも、どの勢力にも属していない、在野武将として中華に降り立った。この立場は一番自由で、既存の勢力に仕官することもできれば、人材を集めて自ら旗揚げすることもできる。僕は西涼の馬騰軍に仕え、山地くんは人材集めに専心し、菊池くんは、洛陽で旗揚げしていた麻原彰晃軍に属した。

 初め快進撃を見せたのは、麻原彰晃軍だった。バドラの人員に加え、徐晃や黄忠など、この時点では在野だった優秀な武将の活躍で、洛陽に加え長安や許昌、さらに荊州北部にまで版図を広げ、瞬く間に中原の最大勢力に躍り出た。

 だが、諸侯は麻原彰晃の一人勝ちを許さなかった。「三国志Ⅷ」には、連合軍というシステムがあり、突出した勢力が出ると、全国の軍を糾合して攻め込むことができる。正史では、悪名高い董卓がこれを食らったことで有名だ。

 全国の大軍で四方八方から攻めかかられた麻原彰晃軍は壊滅し、洛陽を放棄して放浪軍となった。変わって洛陽に入ったのが、我が馬騰軍だ。馬騰軍では、麻原軍が廃帝しようとした献帝を擁立し、手堅く天下を狙う方針を固めた。

 年代は198年になっていた。この頃には山地由紀夫軍も長江流域で旗揚げし、小覇王孫策と、熾烈な領土争いを繰り広げていた。

 そして199年、麻原彰晃軍は、河北で再起した。この頃、曹操に滅ぼされていた劉備軍のうち、在野となっていた劉備、張飛、孫乾など優秀な武将を配下に据え、更に遼東の公孫瓚を滅ぼして趙雲を配下に据えるなど、着実に勢力を拡大していた。

 「演義」では、この時期すでに公孫瓚は袁紹に滅ぼされ、趙雲は袁紹麾下に据えられていた劉備の元にいるはずだが、これはゲームであるため、各勢力の方針や伸長速度はまちまちで、実際の歴史とは、勢力の興亡も人材の流れも、まったく異なる結果となっている。まあ、ゲームだから当たり前だが。

 201年になると、我が馬騰軍は、五斗米道を下して漢中を制し、中華の西北部を完全に固めた。人材も、錦馬超を筆頭に、もとは在野だった加藤智大、角田美代子、金川真大などを加えて厚みを増しており、経済力だけなら全勢力トップに立っていた。

 が。ここで、僕が反乱を起こした。僕はこの時期、馬騰軍の都督となり、最前線の洛陽で大軍を預けられていたのだが、その力を全て、大恩ある主君を滅ぼすことに振り向けたのだ。

 血で血を洗う戦いが始まった。馬騰軍には馬一族、宮崎軍には加藤智大らバトルロイヤル参加者が味方するという構図で、初めは一進一退であったが、漢中攻防戦にて、加藤智大が馬超、龐徳の二大武将を一騎打ちで連破したところから均衡が破れ、鍾繇・張既など、内政の得意な武将も寝返ったことにより経済力も開き、203年を迎えるころには、主君の領土をすべて奪い取ることに成功した。

 だが、その宮崎軍は、最大勢力にはなれなかった。袁紹を滅ぼして河北を制した麻原彰晃軍は、さらに返す刀で、乱世の姦雄、曹操に攻め込んでいった。天下分け目の決戦、ネオ官途の戦いが始まったのである。この戦において、まず、曹操軍に所属していた呂布が裏切り、麻原軍についた。そして、その呂布と、平成の怪物、宅間守との一騎打ちが実現した。

 戦いは熾烈を極めた。呂布と宅間守は、同じ武力数値100だが、強力な武器である方天画戟を持っている分、実数値では呂布が8も上回っている。宅間守は敗北し、怪我を負ってしまった。

 呂布が宅間を破った勢いのまま麻原軍は南下し、中原の主要都市を次々に落としていった。もはや大勢は決したが、一人、諦めなかった男がいた。宅間守である。宅間は麻原軍の張飛を破って、武器である蛇矛を手に入れると、さらに趙雲を下して、完全に名誉を挽回した。そして、天下無双の豪傑、呂布とのリベンジ戦に挑んだのである。

 再戦は初め、呂布優勢のもとに進められた。蛇矛を手に入れ、多少は数値の差は埋まっているが、まだ力関係は逆転していない。このまま呂布の無敗伝説は続くのかと思われたそのとき、宅間守の戦法が決まった。呂布は落馬し、そのまま絶命した。宅間守が、中原最強の称号を手に入れた瞬間だった。

 しかし、その宅間守が、沈みゆく泥船から脱出し、麻原軍に寝返った。これで勝負は決した。乱世の姦雄、曹操は麻原彰晃によって滅ぼされ、その人材は大半が麻原の配下となった。

 同じころ、江南の山地軍も、孫策を破り、首都を建業に定めて長江流域で勢力を拡大していた。軍師の松永太の采配の元、さらに荊州南部の劉表軍を破り、中華南部に地歩を固めていく。松永太の切り崩しは見事で、麻原彰晃軍に攻められる曹操軍から、多数の人材を横取りすることに成功していた。

 そして204年、宮崎軍と山地軍は双方手を結び、蜀の地へと攻め込んだ。宮崎軍が北部、山地軍が南部と、きれいに領土を分け合い、ここに三国が鼎立した。

 バトルロイヤルの前哨戦は、さらに苛烈な後半戦へと向かって進んでいく――。
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今晩は!ちょっとご無沙汰してましたぁ(^^)/

バトルロイヤル参加者たちをゲームに登場させるって!愉快な発想ですね☆

あいにく三国志には詳しくないので(以前、三国志を題材にした映画レッドクリフを観たことはあります♪)、
ゲームだから、本来の展開とはまた違うんですね!?
きっと、お好きな分野なのでしょうか…(*^^*)たしか、歴史好きっておっしゃられてたので!

ちなみに映画レッドクリフ、
私は知人に付き合い映画館で観て感動もしたんですが、
もともと三国志好きな方からは、イメージとかけ離れた感じがして不評…も、あるみたいですね。
まぁその辺は、人それぞれですよね(;^_^A
津島さんはレッドクリフは観ましたか?

平成の怪物(笑)
格闘ゲームにいたら絶対、
強そうですよね~!
(*´∇`*)マモマモの魅力値が加藤と大差ないwww
マモマモあんなにかわいいのにっ・・・(

宅間パートも楽しみすぎて~~~取り乱しそうですっっっ!!!(´д`|||)(´д`|||)(´д`|||)
もう取り乱しかけてますが・・・

また続きを楽しみにしてますね♪♪

No title

>>蘭さん

三国志のゲームに犯罪者を登場させるっていうのは、
リアルで散々僕がやってたことなんですよねw
宅間と呂布が戦うっていうのも、実際にやりました。

今回の話、三国志に興味ない人にはちんぷんかんぷんだったのかな?でも、宮崎パートの趣旨は「マニアック」なんで、気にせずやらさせていただきますw

レッドクリフは面白かったと思うんだけどな。
三国志ファンっていうよりは映画ファンに向けて作られた、ていう感じではありましたけど、ツボは心得ていたし・・。
なにより三国志の映像作品自体が少ない(本場の映像技術はチープで話にならんです)ので、貴重だと思いますね。

作品が脱線することに関しては、色々ご意見も貰いましたけど、とにかく「自由」がブログで小説書く最大の意味かとも思います。本筋の方もきちんと進めていきますので、お付き合いいただけたらと思います。

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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