凶悪犯罪者バトルロイヤル 第63話

「俺の家は、とんでもない貧乏でな。正確にいえば、ギャンブル狂いの親父が稼ぎを独占して、家に金を入れなかったんだ。おふくろはアル中のヤク中で、仕事はおろか家事もしようとしねえ畜生だった。そのおふくろに命じられて、おふくろと兄弟のために、毎日給食の残りをタッパに詰めて持ち帰ってたらよ、乞食星人なんて言われて、学校で酷いイジメを受けたよ。それで俺は、食いもんが嫌いになった」

 今でいうネグレクトの家庭で育ったということか。ネグレクトは、子供も子供心に羞恥心から家庭の困窮を表に出そうとしない場合があり、なかなか学校側や支援機関に発覚しないこともあるのだが、生徒がサインを送っているにも関わらずカワゴエを放置した教師には、呆れるしかなかった。

「そんな俺がなぜイタリア料理店なんかで働き始めたかといえば、中学を出たてのガキをコネもなしに雇ってくれるのは、飲食くらいしかなかったからだ。あの頃のクソジジイは今よりも若い分パワーもあってな。フライパンで殴ってくることもあったんだぜ」

 クソジジイ、とは、店主のことである。

「怒鳴られない日は、一度もなかった。俺自身、飲食に向いているとはとても言えなかった部分もある。不器用だったからな。だが、それでも、18歳になって就ける職種が広がるまではと、我慢して続けた。そのうち、あることに気が付いてきた。職人の世界ってのは、器用か不器用かだけで道が決まるような単純な世界じゃないってことにな」

「どういうことすか?」

「なんでも感覚でできちまう奴ってのは、考えねえだろう?どう工夫したらできたか、てプロセスがねえから、頭を使わねえし、人に教えられねえ。不器用な奴はその点、感覚でできねえことを頭を使って必死にやろうとするから、考える力が育つし、理論が確立されるんだ」

 なるほどと思った。スポーツでも、似たような話は聞いたことがある。実際には、器用な奴がけしてノータリンとは限らず、天は二物を与えることもあるわけで、器用で考えられる奴が最強なのだろうが、それに次ぐのは、不器用だけど考えられる奴、なのかもしれない。

「それに気づいて、料理の面白さに目覚めてからは、食いもんへの恨みも消えた。同時に決意した。クソジジイを、絶対超えてやるってな。クソジジイは、悔しいが理論は天下一品だ。料理のことがわかるにつれ、あのジジイのすごさに気づく。差は埋まるどころか、開いていく一方としか思えねえが、それでも俺はやるよ」

「カワゴエさんは、オーナーを尊敬しているんですね」

 僕は、初めて口を挟んだ。

「尊敬なんかしてるかよ。恨みにしか思ってねえや。あいつに何べん殴られたと思ってんだよ。尊敬じゃねえ、復讐だ。あいつの理論を全部盗んで、独立する。今の店の、真ん前に店を構える。あいつよりうまい料理を作って、あいつの店を潰してやるんだ。あいつを自殺に追い込んで、葬式の席で大笑いして、棺桶に小便ひっかけてやるんだよ」

 カワゴエが暗い感情の宿った瞳を向け、殺人犯の僕でさえゾッとするような笑みを浮かべた。料理と芸術はよく似ているといわれるが、いい芸術が例外なく狂気から生まれるのと同様、人間の狂気がうまい料理を生み出すということも、あるのかもしれない。全面的に肯定はしないし、僕にはとても理解できない世界だが、乱暴だからなにもかもいけないと、善悪の二元論で切って捨てることはできないだろう。

「・・・先輩、俺・・なんか、料理作りたくなってきました・・」

 先輩コックの想いを聞いて、死にかけていたミツルの料理魂にも、火がついたようだ。僕なんかにぶちまけずに、はじめからカワゴエに話していればよかったのだろうが、今までは、それができる雰囲気でもなかったのだろう。やはり厳しいだけではいけない。ある程度の連帯感、風通しの良さは必要だ。

「おう。今までお前のこと、ストレスのはけ口みたいにしてたけど、悪かったな。仕事中は、ついついな。よし、今日はもう遅え。とっとと寝るぞ」

 カワゴエの一言で、深夜のコック談義は幕を閉じた。

 翌日から店では、店員同士がお互いの持論をぶつけ合ったり、深夜にお互いの部屋に行き来する光景が見られるようになった。けして仲良しこよしの友達ではなく、同じ夢を追うものとして、火花を散らしあっている感じだった。

「なんだかあの子たち、雰囲気変わったわねえ。なにかあったのかしら。市橋くん、何かしらない?」

 普段はフロアーで働いている福田さんも、この変化に驚いているようだった。

 彼らは友達ではなく、戦友である。この結びつきは、普通の友情より強い。それまで見ず知らずの間柄だった二人が、戦場で一週間、ペアを組んで戦った暁には、十年来の親友のように仲良くなっていた、という例が、実際にあるという。争いは悲劇だけを生むわけではないのだ。

 従業員同士は、お互いライバル意識を燃やしている関係上、プライベートで一緒に遊ぶような馴れ合いを良しとしなかったが、プロの料理人を目指していない僕は、カラオケやゴルフの打ちっぱなしなどに、よく誘われた。特にミツルにはすっかり懐かれてしまい、毎日のように部屋に上がり込んできては、僕を自作料理の実験台にしていった。

 素人の舌からすれば、ミツルの料理はうまかった。少なくとも、そこらのチェーン店や定食屋で出てくる料理よりはずっと上だ。だがそんな彼も、店でまかないを作れば、カワゴエら先輩たちに、ダメ出しの嵐を受けている。ちょっと後輩に何か言ってやるのを仕事だと考えて、粗さがしに躍起になりすぎている、という気がしないでもないが、やはりプロにしかわからない些細なこだわりというのもあるのだろう。

 相変わらず店主は厳しく、期間雇用の僕にも、一切の妥協を許さない。職場は息苦しいと感じることもある。立ち仕事で、力も使うから、抜きどころがまだわかっていない僕は、いつもヘトヘトだ。

 それでも僕は、充実感を感じていた。バトルロイヤルが始まってから――。いや、僕のカラカラに乾いた人生の中で、初めてかもしれない充実感を。それが絶対に叶わないことと知りながら、僕はこの毎日が、ずっと続いてほしいと願った。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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