凶悪犯罪者バトルロイヤル 第62話

「な・・なんだよ」

 じっと見つめる僕に、ミツルが言った。なんだよって。なんでもないよ。僕はミツルから視線を切り、部屋のカギを開けた。

「お、おい!止めないのかよ!」

 なんだ、引き止めてくれ坊やだったか。ため息が漏れる。この手の面倒くさい子供に構っている精神的余裕は、僕にはないというのに。しかし、今、彼は人生の岐路に立たされている。このまま見捨ててしまうのも、なんだか忍びない気がしてきた。

 また、別の考えもある。近頃僕は、小池さん、福田さんと、二人の逃亡犯の先輩と関わったことで、自分の2年7か月の逃亡生活を反省し始めていた。あの頃僕は、世界中すべての人間を敵と思い、誰一人信用しないという気持ちで逃げ続けていたが、そのスタンスは極端すぎたのではなかったか、ということだ。

 やはり何をするにも、一人では限界がある。交友範囲は最小限にとどめ、出来るだけ目立たないようにするのは間違いではないが、逆にいえばその最小限の交友範囲については、密度の濃い関係を築くべきなのではないか、ということだ。小池さんも福田さんも、そうやって長い年月を逃げ続けた。

「・・少しで良かったら、話を聞いてやるよ」

 僕はミツルを自室に招じ入れた。ミツルは、ちょっと待ってろ、と言い、近所のコンビニで酒を買ってきてから、中に入ってきた。

 カーペットもまだ敷いていないフローリングの床に腰を下ろすと、ミツルはさっそく発泡酒の缶を空け、酒を飲み始めた。たまっていた思いを吐き出すために、まずは脳みそをアルコールの海に浸けておきたいということらしい。僕は、自分の前に差し出された発泡酒の缶には手を付けず、黙って彼が口を開くのを待った。

「・・・大体、あの店のやり方はよ、古いんだよ!」

 三十分が経って、ようやくミツルが吼えた。そして、「大五郎」の一升瓶をラッパ飲みする。発泡酒の缶はすでに三つも空けており、かなり酔いが回っている。

「まあ、古い体質は、ウチの店に限った話じゃねえけどよ・・。この春、調理専門学校を卒業して就職した仲間で今残ってるのは、もう半分しかいねえんだぜ?信じられるか?たったの二か月くらいで、もう半分が辞めてるんだ。まったくのド素人じゃねえ、ちゃんとした資格を取った料理人が、半分残ってねえんだぜ?こんなバカな業界が、他にあるか?」

 顔を真っ赤にしながら、ミツルが捲し立てる。

 確かに料理業界というのは、バリバリの体育会系という話は聞いたことがある。割烹や中華など、昔気質の「職人」的イメージがある料理はいうに及ばず、洋食や製菓など、一見華やかなイメージがある料理でも、厨房を覗けば軍隊いやヤクザの事務所のような殺伐とした雰囲気が漂っているのが当たり前なのだとか。

人間を人間とも思わないようなパワー・ハラスメント。それでも、いつか自分の店を持つという目標がある職人たちは耐える。従業員のモチベーションが低いフランチャイズの店ならすぐに問題になるであろうことでも、泣き寝入りして頑張り続ける。環境に過剰適応できた者だけが生き残り、歴史は繰り返され、悪習が引き継がれていく。

 ただ僕は、店主のやり方がすべて古臭くて仕方ないものとは思わなかった。飲食といえば、一昔前は、「皿洗い三年、かつら剥き三年・・」というのが一般的ときいたが、店主は、経験が浅くとも有能なものには、どんどんレベルの高い仕事を任せている感じだ。厳しいは厳しいが理不尽ではなく、やっていることは至極合理的なのである。時代に合わせていく姿勢を、部下の扱いにも適用できたらと思うのだが・・。

「大体あのクソどもはよ・・」

 ミツルの愚痴は、それから数十分も続いた。時刻は、夜の二時を回っている。新人は、ランチの仕込みが始まるまでに清掃を済ませなければいけないから、朝の六時には起きなければならない。そろそろ床に就きたいのだが、ミツルのエンジンは全開になってしまっている。どうしたものだろうか。

「チッ、もう酒がなくなった。買ってくるわ」

 ミツルが酒を買いに、外に出ていった・・と思ったら、酒で赤らんだ顔を、逆にまっ青にして引き返してきた。ミツルの後から、先輩コックのカワゴエが、やはり酒で赤らんだ顔で入ってきた。

「悪いな、部屋の前を通ったら、ミツルのキャンキャン喚く声が聞こえてきちまったもんでよ。俺も混ぜてもらっていいか?酒ならほら、持ってきたからよ」

 2ℓペットボトル入りのワインをドンと置いて、カワゴエは床に胡坐をかいた。カワゴエは齢は28歳とまだ若いが、中学を卒業して以来ずっとこの店で働き続けているというベテランで、その手際の良さは、店主と比べても見劣りしない。

 飲食の世界は、自分で店を持てなければゴミ同然であると言われている。激しいパワハラと、キツイ肉体労働の毎日。独立の夢でもなければ、やっていられない世界なのである。

 カワゴエの腕前はすでに繁盛店を開けるレベルに到達していると誰もが口を揃えていう。しかし彼は、ゴミから神になる道に進まず、なぜか店に留まり続けているという。

「ミツル。おめえ、なんで料理人になった?」

 話はあらかた聞いていたのだろう。カワゴエは、ミツルが辞めるのかどうかという質問は省いて言った。

「え?それは、小さいころから、うまいもんを食うのが好きだったからですけど・・」

「そんなことかよ」

「そんなことって・・ありきたりかもしれないですけど、でも、普通はそうじゃないですか?」

「俺は美味い食いもん、というか、食いもんそのものが嫌いだった」

 なにを言っているのだろう。僕はミツルとともに、首を捻った。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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