凶悪犯罪者バトルロイヤル 第61話

 
 巣鴨の町――。市橋達也は、松本昭弘、松本和弘の兄弟から逃走していた。小池さんと「サイゼリヤ」で食事をとっている途中に、いきなり奴らが襲撃してきたのだ。

 二人は、小池さんには目もくれず、逃げ足の速い僕の方に狙いを絞ってきた。いったいなぜ?
 
 ブラック・ナイトゲーム。EU圏の秘密結社が、バトルロイヤルの結果を賭けの対象にしていると聞いた。僕が早くに死ぬことに、大金を賭けている人がいるのだろうか。あるいは・・・いや、それは考えまい。とにかく、参加者以外に、僕の命を狙っている者がいるのは、間違いなさそうだ。

 双子の松本兄弟のコンビネーションは絶妙だった。常に全力疾走の僕と違い、いかに体力を使わず、逃げる敵を最短距離で捕まえる術を心得ている。例えるなら、リングを合理的に使うフットワークを覚えたボクサーと、ベタ足ファイターの違い。消耗度の差は明白で、僕はじりじりと追い詰められていた。

「市橋くん」
 
 聞き覚えのある誰か――。浅草の神社で出会ったあの女性が、僕を呼ぶ声がする。僕は迷うことなく、声が聞こえた飲食店の中に駆け込んだ。

「奥へ」

 僕を迎えた女性は、すぐさま僕を、奥の厨房へと案内した。しばらく、息を潜める。五分・・十分・・三十分が経過した。もう、大丈夫だろう。

「ありがとうございます・・・福田さん」

 僕は、女性――日本史上最も有名な逃亡犯に、礼を言った。

「あら。私がだれか、知っていたのね」

 名鑑の写真とはまるで別人のような顔をした福田さんが、微笑んで言った。どうやらこの人は、敵ではなさそうだ。ならば、積極的に情報を交換すべきである。そう判断した僕は、福田さんに、バトルロイヤルが始まってから今までに送った経緯と、松本兄弟に、なぜか付け狙われていることを打ち明けた。

 福田さんも同様に、自分の近況を語ってくれた。どうやら福田さんは、今僕のいる、巣鴨のイタリアンレストランの内妻に納まっているらしい。僕がサバイバル技術と肉体一本を武器に逃亡生活を続けていたように、彼女もまた、色香と「寝技」を武器に、どの参加者とも矛を交えず、今まで生き延びていたようだ。

「助けていただいて、どうもありがとうございました。お礼をしたいのですが、すみません。今、手持ちがなくて・・いつか必ず、お礼はします。では――」

「待って。あなた、しばらくここにいたほうがいい」

 長居は無用と、店を出ようとした僕を、福田さんが呼び止めた。

「え?」

「だってあなた、松本兄弟にロックオンされてるんでしょう?だったら、ここにいるのが一番安全じゃない」

 福田さんが言っていることはわかる。追う側が普通の神経の持ち主なら、逃亡劇を繰り広げたその場所に、追われる側がいつまでも留まっているとは思わないだろう。裏の裏を読まれるということもあるかもしれないが、基本的に、捜索順序の優先順位からは外れるはずだ。だが―――。

「それに、いつかお礼ったって、そのときまで生きているかわからないじゃない」

 まあ、それはそうだ。

「なら、お礼がわりに、しばらくウチで働いていってよ。この間、従業員の子が逃げ出しちゃってね。人手不足で、困っていたところなの」

 命が一番安全な場所に留まることができ、住まいも仕事も得られる。願ってもない話。断る理由は、なにもない。しかし、一つ気がかりなことがある。面倒を見ている猫のことだった。が――。

「奥さーん。なんか変な黒い猫が、店の前に・・」

 仕入れに出ていた若い従業員が、不気味そうに言った。店の外に出ると、紛れもない、僕が飼っていた黒猫が、足に縋り付いてきた。

「従業員寮はペット禁止なんだけど、まあ短期間だしね。飼ってもいいわよ」

 その言葉で、決心した。福田さんの厚意に甘えることにした。小池さんに連絡をすると、彼も福田さんに世話になることを薦めてくれた。いつかはまた合流することがあるかもしれないが、しばしのうち、僕と小池さんは別行動をとることになった。

 その晩からさっそく、仕事も始まった。短期間で去ることが決まっている僕の仕事はもっぱら、洗い物と肉体仕事だ。福田さんの内夫である店主は厳しい人で、厨房内は「アホ・カス・ボケ」のAKBが挨拶感覚で飛び交い、ときに食材までもが空中戦を繰り広げる、さながら戦場というかヤクザの抗争現場のような状況を呈していた。グルメ雑誌に書いてある、「あなたに笑顔を届けたい」の宣伝文句が泣いている。

 僕も、初日にして何度も暴力を振るわれ、暴言を浴びたが、そんなのは飯場で慣れっこである。店主は確かに厳しいが理論のしっかりした人で、食器の洗い方ひとつにも、合理的なノウハウを確立し、教え方も、優しくはないが丁寧だった。理不尽な叱責を受けることはない分、飯場よりはずっとマシだ。

 ただ、職場の人間関係は本当に冷え切っていて、オフのときでも会話の一つもなかった。歓迎会など別に期待していなかったし、変に気を遣わなくていいから、僕は全然結構なのだが、ここでずっと働く従業員、特に若い子にとっては、やはりその辛さは耐え難いらしい。

 深夜、コンビニに生活雑貨を買い求めに出ると、21歳、最年少のミツルくんが、大きなドラムバッグを持って外に出るところに鉢合わせてしまった。
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市橋やっぱり、いいひと~♪
実際の市橋って…、逃亡中に○田新地に通ったりしていたらしいし…、肉食系なイメージでしたが、
バトルロイヤルでは(登場人物の中では)落ち着いた雰囲気で、良いですね~♪

またまた、猫さんが気になっちゃうなんて( 〃▽〃)
黒猫さん…良かったぁ…
どうか可愛いニャン子たんは少年Aや宅間さんに見つからないような安全な場所に…!!!
…ついつい、可笑しな心配しちゃってます。



って、ミツルって何者っ!!?
ブラック・ナイトゲームも気になりますが…。

No title

>>蘭さん

ご指摘はフムフムと同じでしたか。
三人称一元視点に関しては、新堂冬樹氏の書き方を模倣しているのですけど、彼が内面描写を描く際によく、「自分」という一人称めいた書き方をするんですよ。今まで呼吸をするくらいふつうに使ってたんですけど、違和感のある方もいらっしゃると知り、ちょっと新鮮な驚きを味わっていますwまあ、慣れていただければと思います。

市橋達也が飛田を利用していたというのは本当なんですかね。彼は自著の中で、事件以来、セックす恐怖症に陥ってしまったことを告白しているのですが・・。下半身の話にゴシップはつきものなので、真相はわからんですね。本編では、本人の告白を信用して採用していこうと思います。

今晩は♪はい(>_<)
これからバトルロイヤルを読み続けて、じきに慣れてしまうと思われますw

市橋の著書については初耳でした!そうなの・・・。
たしかに真相はわからないですもんね!
分かりました(^^)/♪

No title

>>蘭さん

市橋達也が記した「逮捕されるまで」は、文学作品としても読める完成度でした。重大犯罪者の手記というのは、大概が世間の同情を買うための言い訳に満ちた内容になりがちなんですが、市橋の作品には、それがないとはいいませんが最小限で、逃亡中に自分がやってきたこと、感じたことを正直に話すことに重きが置かれている感じでした。犯罪者の手記としては一番おすすめですね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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