凶悪犯罪者バトルロイヤル 第六話


 市橋達也は、浅草は雷門前を歩いていた。今日は日曜日、街道は多くの観光客で賑わっている。

 逃亡するなら、人を怖れるな。人ごみにこそ、身を隠せ。さっき、コンビニで気まぐれに手にした、逃亡生活のマニュアルに書かれていた、逃亡の鉄則。

 基本的には同感だ。田舎は人が少ない分、余所者や不審者の存在が目立ってしまう。都会は、人は多いが基本的に他人に無関心で、灯台もと暗しの法則で警察のマークも薄い。生活に必要な物も揃っている。焦って遠くの地方に逃げるよりも、土地勘のある都会に留まった方が、むしろ安全ということはあるのだ。ただ、僕の場合は顔が知られすぎていて、防犯カメラを警戒する必要があったから、またちょっと事情が違ったのだが。

 僕がグランドマスターを名乗る男の手によって獄中生活から解放されて、三日が過ぎた。最初にもらった200万円からこれまで使用した金額は、3189円。おそらく全参加者の中でも、かなり少ない金額だと思う。

 用途の第一は、一日一食と決めた食費。メニューは、牛丼屋で並盛牛丼を一杯と生野菜サラダ。それで一日を過ごす。

 あの事件を起こして逃亡生活を始めてから、どういうわけか僕の身体は、少ない食事で凄いエネルギーが発揮できるように、体質が変化していた。成人男性が一日に最低限摂取すべきカロリーの半分以下で、一日で身体を壊してもおかしくない肉体労働を平気でこなしていたのだ。

 用途の第二は、生活雑貨。といっても、購入したのはウェストバッグとタオル、それから歯ブラシだけだ。

 ウェストバッグを購入したのは、言うまでもなくお金を守るためだ。グランドマスターから貰った財布には、限界まで詰め込んでも、お札は五十枚までしか入らない。大切なお金をリュックサックなんかに入れるなんて不用心なことはできない。コインロッカーに保管するのは、お金は安全だが、他の参加者に待ち伏せされて殺されてしまうかもしれない。常に肌身離さず持ち歩いているのが、結局は一番安心できる。

 タオルと歯ブラシを買ったのは、最低限の衛生状態を保つため。この三日間、僕はお風呂を使っていない。人目につかない早朝を見計らって、公園の水で身体を拭いただけだ。まだこの季節は汗が出ない。臭い的には、あと一週間はいけそうだ。そんなことを考えていること自体、あの事件を犯す前、潔癖症で通っていた僕からすれば、まさに考えられない話。人間、変われば変わるものだ。歯磨きは必要ないようにも思えるけど、ゲームの途中で歯を痛めて食事がとれなくなり、何より大切な栄養が満足に補給できなくなるリスクを考えたら、ケアは怠れない。

 用途の第三は、凶悪な犯罪者たちから自分を守る武器――サバイバルナイフを買うための費用だ。
 
 僕はけして、暴力は好まない。関西の飯場で働いていたときによくいた、口より先に手が出るような粗暴な人間は大嫌いだ。だが、いざというときには、戦う覚悟はできている。

 殺し合いで大事なのは、戦闘能力よりも胆力だ。相手を殺す覚悟だけじゃなく、自分の命も差し出す覚悟で挑む。その気迫で大抵の相手は恐れを為す。相手を気迫で呑んでしまえば、もう勝ったも同然だ。終始こちらのペースで戦いを進めることができる。

 とはいえ、それは本当に八方ふさがりの、ギリギリの状況に追い込まれたときの話。できる限りは、争いは避けていくつもりだ。グランドマスターは、他の参加者とチームを組むのも自由だなんて言ってたけど、他人とつるむ気は更々ない。僕は最後まで、一人きりで行動する。一人で生き残る。

 少し疲れを覚えた。歩くのをやめ、浅草神社の境内に腰かけた。ゴミ箱から拾ったペットボトルに詰め込んだ水で喉を潤した後、リュックサックの中から、用途の第四――古本屋で買った小説を取り出した。ハリー・ポッター。あの人の国の小説だ。

 僕はずっと海外に憧れがあった。グランドマスターは、バトルロイヤルを生き残ったら、どこか希望する異国に生活拠点を用意してくれると言っている。僕は迷わず、あの人の国を選ぶつもりだった。

 どこまで勝手な男なのか。自分でも、そう思う。けれど、僕の中では、それはケジメのつもりだった。なにがケジメなのかは、よくわからない。なぜか、そうしなくちゃいけないと思うのだ。

「夕日がきれいね」

 僕の隣に、一人の女性が腰を降ろした。

「あなた、市橋達也くんでしょう?」

 僕の名前を知っている?この人は・・・参加者?女性は戸惑う僕の顔を見てニコリと笑う。
すごくキレイで、気立てのよさそうな女性だ。年齢はどれくらいだろう。30歳くらいに見えるけど、40歳と言われればそれくらいにも見える。言葉には、全国指名手配犯だったころ、お遍路で行った四国の訛りがある。

 名鑑には、こんな顔の女性は載っていなかった気がする。けれど、女性は化粧で化ける生き物だ。それに、最初にもらった200万を、全て整形に注ぎ込んだ可能性もある。この人が参加者なら、殺さなきゃ。相手が女性なら、それは容易だ。

 でも、なぜか僕の身体は動かなかった。この人を見ていると、血の繋がったお姉さんを見ているような・・。とても他人とは思えないのだ。

「あなたとは、またいつか、どこかで会う気がするわ」

 女性は立ち上がると、夕日を浴びながら人ごみに消えていった。僕はなぜか、女性を追えなかった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

初の女性キャラ登場ですね。
私は彼女は下村早苗か畠山鈴香では…と推理しました。
しかし四国なまりとは…謎が深まります。
展開を想像しながら読むのも楽しいものです。
しかしこのバトルロワイヤル、死刑囚以外にも受刑者も対象
なんですね。
更なる戦士の登場に期待します。

No title

>>1番コメさんコメントありがとうございます!

>>女性キャラの正体
ふふふ、楽しみに待っていてください。

対象はそうですね、死刑囚だけに限定はしないつもりです。
事件の衝撃度や社会に与えた影響、犯罪者自身の個性などを考慮して選定していこうと思っています。

女性の正体わかりました

よく市橋と比較されていたあの人ですね
この人だけでなく昔の事件の
時代の違う犯罪者達をどう書くのか?
楽しみにしています

No title

muniさんコメントありがとうございます!

はい、正解ですw

過去の犯罪者と現代の犯罪者を比較しながら書いていくのは楽しそうです。

現代は社会情勢の変化から、加藤智大のように、環境さえまともなら別の人生があった凶悪犯罪者が増えていますが、過去の凶悪犯罪者というのは、本当に矯正不可能などうしようもない人間が多いです。僕の個人的な印象というか、単なる勉強不足かもしれないですが。

ただ個性的な人物は非常に多いですね。それこそ、現代の凶悪犯罪者たちを食いかねないほどに。しっかり時代背景など勉強して書いていきたいです。

この辺を読み飛ばしていた気がします。

昔・・・、この辺を読み飛ばしていた気がします、なので、新鮮でした。
謎の女性は、整形を繰り返し逃亡していたあの人でしょうか。
改めて読み直すと、本当におもしろいです。日課になりつつあります。(笑)
引き続き、読み直しを進めて行きたいと思います!!!
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR