凶悪犯罪者バトルロイヤル 第54話

「勝手に決めないで。どうして、私が」

「Nちゃん。君は立場を弁えた方がいい」

 Aの目が、語っている。私の生殺与奪の権限は、彼の手中に握られていることを。

「1969年。神奈川県で起きた、サレジオ高校首切り事件を知っているかい?」

 知っている。児童自立支援施設にいたころ、犯罪少年が社会復帰後に犯した失敗談の例として、仲間の児童や教員から重ねて聞かされていた。

「IQ130の秀才だった彼は、少年院の中で法律に目覚め、出所後、司法試験に合格。勝ち組の象徴である、弁護士になった。結婚して子供も産まれ、地元の名士として名声も獲得し、順風満帆な暮らしを送っていたが、遺族の怨念は、彼の人生に勝ち逃げを許さなかった。とある雑誌の取材での彼の受け答えが、世間の反発を呼び、彼はネットの住人に本名を特定され、弁護士稼業を廃業に追い込まれた」

「・・なにが言いたいの?」

「人間には古来より、嫉妬という感情がプログラムされている。それは世を動かすほどに強烈なパワーを生む。後ろめたい気持ちがある勝ち組ほど、声高にその感情を否定するが、人間はどうしたって、人の足を引っ張りたがるようにできとるんや」

「・・・」

「ネット社会は、隙あらば勝ち組を引き摺り下ろしてやろうと企む人間の吹き溜まりや。子供を平日に遊園地に連れていったとブログで報告しただけで、まるで人殺しでも犯したかのような罵倒を受けたり、障碍者がレストランでの顛末をツイッターで報告した途端、あらゆる差別語をもって、存在を否定するかのようなことを言われたりする。そんな世の中で、殺人の咎を背負う君が、華やかな世界で月何百万もの収入を得ていることが知れたら、どうなると思う?」

 返す言葉もなかった。人の命を奪った私が、人に愛され、人より幸せになろうとしている。世間がそれを許すはずがないことは、初めからわかっていた。

 私はもう、陽の当たる場所には出られない。一生を、細々と――。目立たぬように、この世界から隠れるようにして、闇の中で目を瞑って生きていくしかない。誰もがしたり顔で、私にそう言った。

 私はそれを受け入れなかった。全力で拒絶した。たとえ行き着く先に、すべての人間から否定され、居場所を奪われ、どこかの街の片隅でのたうち回るだけの人生が待っていようとも、光を求めてあがく生き方を選んだ。この世界で生き残るために、あえて死地に飛び込むことを選んだ。

 微かに見えた光は、しかし今、禍々しき別の光に、かき消されようとしている。

「Nちゃん。僕らは、否定されてるんよ」

「・・・」

「光は咎を覆い隠してはくれるが、消してはくれない。仮初めの幸せを得たとしても、君の脳裏から、被害者のあの子の残像が消えることはない。大罪を背負った僕らには、救いが与えられることは永遠にないんよ」

 そう語るAの瞳は、少し寂しげに見える。

「救いが与えられないのなら、戦うしかない。すべてを破壊しつくす。それだけが、僕らが唯一、生き残る道なんよ」
 
 私は、言葉を返せなかった。生への呪詛と破壊衝動。私もそれに突き動かされている。
 
 ホラー小説の主人公のように、血を見て興奮するなどという趣味はない。生まれついて他者への共感性に欠けた、サイコパスとも思えない。自己愛性人格障害。やや近いが、それとてしっくりくるものではない。

 生温く湿り気を帯びた、陰性の気質。些細な衝撃で罅が入ってしまう、繊細すぎる心。内から迸る攻撃的な衝動。これにずっと苦しめられてきた。本当は寂しがりやで、人と交わりたくて仕方がない私を、もって生まれたこの気質がいつも邪魔してきた。
 
 深く冷たい海の底で喘いでいた私を救い上げてくれたのが、あの子だった。闇に生きる私と正反対の、太陽のように明るく、誰からも好かれるあの子。大好きな、大好きなトモダチ。でもあの子は、陽の光に届くその寸前で、私の手を離した。暗く冷たい海の底に突き落とした。

 ダカラ、コロシタ。

 それから、十年余りの月日が経った。太陽を失った私は、狂おしい魂を、ずっと持て余している。あれから、多くの人を恨んだ。多くの人に、殺意を抱いた。誰にも、何者にも傷つけられない立場を得るため、お金を稼げる今の仕事を選んだ。生きる苦しみと、自らを含むすべての人間への恨みを、出世欲へと昇華させた。

 だが、本当に、今私が進んでいる道に、求めているものがあるだろうか。富と名声、女としての自信を得たところで、狂おしき魂に安楽が訪れるだろうか。自分が満たされるだろうか。確証がないまま、ただ闇雲に突き進んでいる事実を、否定できるだろうか。

「君は僕と同じなんや。だから誘った」

 私はあなたとは違う。否定するその言葉が、どうしても出てこない。

「Nちゃん。君が世を恨むのなら、目に映るすべての景色を灰にしたいと望むのなら、僕についてきい。僕が、閉ざされた自由への扉を開いてあげるから」

 決断を迫られていた。選択の余地はない。それはわかる。Aからは逃げられない。夜の世界から足を洗ったとしても、Aは執拗に私を追ってくるだろう。目の前の男に従う以外に、私に生きる道はない。

 だが―――。私に、また罪を犯せというのか。十年余り、背負った重荷に押しつぶされそうになりながら生きてきた私に。

「少し、考えさせて」

「三日間。それ以上は待てない。バトルロイヤルの期限は一年間やからね。あまり、悠長に過ごしてはいられないんよ」

 NはAの言葉には答えず、テーブルに自分の勘定を置き、無言で立ち去った。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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