凶悪犯罪者バトルロイヤル 第52話

  スカーフキッスの控え室が、異様な熱気に包まれていた。オープンから一か月。この日は、全キャストの売り上げランキングが発表される日である。Nは、ランキングを読み上げる、チーフの加藤智大の声に、全神経を傾けていた。

「七位、マユ。六位、マリコ・・以上、ナンバー以下のランキングだ」

 歯噛みして悔しがる者、歓喜の笑みを浮かべる者、ホッと胸を撫で下ろす者・・。キャストたちの悲喜こもごもが、展開されている。そして彼女たちは、ある事実に気が付き、一様に戸惑いの顔を浮かべる。この一か月間、自分たちが見下しに見下してきた女の名が、まだ呼ばれていないことに、驚きの表情を浮かべる。

「続いて、ナンバークラスを発表する。第五位・・ユウコ」

 ナンバークラスの発表だというのに、拍手の音はまばらである。みんな、他のことが気になっている。すべてにおいて自分より下だと思っていた女が、ナンバー入りを果たしたどころか、トップ3に名を連ねているかもしれないことへの驚愕に、頭を支配されている。

「第四位・・N」

 私の名が、ようやくに呼ばれた。舌打ちと、最悪の事態を回避できたことに対する安堵のため息。いずれにしろ好意的ではない雰囲気の中、Nは歩を進める。スカーフキッスでは、ナンバー入りを果たしたキャストに、金一封が送られることになっているのだ。

「よく頑張ったな。この一か月間の成長、目覚ましかったぞ。来月もこの調子でな」

 加藤さんからの言葉を受け、私は頭を下げた。すべては、この人がかけてくれた言葉がきっかけだった。金を稼ぎたい。私をバカにしてきたやつらを、見返したい。憎悪ばかり強くて、それを力に変える方法を知らなかった私に、道を示してくれたのが、この人だった。

 金一封を受け取り、元いた場所に帰ろうとする私の足元に、何者かの足が突き出された。顔も話術もショボイなら、やることもショボイ奴。私は、児童自立支援施設での体育、体育の連続の日々で鍛えられた跳躍力で、足払いをひらりと飛び越えた。

 続いて、リノ、アツコ、ミナミのトップ3の名が読み上げられたが、誰も真剣に耳を傾ける者はいなかった。すべての嫉妬が、自分に注がれている。人間は、雲の上の存在がどこまで上に行こうがそれほど気にはならないが、今まで下だと思っていた人間に抜かれると、途端に慌てふためく動物なのである。

 キャバクラの世界は、残酷な格差社会だ。ナンバーに入ったキャストは、風俗情報誌でも大きく取り上げられ、指名も増える。ナンバーに入ったキャストはとんとん拍子で伸びていくが、ナンバーに入れないキャストは、いつまでも燻ったままで終わってしまう。ナンバーに入るまでが大変なのだが、私はそれを一か月で達成してしまった。やっかみの目も当然。もともとみんなと仲良くしていたわけではないし、嫌われるなんて屁でもなかった。

 ミーティング終了後、トイレに立った私が帰ってくると、案の定というべき光景が広がっていた。テーブルに、ズタズタに引き裂かれた私のスーツが置かれていたのだ。

 こんなことは、予想されたこと。私は、同僚たちを問い詰めることもせず、ボロボロのスーツを持って、社長室に足を運んだ。

 しかし、私が証拠物を見せた松永社長の反応は、意外なものだった。

「犯人捜し?そんなことは、する必要はない。それより君、今日は普段着のまま接客してみなさい」

 松永社長の提案に、私は首をひねった。白無地のTシャツにジーンズ。とてもではないが、お客の前に出る服装ではなかったからだ。

 しかし、これが大当たりだった。私の普段着姿に、客は恋人と同棲生活を送っているような気分になるらしく、いつにも増して高いお酒を次々に入れてくれた。イジメのつもりでやったことで、逆に私をアシストしてしまったキャストたちは、すっかり心を乱され、接客どころではないようだった。いい気味である。

 閉店一時間前になって、最後の予約客がテーブルについた。普段着姿の、三十歳くらいの男。見た目、フリーターかギャンブラー。

「いらっしゃいませ。Nと申します」

 挨拶を浮かべる私に、男は値踏みするような視線を這わせた。ただのスケベ男とは、明らかに違う周波数の視線。ひょっとして、他店のスカウトかしら。今の店を移る気はないけど、条件を吊り上げるのに、使えるかもしれない。

 男の会話はウィットに富んでいて、ヤルことしか考えてないスケベ男や、仕事しかしらない俄か成金と話しているより、ずっと楽しいひと時を過ごせた。接客を心から楽しむ。キャストとして大事な心構えであるが、こっちだって人間だから、それは相手にもよる。

「Aさん。名残惜しいけど、もう閉店時間なの。また次回いらして、私を指名してくれると嬉しいな」

「次回、ね・・。それは、この後、君がアフターに付き合ってくれるかやね」

 アフターの誘い。冗談じゃなかった。一日50万以上を落としてくれる太客ならともかく、なんの仕事をしているかもわからない男に、アフターに付き合うわけがない。

「ごめんなさい。一見さんとのアフターは、受けないことにしているの。Aさんを信頼していないわけじゃないんだけど・・。もっとお店での会話を重ねて、仲良くなったら、ね・・?」

「佐世保児童殺傷事件の、T・N。まさか、キャバクラ嬢になっていたとはね」

 男が、シニカルな笑いを浮かべた。特に慌てもしない。この道に進むにあたって、最初から覚悟していたことだ。

「・・わかったわ。準備を済ませてくるから、テーブルで待っていて」

 私は覚悟を決めて、控室に行った。

 この身体を差し出すくらいで済むなら、安いものだ。

 もとより、リスクは承知。マイナスからのスタートで上等だ。
 
 それが、私が背負った咎なのだから。

 この時、私はまだ気が付いていなかった。
 
 A・Sと名乗るその男に、血塗られた運命の糸で絡めとられていたことをーー。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

ついに未成年コンビが出会うときが来ましたね。
世界一可憐な殺し屋と20世紀最後の凶悪触法中学生。
おお!テンション上がってきた!!です!!!

No title

>>1番コメさん

娑婆の2人は今、何を考えて生きているのでしょうかね。
本書けば大ベストセラーは間違いないよなあ。
悪い人間の金儲けに利用されてしまう可能性はありますよね。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR