凶悪犯罪者バトルロイヤル 第49話

 

 麻原彰晃が、北村ファミリーの魔の手から逃れてバドラ本部に帰還した、その前日の夜――。

 仕事を終えて集落に帰ってきた市橋達也は、仲間のホームレスたちと歓談に花を咲かせていた。会話に参加するメンバーは、ほぼ固定されている。気が合うから、というわけではない。まともに会話をできる人が、ごく少数に限られているのだ。

 軽い知的障害を持っている人、精神に障害を負っている人、認知症を発症している人、言語能力は正常だが、歯が壊滅していて、脳が発した言葉が、口を経由すると別の言葉になってしまう人。コミュニケーション能力に問題を抱えた人たちばかりで、まともな日本語を話せる人は、全体の半分もいない。

 その半分の会話ができる人たちの話も、正直、聞いていて辟易するようなものが多い。中でも一番ウンザリなのが、説教する人だ。これが本当に多くて困る。ホームレスにまで身を落として、いったい何を偉そうに説教することがあるのかと思うが、人間、どんな立場でも、若い者には威張れるものらしい。

 説教と同じく多いのが、自慢である。自慢がしたいから説教するのか、説教がしたいから自慢するのか、どちらなのかはわからないが、説教したがりは必ずと言っていいほど、自慢好きである。彼らは皆、約束事のように、「俺が若いころはお前と違って」「若いころの苦労は買ってでもしろ」ということを言うのだが、結果ホームレスになっているのだから、説得力は皆無である。

 説教、自慢好きなのと関係しているのか、ホームレスには、変にポジティブな人が多い。社会の最下層にまで身を落としながら、自分は結構豊かな人生を送っていると思っている。ホームレスから成り上がって会社経営者になった人の逸話を持ち出したりして、自分にもまだ先がある、なんてことを、思うだけでなく、実際に口にしている。70過ぎの老人がである。もっともこれは、根っからの楽天家というよりは、虚勢を張って空元気でも出していなければやってられない、という心境なのかもしれない。

 そういった人たちと違い、自分がホームレスに落ちた現実を受け入れ、謙虚に、粛々と、それでも僅かなチャンスを探して生きている人たちも、いるにはいる。僕や小池さんが親しくしているのはそういう人たちなのだが、環境が変われば常識も変わるといったものか、そうした、現実認識がしっかりしている人たちは、ホームレスの集落では爪弾きに合うことが多い。

 リーダーのヤナイに代表される、押し出しが強く、腕っぷしも強い、物理的な弱肉強食の頂点に立つ人間が一番エライ奴。二番目が、現実逃避のポジティブ属。三番目が、世間から見た常識人。最下層が、知能や精神が劣っている人。それが、ホームレス社会のカーストである。

 ただ、ポジティブ属も、こと女性問題に関しては現実志向らしく、まっとうな社会生活を送っている若い女性には目もくれず、同じ境遇に生きる、ボロを纏って据えた体臭を発する、生理も上がったような女性に、必死になって甘い言葉をささやいて口説いたりしているのが、お茶目なところではある。

 その女性問題なのだが、ちょっと厄介なことになっていた。ヤナイが自分のテントに、家出少女を泊めているのだ。

 最近、だいぶ暖かくなってきたとはいえ、夜は冷え込みの厳しい日もある。季節の変わり目が近づき、雨が降る日も増えてきた。ヤナイはそうしたとき、途方に暮れている家出少女を、たびたび自分のテントに連れ込み、宿を貸すかわりに、身体を提供させていた。ヤナイのテントは、災害避難用としても通用しそうな頑丈で大きなもので、中にベッドやテーブル、食器棚など家具一式が設置されている

 普段は一晩泊めたら解放していたようだが、内妻のレイコを失って欲求のはけ口に窮していたからか、女の子がよほど好みだったのか、今回は、一週間たっても、自分のところに繋ぎ止めているままのようだった。

 僕も小池さんも、確実に誘拐騒ぎに発展するものと思っていたのだが、どうも様子が違った。女の子が、ヤナイをべったり信頼しているようなのだ。

 家庭環境が、よほど複雑なのだろう。愛情はおろか、衣服も食事も、まともに与えられていないのかもしれない。ヤナイのテントにいれば、雨風を凌げるばかりか、食事は下手なサラリーマンよりもいいものを食べられるし、ヤクザ特有の情の深さと性の奥義によって、包み込むような愛情を受けることもできる。ヤナイの手下たち相手に、「女王」として振る舞うこともできる。女の子が帰りたくないと思っても、不思議はないのかもしれなかった。

 ところが、三日前、女の子の親が、ようやく娘を取り戻しに来た。それに対し、女の子は帰宅を拒否し、ヤナイも親の要求を突っぱね、追い返していた。親の方も、疚しいことがあるのだろう。それきり彼らが集落を訪れることはなく、警察沙汰になる様子もなかった。

「まったく、親分には困ったものだよ。後先のこと、何にも考えちゃいないんだから」

「いくら親が騒がないっていっても、世に知れるのは時間の問題だよ。そしたらえらいことになる。マスコミが騒ぎ立てて、こんな集落、あっという間に潰されちまうぞ」

「世間の風当たりも強くなりそうだな。今のうちに、湘南海岸の砂防林にでも移り住もうかな」

「ああ、あそこは気候が温暖だからな。仕事は少なくなるだろうが、釣竿一本もっていけば、食い物に困ることはない。人間関係もここよりは緩いだろうしな」

「沖縄に行けば、もっと環境はいいぞ。旅費が問題だが・・」

「そんなことを考えなきゃいけなくなったのも、あのメスガキのせいだよ。どうせ俺たちに回ってくることはないんだから、とっとといなくなってほしいよ」

 仲間のホームレスたちは、口々に、女の子への不満を言い合っていた。

 彼らと違い、ずっとここにいるつもりはない僕は、事態をまるで他人事のように眺めていた。だが、後に起こったことからすると、どうやらその考えは、甘かったようだ。かといって、僕に何かができた、というわけでもないのだが、いずれにしろ、あの状態を放置していたせいで、悲劇は起きてしまったのだ。

 深夜、みんなが寝静まった時間帯――。紅蓮の炎が、集落を包み込んだ。火元は、ヤナイのテント。警察の発表によると、三十歳前後の男がヤナイのテントに忍び込み、ヤナイを殺害したうえで女の子を無理やり奪還し、去り際に火を放ったのだという。

 ガソリンを撒いたうえで放たれた炎は、瞬く間に燃え広がった。身体障碍者や老齢のホームレスが逃げ遅れ、四人が焼け死んだ。

 そして、驚いたことに、四人の中には、バトルロイヤルの参加者も混じっていたようだった。加納恵喜。名古屋市スナック経営者強殺事件の犯人。ここで二週間近く顔を合わせていながら、こっちはまったく気が付かなかった。彼は焼け死んだのではなく、放火犯が、火をつけて逃げ去る間際に、直接刃物で刺して殺したのだそうだった。

 参加者と同じ場所で生活していながら、まったく気が付かなかった。向こうも全力で気配を消していたのだろうが、思わぬ不覚である。しかし、その参加者はこの世から消えた。僕たちは殺されかけたようで、もしかしたら、命が助かったのかもしれない。そんな風にも考えてみたが、まったく別のある思いが、脳裏に引っかかっていた。小池さんにそれを話してみたところ、彼もまったく同じことを考えていたという。

 放火犯の殺意は、僕たちにも向けられていたのではないか――。なんの根拠もない、まるで荒唐無稽な思いが、なぜか確信をもって、僕に危険を訴えていた。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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