凶悪犯罪者バトルロイヤル 第四十七話

 
 時刻は夕方7時。麻原彰晃は、八王子にある、北村ファミリーのマンションに監禁されていた。巨人―横浜戦のデーゲームを見終え、食事を取っていたところを、拉致されたのだ。

「ド・・ドライブには付き合ったぞ。も、もう、解放してくれてもいいんでは、ないのかな?」

「麻原尊師。おうちに帰りたいのだったら、こちらの言うことを聞いてもらわんといかんばいね」

 麻原の往生際の悪い言葉には取り合わず、北村父は携帯電話を差し出した。

「2000万。それが麻原尊師の身代金ばい。信徒に要求してくれんね?尊師の口から」

「バカな。そんな蓄えは、バドラにはない」

「わかっとるばい。尊師の懐にある金は、人の弱みに付け込んでだまし取った500万プラス、いたいけな信者を働かせて得た100万円、せいぜい600万がよかところね。あちこちからかき集めても、せいぜい1000万が関の山だろうね」

「ならば・・」

「尊師も素人じゃないのなら、わかっとるだろうもん。初めに要求した金をそっくりもらってしまったら、相手に遺恨が残る。初めは思い切りふっかけて、相手が値切るのに応じてやれば、相手も気持ちよく金を吐き出せるし、わだかまりも残らんというもんちゃろう」

 悪党め。北村父の、薄汚いツラに、唾を吐きかけてやりたいところだったが、彼の背後に控える息子たちが恐ろしく、口答え一つできなかった。麻原は北村父に言われるがまま、バドラ本部の固定電話の番号をダイヤルした。

「はい、バドラ本部」

 電話に出たのは、勝田清孝だった。全員かはわからないが、どうやら彼らは、自分を探さず、とっとと家に帰ってしまっていたようだ。

「おう、清孝か。俺だ。麻原だ」

「ああ、尊師。何してるんです。早く帰ってきてくださいよ。今晩はみんなで、M-1グランプリ2003のDVDを、順位を賭けながら観る約束だったでしょう」

「あ、ああ、そうだったな。ところで、みんなは、もう家に帰っているのか?」

「みんな帰ってますよ」

「お、俺が心配で、探したりとかは、しなかったのか?」

「私は探した方がいいと言ったんですがね。関くんや尾田くんが、ピンサロでも行ったんじゃないの、なんて言うもんだから、みんなそれで納得して帰ってきちゃんですよ」

「な・・お、俺が、ピンサロなど、行くわけがないではないか!そんな、黄白を代償に射精の快楽を得るような、低俗な店になど・・。だいたい、教祖が行方不明になったというのに、その緊張感のない雰囲気はなんだ。オウムのときは、もっとみんな・・」

 北村兄が、麻原の脇腹につま先をめり込ませた。余計な話はするな、ということらしい。

「ま、まあいい。ところで、突然の話で、みんな驚いてしまうかもしれないが、実は今、誘拐されていてな。解放は、2000万円の身代金と引き換えだとか言われているんだが、ちょっと、払ってやってくれぬかな?」

 受話機の向こうの勝田清孝が、息をのむ気配が伝わってくる。

「・・・尊師。その話を信じるには、アレをやっていただかなければなりません」

「あ、あれ、とは・・?」

 わかっていたが、麻原はあえて恍けた。

「あれ、と言ったら、あれしかないでしょう。今、俗世では、オレオレ詐欺なんてのが流行っている、というニュースを観たときに、みんなで決めたじゃないですか。金銭を要求する電話がかかってきたら、あれをやってもらってから、判断しようって」

 麻原は戸惑った。「あれ」は、人前でやるのは恥ずかしすぎる。みんなで決めたときは、まさか自分が「あれ」をやる立場にはならないとタカをくくっていたために、軽い気持ちで賛成してしまったのだが、麻原は今、それを猛烈に後悔していた。北村ファミリーの連中は、相変わらず自分に剣呑な視線を向けている。ダメだ。やるしかない。麻原は覚悟を決めた。

「エムレモレマレー~レモレモレモラーミーオー~マモレ~マミーオー~レムレ~アラマミーアオ~」

 オペラ歌手ポール・ポッツがコンテストで歌った、「誰も寝てはならぬ」のサビである。ただでさえ全て耳コピなうえ、うろ覚えと来ており、自分でも、何を歌っているのか、まったくわからなかった。こんなことになるなら、一度くらいは練習しておくのだった。

 恐れていた通り、絶対零度の空気が、室内に流れてしまった。もう、取り返しがつかない。

「声が小さいですよ。決めたじゃないですか、受話器を耳元から30センチ離しても聞こえるボリュームじゃないとダメだって。さあ、もう一度」

 勝田清孝が、笑いを押し殺したような声で言う。この勝田という男、年齢が年齢だけあり、関光彦のように表立って自分を軽んじるような言動を取ったりはしないのだが、どうも腹に一物というか、普段は自分にぞっこんのフリをして、ここぞというときで自分を笑いのネタにしようとすることがあった。癪に障るが、今は信徒たちを頼るしかない。麻原は泣き出したいのを堪え、大きく息を吸い込んだ。

「エムレモレマレー~レモレモレモラーミーオー~レモレーモー~レムレーモー~マモレ~マミーケサーチャ~アラマミーレチェロ~リケロ~ロ~」

 摂氏マイナス273度の空気が、アパートを氷結させる。一周回って面白い、などという言葉が、最近、バドラでは流行っており、誰かがスベった際には、その言葉でフォローするのがお約束だったのだが、ここには、そんな暖かい心を持った者はいなかった。

 早くバドラに帰りたい。そもそも、こんな恥ずかしいことをしなければならなかったのは、他ならぬバドラの信徒、勝田清孝のせいなのだが、麻原はそれを忘れ、心から、我が家が恋しくなった。

「まだ28センチくらいまでしか届いてないし、なんかさっきと違いますが、まあ、信じましょう。ただ、本人ということは信じても、まだ、本当に誘拐されたかどうかを信じるわけにはいきません」

「ど、どういうことだ」

「いやね、関くんがこんなことを言うですよ。尊師は、みんなに構ってもらいたくて、自作自演をしているだけかもしれない、なんてね」

 金槌で頭を打たれたような衝撃が走る。しかし、まったく身に覚えがないわけではなかった。最近、バドラに、新しく、大道寺将司が加入したのだが、最近、信徒たちが大道寺ばかりをちやほやするため、僅かではあるのだが、麻原はやきもちを焼いている部分があったのだ。

 無論、麻原とて馬鹿ではないから、信徒たちが、大道寺が早くバドラに打ち解けられるように、気を使っているのはわかっている。だが、常にみんなの中心でいたい麻原には、少し面白くなかったのは事実だ。表には出さぬよう心掛けてはいたのだが、看破されていたのかもしれない。

「でも、本当に尊師が囚われていたら大変ですから、助けには行きましょう。2000万円でしたよね?ちょっと待っていてください」

「なに?ちょっと待て、2000万円など、そんな大金はないはずだろう?」

 まさかの答えが返ってきたため、つい、2000万円がふっかけた金額であるのがバレるようなことを言ってしまった。北村ファミリーが、射抜くような視線で自分を見る。

「安心してください。そのぐらいの金、すぐに用意しますから。今、誘拐犯は傍にいるんですか?受け渡し方法を教えてください」

 北村父が、自分の携帯に文字を打ち込む。「後でかけ直すといえ」

「ああ。後でかけ直す。そのときに伝える。24時間、電話が繋がるようにしておいてくれ」

「わかりました。尊師、弱気にならないでくださいね。必ず我々信徒が、あなたのことを助け出しますから」

 麻原に励ましの言葉をかけて、勝田清孝は電話を切った。
 
 頼もしい言葉だ。勇気が湧いてくる。かつて、オウムの信者も言ってくれた。麻原尊師を、必ず守ると。


 だが―――。


 彼らはみな、自分を裏切った。

 バドラはどうか?
 
 バドラの信徒は、本当に、自分を守ってくれるのか?
 
 自分に、永久の帰依を誓ってくれるのか?

 期待と不安が、麻原の心中で綯交ぜになっていた。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
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