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party people 4

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 ココロキレイマンを改心させる活動は順調に進んでいるかのように見えたが、俺にはひとつ、気がかりなことがあった。

「あ、あ、あ、青木くん、ひ、ひ、ひ、久しぶりに、僕と・・・」

 ある日の昼休み、トイレに寄った影沼を置いて、先に食堂に向かおうとした俺の後ろを、同じラインの作業者である竹山が、金魚のフンのように付いて来た。

 竹山――。

 かつて俺と一緒に、よくランチをとっていた男。たまに二人でゲーセンに行ったり、カラオケに行ったこともあった男。二人で恋バナをしたり、理想の嫁について語り合ったりしたこともある男。

 俺に、好きだった女を取られた男。今ではすっかり疎遠になり、会話もほとんどなくなった男。

「お、間に合った間に合った。青木っち、飯行こうぜ~」

 竹山がまた口を開こうとしたところで、影沼が走って追いついてきて、俺と竹山の間に割り込んできた。

 別に、竹山をハブにしたわけではないのだが、影沼を苦手とする竹山はそれで足を止めてしまった。竹山は俺と影沼が並んで食堂に向かっていくのを、昏い目で見送っていた。

「なぁ。前から気になっていたんだけどさ。俺たちのラインにいる竹山は、ココロキレイマンじゃないの?」

 食堂のメニューで一番評判の良いカレーライスを食いながら、俺はさっそく、今気がかりになっていることを影沼に訊いてみた。

「微妙なところだな。確かに竹山っちは、湿らせた脱脂綿で拭きとった赤ちゃんのお尻よりもココロがキレイではあるが、それを人に押し付けようとする迷惑行為は働いていない。感染力が弱く、害悪性が低い」

 俺と同じカレーライスを注文した影沼が、口から飯の粒をまき散らしながら答えた。

「でも、ココロキレイマンのままじゃ、いつまでたっても幸せにはなれないんだろ?」

「本当の幸せにはな。だが、そう思い込むことはできる。自分は清く正しく、現状のままでも十分満たされている。それをずっと信じていられるのなら、それが一番幸せだろう。宗教みたいなもので、それを人に押し付けようとしてこないのなら、こちらがとやかく言うことではない」

 人を嫉まず、憎まず、謙虚であり愚痴をこぼさない。自分がキレイなココロを持っているということを、他人に誇り、人の上を取る目的のために使うのではなく、ひとりでコツコツ善行を実践する。

 それを、本当の聖人君子という。

 他人に誇り、人の上を取る材料に使わなければいいだけなのにそれをやってしまい、聖人君子ではなくただの偽善者になってしまっているヤツが、世の中には多すぎる。

 言っていることは聖人君子、やっていることはクソ野郎というヤツらと違って、竹山は誰にも迷惑をかけず、たった一人でココロキレイマンをやっている。俺から見て、それはまったく報われてはいないが、こちらが何かしらの被害を被ったわけではないのだから、彼のゆく道を遮るのは許されないことである。

「だが、いつかは人に押し付けだすかもしれない。そうなってから改心させるよりも、病状が緩やかな今のうちの方が、手の施しようがあるかもしれない」

 俺が納得しかけたところで、影沼が急に思案顔になった。

 俺が竹山のことで気になっているのは、竹山がかつて恋い焦がれていた女、満智子を、竹山が親友と信じていた俺が今、抱いているという事実である。

 俺は竹山と満智子を天秤にかけて、満智子を取った。かつて藤井と友麻が俺にしたことを、俺が今、竹山に対してやっている。

 俺が、俺の抱きたかった友麻を抱いていたであろう藤井を殺したように、竹山の好きだった満智子の肉体を欲しいままにしている俺も、同じように、竹山の殺意の対象になってしまうのではないか。

 俺はもちろん今後も、満智子の熟した身体を貪っていくつもりである。だが、その結果として竹山の嫉妬と憎悪を浴びたくはないし、貧乏、不細工にココロキレイマンとなることを強いる立場の人間にもなりたくない。

「本来ならば、竹山っちレベルの人に干渉することはない。だが、同じラインのよしみだ。よし。竹山っちの救済について、ちょっとプランを練ってみよう」

だが、竹山が満智子を好きだったことを知らない影沼は、俺の抱えるジレンマなどはつゆ知らず、竹山の救済活動に乗り出すことを決心してしまった。

 よく考えもせず、竹山のことを口に出したことを後悔したが、もう遅い。先行きに微かな不安と奇妙な期待を抱きながら、俺は、いつも仕事終わりに影沼と二人で飲みに行く工場近くの児童公園に竹山を呼び出した。

「竹山っち。今の君があの工場において、非常にまずい立場に追い込まれているのは気づいているか?」

 久々に俺に食事に誘われた竹山は胸を弾ませていたようだったが、影沼の言葉で一転、表情を歪ませ、肩を震わせてしまった。

「はっきりいって竹山っちは、みんなから嫌われている。どうしようもないほどにだ。このままでは竹山っちは、みんなの総意によって、あの工場を追い出されることになる」

 影沼の言う通り、竹山は俺との仲が疎遠になったころから、工場の中で孤立の度合いを深めており、休み時間に会話をするような人は誰もいなくなっていた。

 もちろん、休み時間に居場所がないからといって、非正規の派遣社員が工場で働く上での問題はまったくないわけだが、困ったことに根が寂しがり屋で、「かまってちゃん」気質の竹山は、俺と疎遠になり、相手をしてくれる人が誰もいなくなったことで、近頃、会社で挙動不審な動きが目立つようになっていた。

 ブツブツと独り言をつぶやく。そわそわして周囲を歩き回る。会社の備品を無暗にペタペタと触って回る。

 あまりに目ざわりなので、誰かが注意をしようとして近寄ると、服の生乾きのイヤな臭いが鼻を突いて毒気を削がれる。

 はっきり言って、いま、工場で竹山に好印象を持っている人間は誰もない。ラインリーダーである川辺美都のところにも苦情が入っているようで、工場の中で、竹山の立場は危ういものになり始めていた。

「イヤになったら辞めればいいのが派遣の仕事だ。だが、それを会社から言い渡されるのは?自分の意志で去るのではなく、誰かに追い出されるのは?屈辱を黙って受け入れてはならない。竹山っち。俺たちが手を貸すから、もう少し踏ん張ってみよう」

 竹山の毛むくじゃらで湿った手を握りしめながら、影沼が力強く説くのに、竹山はただ表情を曇らせるだけで何も答えようとはしなかった。

「なんとか言えよ竹山くん。影沼くんは、あんたのためを思って言ってくれているんだぞ」

 内心複雑な思いを抱えながら、俺は竹山のココロキレイマンを取り除こうとする影沼を援護するように言ったが、竹山は困った顔で、開いているのか閉じているのかわからない小さな目を泳がせるだけだった。

「竹山っちが、どうすれば工場のみんなに好かれるようになるのか、昨晩、俺は知恵を絞って考えた。そして思い付いたのが、こういう方法だった」

 真剣に言いながら、影沼が紙袋から取り出したのは、アニメの美少女キャラクターのフィギュアだった。

 影沼の考えがわからず、俺も首を傾げるが、影沼は構うことなく、アニメの美少女キャラクターを、水戸黄門の印籠のように竹山の眼前に翳してみせた。

「これは、プリンセス・エンゲージというアニメのヒロイン、如月マリアちゃんのフィギュアだ。みろ、竹山っち。こんなに可愛くて、おっぱいとおけつが張り出していながら、ウェストはくびれている。どうだ竹山っち。一目で好きになったろう。工場で働いている寸胴鍋みたいな女たちより、全然いいだろう」

 竹山を相手にしない工場の女をこき下ろしつつ、アニメの美少女キャラクター、如月マリアを褒めたたえる影沼。

 それが工場の連中に好かれることにどう繋がるのかわからないが、どうやら影沼は、竹山に三次元の女を諦めさせ、二次元の女に興味を抱かせる、という方向にむかわせようとしているようだった。

「竹山っちは、如月マリアちゃんの良さがわからないか?生身の女と違って、アニメの美少女はいいぞ。アニメの女の子は生身の女と違って冷たくないし、人の悪口を言ったりしないし、男を顔と金だけで判断したりしない。劣化してしわしわになることもないし、ぶくぶく太ったりもしないし、まんこも臭くならない。生身の女と違って、アニメの女の子はこんなに素晴らしいんだから、竹山っちも、こっちの世界に来た方がいいぞ」

「う・・・・う・・・・」

 影沼が、如月マリアのフィギュアを握りしめながらその素晴らしさを力説するが、見た目が完全な秋葉ヲタクにも関わらず、アニメにまったく興味のない竹山は、影沼の言うことにいまいちピンと来ていない様子だった。

「ほら。マリアちゃんも、竹山っちが好きだって言ってるぞ。竹山っちにチューして、竹山っちのちんちんを入れて欲しいって、ほら言ってるぞ」

「う・・・・うむうしゅ・・・く・・・・」

 影沼が、如月マリアのフィギュアを竹山の顔面や股間に押し付けようとするのに、竹山が身をよじらせて抗った。

 竹山が嫌そうにするだけなのを見て、影沼は残念そうな顔をしながら、如月マリアのフィギュアを引っ込めた。

「すぐには馴染めないか・・・。だが、竹山っちもいずれは、こっちの世界の良さがわかってくるはずだ。ただ一つ確実なのは、竹山っちはそうならないと、あの工場で居場所がなくなってしまうということ。そしてやがては、世の中そのものから排除されていくということだ」

 最後に厳しい顔になって竹山に言い残すと、影沼は如月マリアのフィギュアを紙袋に入れ、夕陽に照らされた公園を去っていった。
 今にも泣き出しそうになりながら何かをもごもごと呟いている竹山を置いて、俺も影沼の背中を追った。

「あれでよかったのか?ああいうやり方で、本当に彼を救えるのか?」

 近くのコンビニで買ったアイスを齧りながら、俺は同じくアイスをシャクシャク齧っている影沼に訊いた。

 竹山に三次元の女を諦めさせ、二次元の女に走らせる――。

 もし、それがうまくいけば、竹山の好きだった女を取ってしまった俺としては実に都合が良いわけだが、わからないのは、それがどうして、竹山が工場の連中から好かれることに繋がるのか、ということである。

「ああ、救えるとも。そもそも青木っち。竹山っちのように、不細工で、太っていて、しかも臭い人が、アニメを観ず、秋葉原にもいかないというのは、おかしなことだと思わないか?」

 影沼が、とんでもない偏見をさらりと真顔で言った。

「え?いや、人それぞれだろ・・・。まあ、そりゃアニメ趣味でもあれば、女がいなくても楽しく生きてんだなって感じはするけど・・・」

「そう。不細工で太っており、しかも臭く、またメガネをかけている人は、必ずアニメが好きなはずであると、誰もがみなそう思っている。しかもそのイメージは、必ずしも否定的なニュアンスではなく、立派に市民権を得ているものだ。竹山っちには、手っ取り早くそこに嵌まってもらおうと思う」

「どう頑張っても彼女は無理な竹山には、アニメの世界に逃げ込んでもらうってことか?」

「その反対だ。竹山っちは、アニメヲタクになることで、三次元に生きるみんなから好かれるようになる。そして、いずれは彼女もできるようになる」

「どういうこと・・?」

 食い終わった後のアイスの棒を、家の玄関に繋がれている犬になめさせている影沼に、俺は重ねて訊いた。

 一般に、アニメヲタクと呼ばれる人種に、人気者であるとか、女にモテるというイメージはない。だが、影沼は、竹山がアニメに興味を持つことで、竹山の工場での状況が改善され、みんなから好かれるようになるのだという。

 少なくとも、今よりはマシに――。

 その理由がまったくわからず、俺の頭は混乱していた。

「青木っちは、身長が二メートルもあり、筋骨隆々なのに、スポーツには興味がなく、勉強ばかりしているという人を見たとき、どう思う?」

「え?そりゃ、その身体が勿体ないなって・・」


「その逆に、小さくてガリガリなのに、スポーツを観るだけならともかくやるのも大好きで、しかも趣味で身体を動かすだけではなくガチでやって、ボロボロに怪我ばかりしている人を見たときは?」

 例え話に首をひねる俺をよそに、影沼は矢継ぎ早に問いを重ねてくる。

「ま、まあ、あんまり無理しない方がいいんじゃないかな、て思うけど・・・」

「男が女の恰好をし、女が男の恰好をしているのを見たときは?」

「そういうのも個性として認めなきゃいけないと思うけど、まあ、正直、ビックリはするよな」

「そう。人は誰しも、他人がその見た目にそぐわない行動をとっていたとき、疑問を抱き、そして不気味に思ってしまうものだ。デカくてマッチョなのにスポーツをやらない人や、その逆に、ガリ勉タイプなのにスポーツをガチでやろうとする人を見たときの反応と同じように、どこからどう見ても秋葉ヲタクそのものなのに、アニメに興味がないという竹山っちを見たとき、周りの人は、この人は不細工で、太っていて、しかも臭いのに、なぜアニメを観ていないんだろう。この人はいったい何なんだろうと疑問を抱き、また不気味に感じるものだ。それが高じてくると、竹山っちをイジメたい、工場から追い出したい、と思う人も出てくる」

「そ、そういうもんかな・・・」

「そういうものさ。不細工で、太っていて、しかも臭いのに、アニメに興味がない。そんな宇宙人よりも奇怪な生物はどこに行っても必ずみんなに嫌われ、イジメられてしまう。竹山っちをもっとわかりやすいキャラにしなければ、竹山っちはそのうちあの工場だけではなく、世の中そのものから排除されてしまう。竹山っちを、不細工で、太っていて、しかも臭い人らしいヲタクに改造して、みんなを安心させてあげなくては、その先に待つのは、竹山っちの周りにいる人も、竹山っち自身も、みんなが不幸になる結末しかない」

 影沼が、自信溢れる口調で言い切った。

 影沼の口にする竹山についての分析は、あまりに身も蓋もなく、酷い偏見に聞こえる。

 しかし、何であれ影沼の言うことには、必ず根拠がある。俺はそれを考えた。

「藤井と友麻を殺した次の日から、あんたは俺を、貧乏で不細工なヤツに相応しい、エロガッパの変態キャラに仕立て上げたよな。その結果、俺はみんなから嫌われるどころか、面白いヤツだと思われて、彼女もできた。それと同じことを、これから竹山にもやってやるっていうんだな」

「ああ、その通りだ。協力を頼む」

 ようするに、貧乏、不細工、無能なヤツは、貧乏、不細工、無能に相応しく、現実世界に絶望して架空の世界に走ったり、心を歪ませ、犯罪行為を空想する変態であるのが当然であり、逆にそうならないとみんなから不気味に思われ、自分自身、精神の均衡を保てず、挙動不審になってしまう、ということを、影沼は言いたいのだろう。

 偏見。だが、確かに、影沼の言っていることは理にかなっている。

 俺たち貧乏、不細工、無能の三重苦を背負った人間は、まともなやり方ではけして幸せにはなれない。俺たち貧乏、不細工、無能が、この狂った世の中でまともに生きるには、犯罪行為を空想するか、ファンタジーの世界に希望を見出すしかない。けして竹山を卑下して言っているのではなく、それは紛れもない事実なのだ。

 今に始まったことでもない。

 世の中で生きづらさを抱える者たちが、架空の存在を崇めることで自分を救い、また、同じ信仰を持つ者同士で集まることによって現実的な居場所も見つけようとする行為は、有史以前から行われてきたことである。

 かつては宗教上の神や仏が担っていた役割を、いまはアニメやゲームのキャラクターが担っている。竹山を「アニメヲタク」にすれば、彼もまた、貧乏、不細工、無能にとっては地獄でしかないこの世の中に生きる希望を見出し、居場所を見つけることができる。

 現実世界から逃げるためにアニメを観るのではなく、現実世界を少なくとも今よりはマシにするために竹山にアニメを観させるという理屈が、俺にもわかった。影沼に協力しようという気になった。

12

 一週間かけて綿密に打ち合わせを行い、方針が固まると、影沼はさっそく、繁華街のアニメショップから「萌え同人誌」を買ってきて、竹山に差し出した。

「竹山っち。この同人誌で表紙を飾っている女の子、カワイイと思わないか。沙織ちゃんっていうらしいぞ。ほら、このページで、沙織ちゃんがソフトクリームを食べているシーンなんか最高じゃないか。竹山っち、これを見て、自分が沙織ちゃんの横でソフトクリームを食べている光景が頭に浮かんでこないか?俺なんか、沙織ちゃんが、お兄ちゃん大好き、なんて言いながらクリクリ目を輝かせてるところが、ありありと浮かんでくるけどなぁ」

 影沼が竹山の肩に手を置き、自分の言葉に頷きながら言った。

「本当だな。俺なんて、くたびれた四十三歳の彼女しかいないのに、竹山くんは空想の中とはいえ、十七歳のピチピチと女の子と付き合えるなんて、まったく羨ましいよ」

 影沼がアニメの美少女を褒めると、俺がすかさず、自分の女、満智子を卑下するようなことを言ってみせた。

 まず影沼が二次元萌えのヲタクであるフリをして見せ、二次元の美少女の良さについてとくと語り、それから阿吽の呼吸でもって、彼女持ちの俺が、三次元の女の醜いところを、女を知らない竹山に伝えることで、竹山に三次元の女への興味を失わせる。それが打ち合わせで決まった、俺たち二人の役割分担だった。 

「竹山っち。昨日紹介した沙織ちゃんはお気に召さなかったようだが、こっちの子なら好きになれるだろ。ソカリスちゃんっていうらしいぞ。得意な魔法は回復で、装備を整えれば肉弾戦もいけるそうだ。戦う女っていいよなぁ。俺もソカリスちゃんと一緒に魔王を打ち倒したいぜ」

 貧乏、不細工、無能は、心を歪ませて悪に走るか、アニメの中の空想世界に浸ることでしか、まともに生きる道はない。一見すると悲しいようだが、裏を返せば、心を歪ませて悪に走るか、アニメの中の空想世界に浸れば、貧乏、不細工、無能にも、必ずや道が拓けるということでもある。

 俺たちは竹山に薔薇色の未来を提供するため、毎日必死に、アニメの美少女の素晴らしさを伝え、また、現実の女の醜さを説いた。

「竹山くん。今日は俺の指に、満智子のまんこの臭いが着いているんだ。嗅いでみなよ。生身の女のまんこは、こんなチーズみたいな、くっさい臭いがするんだぞ。こんな汚いモンにちんこを突っ込むより、画面の中の美少女をみながら、キレイな自分の右手でシコってた方が、遥かに衛生的だぞ」

 ある日のある朝、俺が、満智子に手マンをしてつけてきた淫臭を竹山に嗅がせてやると、竹山は苦悶の表情を浮かべ、今にも咽び泣きそうになった。

「これでいいんだよな。こうすることによって、竹山くんを救えるんだよな」

 俺は指先に付着した、満智子のまんこのチーズの臭いをペロリと舐めながら、一部始終を見守っていた影沼に確認を取った。

「ああ、あれでいい。現実の女の性格の悪さ、体型の醜さ、そして不潔さに絶望し、架空の女に恋をする。一時的にその状態になることで、周りは不細工で太っていて、しかも臭い男に相応しいアニメヲタクになった竹山っちに警戒しなくなる。竹山っちは工場で好かれるようになり、やがては彼女もできる。竹山っちの人生が前向きに動き出す。だから青木っちは今の調子で、ベトベト満智子ちゃんのマンカスビトビトのおまんこの臭いを竹山っちに嗅がせまくり、ネバネバした現実の女を嫌いにさせるんだ」

「わかった。俺はこれからも、満智子のまんこの臭いを、竹山くんに嗅がせまくる」

 女のまんこの、クサくて、エロくて、たまらなく病みつきになる臭いを知ることなく、この世を去った青年、タカシ。竹山に、彼の二の舞を踏ませないために。

 悲劇を未然に食い止めるために、竹山を救済しなければならない。貧乏、不細工、無能なくせに、金持ち、イケメン、有能と同じ考え方、同じやり方で幸せになれると信じている竹山を、貧乏、不細工、無能が、本当に幸せになれる道に案内してやらなければならない。

 毎日それを心の中で反芻しながら、俺は竹山を救うための活動に邁進した。

「竹山くん、みろよ。これは満智子の腋毛だ。竹山くんは知らないかもしれないが、女にも男と同じように、腋毛が生えるんだぜ。放っておくと、地肌が見えないくらい、もっさもさになるんだ。竹山くん、幻滅してアニメの女の子が好きになったろ。アニメの女の子なら、こんな腋毛は生えてこないからな」

「う・・・む・・・ぐゥ・・・」

 俺が、S字にカールした満智子の腋毛を摘まみながら言うと、竹山が顔をしかめて不快感を露にし、逃げるように去っていった。

「ほら、ほら見てみろ竹山くん。二次元の女はだらしがないから、運動はせずに甘いものを食べまくって、こんなに腹がでちゃうんだぞ。竹山くん、幻滅したろ。スタイル抜群の、アニメの女の子が好きになったろ」

「うっうっ・・・ゥゥゥ」

 竹山の目の前で、満智子のTシャツをめくり、ぶよぶよの腹肉を摘まんで引っ張ると、竹山はとうとう嗚咽を漏らし、その場に蹲ってしまった。

「竹山くん、どうして泣くんだい」

 禿げ散らかした頭を抱えて、石のようになっている竹山を、俺は愉悦に満ちた顔で見下ろした。

 竹山が何に苦しんでいるのか、もちろん俺にはわかっている。

 たとえ若くなかろうが、まんこが臭かろうが、腋毛がボウボウに生えようが、乳房が垂れ下がっていようが、腹が出ていようが、竹山にとっては、画面の中より、生身の女なのだ。

 どれほどモテなくても、性欲はなくなってくれない。アニメという逃げ道を示されても、そこに逃げ込めない。

 彼女が欲しくてできない三十八歳の欲求不満の男が、自分の好きだった女を、自分より十歳若い男――かつて、親友だと思っていた男に取られ、強烈な嫉妬に苛まれている。

 満智子がけして若くなく、美人でもないことは、大した問題ではない。むしろ、満智子がこれまで女に縁のなかった竹山でも、なんとか手の届きそうだと思える女だからこそ、竹山は嫉妬にむせび泣いてしまう。

 満智子がアニメの美少女とは似ても似つかない、まんこが臭く、腹の出ている、生活感あふれる生身の女であることが、竹山の胸をジェラシーで締め付ける。

「竹山っち、ほら見てみろ。このアニメに出てくる女の子、めちゃくちゃ可愛いぞ。しかも、誰よりもお兄ちゃん思いなんだ。竹山っち、こういう子と、頭の中に思い描いた世界で結ばれるってのも、なかなか楽しいことだと思わないか?こういう子のフィギュアを集めたり、同人誌を買ったりしてみようよ。俺なんかは、いつか如月マリアちゃんと、結婚式を挙げようと思っているぞ」

 二次元のキャラクターとの婚姻届けを受け付けてくれるというサービスは本当に存在するらしいし、それを生きる気力にし、それに救われたという男も大勢いる。

 しかし、すべての男がそこに逃げ込めるわけではない。

「竹山くんはいいよなぁ。一生涯、三次元の女の子とセックスができないってことは、ずっと清潔で、キレイな身体でいられるってことだ。性病にかかることもないし、エイズにもならない。ちんちんをおしっこにしか使わない竹山くんは、日本一の清潔男だよ」

 竹山の嫉妬を浴び、竹山を苦しめているのをわかった上で、俺は竹山に対し、好きなときに、豊満な熟女と好きなだけセックスのできる己の幸福をアピールした。

 愉しかった。心地よかった。

 他人が惚れた女を掻っ攫って、そいつの前でイチャイチャぶりを見せつける。それは、これまで俺が、ずっとやられてきたことである。

 自分がやられてイヤなことは、人にやらない。保育園に通っていたころから教わってきた、人として当たり前のことだが、これがなかなか難しい。

 やってはいけない間違ったことだが、それをやらずにはいられないという時、人が用いるのが、大義名分というヤツである。多少強引でもいいから、それをやることによって、自分だけでなく周りにも、こんなに良い結果が生まれるのだということを力説する。

 俺が竹山に女がいることを自慢するのは、竹山を苦しみから解き放つために、生身の女がいかに不潔で扱いにくいものかを教え、アニメの美少女の素晴らしさを解くためである。竹山を二次元に走らせるのは、竹山にわかりやすいキャラを付けて、得体の知れない不気味さを取り払らい、工場のみんなの警戒心を解くためである。

 竹山を、ココロキレイマンの魔の手から解き放ってあげる。だから俺は竹山に、俺が竹山が好きだった女を抱いているところを見せつけていい。

無茶苦茶な理屈だが、問題はない。

 すべての正義は、人が己の利益を正当化するために、後から付け加えたものに過ぎないのだ。

「今日は竹山っちに、チェック柄の服を買ってきてやったぞ。店に置いてあるヤツで一番デカいのを買ってきたから、たぶん、竹山っちの身体にも合うはずだ。あと、こんなリュックと、紙袋も持ってきたぞ。こういう恰好、竹山っちにすごい似合ってると思うぞ。あ、そのチェック柄の服は、ズボンに入れてな」

「う・・・う・・・う・・・」

 影沼は自腹を割いて服を買ってでも、竹山をわかりやすい「ヲタク」に改造しようとするが、竹山はあくまで抵抗の姿勢を示し、影沼の好意を余計なお世話としか受け取ろうとしない。

「竹山っち。この前俺が貸したアニメ、ちゃんと見たか?第一話で、主人公の牧夫くんと運命的な出会いを果たした義理の妹の名前は?」

 簡単な質問にも答えられない竹山は、影沼が貸したアニメのDVDもまったく観ていないようである。

「う~んおかしいなぁ。これだけやってるのに、竹山っちはなぜちっとも、こっちの世界に来ようとはしないんだ?なぜ竹山っちは、アニメを観ることにこんなにアレルギー反応を示すんだ?アニメはこんなに面白いのに」

影沼が竹山にアニメを勧めるのは、何も義務感からだけではなく、純粋に、自分の好きなものをオススメしているという面もあるのだが、竹山に影沼の気持ちはまったく伝わっていないようだった。

「なにも、アニメに拘らなくてもいいんだ。アイドルヲタクでも何でもいいから、不細工で、太っていて、しかも臭い竹山っちが、不細工で、太っていて、臭い人らしい趣味を見つけてくれればいいのに、竹山っちは頑なにそれを拒もうとする。いったい、なぜだというんだ」

竹山をオタクに改造させる計画がうまくいかず、苦悩して頭を抱える影沼。助け船を出してやりたいが、影沼ほど真剣に竹山を救う気のない俺には、いい方法は思いつかない。

「そもそも、あの人の趣味って何なんだろうな?」

 俺が何気なしに言うと、影沼が驚いたように顔を上げた。

「そうだ・・・。俺は今までそれを考えていなかった。竹山っちをアニメヲタクに改造しようとするあまり、今、現在の竹山っちの趣味、嗜好を調べようともしていなかった。俺としたことが」

 一生の不覚とばかりに、影沼が金髪頭を掻きむしった。

「青木っち、なにか知らないか?竹山っちが何を好きなのか、その情報を教えてくれ」

 藁にも縋る思いの影沼が、俺の手を握って訊いてきた。

「いや、それがわからないんだよ。あの人こっちが何を聞いても、要領を得ないことしか言わないからさ。一緒にカラオケとか行ったりしたことはあるけど、あの人が家で何をしているかはわからないんだ」

「直接、家にまで乗り込んで確かめる必要があるな。どうも俺は警戒されているみたいだから、この任務は青木っちに頼みたい。やってくれるか?」

「ああ」

「竹山っちの家に乗り込み、竹山っちにどんな趣味があるのかを確かめる。もし、それが不細工で太っていて臭い竹山っちに合った、アイドル方面であったならばしめたものだ。これからはアニメの話に変えて、竹山っちと会社でアイドルの話をしまくり、みんなに竹山っちが、不細工で太っていて臭い人らしい趣味を持っていることをアピールしていけばいい」

「反対に、竹山くんの趣味が、不細工で太っていて臭い人らしいアイドル方面でなければ、これまで通りに、アニメを趣味にさせる方法を考えていけばいいんだな」

「その通りだ。不細工で太っていて臭い竹山っちが、人が聞いてオシャレだと思う趣味や、女受けする趣味などをやっていたら、竹山っちはみんなから不審がられ、ますます嫌われてしまうことになる。そんなことは一刻も早くやめさせ、竹山っちを、不細工で太っていて臭い人らしい趣味に導いてやらなければならない」

「ああ、わかった」

 影沼に言われた通り、俺は竹山にLINEを送り、いまだに俺を友人だと思っている竹山と、竹山の家で食事をする約束を取り付けた。

13

 週末に、俺は竹山の部屋を訪問した。

 三十八歳の独身男の部屋には、テレビ、電気ポット、電子レンジ、冷蔵庫、ベッドといった必要最低限の家具以外は何も置かれておらず、見事なまでの殺風景だった。

 竹山という男の空虚さを絵に現したような部屋の中で、影沼が貸した同人誌やアニメのDVDが妙な存在感を放っていた。

 この日、俺が竹山の部屋を訪れた目的は、竹山の趣味について知るためだったが、竹山という男が、いったい何を楽しみに生きているのか、部屋の中を見回した限りではまったくわからなかった。やはり、本人の口から直接聞いてみるしかない。

「じゃあ、キッチンを借りるよ」

 いきなり本題に切り込む前に、俺は買い込んできた食材を使って、竹山に振舞う夕餉を調理し始めた。

 キッチンで流れるような俺の動きに、竹山が見入っているのがわかる。思考を止めて行う、工場のライン作業とは違う。俺が、価値あるものは何もないこの底辺世界から抜け出すための特技を持っていることを、これまでの人生で何も重ねてこなかった竹山に見せつけられるのが心地よかった。

「よし、出来たぜ。熱いうちに食ってくれ」

 腕によりをかけて作った、ビーフシチューにフレンチサラダ、チーズリゾットの夕食をテーブルに並べて、俺は竹山と食事を始めた。
「・・・・・・」

 久々に二人で顔を突き合わせてみると、何を話していいかわからない。そういえば、仲の良かったころから、話題を提供するのはいつも俺の方で、また、疑問形で振らなければ、竹山はまったく口を開かなかった。

「・・・どう?おいしい?」

「う、うん・・・お、お、おいしい・・・よ」 

 人に料理を振舞われて、うまいとかいうことも、自分からはできない。何もかも受け身体質のくせに、なぜか独りではいられず、人に構ってもらいたがる男に、俺の苛立ちは頂点にまで達していた。

 こんな一緒にいるだけでイライラする男と、よくこれまでつるんでいたものだと思う。人間、生きるステージが変われば付き合う人間も変わるものだが、影沼と出会う以前の俺が、いかに暗く淀んだ泥沼に沈んでいたのか、竹山のむくんだ顔を見るとよくわかる。

「なあ、竹山くん。前から聞きたかったんだけど、竹山くんの趣味ってなに?」

 業を煮やした俺は、もはや前置きはせず、いま、竹山について唯一知りたいことを率直に尋ねた。

「おん・・・く・・・ぬ・・・ぬ・・・く・・・」

「うんうん唸ってるだけじゃわからないよ。ちゃんと質問に答えてくれよ」

 なかなか言葉の出ない竹山に強い口調で言うと、竹山は苦痛に顔を歪ませ、脂汗を流し始めた。たかだか、自分の趣味を答えるだけでこの騒ぎである。

「あ・・・青木くんと、カラオケに行ったり、ファミレスで、話したりすること・・・・」

「それは遊びの話だろ。そうじゃなくて、俺が知りたいのは、竹山くんが家で一人でいるとき、何をしてるかってことだよ。竹山くん、アニメには興味がないんだろ。だったら何が好きなのか、俺に教えてくれよ」

「も・・・が・・・ぐ・・・・」

 竹山がまた眉間にしわを寄せ、長考に入ってしまった。すでに血管はニ、三本ブチ切れているが、俺は懸命に堪忍袋の緒を締め、竹山の返答を待った。

「む・・・・ぎ・・・ぐ・・・ど・・・・あ・・・あ・・・青木くんと一緒に帰ったり、コンビニで買ったフライドチキンとか、アイスを食べたりすること・・・・・」

「じゃなくてさ・・・・」

 俺が知りたいのは、俺との交流のことではなく、竹山の個人的な趣味なのだが、重度のコミュニケーション障害を患う竹山には、俺の言っていることの意味が理解できないらしい。

 俺のことばかりを話す竹山は、一途に俺を思っているかのようだが、そうではない。

 ようするに、何もない空虚な世界に生き、誰にも相手にされない孤独な男が、たまたま声をかけてきた俺に依存し、俺との関係を大事にしているということに逃げ込もうとしているだけ。

 自分が努力して世の中で価値のある職に就いたり、女を得ようと行動もしないどころか、自分の一生の趣味を探すことからも逃げるために、自分には青木さえいればそれでいいんだというポーズを取っているだけにすぎない。

「話は変わるけど、竹山くん、渡会さんのことについてはどう思ってんだよ。俺が今、渡会さんと付き合ってることは知ってるよな?」

 これ以上同じ質問をしても埒が明かないと判断した俺は、影沼に与えられた、竹山の趣味を聞き出すというミッションを諦めて話題を切り替えた。

 竹山の、今現在の満智子、あるいは、満智子を手にした俺に対しての感情。それは竹山の趣味以上に、俺が個人的に知りたい情報だった。

 先ほど、俺と遊ぶことを趣味だと答えたことからも、竹山が、自分の好きだった満智子を取った俺に敵意を抱いている様子は見られないが、これは俺には考えられないことである。

 自分の好きだった女とヤリまくっている男を嫌いにならないどころか、その男と一緒に過ごした思い出を宝物だと主張するなど、冗談も大概にしろ。

「なぁ竹山くん。正直に言えよ。渡会さんと付き合っている俺のことが憎いんだろ?俺のことぶっ殺したいと思ってるんだろ?」

「む・・・・く・・・・ぬ・・・ち・・・ちが・・・・ちが・・・僕は・・・・青木くんが・・・・今でも・・・好きだよ・・・・」

「・・・渡会さんよりも?」

「・・・・・・うん」

 竹山の欺瞞が許せず、俺は頬を引きつらせた。

 男にとって価値のある、ヤレるカラダをした女よりも、世の中でゴキブリ以下の価値しかない貧乏、不細工、無能な男である俺と一緒にいる方が楽しいなど、ふざけるにもほどがある。

 竹山が口にしているのは、自分が価値のある女を得ようと努力し、挑戦しないことを正当化するための言い訳にしかすぎない。自分が嫉妬せず、友達をいつまでも大切に思うココロのキレイな人間だということに逃げ込んでいるだけにすぎない。

 このままでは、竹山は本当の幸せを手に入れることはできない。ココロキレイマンの魔の手に囚われた竹山を、救ってやらなければならない。たとえ俺自身が、嫉妬した竹山の凶刃に倒れるリスクを背負っても、竹山の中のココロキレイマンを取り除いてやらなければならない。

「ふざけんなよ。なわけねえだろうよ。じゃあ、満智子さんのことは、もう好きじゃねえのかよ」

「・・わ・・・渡会さんのことは、す・・・好きだよ・・・・」

「だったら、なんで嫉妬しねえんだよ。竹山くんの好きな渡会さんは、俺と付き合ってんだぞ。俺と毎週のように、ズッコンバッコンやりまくってんだぞ。竹山くん、俺が憎いんだろ?俺をボコボコに殴りまくって、ロープで柱に括り付けて、渡会さんを強引に犯しているところを見せつけたいんだろ?」

「そ・・・そ・・・そんなこと、し、したく、ない・・・・・。わ・・・渡会さんが・・・幸せになってくれたのなら・・・僕は・・・嬉しい・・・」
 俺が生前の藤井と友麻にずっとやりたかったことを言うと、竹山が世にも怪奇な言葉を吐いた。

「はぁ・・・・?自分の好きな女が他の男に抱かれていても、その女が幸せだったら嬉しい?女を抱いている男が自分の良く知っている男でも嫉妬したりせず、ただ女が幸せでさえあれば嬉しい?ふざけんなよ。見えすいた嘘ついてんじゃねえよ!本音を言えよ!俺が憎いって、俺をぶっ殺したいって本音を言えよ!」

 俺が厳しく詰め寄ると、竹山は小さな目を泳がせ、許しを請うように頭を下げた。

 いまや俺の頭から、竹山の趣味を聞き出すという目的は消え失せていた。

 そもそも俺は、竹山をアニメヲタクに改造することにより、みんなの竹山に対する警戒心を取り除く、という影沼の作戦について、正直なところ疑問である。

 その道に精通しているはずのプロが、ときに素人でさえ首をかしげるミスを犯すことは珍しくない。考えなしはもちろんいけないが、考えすぎもまた、間違いの元である。

 竹山にアニメを勧めるというのはまだしも、竹山に三次元の女の醜いところを見せつけることにより、三次元の女への興味を一時的に失わせる、という作戦は、はっきり言って逆効果になっていると思う。

 たとえ若くなかろうと、どれだけ腹に贅肉がこびり付いていようと、まんこが臭かろうと、アニメの女より、現実の女の方がずっと価値があるに決まっている。

 どれほど詭弁を弄したところで、二次元の女に走るのは、三次元の女が手に入れられないことからの逃げでしかない。他人から、三次元の女を諦め、二次元を好きになれと勧められたところで、はいそうですねとすぐに考え方を改められるものではない。

 俺がそうだからこそ、そう思う。

「竹山くん、どんなに言われても、アニメの女は好きにはなれないんだよな?」

「う・・・・う・・・・うん・・・・」

 竹山が、座卓の上に置かれた、影沼が無理やりに貸した同人誌を不快そうに押しのけながら頷いた。

「竹山くんが好きなのは、現実の女なんだよな?」

「う・・・・うん・・・・・」

「そうだよな。だから、竹山くんが好きだった女を取っていった俺のことが憎いんだよな?包丁でブッ刺して、顔面をハンマーで叩き割って、ぐっちゃぐちゃにして殺したいんだよな」

「・・・ぼ・・・・ぼくは・・・・青木くんを、殺したいなんて思ってない・・・・。渡会さんが・・・幸せになってくれたのならそれでいいし・・・・青木くんのことも、好きだよ・・・・・」

「ふっざっけんなよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 まだ、竹山が手を付けていない食事が残っている座卓を、思い切り蹴飛ばしてひっくり返した。

 男にとって本当に価値のある女を取られたことに嫉妬せず、世の中で無価値な貧乏、不細工、無能な男である俺との関係を大事だなどとのたまう男に対し、堪忍袋の緒はぶち切れていた。

 自分が幸せになることを考えるのなら、俺にとっては、竹山が俺に嫉妬をせず、自分が好きだった満智子の幸せを祈れるキレイなココロの持ち主であった方が都合はいい。だが、俺は自分が好きだった満智子と、好きな満智子を取った俺との仲を祝福するなどとのたまう、嘘吐き野郎の竹山を赦すことができない。

 ココロキレイマン。そいつを許してしまったら、自分が好きだった友麻と、好きな友麻を取った藤井を殺してしまった俺はなんだったということになってしまう。

「竹山くん、今言ったな?満智子が幸せならそれでいいって。俺が満智子を取っても、俺のことを大事に思ってるって、そう言ったよな?」

 責め立てるような口調で言いながら、俺はスマホを取り出した。LINEで、竹山がかつて焦がれた女、満智子を、竹山のアパートの前まで呼び出した。

 見せつけて、わからせてやらなければならなかった。

 ココロキレイマン、それは悪徳宗教。

 ココロキレイマンは、何か後ろめたいことのある勝ち組が、自分が踏みつけてきた負け組の嫉妬と憎悪を浴びないために世の中にバラまいた思想。 

 後ろめたいことのある勝ち組は、キレイな言葉を口にしながら、実際にはその逆のことをやって幸せを手に入れている。自分たちのやっている醜い所業を見せないため、俺たち貧乏、不細工、無能の目をくらませるために、世の中にキレイな言葉をばらまいている。俺たち貧乏、不細工、無能がココロキレイマンを信じていても、ただ俺たちを踏みつけてきた勝ち組を喜ばせるだけにしかならない。

 ココロキレイマン、それは阿片。

 ココロキレイマンは貧乏、不細工、無能に、自分は金持ちでイケメンと何も違わないと信じ込ませ、現状を良しとさせて、不満を押さえつけるための思想。ゆえに、ココロキレイマンを信じていると、負け組は自分を負け組と認識できなくなり、努力して底辺から這い上がる気がなくなる。

 ココロキレイマンを信じていられる間は、貧乏、不細工、無能は幸せでいられるかもしれない。だが、やがて目が覚めたとき、逃れられない闇と地獄が、年老い、這い上がる目が完全になくなった貧乏、不細工、無能を襲う。

 竹山をこのまま放っておいたら、竹山は生涯ただの一人も女を知ることなく、狭いアパートで孤独に死を迎えることになってしまう。

 竹山が悲惨な末路を迎えないために、彼の中にいるココロキレイマンを洗い流し、ココロをヘドロで染めてやらなければならない。触れれば他人を染め上げるほどの異常なヘドロを持った俺にしか、それはできないことである。

「ああ。満智子さん来てくれた?そのアパートの二〇二号室にいるからさ。カギは空いているから、入ってきてよ」

 アパートの前まで呼びつけた満智子を部屋に上げさせると、俺はさっそく、ろくに話したこともない同僚の部屋に突然呼び出されて、いささか困惑気味の満智子の服に手をかけた。

「え?何するの智哉・・。ちょ、ちょっとやめ、やめてよ」

「やめない。俺は満智子さんと、ここでヤリたいんだ」

 羞恥に身をよじらせる満智子の口を吸って、フローリングの床に押し倒した。ふくよかな乳房をキャミソール越しに荒々しく揉みしだき、デニム越しに股間を指でまさぐった。

「う、ぐ、ぬ、む、ぐ、ぬ、ぐ、う、ぐ、ぬ、ぐ、む、ぬ、ぐ、む、う、ぬ、ぐ、う、ぐ、ぬ」

 竹山は、自分の空間で破廉恥な行為に及ぼうとしている男女に怒りを見せることもできず、口の中で何かをモゴモゴと呟いている。 

「ねえ本当にやめて・・。竹山さんが見てる。恥ずかしいよ」

「大丈夫。この人、俺たちが何やっても何も言わないし、何もしないから」

 満智子のキャミソールを引っ張り上げ、ブラを引きはがし、ショーツをズリ下ろした。一度獣と化した俺が、射精を終えるまでは何を言っても聞かないことを知っている満智子は、すぐに抵抗を諦め、されるがままに任せた。

「あぁ・・・あぁうめえなあ、満智子さんのカラダは。オッパイなんか、母乳も出てないのに、ミルクみたいに甘くて。んっちゅちゅちゅっちちゅっ・・・。あああ、唾がザラメの味だ。お、お、お・・・まんこ、しょっぱくて、たぁまんねぇ味だぁ・・。生身の女って、なんでこんな美味いんだろうなぁ。アニメの女は確かに可愛いけど、こんなに美味しい味はしねえからなぁ。俺はやっぱり、太っていても、若くなくても、まんこが臭くても、生身の女の方がいいなぁ・・・」

「ぬ・・・ぐ・・・む・・・・・」 

 自分の家で、好きな女を裸にされ、全身を愛撫するところを見せつけられても、竹山はただ、肉まんみたいな顔をくしゃくしゃにするだけで、一言も発することなく、手を出すこともできない。

 この場面で、竹山を抵抗することもできない無能たらしめているもの、それはココロキレイマン。

自分がヤリたかった女と、ヤリたかった女を取っていった男の幸せを祝福しなければならないなどと思い込んでいるから、突然家に上がり込んできて、いきなりコトを始めるなどといったフザけたことをされても、文句ひとつ言うことができない。

 ココロキレイマンがいかに何の役にも立たないものか、ココロキレイマンがいかにくだらないものか、もっともっと竹山に酷いことをして、思い知らせてやらなくてはならない。

「ほら、ほらみろよ竹山くん。満智子さんのオッパイはこんなに柔らかくて、触るとぷに~って形が変わるんだぜ。ほら、こうやって、プルプル揺らしてみるのも楽しいぞ。乳首をこう摘まむと、感じた顔するのが可愛いだろ。え?竹山くん。竹山くんずっと、これがやりたかったんだろ。アニメの美少女ではけして味わえないこの柔らかさを、ずっと味わいたかったんだろ?」

「ぬ・・・ご・・・ぬ・・・も・・・・ず・・・・」

 三十八年間、女の肌を知らずに生きてきた男に、女のカラダがどれほど柔らかく、素晴らしいものであるかを見せつけた。

 ココロキレイマンなどを大事にしていたら、この柔らかさ、素晴らしさを永遠に味わえないことを竹山にわからせるために、俺は満智子のおっぱいを揉み解した。

 女は、ココロキレイマンなどにはけして惹かれない。ココロキレイマンなどを大事にしていたら、ただ女と、女を持っている男に馬鹿にされるだけであることを竹山にわからせるために、俺は満智子のまんこを触り、蜜液を湧き出させた。

「あぁたまんねぇ。もうガッチガチで、今すぐザーメン出さないと爆発しそうだっ」

 好きな女のカラダを弄りまわしているところを見せつけられて、「ぬ、ご、ぬ、も、ず」しか言うことのできない竹山の目の前で、俺も衣服を脱ぎ去り、隆々に勃起した逸物を振りかざした。

 ペニスを排尿にしか使えない男に、生殖器として使えるペニスを、隆々に勃起させて見せつける。それはこれまで俺が、藤井のようなイケメンにずっとやられているような気がしていたこと。そして俺が、竹山のような俺よりモテないヤツに、ずっとやってやりたかったことだった。

「うぉっ・・・ぉぉぉ・・・・。入れるぞぉ。入れるぞ、満智子さん・・・」

 ココロキレイマンなどを後生大事にしていたら、後生に遺伝子を残せなくなってしまうことを竹山にわからせるために、俺はカウパーを吹き出す剛直を、満智子の潤んだ蜜壺に突き刺した。

 ココロキレイマンなどを大事にしていたら、遺伝子を残すためにある器官を、一生涯、排尿にしか使えなくなることを竹山にわからせるために、俺は豊満な満智子の上で腰を振りたくった。

「満智子さん!満智子さんいい?気持ちいい?」

 激しく抽送して、満智子の柔らかい乳房をたわたわと揺らしてみせた。ハンマーのように激しく突貫して、満智子の豊かな下腹を揺らしてみせた。腰を振りながら、腹の下の満智子と両手を繋いで、二人がいかに互いを愛し合っているかをみせつけた。

「アン、アンアンアン。恥ずかしい。恥ずかしいけどいいっ。いいぉっ」

 アパートの一室に、粘膜の擦れ合うヌチヌチクチュクチュという淫靡な音と、中年女の低い喘ぎ声がこだまする。

「おうん、おうん、おうほぉっ、おうほぉっ」

 第三者の前でセックスすることに、初めは抵抗を示していた満智子だったが、もともとその素養があったのか、段々と興奮し、感じている様子を見せ始めた。

「どうしたんだよ竹山くん。俺と満智子さん、今とっても楽しんでるんだぜ。祝福してくれよ。拍手を送ってくれよ。竹山くん、俺と満智子さんの笑顔が見たかったんだろ?」

「うっ・・。うっうっ、うっ・・・・・」

 涙と洟を垂らし、薄い頭髪を抱える竹山の目の前で、腹の下にいる満智子の口を吸った。竹山に、尻毛が茫々に生い茂った俺のケツの穴を向けながら、肉の棒を出し入れした。満智子の汗ばんだ乳をグネグネと揉みしだき、破裂しそうなほど硬くなった亀頭で子宮を叩きまくった。

「うらっ、うーっ、うっ、イグッ、イッイグッ、グーッ、ウーッ」

 ココロキレイマンの目の前でするセックスは普段の何倍もの気持ちよさで、俺は三分もかからず達してしまった。

「アオッ・・・グッ・・・ヌオッ・・・・・クッ・・・・・」

 精巣の中が空になるまで、満智子にたっぷり注ぎ込んだ。ココロキレイマンに見せつける射精は普段の何倍もの気持ちよさで、精液はあっという間に満智子の狭い穴から溢れかえり、竹山の部屋のフローリングを泡立つ白濁で汚した。

「違うんだ・・・違うんだよ・・・」

 おたまじゃくしの放流を終えた俺が、名残を惜しむかのように、腹の下の満智子と舌を絡ませ合っていると、竹山がメガネを外し、ティッシュで涙と洟を拭いながら、絞り出すような声で言った。

「・・・・満智子さん。来てもらったばっかりで悪いけど、竹山くんと話があるから、ちょっと出てもらえる?また後で会おう」

 俺が役目を終えて半萎えになったものを引き抜き、ズボンに仕舞うと、まだ物足りなそうな満智子も服を着て、潤んだ目を俺に向けながら竹山の部屋を出て行った。

「むぐ・・・くう・・ぐむ・・・ぬぐ・・・」

 肉汁の臭いが立ち込める室内で、俺は死にかけたセイウチのような呻きを漏らしている竹山に向き合った。

「やっと本音を言ったな、竹山くん。辛かったんだよな。苦しかったんだよな。竹山くん、俺が憎いんだろ。俺が嫌いで嫌いで仕方ないんだろ。俺を今すぐ包丁でブッ刺して、この世から消し去ってやりたいんだろ」

 ようやく、ココロキレイマンのくびきから解き放たれた竹山に、俺はすべての咎人を許し、極楽浄土へと導こうとする高僧のごとき穏やかな顔を向けて、改めて問いかけた。

 かなりの荒療治を施してやることになってしまったが、何とかうまくいった。こうすることは仕方なかった。

 ここまでやらなければ、朴念仁と唐変木のあいのこのような竹山に、いつまでもココロキレイマンを信じていると、行き着く先は無間地獄しかないことをわからせてやることはできなかった。

 ここまでやれば、竹山も満智子の幸せを祈り、俺のことを今でも友達だと思っているなどという大嘘を撤回するはずだった。竹山が刃物を手に取り、俺のことを憎み、妬み、殺してやりたいという本音を口にすることを、俺は確信していた。

「ぼっぼくはっ・・・ぼっぼくはっ・・」

「ぼっぼくは?ぼっぼくは何?早く言って」

 竹山のどもりを真似しながら、俺は竹山の次に続く言葉を待った。

「ぼっぼくは・・・青木くんを、友達だと思ってる・・・」

「・・・・・・・・」

 驚き、呆れ、全身の力が抜けていくのを感じた。

 この期に及んでもココロキレイマンにしがみ付こうとする竹山を見て、まだ、トランクスの中で半分くらい硬さを保っていたものから血の気が引いていった。

 目の前の男の、許しがたい思考を完全に消し去ってやらなければ、俺自身が殺されると思った。

「・・・・・あんたの中で、俺はどんなヤツなんだよ。俺のこと、どんな風に思ってんだよ」

「あ・・・青木くんは、いい人・・・」

 竹山の喉に詰まったような声が、ミュージシャン志望の藤井の、透き通る爽やかな声で再生された。

 同時に、ブチ切れた脳みその血管が、放水中にうっかり放してしまったホースのように暴れまわり、頭蓋内に煮えたぎった血液をまき散らした。

 竹山は俺を「いい人」と言った。それは大変結構なことである。だが、竹山は「いい人」という言葉には、百万通りくらいの解釈があることをわかっているのか?

 当たり前の話だが、「いい人」と「羨ましい人」は同義ではない。

 人は原則として、自分が人に良くされなければ、自分が人に良くしようとは思えない生き物だ。自分が何一つ良い思いができないのに他人の幸せを祈れるなど嘘っぱちだし、まして、自分に酷いことをしてきたヤツが幸せになっているところを見て、怒りも何も感じないなどあり得ない。

 それでも落としどころを探して、自分も今の幸せを失いたくないから相手も許そう、忘れよう、と思うのが、失うモノのある大多数の人間だが、俺に――影沼と出会う前の俺には、失いたくないモノなど一つもなかった。

 何かの機会に、藤井が俺のことを、「いい人」だと言っていたのが、心の奥にずっと引っかかっていた。

 俺に散々好き放題言ってきた友麻が、藤井と一緒に楽しそうにやっているのを黙って眺めて、奴らの幸せを素直に祝福できればいい人なのか?

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 友麻と岸が俺をバカにしてくるだけなら我慢できた。友麻が俺を侮辱したりしなかったら、藤井と付き合うのに嫉妬はしても、逆恨みまではしなかった。

 だが、友麻は俺に、言わなくてもいい余計なことを言ってプライドを傷つけてきた上で、藤井と俺を差別し、藤井と一緒になった自分の幸せをこれでもかと見せつけてきた。

 そこまで許した覚えはない。それで友麻と、友麻を欲しいままにする藤井を恨まないほど、俺はお人よしなんかじゃない。

 そこまでしなきゃ「いい人」になれないのなら、「いい人」なんかクソくらえだ。

「いい人?俺のどこがいい人なんだよ」

 俺がいい人で得をするのは俺じゃない。

 俺がいい人で得をするのは、俺を踏みつけて幸せになったヤツら。

 俺がいい人で得をするのは、俺を理不尽に侮辱したヤツら。

 ヤツらが俺をいい人だというのは、アイツはいい人だから、どんな酷いことを言っても怒らないし、何をやっても許してもらえるという意味でしかない。

 ヤツらはただ、俺に復讐する気を起こさせないために、俺を「いい人」だということにしようとしているだけ。お前はいい人なんだから、復讐なんて考えないよな、俺たちを恨まないよな、と言っているだけ。

 失うモノのあるヤツがいい人であることには、敵を作らない上で意味がある。だが、失うモノなど何もないヤツがいい人でいても損しかない。

 俺をいい人と言うヤツの言葉に、けして耳を傾けてはいけない。俺に「いい人」であることを期待するヤツが伸ばしてくる手を、全力で跳ね除けなくてはならない。

「竹山くん、俺をからかうなよ。俺みたいな性格の腐り切った男が、いい人だって?俺みたいに青髭が濃くて、二十八歳にしてデコハゲが頭頂付近にまで進行した不細工なヤローを親友だって?冗談きついぜ」

「か、顔なんか関係ないよ・・・。青木くんは、僕と一緒に帰ったり、カラオケに行ったり、ご飯を食べに行ったりしてくれた・・・。僕、とっても楽しかったんだよ・・・」

 悪徳宗教を信じる阿片中毒者――ココロキレイマンが俺に抱く好意を、けして受け入れてはいけない。

 その先に待つのは、一生涯を底辺に埋もれ、俺を愚弄して嘲笑う金持ち、イケメンたちが幸せになるために酷使されながら、竹山のようなむさ苦しい男と、ゴミ溜めの中で蠢いている人生しかない。

「ふ、ふざけんなよ!俺なんかのどこがイイって言うんだよ。こんなグロテスクな顔して、人を殺しても何とも思わなくて、いつも女をレイプすることばかり考えていて、自分より劣った人をいたぶるのが大好きな俺のどこがイイんだ!俺はただのクソだろうが!」

 よく聞いてもらえばわかると思うのだが、怒気を露わにしていても、俺は竹山のことは何一つ悪く言ってはいない。味噌クソに貶しているのは、すべて自分のことだけである。

 なのに、なぜか俺の自虐を聞いている竹山の顔は、まるで己が蔑まれているかのように悲痛に歪んでいた。そのことに、無性に腹が立った。

「あ、青木くんは、クソなんかじゃないよ・・・」

「俺はクソなんだよ。頭の天辺からつま先まで、クソにまみれたクソ野郎だ。自分がクソだって自覚があるから、無理して上がる努力してんだろうが。うんこをうんこと認めずに、これは茶色いケーキなんだとか言って、自分は十分恵まれてるんだってことにして、一生を底辺で終わろうとしているお前と一緒にすんな!」

 俺に一喝された竹山の鼻孔から、溶き卵のような鼻汁がブピッと飛び出てきた。 

「あ、青木くんが苦しんでいるのを見るのが、つ、辛かった・・・。何とかしてあげたかったけど、なにもできないことが悔しかった・・・」

 竹山が、床にぶちまけられたチーズリゾットの上に涙と洟と涎を垂れ流しながらほざくのを聞いて、頭蓋内にぶちまけられた血液が沸騰した。

「は?な、なんだよ、その上から目線は・・・・。お前、自分の立場わかってんのかよ。人の心配なんかしてる場合かよ!」

 床に転がる器を蹴り上げて壁にぶつけ、大破させた。器の中に残っていたビーフシチューが竹山の水膨れした顔面に飛び散り、竹山の涙と洟と涎と混ざり合わさってぐちゃぐちゃになった。

「おまえ、なんか勘違いしてんじゃねえか?悩みも苦しみもないから偉いんじゃねえんだぞ。悩みも苦しみもないってことは、今より良くなろうとする意志もねえってことだろうがっ。ああ!」

 床に広がる涙、洟、涎、チーズリゾットのねばねばプールに、水虫だらけの臭そうな足を浸し、べじょべじょにかき回している竹山に、俺の言っていることを理解した様子はない。
 
 竹山がもう何も考えられず、傷つきやすい心が真皮のように剥き出しになっているのをわかった上で、俺はキツイ言葉を浴びせかけ続けた。

「俺らみたいな貧乏、不細工、無能の人生は、好むと好まざるとに関わらず、悩み、苦しみに襲われることの連続だ。俺たちみたいなクソみたいな人生で、ココロがキレイなんかでいられるのは、真っ当な幸せを諦めて、競争から逃げているから、それだけだろうが。それを偉いと勘違いして、諦めずに幸せになろうと頑張っているヤツに偉そうにしてくんな!」

「ウッウッ・・・うっ」 

 影沼は竹山のことを、ココロがキレイではあるが、他人にココロキレイマンであることを押し付けようとはしない、感染力の弱い無害なココロキレイマンだと言った。

 影沼にとってはそうかもしれないが、俺にとっては違う。

 俺にとって、俺を「友達」とか言って、ココロキレイマンに染めようとしてくる竹山は、明確な敵、脅威である。

 身に降りかかる危険は、全力で排除しなければならない。

「お前は良くても、俺は嫌なんだよ。俺はこんなクソ溜めにいつまでもいるのは嫌なんだよっ!」

 ココロキレイマン。 

 殺したいほどではないが、足腰が立たなくなるまでぶん殴ってやりたかったヤツら。

「俺が欲しいのは金だ。俺に必要なのは、俺にできるだけ沢山の金を俺に稼がせてくれるヤツだ。俺が欲しいのは女だ。俺に必要なのは、俺にできるだけいい女をゲットさせてくれるヤツだ。俺に必要なのは、何の役にも立たない竹山くんじゃない。俺が一緒にいたいのは・・・・・・」

 次の言葉を口にすれば、竹山がすべての希望を失ってしまうことはわかっている。だが、言わずにはおれない。

 ココロキレイマン。

 善行をするというのなら、自分ひとりでコツコツ実践していればいいものを、奴らは他人に干渉し、他人の考え方までもキレイゴトで染めようとしてくる。

 ただ、そういう風に生きている自分を称賛して欲しい、そのためだけに。

 ココロキレイマン。

 ヤツらが俺に期待する俺には、けしてなってはいけない。

 「いま、俺に必要なのは、お前じゃない」

 頑張る前に、まず誰かに愛され、必要とされたい。だが、愛し、必要としてくれるなら、誰でもいいというわけじゃない。

 ココロキレイマンから必要とされても、俺はまったく嬉しくない。

 ココロキレイマンを地獄に落としても、俺は何の痛痒も感じない。

「俺が一緒にいたいのは、影沼くんだ。俺に金と女をゲットさせてくれる影沼くんと手を切って、俺をクソ溜めに繋ぎとめようとする竹山くんと仲良くするメリットはなにもない。俺にとって、あんたはいらない人間なんだ」 

「う、う、う、ううう・・・うおっ。う、う、うお・・お・・おっ」

 悲痛な雄たけびが、床にぶちまけられた食い物と、男と女が絡み合った肉汁の臭いが立ち込める室内に響き渡る。

 出世も結婚も諦めた。この、何の面白みもない単純労働を一生続けることを受け入れた。

 ただ友達だけがいれば、それでよかった。その友達に自分が好きだった女を取られても、思いは変わらなかった。

 青木くんさえいれば、生きていけた。

 アオキクンハ、トモダチ。

「俺は、お前を友達だと思ってないっ!」

 アオキクンハ、ボクノタカラモノ。

「俺は、お前なんかを何とも思っていないっ!」

 ウオ、ウオオオオ。

「俺がクソじゃないだと?俺に自分を大事にしろだと?ふざけてんじゃねえよっ!」

 ウオ、ウオオ、ウ、オ オオ。

「俺はゴミクソハゲの、青髭不細工だ。近寄るだけで吐き気がするゲロウジ野郎だ。俺は俺のことが大嫌いだ。死んだ方がマシのゴミムシだ」

 俺が卑下しているのは自分のことなのに、なぜか竹山は自分が貶されたかのように泣きじゃくっている。俺にはそれが許せない。

 世の中で何の価値もない俺などに心の拠り所を求めるコイツは、今より上に行くために努力をする根気も、挑戦する勇気もないカスだ。向上心の欠片もないコイツと一緒のままでは、俺の人生は淀んだままになる。

 お前とは違うということを、わからせてやらなければならない。俺はお前とともに歩む人間じゃないんだということを、こいつに教えてやらなければならない。

「だから血の滲む思いして、こっから這い上がろうとしてんだろうが。悔しかったら、お前も僕は今のままでも幸せだとか言ってないで、自分がクソだってことを認めて、今より少しでもマシになろうとしろよっ!」

 悪いのは、いつまでもココロキレイマンなんかで幸せになれると信じているお前の方だ。お前も悔しかったら、俺や影沼のようにココロキレイマンなんかやめて、自分に素直に生きようとすればいいだけだ。

 俺が竹山に厳しい言葉を浴びせるのは、竹山を貶すためではなく、竹山の改心と奮起を願ってのことである。自分にそう言い聞かせながら、俺はグロッキー状態の竹山にさらなる追い打ちをかけた。

 それから二時間もかけて、言いたいことはすべて言いきった。もうこれ以上、ここにいる理由は何もない。

「じゃあな、竹山くん」

 永遠に、サヨウナラ。

 俺は、俺が作った食い物と、俺の精液と、満智子のマン汁が零れ落ちたフローリングに、涙と洟と涎をジュルジュル落としている竹山に背を向けて部屋を出た。

 明くる朝、工場に出勤すると、ラインに竹山の姿はなかった。竹山が部屋で首を吊って死んでいるのが見つかったのは、その三日後だった。
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No title

悲しい結果になってしまいましたね。
影沼の竹山改造計画が上手く行くと思いきや途中で青木に託したことで思わぬ方向に向かってしまいましたね。
青木のようにココロキレイマンを完全に払拭できればいいのでしょうが竹山の根強いくらいのココロキレイマンでは難しかったのかもしれません。
友達だった関係が何かのきっかけでステージが変わってしまうことは危険な部分もありますよね。
竹山にとって青木の存在はかけがえのないものだったのでしょうね。
青木は竹山にココロキレイマンの状態から変わって欲しいからこそ冷たく突き放してしまったのですね。

No title

うーん、何だか救われない話でしたね。


竹山くんのようなタイプは決して害悪は無いのでしょうが(外道記の宮城みたいな押し付けがましい奴ではない)、青木や影沼にとって見れば、ただの勇気のない奴なんでしょうね。

結局竹山くんも、ちょっと優しくしてくれた青木に依存していただけの奴とも言えるし、かといって竹山くんは青木に友情を抱いていたのは事実でしたしね。かなり複雑で難しい話です。

これで影沼がどう来るか。楽しみです。

No title

seasky さん

 自分が望む自分と、他人が期待する自分へのギャップを感じることは誰にもありますが、何もない淀んだ世界で竹山のような男と2人きりでいる、それで終わりということに納得できない青木の気持ちはけして否定されるものではないですね。

 私も会社人間となり青木のような考え方ばかりではないと思うようにもなりましたが、みんなが思っていて口に出せないことを言えるのが小説のいいところだと思うのでこのまま最後まで突っ走っていきたいですね。

No title

GGI さん

 外道記覚えてくださってありがたいです。

 今回は影沼、青木、竹山のまったくかみ合わない関係を描いてみました。竹山はけして悪い人間ではなく、彼が青木を思う気持ちは純粋なものでしたが、それを切り捨てて底辺から這い上がろうとしている青木にとっては、そこで一生を終わろうとしている竹山に大事に思われているという事実が許せなかったというところですね。

 竹山はけして悪人ではなく、青木の考え方とて全否定されるものではない。根本的に何が悪いかといったら非正規の派遣という働き方が悪い。こんな働き方のせいですべてが惨めになっている、と取り合えず言えると思います。

 
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