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犯罪者名鑑 市橋達也 7 (2008年8月~2009年10月)

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 最後の沖縄

 飯場に戻った市橋は、業者の斡旋を受け、解体現場で夜も昼もなく働きました。

 寮から現場までは他の労働者と一緒にボックスカーで移動することが多かったのですが(たまに電車で行くこともあった)、ある日、交番の前を通りがかり、市橋の手配写真が貼ってあるのが目に入ったとき、隣に乗った労働者が「イギリス人事件の犯人、まだ捕まってなかったんだな。もう死んでるよ」と口にしたのを聞いたことがありました(市橋は「ここにいるよ」と思った)。

 死体遺棄の時効である3年が迫り、市橋に関する有力情報には100万円の懸賞金がかけられるようになっていました。飯場に流れ着く人は皆事情を抱えており、他人の素性にはあまり踏み込まない人が多いですが、それだけの大金がかかれば、金目当てで通報する人は出てくるかもしれない。

 ウェストバッグの中に四十万円ほどのお金を貯めると、市橋は沖縄に戻ることを決めました。食料を買い込み、あのオーハ島に長期滞在すると思われましたが、市橋が四度目となったオーハ島にいたのは一か月程度の短い間でした。

 夏真っ盛りの沖縄には、台風が近づいていました。台風といっても内地のそれとはわけが違い、熱帯性気候の沖縄の台風は車を容易に吹き飛ばす強烈なもので、それを警戒してオーハ島を撤退した市橋の判断は決して間違いではなかったでしょう。

 那覇に戻った市橋は、なるべく安い宿を泊まり歩いて暮らしていました。開放的な南国の空気にあてられたのか、このときの市橋は繁華街をぶらつき、パブに酒を飲みに行ったり、ゲストハウスのような場所で知り合った若い女性とバスケットボールをしたりなど、典型的な逃亡犯のイメージのように息をひそめるようにしているわけではなく、普通に遊んで暮らしていたようです。

 ゲストハウスでは死に場所を求めて大阪から沖縄にやってきたという30代の男としばらく行動を共にし、彼からデリヘルを共同経営しないか、偽造パスポートを作らないか、と話を持ち掛けられたこともありました。結局、すべて断ったのですが、根無し草のように見える人も常に繋がりを求めていて、それがこういう場所で知り合うんだなと思わせるエピソードです。

 三か月ほど沖縄に滞在し、所持金が尽きた市橋は、また大阪に戻ってお金を稼ぐことを決めました。

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 飯場3
 
 西成に着いた市橋は、人を集めている業者の中から一番寮費が安いところを選び、大阪の飯場に入りました。昔の飯場は大部屋に雑魚寝というところもあったようですが、市橋が入った飯場はすべて個室で、さらにこのとき入った飯場は衛生状態も良く、まかないが作る食事も美味く、住み心地はそう悪いものではなかったそうです(それでも寮費は適正とは言い難いと思いますが)。

 現場での作業は、地上15メートルの建物の屋上にトタンを貼り付けるというものでした。足場は細い鉄筋だけで、転落防止用のネットはところどころにしか張られていない。安全帯は一応あるが、つけていると作業にならないため誰も装着していない。さらに、トタンの下につけられている断熱材は体に悪いとされるグラスウールでしたが、マスクをつけていると作業にならないため、これも誰も装着していませんでした。

 安全策はあってないようなものですが、飯場で紹介される仕事にはこうしたところは珍しくありません。だから飯場では、労働者が突然いなくなってしまう「トンコ」が後を絶たないのですが、このとき市橋がいた飯場には若い労働者が定着しており、仕事からの帰りにはバカ話でよく盛り上がっていたそうです。

 交通整理やマンホール交換の手伝いの仕事をすることもありました。ボックスカーで大阪池田小の前を通りがかったとき、同僚と「かわいそうだね」と話しましたが、自分が犯した罪のことを考えて微妙な気持ちになった、ということもあったそうです。

さけおにばらあ


 報道


 逃亡犯という境遇では、人は現実逃避に走りそうな気もしますが、市橋の場合は、世間がどの程度自分に関心を抱いているかを確かめるために、自分に関する報道には常に目を光らせていました。

 テレビのバラエティ番組や、コンビニコミックで紹介される内容はまったくデタラメなものばかりで、市橋は呆れる思いでそれらを観ていたそうですが、「市橋は女装して逃げている」「市橋はゲイにカラダを売って逃亡資金を稼いでいる」という内容には本気で怒りました。

「僕はそんなことはしていない!僕は性的倒錯者なんかじゃない!そんなことをするくらいなら、死んだ方がマシだ!」

 市橋の心の叫びであり、これを主張したかったのが市橋が著書を出版した動機の一つだと考えられますが、私はたとえ犯罪者であろうと、まったく根拠のないデタラメや誹謗中傷に反論すること自体はいいのではないかと思います。

 あの酒鬼薔薇聖斗が「絶歌」を出版した動機のひとつは、「報道の中に母親を鬼母のように言うものがあり、自分自身、周囲の影響でそのように考えてしまったことがあったが、実際の母親は鬼母などではないし、自分が母を恨んだことなど一度もない」ことを主張したかったのだと私は考えています。それにより金銭を得ているというのがいただけないですが、動機としてはこちらの方が市橋よりも筋が通っています。

 一方、逃亡犯を扱ったバラエティ番組は、面白おかしくするために内容はデタラメでも、事件の風化を防ぐという意義はあると私は思います。事実、こうした番組が決め手となり、市橋は逮捕されることになります。

タコ部屋


 飯場4
 
 このとき市橋がいたのはもともと仕事が少ない飯場でしたが、年が明けるとさらに日当が下がってしまいました。新しく口の整形手術を目指していた市橋には痛手でしたが、住み心地の良い飯場だったのでそのまま働くことにしました。

 現場で行われていたのは地中に電線を通す作業でしたが、ここで市橋はいちど他の労働者とケンカをしました。二人で別れて、堀った穴に電線に見立てた紐を通す導通試験のときに、市橋が紐を引くのがはやすぎて、反対側で紐を持っていた作業員が手にやけどをしてしまったというので文句をつけてきたのです。

 この作業ではよくあることで、お互い様だろうと思いましたが、相手は周囲に人だかりができると、止めてくれるのを計算してか市橋に掴みかかってきました。

 キレた市橋に襟首を掴み返された男はあっけなく後ろに下がり、情けない顔になりました。あとで廊下ですれ違いましたが、男は小さな声で「なんだよ・・・」と小声で言ってくるだけでした。

 「喧嘩を売ってきた彼には相手を殺す覚悟はあっても、自分が殺される覚悟は明らかにないようだった。その覚悟もなくて、騒ぎを起こさないように我慢している僕にどうしてケンカなんかふっかけてくるのか、信じられなかった」というのが市橋の言葉ですが、人を殺害し、警察から逃げるという経験の中で、市橋には独特の凄みのようなものが生まれていたのかもしれません。

 飯場の労働者は、初めのうち印象がよくても、後になって使い走りをさせたり、文句ばかり言ってくる人が多かったようです。世話をするのは親切ではなく、後々相手を利用するためだけだったのでしょう。「事件を起こす前には、僕は空気を読まない自己中心的な人間に見えていただろう」と分析する市橋ですが、一癖も二癖もある労働者相手によくやっていました。

 「事件を起こす前は、小さなことで悩んだり、ささいなことに対してすぐ怒っていたが、こういう仕事をして色々な人たちと付き合うようになって、細かいことは気にしなくなった。そんなことはどうでもよくなった」と本人が言う通り、逃亡犯という最低以下の身分に堕ちたことで、市橋は余計なプライドを捨て去ることができ、ある意味で自由な気持ちになれたのでしょう。まったくの皮肉ですが、誰より繊細で神経質な男が、逞しい労働者でありサバイバーに変貌を遂げていたことは事実でした。

 最後の飯場を、市橋は「寮の前の駐車場に見慣れぬ車が停まっており、スーツを着た男たちが出入りしていたのが見えた」という理由で抜け出しました。住み心地が良かっただけに未練はありましたが、市橋は自分の直感を信じました。

 ウェストバッグの中には90万円ほどが貯まっていました。
 
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No title

この頃には市橋の生活スタイルはもう出来上がっていますね。
沖縄と大阪の飯場を行き来したことは同じ所に留まり続けるよりは安全ですね。
ゲストハウス時代の市橋は逃亡犯という事実を一時忘れて人生を楽しむ気持ちが表れていますね。
ゲストハウスは理由ありの人間同士が繋がる場所なのですね。
市橋は逃亡犯として客観的に世間からどう見られているのか気になっていたのですね。
事実と違うことに対しての反論をしたいという思いが本を出版することになったのですね。
事件を起こしてから市橋は別人のようになっていますね。
オーハ島と飯場での生活で肉体的にも精神的にも成長していますね。
逮捕されず逃亡犯になってしまったことが市橋自身の人生観を変えてしまったのですね。

No title

seasky さん

市橋の2年7か月の逃亡生活は泡沫の夢のようでしたが、那覇に滞在していた時期に飲んだ酒の味は普通の人間がけして味わえない格別なものだったかもしれませんね。

市橋ほど特殊な状況にいる人間の心理状態を想像するのは難しいですが、彼の場合は、ゲイ扱いされて心のダメージを受けても世間が自分に対してどこまで関心を抱いているのか、どの程度の情報を持っているのか知りたかったようですね・・。

本を出版した動機だけで言えば市橋の方はまったくどうでもいいですが酒鬼薔薇のお母さんはまったく悪い親などではなかったということはもっと広まって欲しいですね。酒鬼薔薇の母を鬼母に仕立て上げ、その存在を全否定したのは明らかにマスコミと当局の暴走であり、それによって酒鬼薔薇に余計な反発心を与えてしまいましたから・・。
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