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犯罪者名鑑 市橋達也 4 (2007年6月~9月ごろ)

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 働く



 那覇に帰ってきた市橋は、さっそくフリーペーパーの求人誌を捲って職を探し始めましたが、はじめのうちは青森で職探しをしていたとき同様、携帯電話を持っていないという理由で断られる連続でした。

 真っ当に生きていてもホームレスやネットカフェ難民に転落してしまうということもありますが、一度どん底まで堕ちた人が、普通の生活レベルまで自力で立て直すのは困難を極めます。まず生活保護を申請し、住居と携帯電話を手に入れなければ職にもありつけませんが、逃亡犯である市橋にそれは不可能な話でした。

 しかし、何度も電話をかけるうち、ようやく携帯電話を持っていなくても使ってくれるという建築の会社が見つかり、翌日に面接に行くことになりました。

 そこでも住居もなく、携帯電話も持っていないことを不審に思われましたが、何とか雇ってもらうことができ、市橋は支度金として渡されたお金でホテルに泊まり、逃亡してから三か月ぶりにお風呂に入り、人間らしい食事をとることができました。

 会社の金で仕事着だけでなく、部屋着も用意してもらった市橋は、数日後からさっそく建築現場で働き始めました。

 二十七歳にして就労の経験がなかった市橋は、酷暑の下での肉体労働で何度も倒れそうになりながらも、何とか仕事に食らいついていきました。日当は七千円。諸物価の安い沖縄なら、生活が不可能な額ではありませんでした。

 仕事にも慣れてきたころ、市橋は勤務中、同僚に突然「あなた高橋さん?」と訊かれました。このとき、手配写真を見て「市橋」を「高橋」と間違えたのだろうかと思った市橋は、翌日は出勤せず、バックパックに荷物を詰めて、宿泊していた民宿を後にしました。

 市橋の危惧が正しかったのかはわかりませんが、有り得ることではあり、用心するに越したことはなかったでしょう。給料は日払いでもらっており、懐には十分なお金がありました。給料以外にも、仕事着や部屋着を準備してもらったり、食事をご馳走になったこともあり、この会社での暮らしはけして悪いものではなかったようで、市橋も申し訳なく思っているようです。

沖縄


 
 島へ


 最初に勤めた会社をやめて逃げた市橋は、ホームセンターで生活に必要な物資を購入し、再びフェリーでオーハ島へと向かいました。

 スコップ、ござ、ゴミ袋、虫眼鏡、飯盒、鍋、裁縫道具、缶詰、野菜の種・・。前回の経験を踏まえて、市橋が購入した物資は大量で、島に向かう途中にバックパックが重みで破けてしまうほどでした。

 また、図書館では図鑑で植物のことを勉強し、食べられる野草と食べられない野草を見分けられるようになりました。知識は犯罪者にも平等なものであり、図書館という施設をうまく利用して、市橋は長期間の逃亡を可能にしていました。

 フェリーターミナルのある島からオーハ島に渡る直前、浜にいた黒い子猫が市橋の傍に寄ってきました。子猫はガリガリに痩せて汚れており、飼い主に捨てられたのだろうと思われました。

 海に入れば諦めるだろうと思いきや、子猫は岩と岩の間を飛び越えながら市橋の後をついてきました。しかし、やがて飛び移れる岩がなくなると、ポツンと取り残されてしまいました。

 この辺りは食べ物もないし、カラスも時々飛んでいる。子猫はとても生きていけないだろう。

 市橋はネコを肩に乗せて島に渡りました。

オーハ島小屋



 オーハ島2


 
 入念な勉強と準備をしてから渡った二度目のオーハ島では、市橋は飢餓に陥らないだけの食糧を確保できるようになっていました。飲料水はあずまやの水道で一週間分の水をペットボトルに詰めて持ち帰り、貝などをエサにして魚釣りをしました。岩場ではカニを獲り、潜水をしてウニ、エビ、ナマコを獲りました。

 毒蛇の首を切り落とし、毒のうのある首とサルモネラ菌のいる内臓を取り除いて食べたこともありました。砂浜や森に生えている植物も海水で煮て味付けをして食べました。ハチの巣を見つけたときには巣を壊してハチの子を食べました。たまに毒のあるものを口に入れてしまい、痺れや痛みに襲われることもありましたが、図鑑で得た知識を頼りに、食べられるものは何でも食べました。

 医者の道楽息子で、ついこの間まで恵まれた環境で働きもせずぬくぬくと暮らしていた市橋が、警察に追われ、誰も頼ることができない極限状態に置かれたことで、高度なサバイバル技術を身に着けていました。これを見て、ひきこもりは追い出した方がいいと思うのは早計ですが(言うまでもなく自殺を選んでしまうリスクの方が高い)、市橋の場合は追い詰められて覚醒するタイプの人間だったようです。

 そしてニュース映像でも頻繁に紹介された、あのコンクリートブロックづくりの小屋を見つけた市橋は、すぐにそこに住み始めました。危険はゼロではないものの、蟻やヤドカリの襲撃に悩まされることはなくなり、最低限生きていけるだけの住環境を手に入れて市橋の生活は安定していきました。

 食料はいくら獲っても満たされるということはありませんでした。那覇で買って持ってきた種はニンジン、キュウリ、ダイコン、トウモロコシ、ネギなどでしたが、当然ながら植えてすぐ食べられるものではありません。小屋の傍にはサトウキビの原種などが生えていましたが、トリカブトなど毒のある植物も多く危険でした。

 可能な限りは野外採取に努めましたが、どうしても獲れないときは隣の島に買い出しに出かけたり、畑の作物を盗ったりしました。街路樹になっているパパイヤやマンゴーも、うまくはなかったものの腹の足しにはなりました。

 結論を先に書きますが、整形手術など考えずに、働いて稼いだ金をすべて食料や生活用品を得ることに使っていたら、市橋の逃亡生活はまだ続いていたかもしれません。市橋自身も体験したように、ホームレスにとって最も辛いのは冬の寒さですから、冬でも二十度はある沖縄は、ホームレス生活をするには条件の良い土地といえます。実際に沖縄ホームレスは多く、一か月に一万円ほどの現金収入さえあれば仙人のように暮らすことができるようです。市橋自身、二度目のオーハ島では、猫に餌をやる余裕もありました。

 しかし、逃げ始めた頃に新聞で見た逃亡犯の女の記事がよほど印象に残ったのか、あるいは元々そういった願望があったのか、市橋は逃亡を続けるには整形しかないという考えを捨てられず、結果、2年7か月という期間で逃亡生活には終止符が打たれることになります。

 最初に沖縄で働いたのはわずかな期間でしかたら、このときは生活費も底を尽きかけており、市橋は再び働くために、大阪の西成に向かう決断をしました。

 西成を初めて訪れたときには苦い思いをしましたが、沖縄での就労経験と、半年あまりのサバイバル生活で、今度はやっていけると自信を深めていたのでしょう。市橋は隣の島に猫を置き、フェリーで本州に舞い戻りました。

 以後、市橋は西成と沖縄を往復する生活が続きました。

 
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No title

市橋はまさにロビンソン・クルーソーさながらですね。
沖縄は逃亡生活に打ってつけの土地ですね。
都会での生活を離れ沖縄でその日暮らしも良いものかもしれません。
過去の失敗を糧に二度目のオーハ島では食糧や住居も確保し生活の維持ができていますね。
市橋は整形手術を考えない方が逮捕されなかったのかもしれませんね。
整形費用を稼ぐために働くというのも少なからずリスクはありますね。
逃亡生活をしているとどんなに時間が経っても捕まるかもしれないという不安はあるのでしょうね。
整形すれば必ず逃げ切れるという強迫観念があったのかもしれませんね。

No title

沖縄を根城に潜伏することを選んでいれば、もう少し逃亡生活がのびた可能性はあったかもしれませんね。

市橋が整形を決断した背景は、福田和子のことが影響したのかもしれません。沖縄での会社の出来事が彼を追い詰めたのかもしれません。

にしても市橋の生命力には脱帽しますね。追い詰められると覚醒するとは良く言いますが、市橋もそのタイプだったのでしょう。

No title

seasky  さん

 二度目のオーハ島では前回に比べ充実した食生活が送れていたようです。この時期は特に岩場で獲れるカニが貴重な食料になったそうですが季節もよかったかもしれませんね。

 いまだに身分証もない人を雇う会社も少なからず存在するようで、殺人はないにしても詐欺など中程度の犯罪で逃げている人間が建築現場や工場などに普通に紛れ込んでいるということはありそうですね・・。

 最後の方で書きますが整形手術はつくづく失敗でしたね・・。

No title

GGI さん

 結果論ではありますが整形手術は選ばない方が良かったですね。これだけのサバイバル能力があるのですからもっと自分の運に自信を持つべきだったでしょう。

 福田和子は有名ですから市橋の頭の中にもあったでしょう。福田和子のこともこの記事の中で少し紹介していきたいですね。

No title

強姦殺人犯である市橋が子猫を助けたエピソードが好きです
私は人間は誰でも善悪の二面性を持ってる生き物で完全な善人悪人は居ないという考えです(どっちかが極端に振れてる人は居ると思いますが)
善意で助けたのにも関わらず市橋に殺されたリンゼイ・アン・ホーカーさんを本当に残念に思いますがこういう人間らしいエピソードを聞くとなんだか憎めない気持ちになってしまいます

No title

からあげ さん

 子猫は何かの役に立つと思って連れてきたのかもしれませんが、蛇が出たときに鳴いて知らせたくらいしか実用的な面はなかったそうで、それでも最後まで面倒を見続けたのは愛情でしたね。

 どんな犯罪者でも大きな問題を起こさず社会に順応していた時期もありますからね。えげつないことをして普通に社会で暮らしているヤツもいるし・・。難しいですね。
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