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外道記 改 22










                         
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 昼過ぎになって東山のマンションに到着したときには、東山宅の周りに集まる群衆は五十人ほどにまでその数を増し、警官まで訪れる騒ぎとなっていた。平和な田舎の住宅街では、類を見ない大パニックである。

「凄い人だかりですね・・・これみんな、東山を見に集まったんですか?」

「ああ。なんたってスーパースターだからな、あいつは」

 アパートの駐車場に群がる人々をかき分け、俺は唐津を連れて、東山の部屋の前へと近づいていった。

「あ、アニキ!ひてくれたんふね」

 俺と唐津が到着するまでの間に、また二、三発、東山に殴られたらしい桑原の顔は、ボコボコのイボイノシシのように変形していた。それこそ東山の方が、自分を刺激する者すべてに襲い掛かる、野生のイノシシ同然になっているようである。

「おう。東山はどうしてるんだよ」

「正直、よくわからないです。部屋の中と外を行ったりきたり、突然出てきて、五分くらい何か喋ったと思ったら、またすぐ部屋の中にひっこんじゃったり・・・」

 詳しい事情はわからないが、とにかく相当、情緒不安定になっているようである。迂闊に中に入るのは危険のようだ。

「あんたたち、ここの旦那さんの知り合い?」

 東山宅の「ガードマン」桑原と話していた俺に、一番近くでも、ここから歩いて四十分はかかる交番から駆けつけてきたらしい制服警官二名が、かったるそうに近づいてきた。

「ええ。職場の同僚です」

 探られて痛い腹が山ほどある俺は、反射的に手足が震えそうになるのをグッと堪えた。変にビビったところを見せれば怪しまれる。こういうときは、毅然として応対していれば、なにも問題なく切り抜けられるものである。

「通報を受けて来てみたはいんだけどさ、殴り合いが起きてるわけでもないし、ただ集まってるだけだから、あんまり強く注意もできないんだよね・・。もしよかったらさ、この騒ぎを何とか収めてくれるように、旦那さんを説得してもらえないかな。俺らも困ってるんだよ」

 実際には、東山に殴られてしまった人間もいるわけだが、身内ということでお咎めなしになったらしい。これが東京なら、挑発して公務執行妨害で無理やりにでもパクるところだろうが、ここは事件といえば、認知症の老人が散歩に行ったきり帰ってこないとか、どざえもんになって上がったとかいったくらいの、平和な田舎町である。すっかりぬるま湯体質につかった交番勤務の警察官には、やる気のかけらも見えなかった。

「まあ、何とかしてみます」

「ほんと?じゃあ、よろしく頼むよ」

 警察官は、俺がトラブルの解決を約束すると、これ幸いとばかりにあっさりと帰ってしまった。東京の人間には信じられないだろうが、平和ボケしきった田舎町の交番勤務の警察官では、これが通常運転である。

 仮にも警察官に約束してしまった以上、何もしないわけにはいかない。とはいえ、猛獣同然の東山にすぐに会うのは危険である。俺はまず、桑原を東山の部屋にやって、東山に今後どうするつもりなのか、俺たちを呼んでどうしたいのかを聞きに行かせた。

「蔵田さん、なんか話聞いてると、東山とは前々から親しいみたいですが・・・。どういうことなんですか?東山とは、いったいどういう関係なんですか?」  

 唐津の疑問は当然だが、俺は彼の問いには答えなかった。というより、答えられない。あらゆる要素、あらゆる感情が複雑に絡み合った俺と東山との関係など、何も知らない人間に簡単に説明できるものではないし、これから東山のやろうとしていることは、俺にはわからない。すべては、東山の部屋のドアが開けば明らかになるのである。

「ほびあえぶ、入ってこい・・・・ばほうべふ」

 また、東山に一発殴られたらしい桑原が、真っ赤に腫れて、瘤取り爺さんのようになった頬を押さえながら、俺たちに東山の言葉を伝えた。あの男、いちいち殴りながらでないと、伝言一つ頼めないのか。桑原も災難であるが、これから東山の部屋に踏み込もうとしている俺たちも不安である。 
           
 東山の部屋は、以前、女房の遺体を片付けたときに比べて、大分荒れ果てているようだった。気分転換に風呂ぐらいは入っているようだが、掃除や洗濯はされず、ゴミが層になっている純玲の部屋ほどではないが、衣類や空の弁当などが散乱し、「陸地」がほとんど消えかかっている。仕事も休んで一日中家にいる間、中古ゲーム屋で、俺たちが十代のころに流行ったゲームを買って遊んでいたようだが、うまくクリアできなくて余計にイライラしてしまったのか、何枚かのディスクが割られていた。

「蔵田さん・・・これはどういう・・・一体、これから、何が始まるんですか?」

「知らねえよ。東山に会ったら、本人に聞いてみろ」

 唐津が逃げないように、最後尾を歩きながら、東山の待つリビングへと進んでいったが、東山の姿は、部屋の中には見えなかった。東山がいたのは、ベランダ――桑原の言っていたように、東山は集まった群衆を相手に、演説を始めていたのである。

「東山先輩・・・二人を、ふれてひまひた・・・」

 桑原が、窓の外に向かって声をかけたが、東山は一瞬、こちらを振り向いただけで、すぐに視線を群衆の方に戻し、何事かを叫び始めた。

「おっおっ・・・・・お前らが、理解していないようだから、もう一度、最初から話すっ・・・・おっおっ俺はぁっ!!小さいころから、曲がったことが大嫌いだったっ・・・!この世から、悪をなくすために、様々な活動を展開してきたっ!小学校のころから、学校防衛軍を作って、悪いことをしたヤツを怒ったり、先生に報告したりしていたっ!中学に入ると、君を守り隊というイジメ撲滅の組織を作って、イジメられている子を守ったり、イジメをしているヤツを懲らしめたりしていたっ!」

 東山が喋っている間、いつの間にか、ベランダの窓の近くにいた桑原が移動して、リビング入り口のドアの前に陣取っていた。東山に言われたのか、もしくは自己判断で、俺たちが逃げないように、障壁となったのだろう。これで俺たちは、袋のネズミになったわけである。

 俺のポケットの中には、護身用に持ってきたスタンガンが入っている。東山相手にはおもちゃ同然でも、東山に殴られてダメージを受けている桑原なら、不意打ちを食らわせれば倒せるかもしれない。

 逃げるなら今だが、今は同時に、唐津を仕留める最大のチャンスでもある。こんなところで逃げたら、俺は一体何のために、わざわざ危険を冒してここに来たのだという話になってしまう。

 東山の家を出るのは、唐津の死亡を確認してからだ。自らの命惜しさに逃げを打ち、みすみす世間にケジメをつける絶好の機会を逃してこれから生きても、それは俺にとって、死んでいるのと同じこと。この先四十、五十年、死んだように生きるよりは、ここで潔く散った方がマシではないか。俺は自らを奮い立たせた。

「東山は、いったい何を言っているんですか・・?どうして、僕たちを中に入れたんですか・・・?」
 逃げ道を塞がれたことで、唐津の表情が、完全に不安一色で塗りつぶされたようだった。尻を浮かせたり着けたり、落ち着きがなく、露骨に動揺しているのが見て取れる。唐津にしてみれば、これから希望に満ち溢れたサクセスストーリーを歩みだす前に、最後の後始末に訪れたというぐらいの気持ちであり、こんな大騒動に巻き込まれること、ましてや、自分の身が危険に晒されることなど、まったく想定していなかったのだろう。

 常に自分の都合しか考えずに生きているから、そういうことになる。自分が踏みつけてきた人間にも人生があったことを想像できる頭があれば、こういう事態だって、事前に察知できたはずである。あるいは、莉乃と身体を結合させすぎたせいで、脳内お花畑がうつってしまったか。

 可憐な花ばかりに目を取られていた唐津は、最後に自分が踏みつけていた雑草に足を取られ、地蔵山で莉乃が味わったのと同等以上の恐怖を味わうことになるのである。

「その俺の前に、一人の敵が立ちはだかった!そいつは、最初、特別学級の生徒をイジメていた!俺はそいつを懲らしめた!そうしたら、そいつは、全学年に呼び掛けて、俺を潰そうとしてきたんだ!その男が、こいつだ!」

 言い終わると、東山はリビングにやってきて、床に腰かけていた俺の手を掴み、ベランダまで引っ張っていった。さっきよりさらに人数が増えて、七十人あまりにもなった群衆たちが、一斉に携帯カメラを向けてくるのを見て、思わず苦笑してしまった。

「こいつに追い詰められた俺は、精神を病んじまって・・・・そ・・・・お前らも知っての通り・・・・許されないことを・・・やってしまった・・・・」

 眉間にしわを寄せた鎮痛な面持ちで下を向き、唇を舐める東山。内心はどうあれ、とりあえず反省した態度を、自宅の前に集まった群衆と、カメラの向こうにいる何万人というネットユーザーに対して示すことはできたようだ。

 こうして自分の好感度を上げたうえで、自分のこれまでの悪行は、すべて中学時代に出会った、この蔵田が元凶なのであり、蔵田がすべて悪いのだという結論に持っていこうとしているのか?それで世間が納得すると思っているのか?俺は群衆とともに、いまだ渋い顔をしたままの東山が、口を開くのを待った。

「だっだがっ・・・俺が言いたいのは・・・俺はけして、イジメられていたわけじゃないってことだ・・・。俺は、コイツと、壮絶な戦いを繰り広げていたんだ・・・俺は、被害者ではない・・・それだけは、お前らに、言っておく・・・・」

 被害者という立場に堕ちた瞬間、東山が何より大切にする、雄々しさ、戦士としての誇りは崩壊する。東山が俺をここに呼んだのは、すべてを俺のせいにするためではなかったのだ。

 まさか、このお披露目のためだけに呼びつけられたわけでもないだろうが、ひとまずお役御免となったらしい俺は、東山に片手で部屋の中に放り込まれた。東山のやりたいことはまだよくわからないが、しばらくは、部屋で大人しく座りながら、様子を見守るしかなさそうである。

「蔵田さん、東山と中学校の同級生だったんですか?いったい、何がどうなってるんですか?」

「うるへえ!黙って、東山先輩の言うことをひいとけ!」

 桑原の一喝を受けて、質問も封じられてしまった唐津が、莉乃が愛した端正な顔立ちをしかめて俯いてしまった。かつての労働組合委員長の肩書きも台無しであるが、彼を惨めな臆病者と罵ることはできない。比喩ではなく、今、俺たちは猛獣の檻の中にいるのである。大勢の味方の後ろ盾がある朝礼の場とはわけが違う。労働組合の一員としてともに戦った俺さえもが、味方であるのかどうか疑わしいという状況。本物の修羅場を味わった経験のない唐津が、平静でいられるはずもなかった。

 人のことは言えない。親を精神崩壊に追い込み、二年間連れ添った女を事実上殺害するという修羅場を経験した俺とて、東山に首根っこを掴まれて、ベランダに連れて行かれたときには、心臓が止まりそうになった。修羅場といっても、俺は自分が絶対優位な状況下で、俺よりも力の弱い人間を痛めつけたというだけの話であって、自らの命を危険に晒すのは、これが初めての経験である。 下手をすれば、唐津への復讐も、純玲との未来も、何もかもすべてパーになるかもしれない。リスクを覚悟で、俺は今ここにいる。リスクが高いからこそ、俺がここにいる価値がある。

 今までずっと、俺は自分のことを、世界で一番可愛そうな人間だと思っていた。二十四時間三百六十五日、常に感じている被害者意識が、俺が他人を酷い目に遭わせていい正当化になっていた。

 だが、純玲と出会ったことで、俺は自分にも、人並みの幸せが許されていたことがわかった。不幸でなくなったのは良かったことだが、皮肉なのは、これまで散々、他人を酷い目に遭わせてきた罪悪感を帳消しにするための、新しい正当化の理由を探さなければなくなってしまったことだった。
 
 頭を捻り、模索し、そして行きついた正当化こそが、自らの命を危険に晒すこと――。自分が命を粗末にしているのだから、他人の命を奪ってもいいという理屈であった。今さらお天道様に恥じることなく生きるというのは無理でも、せめて自分自身に遠慮せず生きるために、俺はこの場に留まり、これから起こることすべてを見届けなくてはならないのである。

「それから、俺は、少年院に入った・・・。少年院では、出所したら一緒に犯罪集団を結成しようとか話し合うクズどもを後目に、カリキュラムに真剣に取り組み、自分の犯した過ちを心から反省する日々を送った・・・・。身体が急成長し、一年で二十センチも身長が伸びた・・・少年院でもイジメヤローはいたが、強さを手に入れた俺は、そいつらを全員ぶちのめした・・・」

 桑原が、戦地で天皇からの激励を受けたかのように、涙を流し始めた。いくら理不尽に殴られても、けして忠誠心を失わない、異常な信仰心の強さ――彼らと同じ環境に置かれたことがなく、彼らが味わってきた地獄の過酷さもわからない他人が、簡単に立ち入れる世界ではなかった。

「やがて、出所のときが来た・・・俺は運送会社に就職し、給料が低いとか、休みがないとか文句を抜かす輩を後目に、夜も昼もなく働いた・・・。被害者遺族への送金も、欠かさず行った・・・・俺は一生懸命に仕事を覚え・・・二十五で重役となり・・・・その会社がつぶれてから・・・もっと大きな、今の会社に就職できた・・・そして・・・・・今に、至っている・・・・」

 ここまでの東山の話の内容は、俺と再会したあの晩、車の中で聞いた話と大差はない。一つだけ違っているのは、結婚し子供が生まれた下りに、まったく触れていないところである。女房の話をすれば、その女房が今、なぜ姿を消しているかという質問が、群衆の中から出てきてしまうかもしれない。どうやら東山は、少なくとも今の段階ではまだ、自分が再び殺人者となった事実は明かしたくはないようである。

「そして・・・・今の会社に入ってからも、仕事に打ち込んだ俺は・・・すぐに出世をし・・・・倉庫の責任者となった・・・・これまで、順調に階段を上っていたが・・・・一人の男が、俺の前に立ちはだかった・・・・」

 東山は、またリビングに戻ってきて、今度は唐津の手を引っ張って、ベランダまで連れていった。先ほどの俺と同様の、「お披露目」が目的に違いなかった。

「この男は・・・・俺が仕事で厳し過ぎるといって・・・・労働組合を作って・・・俺に反抗してきた・・・・。俺が弱いヤツをイジメる悪者だと言ってきた・・・;だが、違う・・・俺に、そんなつもりはなかった・・・俺はただ、こいつらにも、働く喜びを知ってもらいたかっただけなんだ・・・結果的には、誤解されてしまったようだが・・・俺は、イジメなどはしていなかった・・・・」

 東山が目を離した隙に、俺はスマートフォンを取り出して、匿名掲示板を開いた。東山の渾身の演説が、ネットを通じて、世間にどう捉えられているのかを知りたくなったのである。

「アニキ。だめです。それは仕舞ってください」

「違うよ。通報とかじゃなくて、世間の反応が見てみたくてよ」

 すかさず注意してきた桑原に、俺が苦笑しながら言うと、桑原は自分のスマートフォンを起動して、匿名掲示板のページを開き、俺に見せてくれた。

 掲示板の書き込みの大半は、ほとんど意味もないような、東山に対する煽りコメントだけであったが、中には目を引くものも。

――俺、コイツらのこと知ってるわ。中学で一緒だった。東山だけじゃなく、さっきチラっと映ったヤツのことも知ってる。

 すぐに、中学時代、ともに学んだ何人かの顔が思い浮かぶが、特定するには至らない。インターネットの掲示板に書き込みをするのは特別な人間でもなく、弱い人間、やらかした人間を叩いて日ごろの鬱憤を晴らそうとするのも、特別な人間がやることではない。「生存競争」で、俺の手駒として参加していた連中の一人かもしれないし、積極的には関与していなかった連中の一人かもしれない。こちらから特定するのは、まったく不可能である。どこの誰かもわからない奴らが、俺や東山のことを、これから数万のネットユーザーに語ろうとしている。

 レスの主は、他のユーザーからの質問を受けて、まさに俺と過去に何らかの関わりがあり、俺の実家の近所に住んでいた者しか知りえない情報を、スレッド内に書き込んでいった。

 蔵○重○ 三十二歳。 身長 当時百六十センチくらい。体重 当時五十五キロくらい。成績 下の中。帰宅部。東山イジメの中心人物で、東山をイジメているときだけは人気があったが、元々良い印象がないヤツで、同窓会には呼ばれたことがない。私立の底辺高に一般入試で合格。その後引きこもりになって、二十五歳くらいのとき、公園で遊んでいた少女にイタズラをした容疑で逮捕された。その一年後くらいに、実家は売りに出されて、今は別の家族が住んでいる。

 名誉とはいえない俺の過去の経歴が、どこの誰かもわからないヤツの手によってネット上に流出し、どこの誰かもわからない連中の罵倒、蔑みの的となっている――が、不思議と、そう悪い気はしなかった。逆に、なにか清々したような、爽快な心地さえする。

 後ろめたいと思っているからストレスになる。変に隠そうと思うから疲れてしまう。なにもかもさらけ出してしまえば、すべての悩み、煩いの種は消えてなくなる。割り切るまでが大変だが、一度割り切ってしまえば、逆にこれ以外の結果は考えられないと思えるほど、気持ちは楽になる。

 これからクソみたいな自分の人生にケジメをつけ、長年憎み続けてきた世間と和解し、新しい一歩を踏み出そうとしている俺にとっては、これでよかったのだ。擬態もしない、善人の皮も被らない、ありのままの俺を、世間の側に受け入れさせる。俺が世間に合わせるのではなく、ありのままの俺という人間を、世間の側に受け入れさせる。もし、それで世間の側が俺を拒絶し、生きさせようとしないのならば、俺も東山と同じように、「ラストダンス」を踊って、人生に終止符を打てばいいだけだ。
 
――東山をイジメてたやつが、なんで今、東山と一緒にいるんだ?おかしくないか?

 スレッド内では、当然の疑問が飛び交っている。すべてさらけ出すのが心地よいというのなら、今すぐ書き込みをして、東山から金を強請っていたのだと答えてやるべきなのだろうが、さすがにそれは思いとどまった。桑原の目があるからというわけではなく、刑事事件として立件されたら、厄介なことになるからである。

 いくらありのままの俺を世間に知ってほしいといっても、そのせいでムショ送りとなり、純玲との未来が消えてしまってはどうしようもない。当然ながら、ゆかりのことも話すことはできない。露出狂がVラインぎりぎりまで見せても、全裸にはならないように、俺もいくらさらけ出すのが爽快といっても、シャバに留まれるかどうかというところでは、きっちり自制心が働くようである。

「蔵田さん、なんなんですかあの人。完全にヤバいですよ」

 唐津もひとまずお役御免となったのか、東山から一時解放されて、リビングへと戻ってきた。匿名掲示板の方に夢中で、東山の演説がしばらく耳に入っていなかったが、彼が一生懸命喋っているにも関わらず、群集に共感するようなリアクションは見られないことは、匿名掲示板の「実況」によってわかっていた。東山が期待していたであろう、「糾弾集会」のときのようにはいかなかったのである。

「ヤバい?何がヤバいんだよ?」

 桑原が、べランダの東山を指さす唐津を怒鳴りつけようとしたのを制して、俺が唐津に問いかけた。

「言ってみろよ。アイツのどこがヤバいんだよ」

 俺の雰囲気がおかしい――どうやら、完全に東山の味方をしているようであることを察して、唐津が目を泳がせた。

「いや、その、いや・・・・・」

「アイツはヤバくて、俺はヤバくないの?お前、最初は俺のことヤバいと思ってたんじゃないの?莉乃と一緒に、俺のこと、あの職場から追い出そうとしてたんじゃないの?純玲のことも!」

「い、いや・・・・。く、蔵田さんは、いい人だと思ってました・・・」

 まだ、状況をハッキリとは掴めていないが、唯一、俺が自分の味方ではないという、紛れもない事実には気づいたらしい唐津が、部屋の隅のほうに後じさりながら呟いた。

「思ってました?過去形?なに?じゃあ、俺はやっぱり、悪い人だったってこと?東山のことを嫌いじゃなかったら悪い人なの?お前のことを嫌いだったら悪い人なの?何その基準?」

 俺は後じさっていく唐津に対し、じりじりと歩を詰めていった。俺に追い詰められていく唐津が衣装ダンスにぶつかった表紙に、タンスの天板に乗っていた、東山と、今は亡き夫人、夫人の実家に預けられている愛娘の美香里の三人が一緒に写った写真が床に落下した。今まで何の躊躇いもなく追い込んでいた相手にも、彼の帰りを待つ家族がいた――。自分が踏みつけていた人間にも、人生があった――紛れもない現実を突きつけられた唐津の胸中に、少しは波風が起こっただろうか。それとも、目の前で、自分に敵意をむき出しにしている男への恐怖で一杯で、東山のことを考えている余裕はなくなっているだろうか。

「俺はてめえのことを友達だと思ったことは一度もねえし、てめえにいい人なんて思われたって嬉しくもなんともねえ」

 唐津を壁際まで追い詰めた俺は、怯えて蹲る唐津の頭に、ツバを吐きかけた。

「てめえにとって都合がいいからいい人か。莉乃を掻っ攫っていっても、文句の一つも言わねえからいい人か。なめんのもいい加減にしやがれ」

 誰の言いなりにもならないという決意。誰のオモチャにもならないという決意。俺の本性が世間に知れ渡り、逃げも隠れもできなくなったことで、何か俺の中に、芯が一本通った気がする。

 唐津本人は、俺を都合よく利用しているのではなく、本当の友人だと思って信頼しているつもりなのであろうが、だからこそ腹が立つのである。

 いまはともかく、昔の唐津は、俺のことを、みじめな振られ男だと見下していた。俺はあの屈辱の日々を忘れたわけではないし、胸の中には、けして消えないしこりが残っている。それを心から謝罪されるわけでもなく、何となく「無かったこと」にされたまま、本当の友人になどなれるわけがない。唐津はなれるというかもしれないが、俺の頭には、そんなに過去のことを都合よく忘れられる機能は存在しないのである。

 莉乃のことだってそうだ。俺が莉乃を取られた件で唐津を許すとすれば、唐津が莉乃のことは妥協だった、遊びだったと白状し、もっといい条件の女に乗り換えたときだけである。もちろん、それを莉乃の前で公言できるはずもないが、俺の前では、莉乃はただの「繋ぎ」であるということにしておくべきだった。

 俺が何よりも憎むのは、キレイごとだ。何もかもすべてをキレイごとで片づけて、「臭い物に蓋をして、誰も救えない暗闇の底で喘ぐ人間の声に耳を傾けようともしない世間が、憎くて仕方がない。とりあえずキレイごとを言っていればなんでも解決できると思い込み、キレイごとには誰も反論できないと過信している、キレイごと万能主義の世間を憎む俺にとっては、唐津が莉乃を心から愛しているとか、人を外見で判断するのはやめたのだとか、キレイごとをのたまう方が腹が立つ。あの谷口たちの寮を訪れた夜、二人きりのときに、唐津が俺に、莉乃を「好きである」と打ち明けてきた時点で、俺は唐津への殺意を決定的にしたのである。

「ちが、そんなんじゃ・・・・。僕は蔵田さんと一緒に、この社会の矛盾に立ち向かっていきたかった。一緒に海南アスピレーションの正社員となって、どんな困難にも立ち向かっていきたかった。蔵田さんのこと、友達だと思っていた・・・本当ですよ」

「社会の矛盾?むじゅん・・・????てめえがそれを言うか?てめえの口から、矛盾なんて言葉が出るのか?それだったらよぉ、最初莉乃をバカにしてやがったてめえがいつの間にか莉乃と付き合って、最初からずっと莉乃を好きだった俺が莉乃にコケにされてるのは何なんだ?これは矛盾してはいねえのか?」

「・・・・」

「俺にとっては、てめえより莉乃だ。てめえのヒーローごっこに付き合うより、俺は莉乃のマンコに、自分のチンコをぶち込みたかった。てめえが俺より先に莉乃とヤッた時点で、俺とてめえが手を握る道はすべて閉ざされてんだよ。何でもかんでも、てめえに都合よく考えてんじゃねえよ。友達とか、冗談じゃねえわ。俺を舐めんな。人間を舐めてんじゃねえよ、このクソガキが!」

 何が友達だ。貴様が俺との友情を大事にせず、俺が好きだった莉乃を掻っ攫っていったくせに、なぜ俺だけが貴様との友情を大事にし、莉乃のことをキレイさっぱり水に流さねばならないのか?人を舐め腐るにも程がある。そこまで都合よく割り切って考えられなければ友達はできないというのなら、俺は一生、友人などいらない。

 匿名掲示板では、俺が同窓会に誘われたことがないとか、友達がいなくて引きこもっていたとかいった情報が紹介されたのに対して、哀れだとか、惨めだとか言っているヤツもいたが、まったくもって、大きなお世話である。俺は自分に友人が一人もいないことを屁とも思っていないし、寂しいとも思ってはいない。

 俺は、俺の本当の顔を知らずに寄って来るだけの人間との関係が壊れたところで、なんとも思わない。二度と会いたいとも思わないし、上っ面だけの友人をこれから作ろうとも思わない。多くの友人を得るために、自分を変えようとも思わない。自分を曲げてまで人間関係を全力で維持するなど、もってのほかである。

 交友範囲の狭い人間は、世界が狭いのだという。確かにその通りで、俺の世界は狭いのかもしれないが、自分の足元も見えていないヤツが無駄に視野を広げるより、狭い自分の世界を大切にできた方がいいではないか。

 くだらないマスコミが、くだらない世間に向かって垂れ流す情報・・・。どこぞの野球チームが優勝した、どこぞのセレブが結婚した・・・。自分と関わり合いのない世界で、自分と関わり合いもない誰かが手に入れる煌びやかな栄光を喜ぶよりも、俺は自分が手に入れるささやかな栄光を大切にしながら生きていきたい。

 純玲――何もなかった俺が手に入れた、最高の財産。純玲との絆が深くなるのなら、狭い世界で上等ではないか。

 俺と純玲の世界に立ち入れる人間は、誰もいない。子供は作らない・・・作れない。ウサギやハムスター・・・身勝手な人間の都合で売り買いされ、命をもてあそばれる小さな生き物でも引き取って、ともに支えあいながら生きていければいいと思う。

 俺は俺の世界の外にいる人間がどうなろうが、知ったことではない。俺と出会ってもいない、縁がまったくなかったという人間はまだしも、俺と深く関わりながら俺の世界を理解しなかった人間は、この先、俺の理解者になる可能性は皆無ということになるのだから、死んだところで心も痛まないし、利用して殺したところで、大きな罪悪感は感じない。

 俺の敵は世間――。今も昔も、そしてこれからも。

「ネットを見りゃわかるように、いまは弱者が強者を叩く時代だ。弱いってことが、一種の発言権になっている。物事を良いように解釈して、自分の都合がいいときだけ弱者ヅラしようとするてめえは、俺にとって、本当の強者よりもタチの悪い、虫唾が走る野郎だ。てめえなんかは・・・」

 舌好調となってきたところで、突然、靴下を履いた足の裏から、地面の感触がなくなった。景色が流れ、背面に激痛が走った。

「勝手なことしてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 仰向けに倒されて、天井を見上げる俺に、上から浴びせかけられる怒声。どうやら俺は、東山に襟を掴まれ、後方に放り投げられたらしかった。

「ここは俺の家だっ!これから何をやるか、俺が全部決めるんだ!お前らは、おとなしく座ってりゃぁいいんだ!てめえらどいつもコイツも、俺をバカにしやがって!俺を無視しやがって!ふざけんじゃねえ!ふざけんじゃねえ!」

 唐津とやりあっている間、東山の演説をずっと聞いておらず、匿名掲示板も見ていなかったが、彼の様子を見る限り、東山はどれだけ一生懸命、自分の正義をアピールしても、外の連中には全く理解されず、頭のおかしい大男がわけのわからないことを喚いているとしか思われなかったようである。

「・・・・殺す。殺してやる」

 ここまで、縄張り争いを繰り広げるゴリラのように興奮していた東山の声音が、急に押し殺したように低くなった。

 顔を真っ赤にして、大声を張り上げている人間は、見かけは迫力があるかもしれないが、けして一線を越えてくることはない。真に危険なのは、冷静に怒りを燃やしている人間である。

 スイッチが切り替わったキッカケは、バスケットボール――中学時代の東山が、栄養失調で痩せこけながら、一日も練習を休まず、レギュラーを掴めるその日を信じて、体育館を夢中で走り回って追いかけていたボールが、ベランダの開いた窓から投げ込まれたことだった。

 野次馬が、東山の過去をネットで詳しく調べたうえで、悪意を持ってボールを投げ込んだのかどうかはわからない。たまたま悪戯で、その辺に転がっていたボールを投げ入れただけだったのかもしれない。だが、それによって、忌まわしき「生存競争」を繰り広げていた時期の記憶を呼び起こされた東山は、「キレた」。丸菱の倉庫で大暴れする次元ではない、人ならぬ者の道に足を踏み入れたのである。

 東山は、押入れからポリタンクを取り出すと、床に可燃性の液体を撒き始めた。まだストーブを焚くには早い時期だから、これはもともと、東山が焼身自殺に使うつもりで用意していたのだろう。開け放たれたベランダの窓から、独特の刺激臭が漏れたのか、外のギャラリーが、俄かにざわつき始めた。

「東山ぁ!バカな真似をしているんじゃない!全部貴様が悪いのに、人のせいにするな!とっとと警察に自首せんか!」

 バカ丸出しの癖に、自信に満ち溢れた声――ショウジョウバエ的存在の深山が、拡声器でくだらないことを喚き散らしに来ていたようだった。

「あのカス野郎!」

「動くんじゃねえっ!」

 自分のことだったらまだ構わないが、東山を悪く言うのは許さない桑原が、護身用の金属バットを持って外に出て行こうとしたのを、敵味方の区別もつかない東山が静止した。東山を神と崇める桑原は、脊髄反射でそれに従い、大人しくリビングに戻ってくる。

 そのまま外に逃げ出していればいいものを、わざわざ戻ってくるとは、桑原は、百円ライターを落としただけで火の海になる今の部屋の状態を、わかっていないのだろうか?ここで死んでも「殉教」になる桑原はそれでいいのかもしれないが、東山は友人であって神とは思っておらず、自分の未来を切り開くためにここに来ている俺には、たまったものではない。

「東山、おめぇ・・・。俺たちを巻き添えにして、丸焼きになろうとしてる?」

「うるせえ・・・・」

 東山は、自明の質問にも答えようとしない。あるいは、やはりこの男、頭は冷えていても、いまだに自分でも何がやりたいのか、よくわかっていないのかもしれない。最初から、東山の小さい脳みその中には、はっきりした筋書きはなく、俺と唐津を呼び出した理由も、ただそうしなければいけないという焦燥感に突き動かされただけのことだったのではないか。

 本能と衝動だけで手足を動かす東山は、結局、三本のポリタンクを空にしてしまった。液体が揮発して、部屋の中にはキレイな虹ができている。刺激臭に目をやられて、東山も唐津も桑原も、みんな涙を流していた。

 火というものがどれだけの速さで燃え広がるものなのか、詳しく知っているわけではないが、今の状況で、唐津だけを確実に殺させ、自分だけが生き残るというのは、おそらく至難の業なのだろう。覚悟していたはずだが、いざ正念場を迎えると、手が震える。やはり、どこかに考えが甘い部分はあったのかもしれない。

「東山~!この殺人ゴリラが!これ以上社会に迷惑かけてんじゃねえ!さっさと捕まれ!」

「最低の鬼畜!あんたなんか、生きてる価値ない!わけのわかんない演説ぶっこいちゃって、バッカじゃないの!」

 アホの深山によって火をつけられた外の群集どもが、東山を煽り始めていた。

「君を守り隊とか、ダサダサなネーミングだなぁ!センスねえんだよ、てめえは!」

「監禁野郎!被害者を離せ!焼け死ぬのなら、一人で死ね!」

 散々な言いようであるが、匿名掲示板で東山を罵倒している連中も含めて、奴らのうち、誰か一人でも、本気で東山を憎んでいる人間などいるのだろうか。誰か一人でも、亡くなった山里愛子に心から同情している人間などいるのだろうか。

 真の正義も無ければ、悪意も無い。ただ日ごろのストレスを、弱い誰か、やらかした誰かにぶつけたいだけの連中に媚びたところで、何一ついいことなどはない。そもそも怒ってもいないのだから、許してもらおうとして謝罪などしたところで、まったく無意味である。反省も自己満足でしかない。東山も実際にやってみて、感情もなく、ただ無責任に人を貶める「世間」とやらの現実を見て、目が覚めただろう。

 東山もようやく気が済んで、あの有象無象のゴミどもの前で、自分の怒りを思いきりブチまけ、ムカつくヤツをぶっ殺して、この世間に、きっちりとケジメを付ける決心をしてくれた。そこまではよかったのだが、敵、味方の区別もつかなくなっている東山は、本当に殺害すべき唐津だけでなく、俺と桑原まで巻き添えにして、焼き殺そうとしているのが問題である。

 唐津を殺させることには成功しても、俺の未来まで一緒に燃え尽きてしまってはどうしようもない。この状況から、確実に逃げ延びるための方策はない。生き残れるかどうかは、判断力と決断力に委ねられる。よく見て、しっかり考え、タイミングを誤らず、適切に行動する――それしかないようである。

 最大のピンチにして最大のチャンス。俺と世間の三十二年に及ぶ闘争の、最大のクライマックスが訪れようとしていた。

「東山さん・・・僕も、やりすぎたのかもしれません・・・。僕に言う資格はないかもしれないけど・・・こういうことは、やっぱりよくないと思うんです・・・どうか、やめていただけませんか・・・」 

「うるせえっ。黙れっ!お前に、何がわかるんだ」

 東山が、唐津の説得を聞くはずがないのは当然である。この状況で唐津が東山を説得し、凶行を思いとどまらせようとしたところで、それによって得る利益が大きいのは、東山ではなく唐津の方なのだから。

 どんな正論だとしても、それによって最大の利益を得るのが、自分にとっての仇敵である限り、それは間違った意見ということになる。俺が莉乃の件で苦しんでいるとき、俺に莉乃への執着を断たせようと説得してきた田辺のようなヤツもいたが、いくらそれが俺自身のためでもあるといっても、莉乃と唐津に、後ろからナイフでぶっ刺される危険に怯えることなく、好き放題パコパコとセックスできるようになる利益を与えてしまう面もあるという時点で、全部台無しになってしまうのだ。田辺が言ってくれているのは俺のためでもあるのは事実だとしても、俺の方は、なんで莉乃と唐津がセックスするために、俺が莉乃を諦めないといけないのだろう、と思ってしまうのである。

 正論は、大多数の人間が利益を得るための意見をまとめた、最大公約数である。大多数の利益などどうでもいいから、自分の利益が大事という人間の前では、まったく効力を持たない。大多数をどうでもいいと思うどころか、大多数を憎んでいる俺や東山に「正論」を振りかざすなど、暴れ馬をムチで引っ叩くのと同じこと。火に油を注いでしまって、ますます手に負えなくなるだけだ。

 正論を振りかざす人間は、いつも弱者の痛みに鈍感だ。人には理屈で割り切れない感情があることを知らない奴らが、分かった風な口をきくな。正論が俺を苦しめるのなら、俺は正論ごと、世間を憎む。

 東山が唐津の言葉に逆上して、文字通り、床一面に撒かれた油に火を点けてしまうところまで想像できたのだが、案に相違して、東山はなかなか動こうとはせず、おそらくライターが入っているのであろうポケットに、手を伸ばしたり引っ込めたりしているだけであった。

 東山の視線の先にいるのは、彼の第一の信者、桑原であった。桑原は、命の危機が差し迫ったこの場面においても、衛兵のように微動だにせず、リビングのドアの前に立ち続け、一言も口を開かず、ただ、東山の命が下るのを待っていた。

 命など、まったく惜しくはない。神と崇める東山と運命を共にできるのならば本望である。そんな彼の崇高なまでの忠誠心が、これまで彼の存在を疎ましく思うだけだった東山にも届いたのだろうか。東山はさっきから、どこか縋っているような目で、桑原をずっと見つめていた。

「お前は、どうするんだ・・・・ここに残るのか・・・・」

「俺は、東山先輩と最後まで一緒にいますよ。何があっても、離れませんから」

 桑原は、お前が止めたのではないか、という突っ込みはせず、泣かせる言葉を口にしてみせた。

 東山の魂胆――東山は、桑原の言葉に胸を打たれたフリをして、振り上げた矛を下ろし、この場に収拾をつけようとしている。唐津の説得に耳を傾けた形にするわけにはいかない東山が利用したのが、自分を神と崇める桑原だった。

 東山は、自分が殴ったことで、ボコボコで血まみれで、マグマが沸き立つの隕石のようになってしまった桑原の顔面を見つめながら、肩を振るわせ始めた。

「やっぱり、俺は・・・・・俺は・・・・・俺は・・・・・お前のような男がいてくれるのならば、俺は、俺は、俺は・・・・・」

 羞恥心からか、最後の一言が吐き出せずに口ごもっているが、この後に続く言葉は、聞かずともわかる。やはり東山は、誰かが自分を止めてくれることを期待していた。これ以上、悪事を重ねないための理由を探していたのだ。

 失望と安堵が、綯い交ぜになったような感情に襲われる。東山は結局、土壇場で日和ったのだ。東山に比べれば、最後に男を見せ、自分なりのやり方で人生にケジメを付けた宮城の方が、まだマシだった。

 世間からすれば、東山が最後の最後のところで踏みとどまろうとするのは、人間らしい、尊い決断なのかもしれないが、東山を、俺と同じ「怪物」と見込み、ともに世間で正しいとされる風潮に抗がう「戦友」であると信じていた俺には、いかにも苦々しいものであり、許しがたい裏切りであった。

 このまま東山と桑原の茶番劇を黙ってみていれば、俺の命は助かるのかもしれない。だが、俺自身が世間にケジメをつけ、新しい未来を切り開く機会は永遠に失われる。世間に無駄に顔を売っただけで終わってしまう。世間にケジメをつけぬまま、おめおめと生き続けるのは、俺にとって、死んだと同じことである。

 ここでやらなければ、俺は自ら袋小路に足を踏み入れてまで果たそうとした目的を達成できずに終わってしまう。自分を虐げてきた世間に糞をひっ付けずして、純玲の待つ家に帰れるか!俺は、東山が日和って、無事に部屋を出られそうになったことに安堵しそうになる自分を叱咤した。

「ありがとう、桑原・・・・お前のおかげで、俺は・・・・」

 どこまでも、世話の焼けるヤツ――どうやら俺が、禁断の扉を、こじ開けてやらねばならないようだった。

 俺は大きく息を吸って、肺腑に目いっぱい、空気を送り込んだ。これから、東山に送る「ラストソング」を歌うための準備である。

 東山に、俺の歌声に乗って、もう一度、「ラストダンス」を踊ってもらう。東山には、この歌をぜひとも、中学時代、合唱コンクールの練習で指揮者を務めた東山に、ちゃんと協力してやらなかった詫びの印と受け取ってほしい。そして、今度はキッチリ最後まで踊り切り、唐津と自分の人生に終止符を打ってほしい。勇気のでない東山の背中を、俺が押してやるのだ。

「東山~!力太郎作ってこい~!」

「東山~!お尻にポッキー刺して、召し上がれ~ってやって~!」

 ベランダの外では、東山のことを恨んでもいない連中が、相変わらず好き放題に喚き散らしている。うまくすれば、面白半分で集まっているあの連中にも、俺の「ラストソング」が引火するかもしれない。そうなれば、あの東山最後の登校日、理科準備室で繰り広げられた光景の再現となる。あのときと違うのは、俺が歌うのは、今度は替え歌などではなく、東山が決めた、合唱コンクールの課題曲であるということ。俺の歌声によって東山が誘われるのは地獄ではなく、男として本懐を遂げる道であるということだ。

「がっ・・・・がっ・・・・が・・・・があっ。があががっ」

 俺の歌を聞いた東山が、脳みそをフォークでガリガリ引っかかれたとでも言うように、頭を掻きむしりながら、地団駄を踏んで暴れ始めた。以前、テレビでミツバチに鼻の頭を刺されたクマが滅茶苦茶に暴れているシーンを見たことがあったが、あれとそっくりであった。

 正直、俺が歌っても東山がまったく気にせず、ただ、俺の気がふれたと思われるだけで終わってしまう危惧も少しあったが、いざやってみると、効果は覿面だった。考えてみれば、桑原が合唱コンクールとおせち料理のたとえ話をしただけで怒り狂って殴りつけるほど、東山のあの件へのトラウマは根深いのである。まさに、「当事者」である俺が、東山が大逆転の希望を託し、結果的には東山抜きで優勝の栄冠を手にしてしまったあの合唱曲を歌っているのを聞いて、東山が平静でいられるはずはなかったのだ。

 もう一つの危惧は、東山が桑原をそうしたように、俺に殴りかかってくるのではないかということであったが、こちらの方も杞憂に終わり、東山は「ベアダンス」を踊るだけで、こちらの方に歩み寄ってくる気配もなかった。このままでは、東山に部屋を焼かせるのも不可能だが、こうして東山のワーキングメモリーを破壊してやれば、東山はとにかく今の辛さから逃れるための行動に出るかもしれない。

 地蔵山のときもそうだが、とにかく動かないというのが一番マズいことで、希望的観測でも何でもいいからどうにかしようとするのが一番大事なことである。唐津に対しての恨みの感情はもとより、世間にケジメをつけてから退場するという「道筋」も、俺は東山に、前もって示している。ネタはすでに仕込んであるのだから、あとは何とかしようと動きさえすれば、どう転ぶかはわからないのである。それこそ、「怪物」東山が、俺の想像を上回る結末を作り出してくれるかもしれない。

「おい、見ろよあれ。東山がバカなことやってんぞ」

「なんだアイツ。とうとう狂ったか?」

「わはは。おもしれー」

 窓の外から、東山が暴れているのを見たゴミどもが、へラへラと癪に障る笑い声を上げ始めた。

 貴様らは、なにを笑っているのか?血も涙も流したことがない連中に、無性に怒りがこみ上げてくる。

 誰より真剣に生きているから、誰よりも狂える。思いが強いから壊れるのだ。何もかもキレイごとで丸め込んで、笑いで誤魔化して生きているようなゴミどもに、東山の何がわかる。お前らのような、一度しかない自分の人生にプライドも持たずに生きているゴミに、東山を笑う資格などあるものか。

 東山はこれで世間とお別れできるが、これから俺は、あんなゴミのような、何のために生きているかもわからないような連中と仲良くしながら、同じ世界で暮らしていかないといけないのである。 ゴミどもの中に溶け込むために大事なのは、謙虚さでもユーモアでもない。コミュニケーション能力とやらよりずっと大事なのは、アイツらの大事にしているものをぶち壊してやることだ。今、ここで、俺がアイツらに負けていない証明をすることこそが、俺がゴミくそどもの中で、東山のように壊れずに生きる唯一の術である。

「てめえっ!やめろ!東山先輩が、苦しんでる!」

 「神」を救うため、白目を剥いて掴みかかってくる桑原の首筋に狙いを定め、スタンガンを押し当てた。荒事に慣れているわけではないが、もともと、東山に襲われるつもりで心の準備をしていたおかげで、驚くほど冷静に対処できた。

「うるせえっ、こっちだって必死なんだ!こんなとこで死ねっか!東山の自殺なんかに、付き合ってられっか」

 いざというとき、警察の追及を躱すためのポーズ。積極的に死地に飛び込んだのではなく、予期せず巻き込まれただけであると釈明するため、わざと外の連中に聞こえるような、大きな声で叫んだ。

 スタンガンは、脳に近い部位で当てるほど効果を増す。九十万ボルトのハイパワースタンガンを首筋に受けた桑原は、一発で泡を吹いて失神してしまった。

 桑原には何の恨みもなく、地蔵山では「暴力装置」として協力をしてもらった恩もあるが、流れの中で起きてしまった事故なのだから、仕方がない。戦いに犠牲はつきものである。崇拝する東山と運命を共にできるのならば本望という本人の言葉を信じて、このまま紅蓮の炎に焼かれて、安らかに眠ってもらおう。

「ほら~、みんなもっと声出して!中にいる東山に聞こえないよ!また、くまさん踊り見たいでしょ!」

 狙った通り、俺の歌は外の連中にも引火して、田舎町の住宅街で、面白半分で集まった連中による「大合唱」が起こっていた。あるいは、奴らはネットの情報で、今自分たちが放歌高吟している歌に、東山が深いトラウマを抱えていることを知っていたのだろうか。

 日本の歌謡曲でメジャーになっているのは、どれも必要以上と思えるほポジティブな歌詞を書き並べているものばかりだが、気分がとことんまで落ち込んでいるときに聞かされる美辞麗句ほど、残酷なものはないものである。まして、歌っている連中は東山を励まそうとしているのではなく、悪意ですらないただの面白半分で追い詰めようとしているだけなのだから、東山には余計にダメージが大きい。

「ああああっ、ああががっ!」

 あの東山最後の登校日、理科準備室で繰り広げられた、四面楚歌の大合唱の再現――。あのときは替え歌で歌ってしまったあの曲を、今度はちゃんと、正規の歌詞に乗っ取って、東山に送り届けることができた。あとは東山が、自分の身を守るために行動してくれるのを待つだけであるが、その前に、ターゲットである唐津の方が、東山が動けなくなった隙を見計らって、部屋の中から脱出を図ろうと、リビングの入口に向かって猛然と走り出していった。

「逃がすかよっ」

 すかさず反応した俺は、唐津をタックルして倒し、まず腕にスタンガンを押し付けて怯ませてから、桑原同様、首筋にスタンガンを押し付けて気絶させた。ベランダから飛び出すのではなく、素直に玄関から出ようとしてくれたお陰で、東山以外の誰にも見られずに唐津を倒すことはできたが、これで唐津を生きてこの部屋から出すわけにはいかなくなった。無論、唯一の目撃者である東山にも、確実に自ら、命を絶ってもらわなければならない。

 あまり時間をかけていたら、再び駆けつけてきた警察が、部屋の中に突入してくるかもしれない。

 まだか?早く、目覚めろ――俺は東山の中の「怪物」を叱咤しながら、外の連中――糞みたいな世間の連中と一緒に、「ラストソング」を歌い続けた。

「ああっ。あががあがあっ!」

 ずっと頭を抱えてしゃがみこんでいた東山は、ようやく立ち上がったかと思うと、ライターに火を点けながら、俺の方へ突進してきた。俺が横っ飛びして東山を躱すと、東山は、すぐ傍で倒れていた唐津を踏みつけ、それからまた、思い直したように俺に向かってタックルを仕掛けてきた。

 どうやら、土壇場で東山が出した答えは、「やるべきことを同時に、全部やる」ということであったらしい。もう、物事の優先順位を判断する思考能力もなくなっているようだが、一応、「唐津を殺す」「自分が死ぬ」ということが、彼にとっての「やるべきこと」の中に入っているようなのは安心した。

 問題は、東山の「やるべきこと」の中に、「蔵田を殺す」ことも入っていたことだ。ひょっとしたら、俺が「ラストソング」を歌い、東山を刺激したことで入ってしまったのかもしれないが、とにかくこれで、少なくとも無傷でこの部屋を出るのは難しくなった。

 自分が助かることを考えれば、東山が部屋に火をつける前に、ベランダから飛び出して脱出したいところだが、その前に、まずは東山が唐津を殺害するところを見届けなくてはならない。何とか攻撃の矛先を、俺ではなく唐津に向けなくてはならないが、東山はパンクした頭でも、倒れている唐津よりもまず、動いている俺の方を先に仕留めなくてはならないと考える程度の思考能力は残されているようで、ときどき唐津に気を取られながらも、八、二の割合で、俺の方を優先的に狙ってくる。狭い室内で、大きな東山からのタックルをいつまでもよけ続けることなど不可能で、俺は床にぶち撒かれた可燃性の液体で足を滑らせて転倒し、東山の三十センチ以上ある足での踏みつけを、顔面で受けてしまった。

 もはや言葉を発することもできない東山だが、彼の俺に対する、凍てついたものと燃え盛るものが混じり合った怒りと憎しみの感情は、ひしひしと伝わってくる。

 東山のすべての不幸は、間違いなくこの俺から始まった。仇敵である俺の顔面目がけて、東山は二発、三発と、踏みつけを食らわせてくる。一発目で頬骨が折れ、二発目で鼻骨が砕け、三発目で前歯が三本飛んだ。東山の、百十キロの体重を乗せた踏みつけ攻撃は、俺の左腕、次いで右腕へと移り、肘の関節部の骨をいとも簡単に砕いて、両腕を真っ二つにへし折った。

 東山は、俺に復讐をしている――が、殺しに来ているわけではない。足蹴にするだけで、刃物で刺そうとしないのは、俺を「戦友」だと思ってくれているからだろうか?おそらくそれもこれもひっくるめて、一言で表すことができない複雑な感情が、東山の中に渦巻いているのだろう。

 愛しているから憎む、憎んでいるから愛する。ストーカーという便利な言葉ができたことで、そういう人間はいかにも最近になって現れたようだが、実際には、太古の昔から、人は人に執着し、強い思いを抱き、嫌がられてもくっ付こうとしたり、離れようとしても離れられなかったり、最後には殺してしまったりを繰り返してきたのだろう。

 俺や東山のような人間は、本当は一人で、誰とも関わらずに生きていた方がいいのかもしれない。だが、世の中は、人が最低限、安定した生活を手に入れようと思ったら、どうしても、人と深く関わることを避けては通れないようにできている。

 度外れた我の強さと執着心を持ち、世間の連中に迷惑だと言われながら、それでも、人と深く関わることを諦めずに生きてきた人間同士にしかわからない絆。最後の最後のところで相手を憎みきれず、共鳴しあってしまう、一卵性双生児のような俺と東山。

 顔面も、四肢も、胴体も、大事な生殖器も、俺の体中を踏みつけ、ボロボロにしながらも、東山は、俺の命は取らなかった。

 東山は、いったんキッチンの方に行って、シンク下から刃渡り二十センチあまりの出刃包丁を取り出すと、うつ伏せに倒れている唐津に歩み寄って、包丁の切っ先を唐津の背中に向け、力任せに振り下ろした。

 確実に命を取りたい方は、刃物で仕留める。血しぶきが天井まで吹き上がり、気を失っていた唐津が断末魔の雄叫びを上げたのを確認して、俺は口角を吊り上げた。目的達成。あとは一刻も早く、悲しき魔獣の檻から脱出するのみであったが、身体が動かなかった。両ひざの皿が割れてしまい、肘も砕けてしまっているせいで、四肢のいずれにおいても、まったく踏ん張りがきかない。

 ここまでボロボロにされると、身体は激痛のシグナルを送るのもやめ、防衛本能のために痛覚を和らげようと試みるらしい。思ったより痛みはなく、頭も働くのだが、身体が言うことをきかないのではどうしようもなかった。

 東山はポケットの中から取り出した百円ライターに再度火を付けて、揺らめく炎の先を直接、自分が地面に撒いた液体に接触させた。

 可燃性の液体はガソリンではなかったようで、火は思ったほどは激しくなく、燃え広がるのも遅いようである。俺は芋虫のように体をくねらせて、炎の勢いが弱いスペースまで這って逃げた。東山は、俺が逃げるのを妨害してくるようなことはないが、助けてくれることもない。自分で手を下すことはできなくとも、自分の自殺の巻き添えになって死ぬのなら構わないし、むしろ万々歳といったところか。

「くそう、くそう、冗談じゃねえ、死んでたまるか。これから、やっと俺の人生が始まるのによっ」
 懸命に逃げるのもむなしく、リビングから一番近い出入り口であるベランダの窓が、炎のカーテンで閉ざされてしまった。もはや自力での脱出の望みはなくなった。

「ひ・・・・東山先輩!先輩!」

 熱さで目を覚ました桑原が、炎の中で身じろぎもせず、焼けこげる床に座り込んでいる東山の腕を引っ張ろうとするが、東山はすべてを諦めたような虚ろな顔を、ずっと自分の足元に落としているだけで、桑原の呼びかける声にはまったく反応しようとしない。桑原が俺を助けようとしてくれる気配はなく、仮に逃げるにしても、俺を連れていってはくれないだろう。四肢をもがれたこの状態で、俺に為すすべはない。万事休すか――。

 炎の熱と一酸化炭素で頭が朦朧としかけたとき、再度の通報を受け、消防隊より先に駆け付けてきた警官隊が、ベランダの窓から、ガラスを割って突入してきた。一度帰ってしまったことで、批判が集中するのを恐れているのか、今度は東京の警察官でもやるかどうかわからない危険なスタントを演じた警察官二名は、それぞれ、俺と桑原、東山の方に駆け寄って救出しようと試みる。

「大丈夫ですか!今、助け出しますからね!」

 三十歳くらいの逞しい警官が俺を背中におぶって、炎の海の中を、玄関の方へと歩いていった。警官隊が突入してきたことによって、火に撒かれて死ぬことが不可能だと悟った東山は、とっさに、唐津を刺した刃で、自らの腹を掻っ捌いていたらしい。口から血を流し、警察に保護されて部屋を出ていく俺を、恨めしそうな眼で見送っていた。

「おい、あんた、バカな真似は・・・」

「東山先輩!やめて、やめて」

 桑原の悲痛な声の後、苦し気な怪物の呻き声に重なって、ズブズブと、肉に刃がめり込む音が聞こえた。東山が、おそらくは致命傷を負ったのを確認して、俺は警官の背中で、安堵のため息を漏らした。

 この生きづらい世間の中でなんとか生き残るため、正しい道を異常な速度で暴走しようとした東山と、最初から裏街道を行った俺。結果、世間に受け入れられたのは、俺の方だった。

 生存競争――。まだ、この先俺が、シャバで幸せになれることが確定したかもわからない。これで世間との戦いが本当に終わったのかもわからない。だが、ひとまず、生き残ることはできた。やるだけのことはやった。

 やがてもう一名の警官が、暴れてもがく桑原を力づくで引きずっていき、室内には、東山と唐津の躯だけが取り残された。

 程なくして駆け付けた救急車によって、俺は病院へと運ばれていく。東山、唐津、ゆかり・・・。生きたくて仕方なかった奴らの代わりに、生まれたことを呪い続けてきた俺が、生き残ることになった。俺は俺のやり方で、世間にケジメをつけた。もっと爽快な、別の世界が見えるような感じを想像していたが、意外に何も変わらないものだ。童貞を喪失したときと同じような感覚。

 自分が裏で糸を引いておいて勝手なようだが、終わってみれば、ここまでやる必要が、果たして本当にあったのかどうか、疑問に思わなくもない。憑き物が落ちるというのは、こういう感じのことを言うのだろうか。もしかしたら、後々、奴らに申し訳ないとか思ったり、罪悪感に苛まれることもあるのかもしれない。

 俺はそれこそが、奴らにとって一番悪いことではないかと思っている。生き残るための闘争という、崇高な目的のために命を失ったのならまだしも、俺が後になってみれば何とも思わなくなったことのために未来を奪われたというのであれば、奴らも死んでも死にきれないではないか。

 一生外道。やはり、それしかないのかもしれない。一生涯に渡って、世間に強烈な憎悪を抱き、人を傷つけ続けていなければいられない男。純玲と二人、静かに生きていくことは、やっぱり無理なのかもしれない。

 難しいことは、あとで考えることにしよう。今はゆっくり、休んでいたい。このケガなら、三か月くらいは働かずに生きていられるだろう。その間にゆっくり、じっくり考えて、結論を出していけばいいと思う。

 セックスができるようになるのはいつだろう。心を安らかにするために、酒が飲みたいのでもなく、ギャンブルがしたいのでもなく、テレビゲームがしたいのでもなく、俺はセックスがしたかった。思い浮かぶのは何度も見た純玲の裸体ではなく、一度も目の当たりにしたことがない莉乃の身体である。愛した女よりも、恨みを持った女の方に情欲を掻き立てられてしまう性癖。やはり、一生を平穏無事に暮らすのは、ムリなのかもしれない・・・。

 例えば純玲と二人で、小動物でも飼って幸せに暮らしながら、一方で、莉乃を性奴隷にして、痩せさせたり太らせたり、洗ったり洗わなかったり、裸にしたり、中学のジャージを着せたり、妊娠させたりさせなかったりして愉しんだりといったことはできないだろうか。

 そう、妊娠・・・。三人の命を奪ったのと引き換えに、莉乃と三人の命を作るということで、世間は罪一等を減じてはくれないだろうか。

 俺の生殖器・・・すべては、ここから始まった。俺にペニスががなければ、ゆかりや唐津が死ぬことも、莉乃が壊されることもなかった。

 罪作りな俺の生殖器。まずこれの回復を待ち、莉乃が病んじゃって、立ち上がる気力もなくて、もう一週間も風呂に入っていなくて、さぞかし臭くなっているだろうなとか想像しながら、純玲に扱いてもらって、口の中に思い切り放ちたい。

 この先のことはともかく、当面はそれを目標にしようと思う。













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No title

最終編、圧巻の一言です。ラスト周辺は前回から大きく変更されましたね。

「東山の物語」の終わりとしてはこちらの方がいいと思います。人一倍、いや、十倍百倍自己顕示欲が強い東山としては人知れず終わるよりこちらの方がいいでしょうね。東山の場合は、DV加害者などによくある話で「加害者としての自覚が全くない」というのは困ったものですね。本人にとっては100%善意でしかないのは厄介です。過去の事件などがなかったとしても、彼にとっては今後の人生は厳しいだけだったと思います。

一方の蔵田にとっては一応の目的は果たせたものの、勝利と呼ぶには程遠いですね。純玲という生涯の伴侶は得られたものの重度の障害が残って要介護になるのは確定で、金づるでもあり片割れでもある東山を失った後の人生はかなり厳しいと思われます。本人の願いとは裏腹に生殖器の今後も絶望的ではないでしょうか。

唐津は割とあっさりした死に方だったように思います。心理的に相当絶望して、身動きがとれなくなったところを止めを刺されたのですから本人にとっては描写以上にキツかっただろうと思われますが。まあ蝙蝠野郎にはそのぐらいでいいのかも知れません。

莉乃があの後どうなったかをあえて描かないのも想像の余地を残す為でしょうか。あの後小奇麗な自宅が凄惨を極めるであろう様を想像するのもそれはそれで面白いです。

宮城は綺麗事で武装しつつも結局は乳児誘拐なので同情の余地はあまりないように思います。にんにく大魔人の容姿ではその後の生活も厳しいというより絶望的でしょうし、程なくして警察の世話になるのでしょうね。

無責任な野次馬に対する蔵田の心理描写は「無責任な大衆」に対して私も普段から思っていたものを上手く言語化してもらったような感じがしてとても爽快に読めました。

純玲が一番気の毒ではないかな、と思いました。蔵田は要介護確定でその後の人生の見通しもつかないのはかなり辛いと思います。部屋の片づけに前回と違いオチをつけたのはよかったと思います。人間そう簡単に変われるならそもそもの苦労もないですから。

細かい点なのですが、前回更新分を含め所々に誤植が多く見受けられます。発表されるのであればもう一度見直された方がいいと思います。

全体的に前のバージョンよりも完成度が高いと思いました。今後の作品も楽しみです。ありがとうございました。

No title

NEO さん

 ざっと見直してみて思うのは無駄な文章も多かったというところですね。私自身、当時とは考え方が変わっているということもありますが「くどい」ところが多いという印象です。全部で四百字詰め原稿用紙950枚ほどの作品ですがもし世に出せるとしたら800枚ほどが完成形になるのではないかという気はしています。

 物語最大のカギである蔵田と東山の関係については前回よりぐっと良くなった部分だと思っています。唐津と莉乃に関してはまったく相容れるところはありませんが東山とはある意味親族以上に深いところで繋がっているという部分は最後にしっかり書けたと思います。

 登場人物のその後について続編の構想はあるのですがまずこの作品が陽の目を見ないことにはどうしようもありません。初めて着手したときからはすでに4年ほどの歳月が流れていますがその間に私の考え方も書く上でのスタンスも大きく変わりました。私がどのような形で社会からチャンスを貰えるかまだわかりませんが、こちらの作品の方にも振り向いてもらえるといいですね。

 無責任な大衆への見方については私も自信を持っているところです。SNSという分野でいえば私がやっているブログはまだマシでニコニコ生放送など動画サイトがぶっちぎりで民度が低かったですね。まぁああいうのは「無能」を売り物にして人気や収入を得ようとするという側面があるので悪意や反感もある程度仕方ないところもあるのですがそれにしても酷かったです。

 誤植に関しては気を配ってはいるつもりですが個人の作業には限界もあります。やはり出版社を通してデビューというところにこぎつけないと、私の人生どうにもならないですね・・。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

No title

蔵田と東山の因縁の物語最後まで読ませて頂きました。
同級生時代から始まりお互い社会人になり立場の違った形で再会するという展開が良いですね。
格差というテーマは読んでいて思いましたね。
メインの関係である蔵田と東山でお話は進むのですがサブの宮城とゆかりも重要な人物ですね。
宮城のキャラクターは進行上必要不可欠だと思いました。
ゆかりの娘のおかげで宮城が救われたというのは意外な結末でしたね。
宮城はもう邪道の道でもありでしょう。
いちご=ゆかりではなかったのも驚きでした。
桑原は蔵田の助手のような感じでサポート役として能力を発揮していましたね。
東山への忠誠心は誰にも負けないでしょうね。
敵対関係としての唐津と莉乃は唐津ではなく莉乃が生き残りましたね。
今後の莉乃がどうなってしまうのか想像してしまいますね。
蔵田と純玲のお互いの欠点を補うという関係性はとても良いと思いました。
相手の欠点を指摘するのではなく自分の欠点は相手に補ってもらっているのだからと思えば相手に感謝の気持ちが生まれますね。
蔵田に感情移入できて面白かったです。
長編連載ありがとうございました。

No title

seasky さん


 いじめっ子といじめられっ子という対極に位置しながら実は似た者同士だった二人の関係こそが物語最大のカギであり、余計なものを排除していくことで今回より納得のいく結末にできたと思います。

 格差についての考察に関してはもう少し要点をまとめて、バランスよく書かなければいけないと思っています。宮城やゆかりなどグロテスク方面の描写は自分の最大の見せどころだと思っているのでこのときできたこと、できなかったことをしっかり振り返って次に生かしていきたいですね。

 ラストは一辺にするということも考えたのですが、一連の登場人物を一度に片づける方法はどうしても思い浮かばず、まず山で莉乃、ゆかりを始末し東山の家で東山、唐津を始末するとニ場面を要しました。莉乃、唐津のモデルとなった人物二人を考えたとき、唐津の方は問答無用で殺したい気持ちの方が強いですが莉乃の方は心を完全に折りたいという私の願望が反映された形になりましたね。

 外道記には自己投影をしている部分も大きく、私が小説を書いていなかったらどうなっていたか、何をやっていたかという話でもありますね。

 まだ、直しの余地はあると思いますが、今回はとりあえずこれで終わります。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

東山は少年院上がりだけあって防犯カメラに詳しいですね。
つい最近まで連れ添っていた女房をばらした方が運びやすいなんて提案するなんて冷血ですね。
桑原はいろいろと役にたちますね。
にんにく大魔人の精液の飛距離は凄いですね。見かけは50過ぎのおやじでもこっちの方は10代ですね
純玲の芝居はなかなか見事ですかね。
莉乃はにんにく大魔人の精液を浴びて理性を失ってしまいゆかりに暴行を働き精神がついに崩壊してしまったみたいですね?
いちごちゃんはこんな状況のなか良く無事に産まれたが、にんにく大魔人に育てられゆくゆくは性奴隷にされるとしたら悲惨な人生ですね。
純玲は見かけだけでも綺麗に出来るようになったのなら多少は進歩したのでしょう?
蔵田の過去が世間にバレたのは気になりますが、唐津、莉乃への復讐に成功し前回と違い死なずに生き残り蔵田にとってはハッピーエンドですかね。



No title

まっちゃん さん

 雑学や格差の考察などは直す機会があればもうちょっと要点を絞って描いていきたいです。

 登場人物の結末については前書いたときより納得のいく形になったと思います。性描写に関してはこの話で出来たことを原点によりリアルに脳に訴えかけるように書いていきたいですね。莉乃のような女の心を完璧に折ることは私の一つの夢ですね。

 このサイトを有名にすることを目指していた時期の三年間の集大成となった作品だと思っています。

 この話を完結に導いてこれたことにより自分の中で小説を書くという行為に完全にルーティーンを作ることができました。約950枚の物語をかき上げるのに総計2年ほどの月日を要しましたが今は500枚以上の作品を三か月で書き上げることもできるなど量産の力も上がりました。年間3,4本のペースで書いて何とか出版社の目に留まるようにしていきたいです。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

No title

読ませていただきました。正直まだ読みたいと言うのが本音ですが、後日談をだらだら読むよりはこれの方がある程度想像する余地があるのではないかと思います。

「生存競争」は蔵田に一応軍配は上がりましたが、東山に取ってみてもある意味では本望だったのではないかと思いますね。何も言えないよりは最大限自分の意見を言って死ぬのもありだとは思います。

蔵田と東山は本質的には同じ人間でしたし、生死が入れ替わっても同じでもおかしくなかったと思います。生死を分けた要因はいろいろありますが、最大の要因は「事後顕示欲」だったのではないでしょうか。客観的に見れば東山に取って自分の人生を狂わせた最大の元凶は蔵田と唐津なのでしょうが、私的に東山を狂わせたのは、彼が殺した山里愛子とその彼氏だったのではないでしょうか。当時の東山が今の蔵田と同じ立場なのが面白かったです。個人的には東山について、少し掘り下げて見てみたいです。

唐津は少しあっさりしすぎたような気もしますが、まあ唐津はその程度の人間だったのでしょう。

莉乃がどうなったのかは分かりませんが、まあ心が折られたのは確実でしょう。最愛の唐津が死に、職場には恐ろしい蔵田と純玲しかいないとなると、ある程度はその後が想像できます。

宮城の目的がゆかりではなく、ゆかりの娘だったのは意外でした。いちご=ゆかりの娘だったとは正直盲点でした。結局は彼がなんだかんだでハッピーエンドでしたね。

蔵田と純玲は思い入れのあるキャラなので、幸せになってほしいなと思います。

 東山が殺した妻の処理から、莉乃と唐津への復讐、そして東山との決着までの展開が非常にスリリングで圧倒されました。 
 特に東山が唐津は即座に刺し殺す一方で蔵田には暴行を加えてもすぐに殺さなかった事に蔵田と東山の持つ不思議な結び付きを感じました。
 また蔵田にとって

申し訳ありません。途中で送ってしまいました。
 純玲と莉乃もまた蔵田にとって東山と同じくらい特別な存在でしょう。莉乃を性奴隷にしつつ、純玲と暮らす姿を見てみたいですが、小説としてはここで終わるのがベストだと思います。
 連載して頂きありがとうございました。

No title

GGI さん

 蔵田と東山はベタベタと慣れ合うだけではけして到達しえない境地に達した本当の親友だと思いますね。これほどまでにお互いを理解しきった関係を築けたというのは素晴らしいと思います。

 自己顕示欲との付き合いは厄介なテーマですが、「自分の場所」以外のところで過度な自己主張をしなければ悲惨な結末にはならないというのが私の結論です。また、別の作品でテーマにすることもあると思うので研究を重ねていきたいですね。

 蔵田に関しては「俺はお前とは違う!ココロのキレイな人間だ!」と叫び声をあげる方もいらっしゃったのですが、拒絶反応を起こさせるだけのインパクトを与えられたというのもこちらの勝ちではないかと思っています。この話でできたこと、できなかったことをよく振り返って今後の人物描写に役立てていきたいです。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

No title

テュール さん

 今回はここで終わりますが全体的にもっと削ってスピーディにできる部分はあると思っています。蔵田が東山を暴走させるまでの謀略は非常に稚拙ですが、そこがある意味持ち味になっているところもあると思いますね。

 梨乃を性奴隷にしつつ自分のことを思ってくれる女と暮らすというのは私の理想が反映された結末になりましたね。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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