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外道記 21



                          21


 磨き上げられた窓枠から差し込む陽光を反射するフローリング。そこら中に散乱していた衣服は、洗濯してパイプハンガーにかけられ、書籍は書棚に、カテゴリ別に整然と並べられている。シンク周りも嘘のように片付き、ステンレスが光沢を放っている。ガラステーブルの上には、薔薇の花が活けられた花瓶が置いてある。

 夢か、幻か。見違えるようにキレイに片づけられた純玲のワンルームを目の当たりにし、俺はしばし言葉を失った。

「すげえじゃねえか・・・。もしかして、お前が最近取り組んでたことってのは、これだったのか?」

「うん。本当は今日の夕方まで時間とる予定だったんだけど、何とか間に合わせたんだ」

 つい二十日ほど前までの純玲の部屋は、ゴミが散乱して足の踏み場もないほどで、それこそ地蔵山の山小屋よりも酷い状態であった。いずれ片づけるときが来るにしても、業者を呼ばなくてはならないと思っていたあの部屋を、純玲はたった一人の力で片づけたのである。素直に感心していた。

「すげえよ。マジですげえ。魔法でも使ったのか?」

「大したことじゃないよ。ただ、重治さんを繋ぎ止めるには、絶対に片付けなきゃって、今までずっと捨てられなかったものも捨てなきゃって思っただけだよ」

 片付けたくても片付けられない女とは、イコール、捨てられない女であることが多い。他人から見れば明らかに必要のないガラクタでも、いつか必要になる気がして、捨てられず取っておいてしまう。捨てるべきものと取っておくべきものをどうしても分けられず、全部取っておこうとしてしまう。やがて足の踏み場もないほど部屋が散らかれば、片付けようとする気力もなくなってしまう。

 まさしく負のスパイラルだが、全ての元凶である、「捨てられない」部分さえ解決できれば、ジェンガが崩れていくように、あっさりと問題が解決することも多い。今まで純玲は、モノに囲まれているという状態で安心感を得ていたのかもしれないが、俺と一緒に未来を切り拓くという動機ができたことで、何がなんでも捨てなければいけないと決意を固め、思考を切り替えることができたのではないか。

 俺のやりたいことも手伝う、自分のやりたいこともやる。俺と歩む未来のために、彼女は出来得る限りのすべてをやってのけたのである。

「休む前に、ふたりでお風呂に入ろうか。重治さん、すごい臭いよ」

「おお、そうだな。ババアの臭いが、すっかりうつっちまった」

 土や埃、あらゆる体液で汚れきった服を脱ぎ、久しぶりに、二人で風呂に入った。しばらく純玲の裸体を見ていなかったからだろう。昨晩から五発も精を放ったというのに、ムラムラと欲情してきてしまった。

「ちょっと待ってろ。コンドームを取ってくるから」

「いいよ。わたしが行くよ」

 愛してもいない女や、恨み重なる女には遠慮なく精子を注入し、母乳を出させようとするが、本当に愛している女との間には、子供は作らない。子供に愛情がいってしまっては困るし、俺などの遺伝子を受け継いだ子供を作り、愛する女に不幸は背負わせたくないという配慮である。

 同じように、俺は純玲のヴァギナ、脇、あるいは足に雑菌を繁殖させ、臭くしようとは思わぬ。嗅いでみたい気持ちはあるし、命令ひとつで三日、四日は風呂に入れさせないこともできるが、それよりは、職場の連中におかしな目で見られないことの方が大事と考える。

 肥満嗜好のある男が、女房に好きに食べさせた結果、糖尿などの病気にしてしまうケースもあるというが、女を本当に愛しているかどうかは、自分の性癖よりも、女の健康や社会的立場を優先に考えられるかどうかでわかるのかもしれない。

「お風呂から上がったら、もう寝る?」

「いや、何だか目が冴えちまったから、食事にしよう。米が炊けてるなら、インスタントの味噌汁があれば食えるよ」

「うん。じゃあ、用意するね。あ、それと、今から、私が昔観ていたドラマの再放送が始まるんだけど、テレビつけながらご飯食べてもいいかな」 

「ああ、いいよ」

 純玲がわざわざ断りを入れるのは、以前、テレビに夢中になって、俺との会話がそっちのけになったとき、俺が怒ってテレビを消したということがあったからである。

「おい。このドラマで主演の子のまんこは、くせえかい?」

「うーん、この子は前にバラエティで、野菜中心の食生活を送ってるみたいなこと言ってたから、臭くないんじゃないかな」

 自分の世界を何より大切にし、他人が作った世界を拒絶する俺は、ドラマやアニメの作品ですら、容易には受け付けない。好きな女と一緒にそれを観るといったようなときには、それをどうにかして自分の世界と融和させるといった作業が必要である。くだらないことかもしれないが、必要なこと。こういうちょっとした工夫で、世間と折り合いをつけられるケースもある。

「ふう。腹いっぱい食った」

「お腹一杯になったならよかった。先に休んでいてもいいからね」

 純玲が食事の後片付けをしている最中、俺は持って行ったバッグの中から、山小屋から回収してきた、隠しカメラを取り出した。この中には、あの地蔵山の山小屋で、俺の知らない間に、山小屋の住人の間で繰り広げられていた映像が収められている。

 今朝がた、ゆかりの名を呼ぶ宮城の様子を見て気付いた、俺のひとつの勘違い。あの男が、警察や救急には走らないであろうという確信。それを裏付けるすべてが、おそらくはこのフィルムの中に収められているはずである。俺はカメラのメモリーカードをスマートフォンにセットして、録画した映像の再生を始めた。

 再生は五倍速で行っていたが、映っているのはほとんどゆかりだけのようであり、食事とけんじ地蔵、たつや地蔵への授乳を除けば、ほとんどゴロゴロ寝ているばかりで、特別面白いことはなかった。さらに再生速度を上げると、フィルムの最後の方になって、ようやく、にんにく大魔人、宮城が登場した。

「・・・ゆかりさん、具合はどうですか。栄養のある食べ物を沢山買ってきましたから、腐らないうちに食べてくださいね」

 思った通り、宮城は、ゆかりの本名を、かなり以前から知っていた。あの醜悪な四十四歳の女を、いちごと呼んでいたわけではなかったのである。では、宮城が呼んでいたいちごとは、誰のことであったのか?

「いちご。もうすぐ会えるからな。今日は、お母さんのお腹を蹴ったか?」

「やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて」

「あ、すみません・・・・」

 ゆかりの大きな腹を触って、拒絶される宮城・・・・。宮城がずっと、いちごと呼んでいたのは、ゆかりの腹の中にいた、俺の子供だったのである。宮城は、俺とゆかりの子が女の子である可能性に賭け、ゆかりが子供を産んだ後、その子供を誘拐して育てていくことを計画していたのだ。

 親族ではない他人の腹から産まれた子供を引き取るには、家庭裁判所の許可がいる。判断の基準は、経済力と信用性。どれだけ望もうとも、子供を育てていくに十分な収入がない家庭には許可は下りないし、経済力があっても、独身の男が女の子を引き取るといったことは、通常不可能である。

 莉乃に精神を破壊され、おそらくは自ら命を断つ覚悟で地蔵山に入った宮城は、そこで生きる希望に出会った。女の愛に飢えた宮城の生きる希望とは、好き放題エッチなことができる女体に他ならない。ただしその女体とは、四十四歳の悪臭女ではなかった。宮城が希望を見出したのは、悪臭女の遺伝子を継ぐ子供だった。女子高生が町で拾ったメモ帳に書かれていたのは、成長したいちごに愛を囁くために宮城が考えた、「十三年後のプロポーズ」の言葉だったのである。

 努力と我慢という、似て非なる二つの言葉がある。苦痛を伴うという点では同じのようだが、我慢はそれをするだけでは、本人の向上にはまったく役に立たない。兵法の籠城戦がいい例だが、希望が拓ける見込みがまったくないにも拘わらず、ただひたすら餓えや渇きに耐えて我慢をするだけでは、むしろ状況が悪化するだけである。それは我慢は我慢でも、まったく無駄な「やせ我慢」だ。

 自分の意志でする我慢はいいが、他人が言ってくる我慢、とくに、自分より何かしら恵まれている要素のある人間、例えば為政者や富裕層が押し付けてくる「我慢」は、簡単には受け入れてはならない。まして、美徳になどは絶対にしてはならない行為である。

 しかし、籠城戦でいえば、一定期間我慢すれば援軍が来るとか、敵の補給が先に尽きて相手が撤退することがわかっているとかいったように、我慢をしたその先に、確実に希望が拓けているのがわかっているのなら――今よりも状況が良くなることが保証されている我慢ならば、どんな屈辱に耐えてでも、たとえ人間としての尊厳を売り渡してでもする価値はある。宮城は俺たちに何をされても、動かざること山の如しの気概で我慢して、ゆかりの腹から子供が産まれさえすれば、自分の勝ちになるのをわかっていた。だから、ゆかりの母体を傷つけられそうになったときだけは、激しく抵抗した。

 現在、実年齢二十九歳の宮城に対し、赤ん坊は0歳。今、身柄を確保しておけば、十年後には三十九歳で十歳の女体が味わえ、二十年後には、四十九歳で二十歳の女体が味わえ、三十年後でも、五十九歳で三十歳の女体が味わえる。宮城の努力次第では、赤ん坊が閉経を迎えるまでに、二十人以上も子供を産ませることもできる。

 二十九年間女の愛に飢えつづけた宮城でなくとも、自分の思い通りに教育ができる、自分だけしか男を知らない女体を得られるのなら、人生大勝利といってもいいだろう。しかし、問題は、ゆかりの腹から子供が出てくるその瞬間まで、腹の中にいる子供の性別がどちらかはわからないということである。もし、産まれた赤ん坊の股間に、幼き日の宮城と同じ突起物が付いておれば、彼のすべての我慢、辛抱は水泡と帰す。二分の一の確率に賭けて、あそこまで歯を食いしばって我慢ができるかと言われたら、俺にはとても無理である。

 いちごにペニスは――――なかった。あったのは、小さいおしりのような、割れ目であった。宮城は、究極のギャンブルに挑み、そして勝ったのだ。

「ははっ。すげえよ、あいつ。なんだよ、結局あいつの一人勝ちじゃねえか」

 一人勝ち――。地蔵山の山小屋に地獄を創り出したとて、莉乃に地獄を味あわせられたとて、別に、俺の生活が向上するわけではない。形に残るものを得られたわけではない。あの一件で実利を得たのは、結局、宮城一人である。 

 宮城はいちごを、大切に育てるであろう。そして、第二次成長期が訪れ、胸や尻が膨らみだしたら、思う存分、えっちなことをするであろう。

 あの男は、けして腰抜けではなかった。見下げはてた男ではなかった。あの男はあの男で、自らの運命に抗い、世間というものに落とし前をつけ、恨み連なる俺にも復讐し、人に何と言われようと、自分の夢を叶えたのだ。

「大したヤツだよなあ。なあ、東山」

 今、俺のスマートフォンの画面には、インターネットの動画投稿者による、生中継の模様が放送されている。東山の自宅――ベランダに姿を見せた東山は、撮影者に向かって、何事かわけのわからない言葉を喚き散らしたり、モノを投げつけたりといった挙に及んでいる。

「聞けーーーーーっ。俺の話を聞けーーーーーーっ。おっ、おっおっ俺はっ!俺は俺は俺はっ。俺が今までどういう風に生きてきたかわかれ!俺がお前らに偉そうに言われるほど落ちぶれてないことをわかれ!俺は、俺は、ちゃんとやってきたんだーーーーっ!」

 あの宮城ですら世間に対してケジメをつける道を選んだというのに、東山は女房まで殺しておきながら、いまだに世間と手を携えて歩む道があると思っている。まことに往生際の悪い男であるが、まあ、気の済むまでやればいいだろう。そうやって一つ一つの可能性を潰しながら、最後に、俺の示した道に辿り着けばいいのだ。

「てめえら、東山先輩が話してんだろうが!煽ってねえで、ちゃんと聞けよっ!あ?DQNだぁ?今DQNっつったヤツどこだ!前に出ろ!ふざけんじゃねえぞっ、てめえっ!」

 東山のアパートの周りは、騒ぎを聞きつけてきた近所の住民や、動画の生中継を見て集まってきた野次馬でごった返しており、桑原が彼らを抑えるため、一人で孤軍奮闘しているという状況である。

――地蔵山なんて、行かなければよかった。アニキの誘いに乗ったこと、マジで後悔してますよ。しばらく、東山先輩に付きっ切りで行動します。余程のことじゃなければ、連絡しないでください。

 地蔵山からの帰りの電車の中で東山が苦境に陥っていることを知り、昨晩からの重労働で疲れきった身体を押して駆け付けた東山思いの桑原は、群衆に向かって、「帰れ」ではなく、「聞け」と言っている。どうも東山は、自宅周辺に群がってきた連中に向かって、これから何かを訴えようとしているようだ。

 思えば俺と東山の、壮絶な「生存競争」が幕を開けた直接のキッカケは、東山が体育館で行った、「糾弾集会」であった。また、鬱により心身ともに衰弱していた東山が、最後に大逆転の望みをかけていたのは、「合唱コンクール」であった。もともと、人前で演説したり、何かパフォーマンスをやってのけるのが好きな男なのである。東山が自分の「ラストダンス」の舞台として、大勢の前で何かを訴えるという形をとるのは、必然であったかもしれない。

「いいよ、好きなようにやれ。思う存分暴れろ。このくだらねえ世間に、お前なりのケジメをつけてやれ。最後まで見守ってやるさ。ダチとしてな」

 画面の中の東山にエールを送ったところで、突然、純玲の部屋の押し入れの扉が外れ、中から雪崩のように、ゴミや、ハンガーにかけきらなかった衣類、書棚に収まりきらなかった本、バッグなどが流れ出てきた。瞬く間に部屋の半分を覆いつくしたモノは、腰の高さまで重なっている。これを全部平らにしたら、純玲の部屋は、元の木阿弥となってしまうだろう。

「おまえさあ、これじゃ片付けたって言わねえだろ。ゴミ隠してただけじゃん」

 俺が呆れたように言うと、気まずそうな顔をしていた純玲は半泣きになる。

「わかってるよ・・・でも、どうしても重治さんに喜んで欲しくて」

「一か月近くもプライベートの予定を断って、これが精一杯だったのか?土曜か日曜、片方頑張るだけでも、もう少し何とかなっただろ。本当に掃除やってたのか?」

「いつもやろうとするんだけど、身体が動かないんだよ。ついつい、漫画やゲームに手が伸びて、気が付いたら、もう寝る時間になってるんだよ」

「弁当作るのだって、結局続かなかったしな。ゲームとか言ってるけど、お前、俺が貸してやったゲーム、地道にレベル上げしたり、戦略磨いたりするんじゃなくて、裏技使ってクリアしちゃったよね?それで普通に楽しそうにしてたけど、あれ内心、俺ドン引きしたからね。俺が偉そうに言えることじゃねえけどさ、お前の中には、努力して向上する喜びって感覚が、まるっきり欠落してるんじゃねえか?」

 キツいことばかり言っているようだが、本気で残念に思っているわけではなかった。むしろ、安堵に近い感情に満たされていた。

 純玲の部屋に入ったときから、何か納得いかない感じがあった。出来過ぎていると思った。

 ちょっと気持ちを入れ替えただけで、今までできなかったことができるようになる。長年抱えていた問題が、考え方ひとつ変えただけであっさり解決する。好きな男ができただけで、劇的に人が変わる。純玲がそんな、莉乃のおとぎ話に出てくるような女なら――純玲が俺じゃなくても何とかなる、俺じゃなくても面倒が見れるような女だったら、俺は純玲を好きになっていない。

 逆の立場から見た場合でも一緒である。純玲は俺がいなくてはやっていけないのと同じように、俺の方も、純玲がいなくてはやっていけなかった。俺のようなアクの強い男を受け入れてくれるのは、世間の価値観よりも愛する男の価値観を優先に考えてくれ、俺という男にすべてを委ねて、黙ってついてきてくれる、純玲だけである。

「わたしはダメな人間なんだ。何もできない人間なんだ。私のような脳の欠陥を抱えている人間に、生きる道はないんだ」

 布団に泣き崩れる純玲を、俺はぎゅっと抱きしめてやる。

「なんにもできねえ人間は、ずっと卑屈にしてなきゃいけねえのか?自分をダメだと思って生きていかなきゃいけねえのか?そんなわけがあるか。お前は最高だ。俺のような、生きてちゃいけねえ人間でも愛することができる、優しいお前のどこがダメなんだ。できなかったら、少しずつでもできるようになりゃあいい。十や二十にはなれなくても、一だったものが二にも三にもなれば、それでいいじゃねえか。それを評価しねえ世間の方が悪いんだ。今回はできなかったかもしれないが、明日からもう一度、俺と二人で、生活を立て直してみよう。二人でちょっとずつ、片付けていけばいいよ。一人じゃ無理なことでも、二人ならできる。お互いの足りないところを、お互いが補っていけばいいんだ。マイナスとマイナスを掛ければ、プラスになるんだ」

 俺が何より嫌うキレイごとのような言葉が、何の違和感もなく、スッと口をついて出てきた。

 俺にもけして、聞こえのいい言葉がまったく受け入れられないわけではない。ただ、唐津のように、あらゆる物事を自分の都合の良いように解釈することができない俺には、聞こえの良い言葉を、拒絶反応を起こすことなく体内に受け入れられるまでの時間が人一倍長く、乗り越えなくてはいけない試練が、人一倍多いだけである。

 俺にとって、過去の「汚点」であるゆかりを、俺に過去、屈辱を味あわせた莉乃と纏めて始末するという大仕事を二人でやってのけたことによって、俺と純玲は、いかなる矛盾も介在しない、何者も立ち入れない固い絆で結ばれた。キレイごとではなく、俺が世間にケジメをつけるために力を貸してくれた純玲とならば、俺は何も疑うことなく、明るい未来へと向かって踏み出すことができる。

「俺が生きてちゃいけねえ人間と、誰が決めた?」

 布団に包まり、純玲の華奢な身体を抱きながら、俺は先ほどの自分の言葉に対して問いかけた。

「俺が生きてちゃいけねえ人間と、誰が決めた?生きてちゃいけねえ人間が幸せになっちゃいけねえと、誰が決めた?糞みたいな世間の価値観に従う必要はないと考えられたら、人間はどこまでも自由だ。俺は世間を、どこまでも嘲笑ってやるよ。同級生を殺人犯まで追い込み、実の両親の精神を崩壊させ、二年間も連れ添った女をボロボロにして殺した俺が、お前とラブラブで、幸せになるんだぜ。社会正義も糞もねえだろ」

「ほんとに?私たち、幸せになれる?」

 純玲が自問自答する俺に顔を向け、丸く大きな瞳を輝かせた。

「それは、どうだろうな」

「わからないの?」

「俺は今まで自分がやってきたことを、なんとも思っちゃいねえ。反省も後悔もしてねえ。俺たちがこれから幸せになることが後ろめたいなど、欠片も思っちゃいねえ。俺たちが幸せになるにあたっての障害は一つもねえ・・・・。ただ、俺に屈辱を味あわせたヤローを放っておくわけにはいかねえ。あいつを野放しにしたまま、幸せの階段を上らせたまま、新しい人生を踏み出すことはできねえ」

 俺は純玲を抱いたまま、視聴中の動画を中断して、手の内で鳴動するスマートフォンの通話ボタンを押した。

「アニキ?なんか、さっきから東山先輩が、アニキの名前を叫んでるんですよ。言ってることはよくわからないんですが、かなり興奮した様子で・・・。それから、唐津の名前も叫んでいるようです」

 生放送の動画にチラチラ映る桑原は、左の頬を押さえており、受話口の向こうから聞こえてくる声は、やや聞きとりにくい。桑原は、敵、味方の区別もつかなくなった東山から、殴打を受けてしまったらしい。

「・・・・ちょっと、東山に代わってくれよ」

 しばらくして電話に出た東山は、かなり興奮した様子で、送話口に荒い息を吹き込んでいる。俺は自分からは何も問いかけることなく、東山が喋り出すのをじっと待った。

「・・・・こっちに、来い。あいつも、連れて来い」

 低く押し殺した声。こっちに、というのが東山の自宅を指し、あいつも、というのが、唐津を指すのは、聞かなくてもわかった。

「唐津を連れて行くのはいいけどよ。お前がこれから、俺たちを呼んで、何をしようとしているのかを教えてくれよ」

「・・・・・」

 俺が質問すると、東山はだんまりになってしまった。言った瞬間、俺が来なくなるとわかるような理由なのか。あるいは、東山自身にも、俺と唐津をなぜ呼ぼうとしているのかが、はっきりとわかっていないのか。

「俺らがもし来なかったときは、何が起きるの?」

「・・・・・」

 東山は、この質問にも答えようとしない。来いと言っておきながら、用件は言わない。非常識な態度であり、東山以外の人間なら、当然断るところであるが・・・。

「・・・わかった。すぐ行くから、ちょっと待ってろ」

 電話を切った俺は、すぐに唐津に電話をかけた。

「よう、団体交渉は終わったかよ」

「ええ。ほぼ、予定通りの条件で、先方とは手打ちが済みましたよ。ちょうど、蔵田さんにも報告しようと思っていたところです」

「そっか。それじゃ、東山はクビってことだな」

「そういうことになるみたいですね」

 宮城に対する莉乃と同様に、まるで、他人事のような言い草である。こいつは、自分が踏みつけてきた人間の痛みを、自分が人を踏みつけていることの罪悪感を、ずっとそうやって処理していくつもりなのだ。

 こんなヤツと一緒にいたら、せっかくメタメタにしてやった莉乃も、すぐにまた息を吹き返してしまう。何としても、今、このタイミングで、何もかもご都合主義の唐津を、心身ともに粉砕してやらなければならない。

「その東山が、俺と君を呼んでるみたいなんだ。案内するから、一緒に来てくれないかな」

「え・・・いや、でも・・・・」

 唐津の声のトーンが、露骨に落ちる。

「いいから来いよ。東山にも人生があり、大切な家族があったんだ。そいつを君はぶっ壊したんだぜ。このままタダで済ますわけにはいかねえだろ。人として」

「うーん・・・いや・・・しかし・・・」

 唐津も少しは、東山を破滅させてしまったことに対し、罪悪感を感じているようである。これが低収入の派遣スタッフのままだったら、東山に情けはまったく感じなかっただろうが、唐津は間もなく、彼にとって価値のある、正社員となるというのが大事なところであった。自分にこれから開けている未来と、東山の崩壊した未来を見比べて、その落差に平然としていられるほど、図太い神経は持ち合わせていなかったのだ。

「とにかく来いよ。来て、会って、話だけでも聞いてやれよ。じゃねえとアイツも、納得して次のステップに進めねえだろうが」

 次のステップなど、あるはずがない。元殺人犯の男が、世間に面が割れて、家族も仕事も失って、ここからどうやり直せというのか?東山にとって、次のステップは破滅のステップ。踏み出した瞬間、唐津の命は刈り取られるのである。

「・・・わかりました。話をするだけなら・・・」

「おう。派遣会社には連絡すんなよ。止められるに決まってっからな。取り敢えず、駅まで来いよ。着いたらまた、連絡してくれ」

 渋々ながらも唐津が承諾したのを受け、俺は電話を切り、洗面所に立って、「最後の舞台」に立つために、軽く身だしなみを整えた。

「悪い。ちょっと、行ってくるわ」

「帰ってくる・・・?」

 何かを察したらしい純玲が、布団から出て、不安げな面持ちを向けながら尋ねてきた。

「わからん、な・・・・・」

 東山が「ラストダンス」を始めたと知ったときは、正直戸惑った。東山の性格をよく知っている俺なら、十分予想できた範囲ではあったと思うが、迂闊にも、想定外の行動だった。

 俺としては、東山がもっと静かに唐津を殺害して、東山もひっそりと、山の中かどこかで命を断ってくれないかと期待していたのだが、そうは問屋が卸さなかった。東山は、世間にケジメをつけて死ぬにのはいいにしても、人生を終える前に、自分が「ヒーロー」であることを世間にアピールし、自分の名誉が回復されたのを確認してからでなければ、死んでも死にきれなかったのだ。

 これから俺が唐津とともに東山の自宅まで出向いたとき、いったい何が起こるのか、東山は一体何をするつもりなのか、俺にはまったくわからない。東山は、群衆の前で俺を殺すつもりなのかもしれないし、あるいは唐津を殺害した後、俺がやってきたことも群衆の前ですべてばらして、道連れにしようとしているのかもしれない。

 リスクも承知で、敢えて行ってやろうと思う。この身一つで出かけて、東山の好きなようにやらせてやろうと思う。リスクというなら、むしろより大きなリスクは、せっかく死にゆこうとしている者の願いを聞き遂げることもなく、無視を決め込むことだ。

 十八年前、「生存競争」における大逆転の望みをかけていた合唱コンクールを潰された東山は、自分の感情を爆発させる場所も失って暴走し、あろうことか、学校でただ一人の味方であった、山里愛子を殺害した。

 「死に場所」を失った男は、思いもかけぬ大暴走をしてしまうものだ。ここで東山を無視した場合、疑心暗鬼を募らせたあの男は、山里愛子同様に、東山の個人情報が流出してからは一貫して味方だった俺に刃を向けてしまうかもしれない。

 もし、東山に呼ばれたのが俺だけだったら無視という手もあり得ただろうが、東山は俺だけではなく、唐津も呼んでいるのである。

 東山は、もしかしたら、俺と唐津、二人纏めて殺すことを企んでいるのかもしれない。だったら、東山が唐津を殺害している間に、俺は何がなんでも逃げ出せばいい。

 あるいは、東山は、俺と唐津、どっちを本当に殺すべきか、まだ考えあぐねているのかもしれない。だったら、どうにか説得して、現場で最後のひと押しを加えて、俺ではなく唐津を殺す方向にもっ ていくように努力すればいい。

 ピンチとチャンスは、常に同時にやってくるものだ。チャンスが百パーセント、魅力的な笑顔を浮かべながらやってきたときには、大抵、大きな落とし穴がある。今度のように、チャンスが目元で笑いながら、口元はへの字に曲げながらやってくるぐらいのときの方が、逆に信用できる。

 ここが俺の人生で、一番の正念場だった。復讐計画が大詰めを迎えたところで、中途半端に自分の命を惜しんでチャンスを逃し、未来への扉を閉ざしてしまうか?最後の最後、命を投げ出して、未来への扉をこじ開けるか?

「ったろうじゃぁねえか」

 ヒゲをあたり、顔を冷水で洗った俺は、大声を出し、両手で頬を張って、自分に喝を入れた。

 好きな女のために、男になる――好きな女との未来を踏み出すために、命を投げ出ず。少し前なら、怖い以前に、恥ずかしくなって逃げ出してしまっていただろう爽やかドラマみたいな場面が、まったく抵抗なく受け入れられた。矛盾を乗り越えるのにかかった時間が長く、苦労が大きかった分、今の俺の純真さ、ひたむきさは、甲子園の決勝戦に挑む高校球児にも勝っていた。

 どんな変態セックスをしても、こんな気持ちは味わえなかった。俺がこんな瑞々しい気分を味わえるなんて、夢にも思わなかった。回り道は、けして無駄ではなかった。

「じゃ、ちょっと、行ってくるよ」

「私は、待ってるよ。いつまででも、待ってるよ」

 愛する女が、俺を待っている。きっと帰ってくる。

 憎き世間に、小さな糞を擦りつける――。

 決着のときである。



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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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