FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

外道記 改 20


                  
                      20


 労働者階級の人間がもっとも幸せを噛みしめる、金曜の夜――。俺は地蔵山で桑原とともに、折り畳み式の三脚に腰かけ、にんにく大魔人といちごの愛の巣を見つめていた。

「アニキ、本当に、にんにく大魔人は現れるんですか?俺、東山先輩を守らないといけないんですけど・・・」

「大丈夫だ。きっと現れるよ、奴は」

 不満を漏らす桑原は、十八時に俺に呼び出され、二十一時を迎えた現在まで、地蔵山の山小屋から二十メートルほど離れた山道の木陰で、山小屋の見張りを続けている。「使命」を妨害してしまっているのは申し訳ないが、俺とてまったくアテがなく、桑原を呼び出したわけではない。

 にんにく大魔人は、山小屋に侵入者が現れたとわかった今でも、定期的に、地蔵山の山小屋を訪れているはずである。なぜならば、ヤツには妊婦であるいちごのために、カロリーメイトなどの保存食ではなく、出来得る限り、新鮮で栄養のある食料品を届ける義務があるからだ。野菜やハム、ソーセージなどは、冷蔵庫に入れておかなければ、すぐに傷んでしまう。確かに、今は莉乃も食料を届けに来てはいるが、莉乃はにんにく大魔人にとっての「天敵」である。天敵の行動に依存するはずはない。最低でも二日に一辺は、にんにく大魔人は山小屋に足を運んでいるはずだ。

 明日は土曜日。午前中、にんにく大魔人の天敵、莉乃が、地蔵山に食料供給に現れる予定となっている。莉乃が山小屋に置いていった物資から、にんにく大魔人は、莉乃が地蔵山に訪れるスケジュールを、概ね把握している。俺の予想が正しければ、救いようのない腰抜けであるにんにく大魔人は、莉乃が来る日を避けて、愛するいちごとの逢瀬を楽しんでいるはずである。

 丁を引くか、半を引くか・・・・。今日、ここでにんにく大魔人を捕獲できなかったとすれば、俺にはもとより、大仕事を成し遂げるほどの運の強さがなかったというだけの話。未来を切り開きたい俺の思いが天に届いているなら、にんにく大魔人は必ず現れるはずだ。

「しかし、虫が多いですね、ここは。いちごのおかげで、エサには困らないんでしょうね」

 桑原の言う通り、夜を迎えた山小屋の周りには、いちごの糞を食って大きくなったと思われる多数の昆虫類が、活発に活動していた。その大半は、シデムシの幼虫のように、足が沢山あり、黒光りしたグロテスクな外観をしているが、中にはエメラルドグリーンの光沢を持ったアオオサムシのように、食糞を生業として生きているとは考えられないほど煌びやかな色合いをした個体も存在する。

 この虫たちは、いちごが毎日、でかい糞をひりだしていなければ、成虫になれたかわからなかった。自然妊娠の確率が二十代の一割ほどにも落ちるという四十代になってから、毎年のように俺の子を懐妊したことといい、類まれな母乳の量といい、あの女には、生命を産み育てるということにおいて、非凡な才能があったのかもしれない。

 二十代のうちに、まっとうな男のところに嫁に行けておれば、子どもに囲まれて幸福に生きる人生があったのかもしれぬが、両親の中途半端な育て方のせいもあり、そうした希望は潰えてしまった。しかし、四十代になっても女は女。むしろまだ四十代なら、簡単にホームレスになどなれば、あっという間に、俺のような性的少数者や、にんにく大魔人のような極端に容姿に不自由のある男の餌食になってしまう。哀れではあるが、あの女には運がなかったというしかない。

「・・・・あ!」

「・・・・来たな」

 山道の下の方から、枯れ葉を踏みしめる音が聞こえる。しばらくして、闇の中に、ポッと淡い光が灯った。山小屋の窓の向こうで、電気ランタンが焚かれたのであろう。今までいちご一人がいただけの山小屋では、照明の類はまったく使われていなかった。紛れもなく、山小屋のもう一人の住人、にんにく大魔人が現れた証拠であった。

「行くぞっ!」

 俺と桑原は、三脚から腰を上げ、にんにく大魔人が到着したばかりの山小屋へとダッシュした。桑原が腐った木戸を蹴飛ばして開け、一気に突入した。

「うらあっ!!」

 三時間近くも待たされて、すっかりフラストレーションの溜まった桑原の飛び蹴りが、山小屋の入口付近で、大きなビニール袋を持って立っていた巨漢男を直撃した。朽ちてささくれだった壁まで吹き飛んで倒れた巨漢男は、目を白黒させ、口をパクパクさせて、驚きを露わにしている。

 噂通り、濃厚に漂うにんにくの香りから、巨漢男がにんにく大魔人であることは、すぐにわかった。しかし、電気ランタンの淡い光の中に浮かぶその男が、俺と桑原が良く知る、宮城利通と同一人物であると知るには、ある程度の時間が必要であった。

 厚ぼったいまぶたと、糸のように細い目。まさににんにくのような形をした、大きくつぶれた鼻。腐った明太子のような分厚い唇。顔面のパーツと、下膨れのひょうたんのような輪郭、顎で大根がおろせそうなほどの硬そうな青ヒゲは、確かに、俺の知る偽善豚男、宮城利通の面影を残してはいる。しかし、あの男はけして、すだれのようなハゲ頭はしていなかった。くすんだ土気色に見えるほど、肌の血色が悪くはなかった。顔の下半分に、ビーフの燻製のような瘡蓋が、無数にあるわけではなかった。

 ハゲは自殺を考えるほどのストレスで、肌は偏った食生活で、瘡蓋は、硬いヒゲを安物の剃刀で剃ったことからできたものであろうが、にんにく大魔人の外観は、少し見ないうちに、一段と醜悪さを増していた。夜道で出くわしたら、莉乃でなくとも卒倒してしまいそうだ。こんな見た目をした男が、自分の遺伝子を残す可能性のある精子を作る、というのは、確かに犯罪かもしれない。

 しかし、確実に言えるのは、この男はホームレスにさえならなければ、ここまで見た目を悪化させることはなかった、ということだ。そして、これは莉乃だけの罪ではないが、世の中の女が「恋がしたあい」と願うこの男に、少しでもいいから恋をさせてやれば、この男がホームレスにまで身を落とすことはなかったはずである。

 やはりこの男――にんにく大魔人こと宮城利通は、世の女に復讐をしなければならない。そしてこの俺、蔵田重治は、かつての隣人のよしみとして、社会不適応者の先輩として、宮城の復讐の手助けをしてやらなくてはならない。俺は自らの胸中に、義憤めいた感情が横溢してくるのを感じた。

「くぉの、化け物がっ!」

 桑原の殴打、踏みつけの連打により、にんにく大魔人はすぐに抵抗する気力を失い、怯えた子豚のような目になった。後は手足をガムテープで縛り付けてしまえば、にんにく大魔人の捕獲は成功といえるだろう。一安心したところで、俺は山小屋の中にいるはずの、もう一人の化け物がいないことに気が付いた。

「ゆかりは・・・?」

 山小屋の中には、にんにくの臭いに混じり、いちごこと、ゆかりの残り香――百獣の王、ライオンの臭いも漂っている。まだ、近くにいることは間違いない。山小屋を飛び出してみると、ゆかりはあっさりと見つかった。

「けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご」

 小屋の中から消えたと思われたゆかりは、小屋の前で、寮の宮城の部屋から逃げ出したときそのままのワンピースの裾をたくしあげ、イボが多数浮かび上がった尻をこちらに向けながら、大地に肥料を与えている最中であった。夜目に見える限りで、定かではないが、ちゃっかりしたシデムシ、ワラジムシ、オサムシ、チャバネゴキブリなどの虫どもが、湯気を放つ新鮮な糞の周りに、もう群がってきているようである。

「よう。久しぶりだなぁ。ゆかりちゃんよ」

 俺が近づいていくと、怯えたゆかりは、バランスを崩し、虫たちごと糞をプレスしてしまった。ライオンの香りに、糞便の香ばしい臭いが混じる。

「来いっ!」

 俺はゆかりの、黒々としたわき毛が生い茂る脇に手をはさみ、尻も拭いていないゆかりを、山小屋の中に引きずっていった。腹に子を宿しているとはいえ、それ以上に脂肪が落ちているゆかりの身体はさほど重くはなく、難なく運び込むことができた。

「アニキ・・・・大変なことに気が付いてしまいました」

 俺が山小屋に戻ると、まだ東山に殴られたときの痣を残す桑原が、強張った面持ちで、神妙に言ってきた。

「大変なこと?」

「にんにく大魔人のような不細工は、余程の幸運に恵まれなければ、ソープでしか女と性交する機会を得ることができません。ソープの女は、言うまでもなく、マンコを殺菌消毒し、常に清潔にしています。つまり、女の洗っていない、臭いマンコをクンニすることがなく、雑菌を体内に取り入れる危険性とは無縁です。もちろん、性病の恐れもない。つまり、不細工童貞=キレイ、清潔、という公式が成り立つということです」

 久々の、桑原大教授の有難いご講義である。いつもなら、適当に相槌を打って終わりにするところだが、女の陰部と聞いては、俺も黙っているわけにはいかない。

「そいつは甘いな。確かに、にんにく大魔人のような不細工の童貞は、女の臭いマンコを嗅ぐ機会は滅多にないかもしれないが、自分が性交の機会に恵まれるという希望がないため、自分自身の陰部の手入れを怠りがちだ。そのため、亀頭を覆い隠す包皮を剥けば、たちまちイカのような臭いが辺りに漂う。つまり、不細工童貞=くさい、汚いという公式が成り立つはずだ」

「それはアニキのような、ズボラな包茎だけです。にんにく大魔人のような不細工童貞というものは、女のマンコをフローラル・ハミングな臭いがするものと勘違いをしているものです。そのため、いざセックスの機会を得たとき、自分だけが臭くて相手に不快感を味あわせまいと、デート前に三回以上もお風呂に入ってしまうものです。つまり、不細工童貞=キレイ、清潔という公式が成り立つはずです」

「いやいや。にんにく大魔人のような、気が弱く、自分に自信がない童貞は、初めてのセックスにおいて、焦りからくる心因性EDに陥りがちだ。そのため、確実に勃起をするためには、にんにく大魔人のように、大量のにんにくを摂取しなければならない。つまり、不細工童貞=くさい、汚い、という公式が成り立つはずだ」

「それはアニキのような、気の弱いインポだけです。大体、ちんこを硬くするなら、にんにくなどに頼らず、バイアグラを使えばいいじゃないですか」

「なにを・・・」

 俺たちのやり取りに何かを感じたのか、宮城が口元と手足を動かし、再び抵抗する姿勢を見せ始めた。間髪入れず、桑原が、おろしにんにくを大量に入れたとんこつラーメンなど、こってりした食べ物ばかりを食べ続けたせいで、失踪時よりも膨れ上がった腹につま先をめり込ませる。

「ごふ、ぐふ、がふぅ・・・・」

 腹を蹴られた宮城が流す涙には、蹴られて横隔膜が痙攣を起こしたためだけではなく、ようやく見つけた自分の女との、愛の巣までもを侵略された口惜しさも含まれているであろうか。

 罪悪感は感じない。こんな仕打ちを受けるまで決起しなかった、往生際の悪いこの豚が悪いのである。

 しかし、俺がこうして出向いてやったからには、もう宮城は、悔し涙を流すことはない。これから、莉乃がやってくる朝までに、理と実をもって、宮城に復讐以外の選択肢がないことを思い知らせてやる。宮城のかろうじて残った良心もすべて破壊し、復讐の鬼へと変貌させてやる。

 今は俺を恨んでも、後々には、必ず俺に感謝するときがくる。いま、莉乃に復讐をしなければ、宮城は男になれない。今から繰り広げるのは、俺が宮城へ送る愛のムチ、これ以上はない最高のプレゼントである。

「おう莉乃ちゃん。宮城の野郎、捕まえてきたぜ。ますます気持ち悪い見た目になってたよ」

「もしもし・・・眠いよ、重治さん」

 俺が電話をかけている相手は、純玲である。宮城を陥れるため、莉乃のふりをして電話に出ろと、純玲とはあらかじめ打ち合わせをしておいたのだ。

 宮城の前で、莉乃に電話をかけている風を装いながら、宮城を追い詰めることにより、宮城の怒りを莉乃に向かわせる――この土壇場においても、俺の基本な作戦は、宮城をメールで壊したあのときと変わっていなかったが、今度は中途半端はしない。今度は徹底的にやって、宮城利通という人間の外套を完全にひき剥がし、性欲の怪物、にんにく大魔人を覚醒へと導く。理性を失い、獣となった宮城を、明日の朝、山小屋まで上ってきた莉乃とかち合わせ、莉乃を襲わせるのである。

「え?唐津くんが、日本エクシオの最終面接で、ゆかりに餌をやってたことをアピールしたら、内定をもらった?すげえじゃんか!晴れて正社員だな。おめでとう!」

 日本エクシオ――かつて宮城が、最終面接を受けるとか自慢していた、IT企業である。今の身なりからして、入社を果たせなかったに違いない会社に、唐津が入った。それも、愛するいちごを保護する行為をアピールしたことが評価されたのだと聞いて、宮城が平静でいられるはずはなかった。

「うん。それじゃあ、莉乃ちゃんは、唐津くんと結婚するんだな。よかったな、おめでとう。宮城で妥協しなくてよかったな。え?たとえ世界で宮城と二人きりになったとしても、結婚はしないって?あははは、そりゃそうか」

 うつろな目をずっとゆかりに向け、口からはよだれを垂らしている宮城は、俺が伝える嘘の情報に、心を動かされていないかのようである。莉乃のことは、キッパリと割り切っていたのだろうか?そんなはずはあるまい。莉乃のことで心が壊れていなければ、こんな山の中で、百獣の王の臭いを放つ実年齢四十四歳、見た目六十歳の女を保護しているはずなどない。

 宮城が取り乱さずにいられるのは、今現在の希望、癒しが、目の前にあるからであろう。すなわち、ゆかり――宮城にとってのいちごは、今、彼にとって、かつての莉乃と同等以上の存在となっているのだ。

「それじゃあ、用済みのゆかりはどうする?行政に連絡して、保護してもらおうか?」

「む、ぬ、ぐぅ。む、ぬ、ぐぅ」

 俺の推察通り、ゆかりを行政の手に引き渡すという言葉が出てきた瞬間、宮城はあからさまに動揺を始めた。莉乃は自らを言いたい放題に言い、精神を崩壊させたばかりか、せっかく見つけた女体までをも奪おうとしている――。宮城が逃げ続けていた現実が、いまや目の前に迫っているのである。

 しかしこれだけでは、今までずっと、俺が宮城に対して行ってきたアプローチの延長にすぎない。こんな三文芝居を打つためだけに、わざわざ宮城を捕獲したわけではない。宮城を復讐鬼に変えるための作業は、ここからが本番だった。

「え?行政に突き出す前に、いちごをうんとイジメた方がいいって・・・?うん。そうだな。たしかに、にんにく大魔人の子供が生まれちまったら、不細工でイジメられて可愛そうだから、いまのうちに流しちまった方がいいよな」

「ぬ、む、ぐぅ。ぬ、む、ぐぅ」

 無論本気ではないし、流産など、させようと思っても簡単にするものではないが、流すというキーワードが宮城に与えた衝撃は、並々ならぬものがあったようである。

 実際には、ゆかりの腹に宿っているのは、宮城ではなく俺の子である。しかし、ゆかりから生まれてくる子を、自分の子として育てる決意を固めているであろう漢・宮城にとっては、自分の子を殺されようとしているのと同じこと。宮城にとっては、ゆかりが行政の手に引き渡されることと同じくらいに、動揺するべき事態である。

「イジメただけで流産するかはわからねえが、まあ、やれるだけのことはやってみるよ。じゃ、また後でな」

「流産?重治さん、あの豚を流産させるの?そんなことして、大丈夫?」

 純玲には、莉乃を懲らしめる計画に、にんにく大魔人とゆかりを使うということしか伝えていない。物騒なキーワードを聞いて、彼女が不安になるのは無理もないが、莉乃と会話をしている芝居をしている以上、もちろん、詳しいことを教えるわけにはいかない。純玲にはすべてが終わったあと、説明してやればいい。

 俺は電話を切ると、薄ら笑いを浮かべながら、山小屋の奥で、けんじ地蔵とたつや地蔵を抱えながら震えているゆかりに歩み寄っていった。実はさっきから、俺の玉袋の中で作られているおたまじゃくしが、爆発寸前である。ゆかりをイジメるだけでなく、これから先の仕事を冷静な頭で遂行するためにも、ここで性欲に一区切りをつけておく必要があった。

「けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご」

「くせえなあ・・・くせえなあ、ゆかり・・・。ゆかりがくさければくさいほど、俺は興奮するぜ。くさいはかわいい。くさければくさいほど、きもちいい・・・」

 自分の言動にますます興奮した俺は、スウェットをおろし、カチカチに硬直したイチモツを露わにし、カウパーを垂らす先端で、痩せて萎びた、皺だらけのゆかりの頬を打ち付けた。百五十キロの直球をクリーンヒットしたような快感が、全身を包む。

「うおおっ。もう、たまらねえっ」

 俺はゆかりが着ている、赤いお姫様ドレスを引き千切り、ゆかりをボテ腹丸出しの全裸に剥いた。ゆかりは痩せて皮膚が垂れ下がった手足をもぞもぞと動かして、抵抗するそぶりを見せたので、顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばしてやると、大人しくなった。

 Tシャツも脱ぎ、生まれたままの姿となった俺は、さっそくゆかりの、三か月は洗っていない股間に、鼻を埋めた。百獣の王ライオンの臭いの発信源は、見た目には何の変哲もない、やや毛深いのが気になるくらいの、普通の女のヴァギナである。しかしその臭気たるや、もう何度もゆかりのヴァギナを嗅ぎなれた俺でも、目が染みるのを堪えられないほど強烈であった。百獣の王ライオンの臭いではなく、百獣の王ライオンの死骸を炎天下に三日間放置し、そこにドリアン、納豆、魚介類の死骸を一緒に置いたときの臭いである。

 臭さを消すためには、なめてきれいにしてあげるのが一番である。俺はゆかりのヴァギナに、幼子がちとせあめを舐めるように、舌を這わせた。大量の雑菌が口に入ったことで、舌や歯茎に、毒素のある葉っぱを噛んだときのような、強烈な痺れを感じる。しかし、その刺激が、東南アジア原産の檳榔を噛んだようで心地よい。二十回ほど、優しく愛撫をしてやると、臭いは最初の半分ほどまで消えていた。

 いったん、口を離して、唾液を飲み込もうとしたとき、口の中で、何か小さなものが蠢いていることに気づいた。おそらくは、濃い陰毛にアブラムシのように付いていた、毛じらみであろう。俺は口の中に含んだ毛ジラミを、奥歯で潰して飲み込んだ。ぷちぷちと、数の子のような食感がして、なかなか美味だった。 

 ゆかりのヴァギナをなめ、汗と小便に含まれる塩分を摂取したせいであろうか、喉が渇いてきた。山小屋の中には、宮城が備蓄していたミネラルウォーターがあるが、水ではちと味気ない。

「おい!おしっこ出せ。出さないと、てめえのお腹を殴って、ほんとうに子供を流してやるぞ」

 ゆかりと同棲していたころから、ゆかりには、俺が脅せばすぐに尿を出せるように訓練を施してある。尿道のところで口を開けてスタンバイしていると、すぐに暖かい液体が流れ出てきた。

 おしっこがある程度の量溜まると、俺はそのまま、ゆかりの陰部全体に舌を這わせて、シラミ、カンジタ菌、大腸菌、ブドウ球菌、トイレットペーパー、垢、汗といった、悪臭の原因となる物質を、まとめて口内を揺蕩うおしっこに混ぜ合わせた。続いて、俺はゆかりの身体を反転させると、おしっこを口内にうまくキープしたまま、ゆかりの尻を舐めて、おみそを溶かす要領で、肛門まわりに付着したゆかりの大便を、キレイにおしっこの中に溶かし込んだ。

 ゆかりの尻には、さっき潰したゴキブリの死骸が、糞の粘り気で張り付いていたが、それは指ではねのけた。俺は人間の女の身体から出る汚い物質が好きなのであり、ただ単にグロテスクな物が好きなわけではないのである。

 完成した液体を嚥下しようとしたところで、大切なものを忘れていたことに気が付いた。

「ひるふを、まべねえとな・・・」

 ゆかりの乳首を口に含み、乳房をキュッと絞って、おしっこの中に、母乳を混ぜ合わせた。塩味の中に仄かな甘みが加わり、クリーミーなコクを醸し出す・・・。これで、飲んだら腹痛必至の、雑菌盛りだくさん、スペシャルブレンドジュースの完成である。俺はマニア垂涎のドリンクを、胃袋に流し込んだ。

「う・・・・うおおおおっ」

 栄養ドリンクのCMではないが、元気一杯になった俺は、カウパーしたたるペニスにコンドームをはめ、お掃除をしたばかりのゆかりのヴァギナに差し込んだ。すぐにでも射精してしまいそうな快楽に抗い、腰を振る。安定して性行為に励める容姿を保つ、下半身の運動をする。

「ぐむぅ、ぐむぅ、ふっ。ぐむぅ、ぐむぅ、ふっ」

 俺の子が宿るボテ腹に、純玲と出会って食欲を取り戻したお陰で少し肉がついてきた俺の腹を何度もぶつけられ、ゆかりが苦しそうな呻き声を漏らすが、脊髄を走る快楽には抗えないのであろう、喘ぎ声も混じっている。定期的に乳房を絞り、母乳を飲んで水分補給をしつつ、俺はゆかりを突いた。

 先ほどの桑原の講義ではないが、俺はゆかりを犯すのに備えて、家を出る前、一時間もかけて、入念に身体を洗っていた。過剰なほど清潔にした身体で、異常なほど不潔なゆかりと情交を交わす。その構図に、最高の興奮を覚える。

 宮城のような童貞は、女の身体というものを、フローラル・ハミングな香りがするものと思い込んでおり、汗臭い男の身体でそれを抱くのは失礼であるとして、デート前に三回はお風呂に入ってしまうものだという説を、先ほど桑原の口から耳にした。つまり俺は、フローラル・ハミングな香りがする身体で、誇り高き獅子の香りがするゆかりを犯すことで、宮城のこれまでの常識を、ぶち破ることができたのだ。カタルシスを感じずには、いられなかった。

「アニキ・・・大丈夫ですか?いくらゴムをつけても、ちんこが腐っちゃいますよ・・・?」

 俺がゆかりを犯すのを茫然と眺める桑原が、宮城を取り押さえる力を弱めてしまったせいで、宮城が突然起きあがって、俺に向かって突進してきた。

「弱い人を、いじめるな!弱い人を、いじめるな!子供は、僕が守る!」

 九十キロ近い宮城のタックルを受けて、俺はゆかりとの接合を解除され、壁際まで吹き飛ばされてしまった。

「大丈夫、ですか」

 宮城が、朽ちて穴の開いたござの上に横たわるゆかりを抱き起そうと、肩に手をかけたが、ゆかりは思いのほか強い力で、宮城の手を振り払った。強姦しようと襲いかかる俺を拒絶するよりも、明らかに強い力で、である。

「大丈夫、ですか」

「やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて」

 宮城が懲りずにもう一度手を差し伸べたのを、ゆかりはまた振り払った。パシッ、と、小屋中に響き渡る大きな音が鳴る。

 自分を散々ばら酷い目に遭わせてきた男でも、見た目さえまともならば大した抵抗もせず身体を明け渡し、自分を善意で助けようとしている男でも、見た目がブサイクならば、自分に触れるだけでもは猛烈に抵抗する。

 宮城からすれば理不尽であり、酷い話であるが、俺は興奮した。ゆかりのようなお下劣な女といえども、女は女。女から好かれるというのは、理屈抜きに嬉しいものだ。そして、自分を愛した女に選ばれなかった男を見下し、あざ笑うのは、唐津と莉乃に苦しめられた俺にとっては、何よりもに楽しいものである。

 ライオンにウサギを奪われたジャッカルの心の傷は、新しいウサギを手に入れることだけでは癒えはしない。生態系を乱すライオンの横暴によって味わった悲しさ、悔しさをチャラにするには、自分が味わったのと同じ感情を、自分より弱い、別の生物に味あわせなくてはいけない。

 ジャッカルにミミズを奪われたドブネズミの心境――。まともな容姿の女と恋愛をすることを諦めた宮城は、最低限、女の形をしていればいいとまで理想を落とし、ゆかりに求愛したが、宮城はそんな、人間かどうかもギリギリのゆかりにまで拒絶されてしまった。

 ゆかりが選んだのは、大兵肥満にしてすだれハゲの宮城ではなく、けしてイケメンではないが、バカにされるほど酷くはないまともな容姿をした、俺であった。俺は、高望みさえしなければ、宮城が望んでも手に入れられないまともな容姿の女を抱けるくせに、豚男の宮城が、せめてこれくらいはと思う、悪臭にまみれた中年女を掻っ攫っていったのである。

 豚男の宮城は、女に好かれるために、やりたくもないボランティアをやり、女にバカにされすぎたせいで拗けてしまった心を必死にキレイなように装うなど、血のにじむような努力をしていた。にも関わらず、汚いゆかりに振られてしまった。

 一方、俺は、何の努力もしないどころか、ゆかりに暴力まで振るっていたにも関わらず、ゆかりに選ばれた。まさしく、俺が死ぬほど好いても手に入らなかった莉乃を、最初は莉乃をバカにしていた唐津が労せず掻っ攫っていったのと、同じ構図である。

 俺にゆかりを奪われた宮城の絶望を思うと、股間のものがいきり立って仕方がない。新しいウサギ――純玲を手に入れても、ずっと心の奥底に残っていたしこりが、ようやっと取れていくのを感じていた。莉乃と唐津への復讐を忘れてしまうような快感が、全身を駆け巡っていた。この快感を、もっと強烈に味わいたかった。あまりやりすぎると、宮城の恨みが莉乃ではなく俺に向かってしまい、作戦が失敗に終わってしまうとわかっていても、止められなかった。

「おい、にんにく大魔人。ゆかりはてめえに触られるのが、嫌だって言ってるぞ。やめてやれよ」

 宮城が、目の前で起こっていることが信じられないといったような顔で、俺とゆかりの顔を交互に見やる。

「聞こえねえの?ゆかりは、ブサイクで気持ち悪いてめえなんかに助けられるより、イケてる俺とセックスがしてえんだってよ。てめえがどんなにゆかりが好きで、ゆかりを幸せにしようとしても、ゆかりはブサイクなてめえと一緒に暮らすくらいだったら、ここで一人で野たれ死んだ方がいいんだってよ」

「そ、そんな――」

 宮城が口を動かした瞬間、桑原が宙を舞い、宮城に強烈なドロップキックを浴びせた。桑原は倒れた宮城に馬乗りになり、宮城の顔面に拳、鉄槌の雨あられを降らせる。

「調子乗ってんじゃねえよっ、にんにく大魔人!てめえみたいなブサイクは、恋をすんなよっ。お前を好きになる女なんて、一人もいねえよっ。お前に好かれた女は、自分がこんな化け物でも手に入れられるレベルの女と思われていたのか、と思って、落ち込んじゃうだろ!女が可愛そうだろ!女が可愛そうだから、お前はもう恋をすんなよっ!って!莉乃ちゃんが言ってたぞ!」

 桑原も完全に火がついてしまったようだが、宮城を好き放題に罵倒しながらも、最後に莉乃が・・・を付け加えて、これが莉乃の命令であるように装う冷静さは保たれている。かなり苦しいだろうが、ここはとにかく、俺たちはあくまで莉乃の意志を受けて、にんにく大魔人をイジメているのだという形で押し切るしかないだろう。

 桑原が宮城を殴っている間に、俺はゆかりににじり寄り、正常位でのしかかって、抜けてしまったペニスを差し込みなおした。もはや諦めているのか、三か月ぶりの快楽に抗えなかったのか、ゆかりはまったく抵抗をすることもなく、俺を受け入れた。

「おい・・・にんにく大魔人。みろよ、ゆかりを。気持ちよさそうに、感じているだろう?男はよ、顔がすべてなんだよ。心がキレイとか、関係ねえんだよ。顔がよくねえ男にはよ、女を抱く権利はねえんだよ・・って、莉乃ちゃんが言ってたぞ」

「にんにく大魔人!てめえのちんこが、なんで勃たねえか知ってるか?それはな、ブサイクな子供が生まれて、学校でイジメられて苦労しねえように、女がブサイクな子供を持って悲しまねえように、神様が、てめえを子供が作れねえ身体にしてやったんだよ!だからお前はおとなしく、セックスをしねえで生きろよ!人の楽しみはセックスだけじゃねえだろ!なんか別の趣味見つけろよ!って!莉乃ちゃんが言ってたぞ!」

 桑原と俺の口撃をダブルパンチで浴び、宮城はノックアウト寸前である。莉乃のせいにするのもかなり無理のある話になってきたが、もはや止められない。とにかく、莉乃と俺たちが味方であることだけ伝わればいい。いや、もう、復讐も何もかも、どうでもいいかもしれない・・・。かつてない量の雑菌にまみれたゆかりのヴァギナの襞から、ゴムを通して俺の亀頭に伝わる快感が、莉乃への恨みも、なにもかもを消し飛ばそうとしていた。

「にんにく大魔人・・・お前みたいな気持ち悪いはげデブには、女を愛する資格はねえんだよ。お前の存在価値はな、ブサイクでもギリギリ望みがあるくらいの顔の男に、自分より醜いヤツがいるって、自信を与えてやることだけだ。そして、お前への見返りは、何もない。バカにされるだけの運命から逃れたかったら、恋を諦めろ。女を諦めて、一生、アニメの世界の女と恋愛して生きてろ。って、莉乃ちゃんが言ってたぞ!」

 ゆかりの手を握り、身体をしっかり密着させて、おまけにキスをしてやりながら腰を振り、マグロ状態のゆかりを突きまくった。二人の愛がしっかり伝わる体位で、宮城がしたくてもできない、下半身の運動を見せつけてやった。

「うっうぉっうっうっうっ」

 宮城利通が、二十九年間積み上げてきたものが崩れていく。

 女に愛されるために――たった一人、自分を愛してくれる女を得るために生きた、二十九年間。いつか春が来ると信じて生きてきた、二十九年間。

 就職ができなくてもいい、貧乏から抜け出せなくてもいい、みんなに好かれなくてもいい、尊敬されなくてもいい。たった一人、人生の伴侶が得られれば、それでよかった。神は、宮城のそんなささやかな願いにすら、耳を傾けることはなかった。

 現代のフランケンシュタイン――。すべての希望を失った宮城利通の辿る道は、復讐しかないはずである。莉乃に振られただけではまだ立ち上がれなかった宮城も、これ以下はないと思ったゆかりにまで気持ちを踏みにじられて、いい加減に目が覚めたはずである。自分がこの社会、この世間と、絶対に相容れない存在――復讐者としての定めを背負った男だと、気が付いたはずである。少しやり過ぎてしまったかもしれないが、結果的には、これでよかった。

「うっうおっううっ。うっうおっううっ」

 宮城の流す涙が、どす黒い鼻血とともに、朽ちた床に染み込んでいく。底なしの慟哭が、山小屋の中にこだまする。

 可愛そうな男だと思う。東山には、自分が安住できる「巣」を作れた時期があった。俺にもこれから、人生のパートナーとの未来が待っている。しかし、宮城は、今まで一度として幸福な時期を過ごした経験がないまま、冷たい檻の中に閉じ込められなくてはならないのである。外にはもう出てこれないかもしれないし、長期の務めを終えて出てきたところで、もうペニスはにんにくを食っても役に立たない状態になっているかもしれない。俺、東山、宮城。三人の怪物の中で、一番可愛そうなのは、紛れもなくこの宮城である。

 なにかこの男のためにできることがあれば、この男がキッチリとこの世間にケジメをつけた後に、出来る範囲でやってやろうと思う。拘置所に差し入れに行くとか、友達として面会に行って励ますとか、まあ、そのぐらいのことしかできないが、哀れなフランケンシュタインを生み出しておきながら、何も手を差し伸べなかった世間よりマシだと思って、それぐらいで勘弁してもらいたい。

「うっうおゥっうおうっうおっ」

 すべての涙が枯れたあと、人間、宮城利通の皮が破れ、復讐鬼、にんにく大魔人が覚醒する。宮城の夢が、宮城の叫びが、慟哭とともに吐き出される。 

 女に、愛されたあい。女のぬくもりに、触れたあい。女の柔らかさを、味わいたあい。

 恋がしたあい。

「うっ・・・いくっ、いく」

 白濁の液を、薄いゴムの中に放出した。考えてみれば、避妊具をつけてゆかりと事に及ぶのは、これが初めてのことである。生でしたいのは山々であったが、ゆかりに万が一のことがあった場合、警察に体液を摂取されてしまうのは、非常にまずい。

 性欲に一区切りをつけた俺は、純玲に再び電話をかけた。今度は、芝居のためではなかった。

「おい。明日、莉乃と決着付けるからよ。お前も地蔵山に来いよ」

「え・・・?私、やらなくちゃいけないことがあるんだけど・・・」

「うるせえ。いいから来い。俺の言うことに従えなきゃ、お前を莉乃と同じ敵と見做して、酷い目にあわすぞ」

「わ、わかったよ・・・・」

「おう、絶対来いよ。朝の九時に、莉乃が山小屋に来ることになってっから、それまでにはお前も、山を登ってこい。遅刻すんなよ」

 前々から純玲の、俺の気持ちをまったくわかってないかのような態度、発言が気になっていた。この間こそ、俺に協力するかのようなことを言っていたが、具体的には、まだ何か手を貸してもらったわけではない。これからの明るい未来を信じるためにも、最後の最後、莉乃終焉の地に純玲を呼ぶことで、純玲に俺への、永久の愛を証明してもらう必要があった。

「うっうおゥっうおうっうおっ」

 精神を完膚なきまでに破壊されて咽び泣く宮城の顔面は、頬骨が折れたのか、焼き立ての食パンのように膨れ上がり、両目のふちにパンダのような痣ができ、平時は明太子のような太い唇は、紫色に腫れ上がってナマコのようになっていた。精神以上に、顔面の崩壊もすさまじい。この化け物のような顔を目にしたとき、莉乃がどれほどの恐怖を味わうかと考えると、今からワクワクしてどうしようもない。

「うっうおゥっうおうっうおっ」

 五十路男と見まごう宮城の、五歳児のごとき泣きっぷり。

 今のうちに、泣いておくがいい。夜が明けたら、この男には大仕事をしてもらわなければならない。明日になったら、泣いても喚いても、もう引き返すことはできないのである。

「うっうおゥっうおうっうおっ」

 今のうちに、泣いておくがいい。出すものを出してすっきりした俺は、純玲にも見せたことがない、地蔵菩薩のように穏やかな顔を、不適応の後輩、復讐の定めを背負った男、宮城へと向けた。

 その後も休憩をとりながら、連続してゆかりを犯しているうちに、空が白み始め、ランタンの光に頼らずとも、山小屋の中の様子が鮮明に見えるようになっていった。明けない夜はない。止まない雨はない。しかし、終わらない地獄は、ある。

「おい、にんにく大魔人。おまえ、ゆかりのことを愛してるんだったら、これ飲めるよな?」

「うぼぅふぉふぉっ。うぼぅふぉふぉっ」

 俺がプラスチックの使い捨てコップに作った「まんこ、おしりの雑菌ジュース」を鼻に近づけてやると、宮城は頭を振って、抵抗する素振りを見せた。

 莉乃たちが現れるまでの暇つぶし。しかし、これはにんにく大魔人の中に残った、わずかな人の心を消滅させる、大事な作業でもあった。

 その場の流れでちょっと暴れすぎて、莉乃がゆかりを散々利用した挙句、俺や桑原を使ってイジメようとしている―――俺や桑原の「親分」である莉乃に、宮城の憎しみを向かわせるという作戦はかなり厳しくなってしまったが、ゆかりが宮城を拒絶したことで、新たな芽が生まれた。これ以下はないという醜いゆかりにすら振られ、自分に女に愛される望みが完全に潰えたと思い込んだにんにく大魔人を、「弾け」させるという作戦である。完全に自暴自棄にして、後先を考えない暴力行為に及ぶように持っていくのだ。

 もちろん、暴走といっても、完全に見境がなくなるのは困る。俺や桑原、あるいは純玲の方に向かってきてしまうのはまずい。

 だから俺は、こう考えた。やり過ぎてしまったのを今さら取り繕うのではなく、徹底的にやる。俺や桑原の恐怖を植えつけることによって、こいつらには逆立ちしても勝てないと思わせる。俺に大事にされている純玲にも、手は出せないようにする。宮城が恨む人間の中で、現実的に手が出せるのは莉乃しかいないと、消去法で莉乃を襲うように持っていくのである。

 緻密な計略の上に書かれたシナリオではない。ガキが悪さをするのと同じ、勢いと流れ――が、勢いと流れを、バカにしてはいけない。勢いのまま、流れに乗るまま突き進めば、親を廃人にまで追いやることもできるし、学校からイジメをなくそうとした一人の優等生を、殺人者にまで追いやることもできるのである。

「お前、これが飲めねえってんなら、ゆかりのこと愛する資格ねえぞ。男はな、女のくせえところをどれだけ舐められるかで、愛の深さが決まるんだぞ。知らねえのか」

「うぼぅふぉふぉっ。うぼぅふぉふぉっ。うっうぅぅおっおっ」

 桑原に宮城の口をこじ開けさせ、ゆかりのおしっことうんこと愛液を混ぜ合わせた液体を、無理やり流し込んだ。当然というべきか、全部吐き出してしまった宮城に、桑原の鉄拳が容赦なく飛ぶ。

「あーあーあー。勿体ないことしちゃって。実は、さっきこっそり、莉乃ちゃんのおしっこうんちドリンクと、入れ替えておいたのによ~」

「う・・・うぶっ?」

「うそだっ、バーカ!」

 宮城が突然顔を上げたのが、「だったら早く言えよ!」と言っているように見えたのが癪に障り、すだれハゲ頭を叩いてしまった。俺がロマネ・コンティと引き換えにしてでもいいから飲みたい莉乃のおしっこを、にんにく大魔人が先に飲むなど、許されぬことである。

 続いて、俺はゆかりの大きく膨らんだおなかに顔をくっつけ、喉を締め、高い声を出す準備をした。

「お母さん、わたし、おなかの赤ちゃん。わたし、お母さんから産まれるの、嫌なの。お母さんみたいに臭くなりたくないし、ブスになりたくないから。お母さんから産まれたら、わたし、にんにく大魔人みたいな化け物としか結婚できない。だからわたし、産まれるの嫌なの。わたし、純玲お姉ちゃんのお腹から産まれたいの」

「やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて」

 ゆかりの子のふりをして、ゆかりをボロくそに言ってやると、ゆかりは耳を塞ぎ、大きなお腹を抱えながら、部屋の隅へと逃げていく。なぜ女の子のフリをするかといえば、そちらの方が、どういわけか、宮城に与えるダメージが大きいようだからである。

「貴様、よくも私に、汚い母乳などをかけてくれたのう。貴様の臭い身体で抱いてくれたのう。罰として、貴様はこれから毎年一人ずつ、にんにく大魔人の子供を産む。そのにんにく大魔人の子供は一年で大きく成長し、お前とセックスをする。お前が妊娠するまでセックスをし、お前が妊娠した瞬間、にんにく大魔人の子供は死ぬ。そしてできた子供はまた一年で大きく成長し、お前とセックスをし、子供を作る。お前はそれを、これから先死ぬまで繰り返す」

 今度は、毎日ゆかりの母乳を浴び続けたせいか、カビだかコケのようなものに侵食されてしまった「けんじ地蔵」と「たつや地蔵」を両手に抱えながら、ゆかりに恐怖の予言を伝えてやる。黄色い鼻水で、口元をぐちゃぐちゃにしながら、ゆかりが泣きわめく。

「てめえは、もう絶対、地蔵の呪いから逃げられねえんだよ。てめえはこれから俺ではなく、あそこにいるにんにく大魔人の子を産むんだ。これからにんにく大魔人のところに嫁ぐ最後の思い出に、俺のモノをたっぷり味わえ」

 ゆかりの、卵かけご飯みたいにぐちゃぐちゃになった口元にキスをしてやりながら、俺は昨晩から数えて四回目の、ゆかりとの結合を始めた。

 振り返ってみれば、この女は俺の人生で、もっとも多く身体を重ねあった女であった。俺が何もかもどん底で、性犯罪を起こす一歩手前にいたときに巡り合った女。ある意味、恩人ともいえなくもない。なにかがちょっと違えば、この女と生涯添い遂げることもあり得たのであろうか。

「なわけ、ねえだろ・・・。てめえには、にんにく大魔人がお似合いだ・・・」

 ゆかりを生涯の伴侶とは出来ぬ理由のひとつは、容姿の問題である。

 自分を良く弁える俺は、美人は眼中になく、並み程度の女だけを専門としている。ストライクゾーンが広いのではなく、外角いっぱい、あるいは内角いっぱいしか打てないということである。

 だからといって、あからさまなボール球までも打てるというわけではない。物珍しさでセックスはできても、結婚相手として考えるのは、なかなか難しいものがある。

 しかし、なんとかは三日で慣れるという言葉もある。俺が付き合う女に何を求めるかといえば、俺の考えを何より尊重し、他の誰でもなく、俺だけに尽くそうとしてくれる性質である。ゆかりがもっと、俺という人間のことを知ろう、理解しようとしてくれれば、面倒を見てやろうという気にもなったかもしれない。

 ところがゆかりは、まるでガキのように、自分の欲しいもの、やりたいことを主張するだけで、家事ひとつやろうとはせず、俺の望みを何一つ満たしてくれようとはしなかった。俺という人間の中身にはまったく興味を持たず、趣味嗜好、過去のことなどを聞いてくることも一切なかった。そんな女に愛情を持てる男が、一体この世のどこにいるというのか。

 だったら手放せばよかった、という話ではあるが、やはり獣欲の発散相手として、今までゆかりが必要だったのは事実である。実際、純玲と出会っていなければ、俺はまだゆかりをあのアパートに留めおいていただろう。もしかしたら、相変わらず俺に母乳だけを飲まれ、子どもは赤ちゃんポストに奪われながらも、俺と死ぬまで一緒に暮らす未来もあり得たのかもしれない。

 結局は、俺がゆかりよりも魅力的な純玲と出会い、純玲と一緒に暮らす未来に魅力を感じた、それがゆかりが追い出されることになったすべてであった。

 その純玲と、俺は一段高いステージに登ろうとしている。俺がこれから、この地蔵山でやろうとしていること、それは間違いなく、世間の価値観からいえば、悪とされることである。たとえ悪でも、それをやることで相応の利益が得られるのなら理解されるかもしれないが、これから俺がやることでは、金が得られるわけでもなく、誰かに貸しを作るわけでもない。まさに他人から見れば理解不能、子どものイタズラと同然の行為である。

 だからこそ、純玲を呼んだ意味がある。密教でいうところのグルイズム。東山と桑原の関係もそうだが、グルの命令が理不尽と思えれば思えるほど、それを実行した人間の信仰の深さが証明できる。もし、純玲がこの山小屋で俺がやることを、最後まで完璧に見届けられたなら――それでも俺から離れずにいてくれたなら、俺と純玲の絆は、永久に切れぬものとなるに違いなかった。

 逆に、純玲が俺から逃げ出せば、俺は純玲を処分しなければならない。莉乃への復讐を中止しても、何を捨ててでも真っ先に、純玲を始末する。一度俺の心にここまで深く食い込みながら、俺から逃げるなどは、断じて許さぬ。殺害するか、もしくは顔面に大やけどを負わせ、二度と他の男のところに走れないようにしなければならない。

 それで刑務所に入ることになるなら、それで結構。伴侶のいない人生など、生きていても仕方がない。俺も東山と宮城を世間への復讐の尖兵とし、彼らの人生を崩壊させようと考えるからには、自分自身の人生を投げ打つ覚悟もある。

「・・・そろそろ、ゲストが到着するころだな・・・うっ」

 俺の子を二人も産んだ女との、最後のセックスを終えた。ゆかりは強姦されたことと、身重の体に何度も負荷をかけられたショックからか、相当な体調不良に陥っているようで、俺に殴られて腫れた顔面は蒼白になり、何度も嘔吐を繰り返していた。死にそうになっている女をヤッているというのに興奮して、一晩で四度も射精してしまった。一年前の子づくり強化月間で、日曜日に六発射精の記録を打ち立てたとき以来のハッスルである。

「・・・ちょっと、アイツらを迎えに行ってくるからよ。ゆかりとにんにく大魔人のこと、見といてくれよ」

「ウッス。でもその前に、アニキ、身体を水で流した方がいいっすよ。いちごの臭い、完璧にうつっちゃってます」

「・・・・そうだな」

 俺は桑原の助言に従い、宮城が備蓄していたミネラルウォーターを浴びた後、宮城や莉乃が持ってきた食料をパクつく桑原に禽獣たちの見張りを任せ、いったん、山小屋を出ていった。

 山小屋の外に出ると、山道を純玲と莉乃が、五メートル以上のパーソナルスペースを空けながら登ってくるのが見えた。莉乃は例の中学のジャージ姿。純玲は部屋着のスウェット姿である。

 今日は、唐津の姿はない。大事な大事な、海南アスピレーションとの団体交渉がある日だからである。

 凛々しいところを見せる相手がいない莉乃は、本当は休みたかっただろうが、唐津がいないから休むというのでは、いちごちゃんに構う本当の理由を、周囲に気づかれてしまう。唐津がいないときだからこそ、ジャンヌダルクらしいところを発揮しなければならないのである。

「蔵田さん、もう来ていたんですね。いちごちゃんは、どうしていますか」

 わかってはいても、やる気のなさは隠しきれないようで、莉乃の声音には、明らかに張りが感じられない。メイクにもほとんど時間をかけなかったのか、目じりには小じわが目立ち、ほうれい線も刻まれて、三十二歳丸出しといった風情である。

 メイクばっちりの莉乃よりも、すっぴんの莉乃を見る方が、より一層、興奮した。化粧もしない、アクセサリーもつけない、服も着ていない、生まれたままの莉乃に、むしゃぶりつきたかった。三十二歳の莉乃を、これから痩せたり太らせたり、洗ったり洗わなかったり、全裸に剥いたり、大人用幼稚園の制服を着せたり、水着を着せたり、妊娠させたりせなかったり、色々なことをしたかった。

 俺の望みを、莉乃はかなえてくれなかった。俺の望みを叶えてくれない女などは、どうなっても構わん。この地蔵山で、にんにく大魔人の凶刃に倒れ、ゆかりの糞を食らって大きくなった虫の餌食となろうが、どうとも思わん。

 丸菱の倉庫で、莉乃と唐津に出会ってしまった俺は、いかにも不幸であった。俺だけが不幸な思いをしなければならないなど、納得できない。不公平、不平等を解消しなければならない。莉乃や唐津にも、俺という人間と出会って不運だった、不幸だったという感想を味あわせなくては、納得できない。

「・・・よう、莉乃ちゃん。一足先に小屋に着いたらよ、大変なことになってたんだ・・・」

 俺が言うと、莉乃は首を傾げながら、山小屋の中を覗いた。

 小屋の中の様子をみた瞬間、莉乃は両手を口元にあて、息を飲んだ。驚くのは当然である。かつて自分が、歪んだプライドを満たすためのサンドバッグとして利用し、精神を破壊させ、街を彷徨う性欲の怪物、にんにく大魔人へと変えた男が、当時よりさらに醜くなった姿で、目の前に現れたのだから・・・。

「い・・・いやっ、いやァッ」

「うぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅァっ」

 莉乃の悲鳴と、宮城の唸るような泣き声が交錯する。二つの声は、共鳴し合うように大きくなっていく。

 床を転げ回りながら咽び泣く宮城は、どこからどう見ても、小学生の子供のようである。その姿を目の当たりにした莉乃は今、自分が化け物のように扱ってきた宮城にも子供時代があり、彼を愛した父母がいたということを想像させられている。どれほど無神経な人間でも、たとえ相手が重罪を犯した人間だとしても、子どもを産み育てた親の前で、子供を愚弄したり、罵倒したりできる人間は、そうはいない。

 宮城はけして、最初から怪物などではなかった。自分の軽はずみな言動が、人として生まれた宮城利通を怪物に変えてしまった事実を、莉乃は今さらながらに自覚したのである。

 対する宮城が突きつけられているのは、自分が社会というフィールドの中で、どう逆立ちしても挽回できない弱い立場にいるという事実である。

 莉乃は宮城を見て、悲鳴を上げた。悲鳴をあげる――恐怖を感じるということは、宮城に対して、自分を弱者と認識しているということである。

 子供、老人、障害者、女、男。トラブルが起きた際、今の社会では、肉体的に弱い者から順に保護されることになっている。双方の言い分もロクにきかず、肉体的に強い方が一方的に悪いとされ、弱いとされる方が保護される。

 弱い者を保護するのはいい。だが、モラルのない者を保護するのは如何なものか。保護されるべき対象ならば、相手に何を言ってもいいと思っている。社会の仕組みを過信し、弱者という立場を、貴族のような特権階級だと思い込んでいる。莉乃のような馬鹿者を下手に保護の対象とするのは、それこそ子供に銃を与えるようなものではないか。

 住む家もなく、寄る辺もなく、セックスの経験もない醜い男が、安定した住環境にあり、友人も多数いて、セックスの経験も沢山ある女に怖がられている。この構図、どっちが弱者か?どっちが守られるべき対象か?どっちが同情されるべき対象か?

 自分より遥かに恵まれた生活条件にあり、充実した人生を送ってきた相手が、保護されるべき対象にもなっている。こんな社会のどこに、正義があるというのか。ここから宮城に、どう挽回しろというのか。

 宮城が莉乃に対抗できる唯一の武器は、肉体的な強靭さだけ。宮城が莉乃に勝つ手段は、神が男に与えた腕力を用いて、ひ弱な女である莉乃の肉体を蹂躙することだけである。

 行け――はやく。チャンスは、今しかない。俺は宮城の横にそっと、山道で拾ってきた、直径十センチほどの鉄棒を置いた。殺傷力を考えるなら刃物の方がいいだろうが、俺の方に襲い掛かってこられたらたまらないし、俺が警察に怪しまれても困る。どうにかその鉄棒で、莉乃の頭をスイカのように砕いてもらいたいと思う。あと、俺にできるのは、エールを送ることだけだ。

「莉乃ちゃん・・・驚いただろうが、ゆか・・・・いちごちゃんが、やべえみたいなんだ。ちょっと、助けてあげてくれないかな」

 すでに室内には、ゆかりの吐しゃ物による、ピザと牛乳を混ぜ合わせたようなにおいが漂っているが、ゆかりはすっかり空になった胃袋から、なおも透明な液体を吐き続けている。

 俺はゆかりが苦しんでいる様を莉乃に見せた上で、莉乃を、ますます体調不良が深刻になってきているゆかりを看護するように促した。もちろん目的は、莉乃を小屋の奥まで呼び寄せて、にんにく大魔人が莉乃を襲いやすくするためである。

「でも・・・私・・・・あの・・・・それじゃ・・・島内さんも、一緒に・・・・」

「ごめんね。私は虫、苦手だから。莉乃ちゃん、一人で頑張って」

 莉乃に付き添いを求められた純玲が、離婚した旦那に向けるような、冷たい顔で言い放った。これまで常に、困ったときには必ず誰かが助けてくれる環境の中で生きてきた莉乃が、初めて人から突き放され、一人で問題解決に挑まなくてはならなくなってしまった瞬間だった。

「わ・・・わたし、やっぱり・・・・」

 唐津もいないこの状況において、一人でにんにく大魔人が待ち構える袋小路に入るモチベーションを捻り出せない莉乃が撤退しようとした、そのときであった。

「りのちゃ、りのちゃ、やさしい子。りのちゃ、りのちゃ、いちごのおねえちゃ。りのちゃ、りのちゃ、かわいい子。りのちゃ、りのちゃ、いちごのおねえちゃ」

 ゆかりのスーパーアシスト――。本人に助けを求められ、これでジャンヌ・ダルクとしては、とうとう逃げられない状況となった。ここで逃げてしまったら、後々、愛する唐津に何と報告されるかわからない。莉乃はビニール手袋と、ゲロまみれのゆかりの身体を這い回る虫をよけるための割り箸をもって、「いちごちゃん」の傍へ行かざるを得なくなったのである。

 恐る恐る、ゆかりに歩みよっていく莉乃は、一歩踏み出すごとに、山小屋の入口の方を振り返っている。いつかは、大好きな唐津が、白馬に乗って突然現れて、か弱い莉乃を助けに来てくれると期待しているのだろう。

 これまで、俺はとうとう、莉乃本人から、唐津への想いの丈を聞くことができなかった。それを聞いたとき、自分が平静でいられる自信がなかった。敵を良く知ることが、敵を倒すことに繋がるという古の兵法を実践しなければならないと何度も自分に言い聞かせたが、できなかった。

 仕方のないことだと思っている。大体、それができるぐらいなら、俺は莉乃を懲らしめようとなど思っていないのだ。

 俺は、莉乃が好きだった。本当に好きだったのである。莉乃と交際し、願わくば結婚したいと思った。その想い自体は、純粋なものだった。俺の純粋な恋心を踏みにじられた。想いが強烈だった分だけ、振子のように、恨みも強くなった。

 人が人に危害を加えようするからには、大義というものが必要である。ここまで莉乃への復讐を世間への復讐と位置付けるため、あれこれと理屈をくっ付けてみたが、突き詰めれば、振られた三十路男の私怨というところに落ち着く。それだけで片づけられたとしても、それはそれでいい気もしてきた。

 忘れられない、という病。振られた恨みを絶対に忘れず、相手に思い知らさなければ気が済まない、執念深い男。新しく女が出来たにもかかわらず、すべてを失う危険を冒してまで復讐に走る、愚かな男。ありふれた言い方をすれば、個人のアイデンティティ――この世に二人としていない、俺でしかない俺という人間の証明が、他人から見れば愚かな報復行為をすることによってできるなら、それもいいではないか。

「い、いちごちゃん・・・だ、大丈夫・・・・?」

 莉乃が商店の裏で手を洗っていたときの、嫌悪感に満ちた顔――。本当は勝手に野たれ死ねばいいと思っているにも関わらず、みんなに褒められたいから、唐津の心を掴みたいから、ただそのためだけに、自分より十二も年上のホームレス女に優しくしたことを、莉乃は心底後悔していることだろう。

 ゆかりも宮城も、愛情に飢えていた。旺盛な食欲と性欲―――生きようとする力が人一倍強い彼らは、愛情を求める強さもまた、人一倍だった。何もかも恵まれた人間が、からかい半分で近づいていい精神状態ではなかったのである。

 容姿が醜い彼らが愛情を求めるのは、罪なのだろうか。人の迷惑を顧みない愚行なのだろうか。

 俺にそれを断ずる気はない。そんな権利はないからだ。俺は彼らを虐げているようだが、一方で、尊重もしている。ゆかりとはセックスをしたし、宮城には、復讐のお膳立てをしてやった。いずれも、動物相手にはできないこと。彼らを尊厳ある人として見ているからこその行為である。

 ここは、人に良く思われる目的だけにゆかりを利用し、歪んだプライドを満たすためのサンドバッグとして宮城を利用した――彼らを下等生物、化け物としか思っていない莉乃に、ジャッジメントをしてもらうこととしよう。莉乃の裁きを受けた宮城とゆかりがいかなるリアクションを見せるか、大人しく判決に従うのか、反乱を起こすのかを、見届けてやろうではないか。

「い・・・いちごちゃん、ちょっと我慢してね。おなかの上にいる虫を、とってあげるからね」 

 莉乃がゆかりの傍に到達したのを見計らって、俺は桑原と一緒に、こっそりと山小屋から出て、宮城の視界から消えた。これで山小屋の中には、宮城と莉乃、ゆかりの三人だけが残されたのである。

 宮城の傍には、俺が持ってきた鉄棒が置いてある。山小屋の扉から宮城がいる位置までの距離は三メートルはある。宮城がすぐに動けば、いきなり俺や桑原が山小屋に飛び込んだとしても、莉乃に一撃を加えるには十分に間に合う。

 これだけの条件が整ったらば、先ほどの莉乃の悲鳴により、世の中の理不尽と矛盾を突きつけられた宮城は、莉乃の脳天をかち割りに行くはずであった。宮城が男ならば、人としての誇りがあるならば、やれるはずであった。俺の中の常識では、やらなければいけない、やって当たり前の場面であった。が――――。

 宮城はこの後に及んでも動かず、相変わらず子供のように、床に這いつくばりながら泣きわめいているだけなのである。

 これが何度目の落胆だろうか。これが何度目の失望だろうか。

 ここまで俺は、何度期待を裏切られても、辛抱強く、宮城に現実を教え、宮城を支援し続けてきた。宮城がいかなる醜態を晒し続けても、それでも宮城を男と見込んで、場を整え、動機を作り、莉乃殺害の―――世の女に復讐するお膳立てをしてやったのである。プロ野球でいったら、打率一割で、ホームランを一本も打っていない選手を、辛抱強くレギュラーで使い続け、個人的な打撃指導までしていたぐらいの優遇である。

 冗談などではなく、俺は宮城から、恩人と感謝されてもおかしくない自信があった。ダメな子ほどかわいいという言葉もある。ここで宮城が男を見せたのならば、俺は宮城がムショに入った暁には、必ず何らかの支援をしただろう。文通や面会などを通じて、今度は本当の親友になれたかもしれない。

 それをこの男は、俺の気持ちを最後まで踏みにじり、たかが犯罪者の汚名を着ることを怖れ、くだらない偽善に縋りつくのをやめなかったのである。俺もいい加減呆れはてた。莉乃を懲らしめる前に、この情けない豚を屠殺してやったほうがいいのではないかという気になってきた。

「・・・たぶん、もう宮城さんに期待するのは無理だよ。諦めようよ」


 黙って事の成り行きを見ていた純玲が、計画の中止を勧めてきた。失望が失望を覆い尽くす。この女は、俺の信者になりえなかった。俺の期待に、応えてはくれなかった。殺すしかなくなった―――。

「なんだよ・・・・てめえ、やっぱり俺のやろうとしていることに反対するのかよ」

 底冷えのするような声音で言い放ったのだが、意外にも純玲は、動じた様子を見せない。

「そうじゃないよ・・・。ようは、重治さんは、莉乃にキレイごとでは解決できない現実がある、てことを教えてやれればいいんでしょ。それだったら、他にも方法はあるんじゃないかな」

「そいつは、どういうことだよ」

「ハッキリとはいえないけど、莉乃の常識では解決できないような、とんでもない恐怖を味あわせれば、重治さんの望みは叶うんじゃないかな・・・」

 具体的なアイデアがないなら、この正念場で余計な口を出すなとドヤしつけることもできたが、それを躊躇わせたのは、この地蔵山には、確かに、純玲の言う通りのことを実行するに十分な条件が揃っているという、客観的事実である。

 純玲の言わんとしていることはわかる。莉乃を懲らしめるだけが目的だったら、もっと手っ取り早い方法はいくらでもあった。それこそ、夜道で後ろから襲い掛かるだけで事足りた。そんな単純なやり方で、莉乃を大した苦痛もなく一瞬で逝かせてしまうのではなく、莉乃に生きることが嫌になるほどの思いをさせたかったからこそ、俺は回りくどい道を敢えて選び、宮城を使うことに拘りつづけてきたのである。

 宮城は最後まで、莉乃に復讐しようとはしなかった。しかし、宮城を利用すること自体は、まだあきらめなくていいかもしれない。あの男は、ただ居るだけで莉乃に恐怖を味あわせることができる、醜い容姿という「才能」がある。それを最大限、生かしてやれば――。

「ほっほ前はひはっ、僕がふらやまひいんだっ。僕のほほろがひれいだから、ふらやまひくて、ほんなことをひてるんだっ」

 宮城が、この後に及んで減らず口を叩いたところで、俺は桑原と一緒に、宮城に飛びかかっていった。殴り、蹴り飛ばし、桑原が宮城を、あっという間に羽交い絞めにした。

 動きを封じたところで、俺は宮城の紫色のジャージを、黄色いシミの浮かんだ白ブリーフごと脱がし、ビニール手袋を嵌めた手で、宮城のペニスを掴んだ。分厚い包皮に覆われたピンク色の亀頭をむき出しにしてやると、「おから」のような薄黄色の恥垢がポロリと落ち、辺り一面に、酸イカの臭いが、むわぁり、と漂った。

「くっ、蔵田さん・・・虫が取っても取っても、いちごちゃんの身体に登ってきて・・・・きゃあぁっ!!!」

 ドタバタと大きな音を立てている俺たちの方を向いた莉乃が、普段外気に触れていないせいで、少年のころから色素のまったく落ちていないサーモン・ピンクをした宮城の亀頭がこんにちはしているのを見て、大きな悲鳴を上げた。

 莉乃が絶対、自分のおとぎ話の中に入れたくない、醜い宮城――その宮城のもっとも醜い部位を見せつけられたのだから、莉乃の恐怖は大きかったはずである。あれが何かの間違いで自分の身体の中に入ってしまったら、忌み嫌う宮城の子供を孕んでしまうかもしれないのである。

 莉乃のワーキングメモリーに、莉乃の常識ではありえない、おとぎ話の中に絶対に登場するはずではなかった情報を送り込んでいく。一つずつ、一つずつ・・・・許容範囲の限界を超えるまで。

「りのちゃ、りのちゃ、やさしい子。りのちゃ、りのちゃ、いちごのおねえちゃ」

 ゆかりは莉乃が自分から離れないように、莉乃の手首を必死に掴んでいる。火事場の馬鹿力というのか、その力は相当に強いようで、莉乃は腰を上げることもできない。ただひたすら、くさいゆかりの身体を這い回る虫たちを、箸で取りのけ続けるしかなかった。

「ひほはん・・・ひへへふははい」

 殴り過ぎて歯がボロボロになってしまったせいでうまく聞き取れないが、おそらく、「莉乃さん、逃げてください・・・」と言ったのだろう。宮城の偽善も、もはやここまで行けば、「信念」であり、尊敬してもいいものかもしれない。

 しかし、あいにく、俺にもまた、この世間にケジメをつけるという「信念」がある。それは、宮城の信念などよりも遥かに固いものだ。信念を守るため、俺は不快感を押し殺し、宮城のペニスの皮を剥いたのである。

「おい、にんにく大魔人、元気ねえじぇねえか。何のために、にんにくばっか食ってたんだよ」

 AVの撮影でも、男優のペニスが硬くならず、撮影が中断することもあるという。精力に自信がある男でも、衆人環視の場で勃起するというのは、案外難しいことらしいが、それにしても、宮城はこれまで毎日、精力のつく食べ物ばかりを食べてきたはずである。それが、愛する女の裸と、かつて愛した女の中学のジャージ姿を見て勃起できないとは、なんたる体たらくであろうか。俺など、ゆかりを朝までに四度も犯したにも関わらず、テントが張って、痛くて痛くて、どうしようもないというのに。

「役立たずは、ちんぽまで役立たずなんだな」

 宮城のなめくじのような、くさいペニスを指で弾いて遊んでいると、突然、上着を脱いで、タンクトップ一枚となった純玲が山小屋に飛び込んできて、俺と桑原を蹴りつけてきた。

「何やってんだ!私が好きな宮城さんを、イジメてんじゃねえよ!」

 純玲がなにか、芝居をしようとしているのが直感でわかった俺は、わざと大げさに飛んで見せ、その後を純玲に任せた。純玲は宮城に艶っぽい表情を向けると、彼の肩に手を置き、息が吹きかかるくらいに顔を近づけていった。

「宮城さん。私、実はずっと、宮城さんのこと、好きだったの。私はずっと宮城さんと一緒になりたかったけど、今までずっと、蔵田が逃がしてくれなかったのよ。だけど、私もう迷わない。こんな酷い目にあってる宮城さんを見て、黙っていられない。私、宮城さんが好き!私と一緒に、ここから逃げようっ!」

 よほどのピュアでも、芝居だとわかる場面――。しかし、女に愛されることは、宮城にとって、人生で最大の望みなのである。信じたい気持ちを抑えることは、難しい。大声で泣きわめくのをやめ、明らかに戸惑った様子の宮城に、純玲がトドメの口づけをした。

 キス――愛の証明。セックスという行為に、淫ら、獣欲丸出しというイメージが付きまとうのに対し、キスは人間同士の愛情を、まったく汚れたイメージを抱かせずに表現する行為である。かつて、デリヘルを利用した際にも、宮城は純玲に、まずはキスを要求してみせた。

 愛―――それが宮城にとって、何よりの媚薬だった。にんにく大魔人と称されるほど、精のつく食べ物をいっぱい食べても勃たなかったペニスが、純玲の手の中で熱を持ち、みるみる膨張し、そりたって行く――。天を貫く塔のようになったペニスを、純玲が二、三度扱いてやると、あっという間に、白濁した液体が宙を舞った。

 天性の長距離砲――萎えた状態でも二メートルは飛ぶ宮城の精液は、勃起によってパワーを水増しされ、莉乃の頭上を遥か越え、壁際に立てかけられた廃棄の椅子を汚した。予想を遥かに越える飛距離。産まれて初めて、女に愛された宮城の快楽がどれほどの強さであったかが伺える。

 女に、愛されたあい。女のぬくもりに、包まれたあい。女の柔らかさを、味わいたぁい。

 恋がしたあい。

 弾けた赤い実――宮城利通のすべてが、一分前から愛し始めた女の手淫の刺激により、白濁の液体となって放出され、一分前まで愛していた女と、数か月前まで愛した女を目がけて、飛び散っていく。

 精力のつく食品を大量にとり、自慰行為を我慢して、精液を溜めに溜めた宮城の射精は、むろん一発では終わらない。そして、一発撃つごとに、精液は当然、勢いを失い、飛距離は落ちていく。一発目、二発目のコースを見て、純玲が冷静に、銃口の向きをコントロールする。

 宮城の偏った食生活、禁欲による精液チャージ、純玲の芝居―――。すべての努力の果てに、往年のバックスクリーン三連発を越える、四発目の射精が、ついに莉乃の首筋をとらえた。

「ひやっ・・・・」

 宮城の生暖かい精液の感触―――。それは紛れもなく、生けとし生きるものの温かみである。人が生きている証――命の温かみが、莉乃のおとぎ話を崩壊させる――。

 絶叫―――莉乃はゆかりの手を強引に振り払い、山小屋の外へと飛び出していった。ジャンヌダルクも、唐津との交際も、関係ない。何もかも捨て去るほどの、生命の温かみの不快感に、莉乃はもう耐えられなかった。 

「キモっ・・・・」

 気持ち悪い、というストレートな表現と、略し言葉で相手の不快感を煽る効果の絶妙なハーモニー。誰が使いだしたのか知らないが、威力、汎用性ともに、おそらくは二十一世紀最強となるであろう罵倒語で、純玲は宮城の心に芽生えた希望を一刀両断した。

 純玲がミネラルウォーターで、汚いものを触った後の手を丹念に洗う。慟哭とともに、名刀正宗の硬度だった宮城のペニスが、塩をかけられたナメクジのように萎んでいくのを見届けてから、俺は山小屋を飛び出して、莉乃を連れ戻すべく、後を追いかけていった。

 莉乃は、あっさりと捕まった。山小屋を出た莉乃は、登山道を降りる以前に、山小屋の前に散乱したゆかりの糞を踏みつけ、滑って転んでいたのである。

 赤いジャージを糞まみれにして泣きわめく莉乃は、先ほどの宮城同様、子供に還ったようである。人を見下すことも、人を陥れることも、男の味も知らなかった少女のころに戻りたい――。色とりどりの花が咲き乱れていた莉乃の頭の中の景色は、今、糞便がそこここに乱れ落ちる餓鬼道に塗りつぶされたのである。

「やめろぉっ!やめろぉっ!やめろぉっ!!!!!!」

「ね、ねえさん・・・それは、まずいんじゃ・・・」

 山小屋の中で、ひときわ大きなどよめきが起こった。ぽごぉ、ぽごぉ、と、何かが破裂するような、すさまじい音が聞こえる。

 俺は、しばらくは足腰が立ちそうにない莉乃を置いて、山小屋の中に戻っていった。

 驚愕―――カルキ臭、納豆臭、ドリアン臭、魚介類臭、ピザ臭、チーズ臭、百獣の王ライオン臭、便臭、アンモニア臭、金属臭が漂い、血、吐しゃ物、糞、小便、涙、汗、精液、愛液、食べ散らかされ腐敗した食物、ガラクタ、埃、昆虫の死骸で床を埋め尽くされ、クロゴキブリが宙を舞い、ワラジムシ、ダンゴムシ、ヤスデ、ムカデが我が物顔で闊歩する山小屋の室内で、俺の女、純玲が、大きく膨らんだゆかりの腹を、つま先で思い切り蹴りつけていた。

「おい・・・おめえ、どうした」

「コイツがっ・・・この臭いババアが流産すれば、莉乃にもっと地獄を見せられるっ・・・。このきたねえババアが、きたねえ子供を産むところを見せられれば、莉乃にトラウマを植え付けられるっ・・・!」

 狂気で爛々と光る純玲の目は、もはや人のものではなかった。俺の望みを叶えることだけにすべてを賭け、俺と一緒に見る世界だけをすべてと信じる、狂信者の目であった。

 純玲のスニーカーのつま先が、ゆかりの横腹をえぐる。

「ごぶっふぅ。ごぶごぶごぶ」

 ゆかりの口から吐き出されるゲロで滑って転倒しても、純玲はくじけない。

「重治さんのために、子供を産ますんだ。コイツの子供、殺してやるんだ」

 純玲のかかとが、ゆかりの、赤、緑のゴマがつまったへそを踏み潰す。

「ぐばっ、ぐばっ、ぐばぁっ」

 ゆかりの口から吐き出される胃液の中には、真っ赤な血液が混じっていた。

「おいっ、ババア!産めよ!さっさと汚えガキを産めよぉ!こんなきたねえ場所で、ホームレスのくせに、平気でガキを産める恥知らずなババアがよ!私の重治さんのために、ガキを流産して見せろぉ!」

 美しかった。愛おしかった。

 人は彼女のことを、共依存の病気女と見るであろう。しかし、俺を喜ばせるために、人であることすらやめようとする純玲の顔は、俺には愛の女神にしかみえなかった。

「純玲、お前の気持ちは伝わったよ。ありがとう、ありがとうな・・・。だが、これ以上やったら、お前は殺人者になっちまう。そこまでしなくていい。そこまでしなくても、お前は俺の女だ。ずっとずっと、俺と一緒だ」

 大きく息をつき、肩を震わせる純玲を、胸の中に抱き寄せた。純玲も俺の背中に手を回し、硬く抱擁しあう。ゆかりにとっては、腹を蹴られたことよりも、あるいはその光景の方が致命的なショックだったのだろうか。

 赤、白、黄色の液体が、ヴァギナから漏れ出てくる――。二年前、たつやが産まれたときに、見たことがある。破水だった。

「すーっ、ふーっ、すーっ、ふーっ」

 ゆかりの息がやにわに荒くなり、汗が噴き出し、肩が大きく揺れ出した。精神的肉体的なショックで産気づき、陣痛が始まったのだ。間もなく、子供が産まれるのである。

 外的刺激を受けたことがトリガーとなったといっても、もう芳醇な母乳が出るようになっていることからして、もともと出産は近づいていたのだろう。いま、目の前で起きているのは、果たして流産なのか出産なのか、微妙なところである。

 どちらでも、構わなかった。赤ん坊が生きていようが死んでいようが、どっちでもいい。いずれにしても、その子は莉乃に、この世にはキレイごとでは絶対に解決できないことがあることを教える、俺にとって最高の孝行息子、あるいは孝行娘となるのである。

「りのちゃ、りのちゃ、やさしい子。りのちゃ、りのちゃ、いちごのおねえちゃ。りのちゃ、りのちゃ、かわいい子。りのちゃ、りのちゃ、ゆかりのともだち」

 ゆかりが痛みをこらえながら、精一杯大きな声で、莉乃の名前を叫ぶ。周囲を敵に囲まれながら、出産に挑もうという状況である。ともだちと信じる莉乃を傍に呼びたいのは当然であるが、これでは宮城の面目は丸つぶれである。

 やがて、桑原に手を引っ張られて、莉乃が山小屋の中に入ってきた。自分を呼ぶゆかりに背を向けて、山を下りていく勇気もなかったのだろう。無理もない。これでゆかりが息を引き取ってしまったら、相当、寝覚めが悪い。

「莉乃ちゃん、来てくれたか。いちごちゃんが産気づいちまったんだ。いちごちゃんがにんにく大魔人の赤ちゃんを産むの、手伝ってくれないか。莉乃ちゃんが協力してくれないと、いちごちゃん、赤ちゃんと一緒に死んじまうかもしれない」

 すれ違いざま、莉乃が俺を、刺すような目で睨んだように見えた。この数か月の俺の憎悪に気付いたのかまではわからぬが、俺の一言によって、莉乃がますます逃げられない状況に追い込まれたのは確かだ。

 俺を悪魔と思うか。俺を人でなしと思うか。

 悪魔で結構、人でなしで結構。悪名を被るのは屁でもない。しかし、大切なことを忘れてはいけない。

 俺が悪魔であること、人でなしであることは、すべてこの女が自ら望んだこと。初め、莉乃に純粋な恋心を抱いて近づいた俺を悪魔呼ばわりしたのは、他の誰でもない莉乃本人である。莉乃の描くおとぎ話の中で、与えられた配役を演じてやった俺には、感謝されこそすれ、恨まれるいわれはない。

 山から下りたら、俺を知る者たちに、したり顔で、「だから、アイツはわたしの思った通りの悪魔だったでしょ」とでも自慢すればいい。思う存分、「皆に悪魔から守ってもらっているか弱いわたし」を演じればいい。

 それが望みだったのだろう?

「い・・・いちごちゃん・・・・いま、来たから、ね・・・・」

 莉乃がゆかりの傍まで来た途端、び、び、びーっ、と、厚紙を破く音がして、ゆかりの尻から、水のような糞が飛び出してきた。子どもなど、そう簡単に出てくるものではない。いきめば先に、出やすいものから出る。こうなるのは仕方ないことだが、莉乃には刺激が強かったようで、大きな悲鳴とともに硬直してしまった。

「りのちゃ、りのちゃ、ありがとう。りのちゃ、りのちゃ、傍にいて」

 莉乃が来たことで安心したのか、ひっくり返ったカエルのように股を広げ、仰向けになっているゆかりのヴァギナからは、もう、髪の毛がまばらな赤ん坊の頭が覗いている。

 出産――命を産み出す大仕事。それ自体は、莉乃もいずれは自分も乗り越えなくてはいけないこととして、覚悟をしているであろう。唐津の子を産みたいと思っていることだろう。もし、ゆかりの子供の親が、見た目がマシな普通の男だったならば、莉乃は喜んで産婆を引き受けたかもしれない。

 しかし、今、頭が見えている子供を仕込んだのが、莉乃が忌み嫌う怪物、にんにく大魔人であることを意識し始めた途端、話しは変わってくる。実際には、ゆかりが産もうとしているのは俺の子供であるが、俺の先ほどの言葉と、眼前の状況からして、莉乃は赤ん坊の父親を、にんにく大魔人、宮城だと信じているはずである。

 すだれのようなハゲ頭をし、どっちが妊婦かわからないような肥満体型をした宮城は、五十歳を越えているように見える。宮城のことを詳しくは知らない莉乃は、宮城の年齢を、本当に五十過ぎと思っているかもしれない。同じく、皮膚が垂れ下がり、深いしわが刻まれ、白髪の生えたゆかりは、その見た目は六十歳を越えているようである。自分の親のような年齢の男女が性の営みに励み、子どもを作っている・・・・。莉乃でなくとも、あまり想像したくはないことだ。

 醜悪な化け物の子に触れたくないと思うだけではない。莉乃が恐れるのは、憎しみの再生産である。あれほど痛めつけたにんにく大魔人の恨みを受け継ぐ子供が、間もなく産まれようとしている―――自業自得とはいえ、恐れおののくのは当然といえる。

「ひい、ひい、ふう。ひい、ひい、ふう。ひい、ひい、ふううううううう」

 三年前、たつやが産まれたときに、俺が教えてやったラマーズ法を忠実に実行するゆかり。莉乃とは違い、俺は六十の女が、五十の男に仕込まれた子を出産するためにいきんでいる姿に、途方もない性的興奮を感じていた。若く元気な女が子どもを産むという、当たり前の光景を見ても、何の面白味もない。年のいった醜女が、その命を賭して子供を産むのを見る、それが面白いのだ。

 近代以前、医療の設備が整っておらず、衛生環境も悪い中での出産は、文字通り、死の危険と隣り合わせであった。セックスという、気持ちのいいことをした結果、死ぬほど苦しい思いをする。えっちなことをして気持ち良くなった結果、苦しい思いをして死ぬ。ちんぽこのせいで、女が死ぬ。  

 小学校高学年のころ、初めて歴史というものを体系的に学び、昔の出産は命がけということを先生から聞いたときから、ずっと、出産は命がけ、というところに、性的興奮を抱いてきた。

 この三年間の、ゆかりとのプレイ内容が思い出される。あるときは、お互いに幼稚園児のコスプレをしながら、セックスをした。あるときは、俺が赤ちゃんの恰好をし、ゆかりには割烹着を着せたおばちゃんスタイルをさせて、中に精液を出した。あるときは、ゆかりに「しげはるさんのおちんちんに、ちゅっちゅっちゅ」などと言わせながらペニスを舐めさせ、そうして大きくしたペニスを、ゆかりに刺し込んでやった。あるときは、「俺がイクときに合わせて、おならをしろ」などと命令し、タイミングを外して、射精に至る一分以上前にガスを放ってしまったゆかりを殴りつけながら、ゆかりの中に射精をしたこともあった。あんなふざけたプレイをした結果、ゆかりは苦しんで死ぬはめになったのである。笑わずにはいられなかった。

 自分自身でもいいが、自分より醜い男の種によって女が妊娠し、そして苦しみ抜いて出産した末に死ぬ、というのが、一番興奮する。今まで女に振られ、恨みを持つたびに、俺は女に、電車で帰宅中の、脂ぎったバーコード頭のサラリーマンの靴下を嗅がせたうえで、おやじちんぽを刺し込み、その種によって孕んだ子供を産ませ、俺がその子供を踏み潰して殺しながら、女が陰部からの出血多量により息絶えるところを眺める妄想を繰り返してきた。

 そんな妄想から派生して生まれたのが、醜く無能な男と、同じく、醜く無能な女を交配させ、この世でもっとも醜く無能な人間を生み出す、「超劣等東洋種族製造計画」である。

 第二次大戦下、大陸は満州の地で行われていたという、頭脳、体格、運動能力、容姿に秀でた日本の若い男と、同じく高いスペックを持ち、ジンギスカンの末裔など血筋にも恵まれた大陸の女を日夜セックスに励ませ、優秀な東洋民族を作らせるという狂気の計画・・・・。そのロマンに魅入られた俺は、自分は頭脳、体格、運動能力、容姿、あらゆるスペックの劣った男女を交配させ、史上最低の東洋人種を作りだすことを夢見た。

 誰が得をする?俺が得をする。世にも醜い男と世にも醜い女が、お互いの身体を貪り合い、赤ちゃんを作り、産み、その子供が学校でイジメられ、苦しんで自殺するところを見届けられたら、俺はもう、一生セックスなしでも生きていける。

「ひい、ひい、ふう。ひい、ひい、ふう。ひい、ひい、ふうううううう」

 今、ゆかりのヴァギナを突き破り、外界に飛び出そうとしている子供を、俺ではなく、にんにく大魔人の子と思い込む―――五十歳童貞が、女とやりもしない内から衰えてしまったペニスをにんにくを食べまくって復活させ、六十歳で、身体を三か月洗っていない女とセックスをしてできた子供だと思い込む―――。

 すると、俺のペニスはどうしようもなく硬くなり、カウパーを垂らし、子供を作る準備を始めてしまう。このうえもない興奮、このうえもない快楽。触れてもいない俺のペニスが、今、絶頂を迎えようとしている。

「きゃあああっ、いやあああああっ!」

 山小屋の屋根に止まっていたのであろうカラスが、一斉に飛び立つほど大きな、莉乃の悲鳴。まだ、マヨネーズの会社のキャラクターのような頭頂部が見えているだけだった赤ん坊が、一気に鼻先まで出てきたのである。同時に、アメリカンチェリーのようなどす黒い血液が噴き出し、ゆかりのヴァギナに取りついて膣分泌物を貪っていたクロゴキブリを押し流した。

 眼前の凄惨な映像は、すべて、えっちのけっかにより齎されたものである。気持ちいいことをしたら、こうなってしまったのである。笑いが止まらなかった。

「やだああああああっ、もう、やめてえええっ」

 泣きわめきながら、逃げようとする莉乃の手首を、ゆかりがむんずと掴んで離さない。衰弱しきっているであろう身体のどこに、そんな力があったのか。緊急時に解除されるリミッター。人間が本来持っている筋力を最大限に開放したときに生まれるパワー。火事場の馬鹿力。生命の神秘。

 誰よりも沢山食べ、誰よりも沢山排泄し、誰よりも強烈な体臭を発し、誰よりも沢山子供を作り、誰よりも沢山、母乳を出した。四十四歳のゆかりは、その身体のすべてを使って、人間が生きるとはいかなることか――キレイごとを抜きにした生々しい姿を、出会った人間に伝えようとしていた。考えようによっては、それは人類が叡智を究めることよりも、尊いのかもしれない。

「りのちゃ、りのちゃ、やさしい子。りのちゃ、りのちゃ、いちごのおねえちゃ」

「やさしい子じゃない!おねえちゃんじゃない!」

「りのちゃ、りのちゃ、かわいい子。りのちゃ、りのちゃ、ゆかりのともだち」

「・・・・・ともだちじゃない!」

 産婆を務めているのならば、子どもを取り出してあげなければいけない場面――。しかし莉乃はここで、さっきまで純玲が踏みつけていたゆかりの腹部を、その痣の上から、滅多無尽に踏みつけ始めた。ゆかりが全身で表現しようとしているテーマの崇高さは、莉乃にはまったく伝わらなかったようである。

「・・・りの、ちゃ、りの・・・・ちゃ、やさしい子。りのちゃ、りのちゃ、ゆかりのともヴァビッ」

 莉乃の踏みつけが、ゆかりの顔面をとらえた。総合格闘技選手ばりの強烈な一撃を食らって、ゆかりの黄ばんだ歯が、血の海の中に飛び散る。二発目――枯れ枝が折れる渇いた音。鼻骨が砕け散ったようである。

「す・・・すんません。俺、もう見てらんないッス」

 口元を覆いながら、背中を揺らしている桑原。こんなに官能的なゆかりを見て、なぜに吐き気を催してしまうのか、俺にはさっぱりわからなかった。

 もう、限界だった。触れてもいない俺のペニスが脈打ち、トランクスの中に精液を放つ――。

「・・・ぴもぱ・・・・ぴもぱ・・・・・ぽもだぴ、ぽもだぴ」

「ともだちじゃなあああああああああいっ!」

 高々と上げられた莉乃の足が、ザクロのようになったゆかりの顔面目がけて、振り下ろされる―――。同時に絶頂を迎えた俺は、快楽に抗えず、目を閉じて、決定的瞬間を見逃してしまう――。昨晩から五発目の射精というのが信じられないほど、トランクスの広範囲が湿り気を帯びた。

 目を開けると、俺の視界から、なぜか莉乃の姿が消えていた。代わりに現れたのは、黒褐色の肉塊――宮城であった。莉乃はどういうわけか、壁際でうずくまっていた。

「はいびょうぶ、べすよ。もうはいびょうぶでふから、べんぴなこぼもをふんであべてくばはい。ぼふば、ふいてまふはらね」

 桑原の拘束から解き放たれた宮城が、莉乃をタックルで突き飛ばし、莉乃にかわって、産婆ならぬ「産爺」となった。それが、俺が目をつむっていた間に起きた出来事のようだった。

 宮城が土壇場で選んだ最後の女は、莉乃でも純玲でもなく、ゆかり――彼にとってのいちごであった。真実の愛がどこにあるのか、自分が生涯添い遂げるべき女が誰なのか、宮城は結論を出したのである。

「や・・・めて・・・・や・・・めて・・・・・や・・・・めて」

 宮城はゆかりの手を握りしめているようだが、当のゆかりの方は、宮城に触れられることを嫌がり、手を剥がそうともがいている。齢は四十四になり、ホームレスにまで身を落としても、宮城と一緒になるくらいなら、死んだ方がマシということだろうか。

 つい三十年か四十年前までは、女は今のように、男を選ぶことができなかった。家庭に押し込められ、高等教育を受けられず、女が経済的に男に依存せざるをえない立場だった時代は、女は男のルックスがどうの、性格がどうのということは言ってられなかった。選り好みしている間に年を取り、容色や出産能力が衰えてしまうことは、死活問題だった。

 時代は下り、女の社会進出が進み、経済力を持つようになると、女に一人で生きるという選択肢が生まれた。妥協してまで冴えない男と一緒にならなくとも、本当に自分好みの男が現れるまで待っている余裕ができた。結果、性欲のはけ口を得るため、男は昔ならしなくてもよかった苦労をしなくてはならなくなった。昔なら、高望みさえしなければ女の一人や二人は得られたであろう宮城は、莉乃のような女たちの問題ではなく、時代のせいで、性欲の怪物、にんにく大魔人となってしまった、という見方もある。

 男を選べるようになったことが、女を本当に幸せにしたのか、というのも怪しいところである。自由は競争を生み、競争は嫉妬を生む。望むという発想がなければ、それを手に入れられぬストレスに苛まれることも、それを手に入れた者に恨みを抱くこともない。

 差別と平和は、立派に共存できる。昔の女のように、運命に流されるだけだった方が、幸せということもある。家庭から解き放たれ、自由の身となったことにより、女が得たものも大きかったであろう。しかし、女は同時に、昔なら味合わなくてもよかった、争いにより生じる苦しみに苛まれることにもなってしまったのではないか。

 溜まったガスは、どこかで抜かなければならない。たとえば、自分に好意を寄せてきた男を、わざと大げさにこき下ろして、自分はもっと上の男と一緒になるべきレベルの女である、などといった妄想に没入したりすることによって。

 そうやって男を舐め腐ってばかりいれば、いつかは痛い目に遭う。そういう意味では、莉乃も時代の犠牲者といえなくもない。

「私じゃない・・・・私のせいじゃない・・・・・」

 莉乃はパイプ椅子や布団などのガラクタが乱雑に積み上げられた壁際で蹲り、嗚咽を漏らしている。もはや誰の目にも、限界は明らかであった。こうなってしまうと、中学のジャージ姿などというマニアックな恰好でいることが、余計に痛々しく見える。

「あーあーあー、しょうがねえなー。まったくもう」

 莉乃が産婆を投げ出し、「産爺」宮城は、出産についての知識がまったくなく、手を握っているしかないという中で、純玲が部屋の隅に置いてあったバケツに、宮城が備蓄していたミネラルウォーターを注いで、それを宮城に手渡した。

「あんた、手なんか握ってないで、この水を自分の体温で少しでも温めて。赤ちゃんが産まれたら、この水につけるんだよ」

 ハッとした宮城は、言われた通りに、腕を肘までバケツにつけて、水を産湯に変えようと試み始めた。しかし、不潔な環境で動きまわったせいで汚れていた宮城の両腕は、バケツに汲まれた水を、瞬く間に泥水に変えてしまう。こんな水に産まれたばかりの赤ん坊をつけたら、皮膚炎になることは免れない。宮城は急ぎ、水を入れ替えた。

「う・・・・ぅうおっ」

 慌てふためく「産爺」をあざ笑うかのように、ゆかりのヴァギナから、赤ん坊の頭が一気にでてきた。「産爺」としては、赤ん坊を速やかに取り出し、母親を楽にさせてあげなければいけない場面である。

「ひっ、ひいっ。柔らかいっ」

 まだ首の座ってない赤ん坊の、ぶよぶよの頭蓋骨に触れた宮城が、驚き慌て、後じさってしまった。産爺にあるまじき醜態である。  

「あーあーあー。ったく、どこまでもだらしねえな、お前はよ」

 結局、純玲がゆかりと「産爺」との間に割って入り、赤ん坊を取り出しにかかることになった。純玲に助産師の免許があるはずもないが、そこは「女の勘」で何となくフォローできるのだろう。試行錯誤しながら、するすると赤ん坊を旋回させつつ、ゆかりのくさいヴァギナを潜らせていく。

「ゆ・・・・ゆかりさん。頑張れ、頑張れ」

 もはやエールを送ることしかできない「産爺」であったが、ここで一つの疑問が生ずる。宮城はいま、ゆかりを実の名前で呼んだ。妙な話である。いままで宮城は、ゆかりのことを一貫して「いちご」と呼んでいたはずである。急に呼び名を変えたのは、俺が来たおかげで、本名がわかったからか?それとも、俺の方が勘違いしていただけなのか・・・?

「けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご、けんじ、たつや、いちご」

 ヴァギナから、子どもと一緒に、赤ワインのような血を噴き出させるゆかりの顔面は、蝋人形のように蒼白となっている。痙攣するたびに、両のおっぱいが、ぶるっ、ぶるっ、と揺れ、母乳が滴り落ちている。

 子どもの名前を連呼しているのは、薄れゆく意識の中、大事な者の思い出だけでも、あの世に持っていきたいという願いからだろうか。そういえばゆかりは、以前、俺が桑原と初めて山小屋を訪れた際にも、「けんじ、たつや、いちご」を連発していた。

 大事な者・・・・?けんじとたつや、二人の実子のあとに、いちごという名前を口にする、ということは・・・?

「よし・・・・・いけそう」

 純玲がようやくのことで、文字通り真っ赤な体色の赤ん坊を取り出した。同時に、魂が抜け落ちていくかのようなゆかりの呻き声が漏れる。

「い・・・・・いちごっ」

「ちょ・・・ちょっと」

 産爺とは名ばかりで、糞の役にも立たなかった宮城が、生まれ落ちた赤ん坊を、純玲から奪い取った。いつにない強引な態度である。まるで、子どもが何日も前から楽しみにしていた、クリスマスプレゼントの包みを開けるような・・・・。不思議に思って見ていると、宮城は赤ん坊の股間をじっくりと確認し、それを、眼前のゆかりの股間と何度も見比べているようである。しばらくすると、安堵の溜め息がもれ、笑顔がこぼれた。

 俺はすべてを察した。この場で本当の勝利をおさめたのは、俺ではなかったのだ。
「もういいだろ。おばちゃんと赤ん坊はにんにく大魔人に任せて、俺たちはさっさと山を降りようぜ」
 俺は山小屋に残っている面々に向かって、撤収の声をかけた。

「おい!とっと降りるぞ。めそめそ泣いてないで、さっさと立て」

 純玲に中学ジャージの襟を引っ張られても、莉乃は自分の足で立ち上がろうとはしない。腰が抜けてしまったようである。

 今回のこと、莉乃はすべて俺が仕組んだことだと気づいただろうか。気づいたうえでなお、俺を罵倒したことを後悔せず、むしろ、「わたしの見る目は正しかった。アイツはやっぱり悪魔だった」と自賛するだろうか。

 たしかに、見る目は正しかったのかもしれない。だが、それは単なる結果論である。莉乃が俺と付き合ってくれていたら、そこまでいかなくても、俺を侮辱したりしなければ、というIFを想定していない時点で、一方的な、極めて不公平な見方だ。

 莉乃が俺にやったことは、例えれば、飼い主が内心厄介に思っている犬を、檻に入れっぱなしで、散歩も連れて行かず、餌もやらずに放置して、たまたま近づいたところに噛みついて来たら、それ見たことかと保健所に連れていくようなことである。

 俺は当初、莉乃を好いていた。莉乃が俺と交際をしてくれれば、俺が莉乃を幸せにしようと、まともに生きていた可能性はあったといえるだろう。現に、純玲とは、俺はいい関係を築いているのだ 
 交際は断ったとしても、もっと穏便な言い方であったなら・・・「ありがとう」「ごめんなさい」の一言さえ言えていたなら、俺とて、報復などは考えなかったに違いない。仮に報復したとしても、俺の方が百パーセント悪いのだということになって、周囲には誰一人として俺を擁護する者はいなかっただろう。俺のプライドを必要以上に傷つけるようなことをしてきた時点で、莉乃の過失なのだ。

 大事なことは、過去はともかく、俺は莉乃の前では、けして悪行など積んではいなかったということだ。もし、男が好いた女に、何の根拠もなく「怖い」となど言われたら、「悪魔」などと罵られたら、その男はどう考え方を変えたらいいだろうか。怖いと言われないため、善人であるよう心掛け、精一杯優しく振る舞って、なお怖いと言われ続けたら、一体どうしたらいいだろうか。

 怖いと言われて傷つくのは、自分を優しい人間だと思っているからである。それなら、自他ともに認める怖い人間になってしまえば、問題はすべて解決するではないか。

 ベストな結論とは、大抵の場合、シンプルな結論である。プロレスのヒール役がいい例だが、自分が怖い人間、悪い人間であるのを最初からわかっており、それに誇りすら持っている人間であれば、悪い、怖いと言われても、何の痛痒も感じないどころか、喜びにさえなるのだ。

 莉乃が俺や宮城に好き放題言っても平気でいられた根拠は、汚い雑菌おじさんである俺や宮城が、美しく、か弱い莉乃に対して報復するのが「悪いこと」である、という思い込みであろう。莉乃は何一つ悪くない自分に、俺や宮城が危害を加えるのは「悪いこと」なのだから、俺たちは何もできないはずだとタカをくくっている。

 しかし、残念なことに、自分が怖い人間であることを認めており、悪いことをするのを屁とも思っていない俺の前では、莉乃が頼りにする根拠では、何の抑止にもならないのである。そして、少なくとも莉乃の前では正しい、優しい男であろうとした俺を、悪を屁とも思わない男に変えたのは、他の誰でもない莉乃本人だ。

 俺は莉乃が望む通りの悪魔となり、莉乃が望んだ通りのことをした。莉乃がみんなに守られるプリンセスを演じる舞台に、全面的に協力してやったのである。ちょっと気合が入り過ぎて、演出家の期待以上の演技をしてしまったが、それも役に対する強い思い入れあってこそのこと。主役がそれを上回る輝きを放ってみせればよかっただけだ。

「わたしじゃない・・・・・わたしのせいじゃない・・・・・」

 わたしのせいじゃない―――。莉乃はいったい、何の責任から逃れようとしているのだろうか。ゆかりを半死半生に追い込んだこと?こんなことになった大元の原因――自分が男を愚弄し、無暗に傷つけたこと?

 誰も莉乃のせいとは思っていない。俺のせいでもない。自分の意志で行動しているつもりでも、人ひとりの行動の裏には、目に見えない大きな力が働いており、それに操られているだけというのが実際のところだ。

 その大きな力こそ、世間というシロモノである。世間は大衆の総意であるが、大衆の総意が、必ずしも正しいわけではない。世間の価値観に迎合することによって得られる幸せもあるが、世間の価値観のせいで妨げられている幸せもある。個人個人が取捨選択をすればいいのであって、妄信すべきものではないのである。

 全部ひっくるめて、世間と対立する気になったら、また俺のところに来ればいい。その際には一週間風呂に入らず、トイレに行ったあと拭くのも我慢して来てくれれば、極上の快楽を提供してやる。

「アニキ。でもこんだけ滅茶苦茶やって、大丈夫なんすかね・・・?通報とか。なんなら、皆殺しにしちゃいます?」

「その心配はねえよ。なあ、にんにく大魔人」

 黙って俺を見つめ返す宮城の瞳の色には、俺に散々に屈辱を味あわされた憎しみと、赤ん坊の種を提供してくれた感謝の気持ちがない交ぜになった、複雑な思いが感じとれる。

「あっちも・・・・大丈夫だろ。下手したら、殺人犯だからな」

 ゆかりの身体に刻印された痣は、純玲がつけたものよりも、莉乃が新しくつけたものの方が、ひときわ大きい。ゆかりが産気づいた原因は純玲だったかもしれぬが、どちらが致命的な一打を与えたかといえば、それは莉乃の方だろう。

「莉乃ちゃん。今日起きたことは、全部悪い夢だったんだ。莉乃ちゃんが蹴ったことで、いちごちゃんはこのまま死んじまうかもしれねえが、それはしょうがないことだったんだ。黙っときゃ誰にもバレないから、平気だ。もし死体が誰かに見つかっても、よくあるホームレス女の自然死として処理されるはずだ。俺もみんなも、今日のことは誰にも言わねえ。忘れて、新しい幸せを見つければいいさ」

 自分に都合の悪いことは、みんな忘れる。それが、蹴躓いたものをあざ笑う連中が言う、「前だけを見て、くよくよするな」の真相である。この女はずっと、そういう者たちの言うことを信じて生きてきたのだろう。

 これからも、同じようにしていればいい。最悪、重荷に耐えきれなくなって、この日見聞きしたことを外部に暴露するなら、それはそれで、莉乃に深刻なダメージを与えられた俺の勝ちだ。どう転んでも、俺の望みは叶えられるのである。

「山を降りる前に、土産を頂いていくか」

 俺は床に転がっていたペットボトルを拾うと、キャップを空けて、虫の息のゆかりに近づいていった。もう出血多量で目がかすんでしまって、何も見えないのであろう。俺が近寄っても、何も反応はなかった。

「ガキが吸っちまうまえに、もらってくぞ」

 俺はゆかりの乳房を摘み、ペットボトルの中に、芳醇な母乳を流し込んだ。死が間近に迫っているにも拘わらず、ゆかりの乳房からは、四方八方に向かって、ぴゅうぴゅうと白いミルクが飛び散る。母乳は血液から作られるというが、ゆかりは自分が生きるための血液を犠牲としても、子供のための栄養を作り続けていたのである。

 ペットボトルの底に四分の一ほども母乳が溜まったところで、俺はキャップを締めた。俺が搾乳している間、宮城は産声を上げ始めた子供に夢中で、ゆかりのことなど一瞥もしなかった。

「じゃあな。いちごと一緒に、達者でくらせ」

 宮城にそう言い残して、俺は純玲と手をつなぎ、桑原、放心状態の莉乃とともに、山を下りて行った。途中、純玲が、家に帰る前に、ぜひうちに寄ってくれと言う。なにか、俺に見せたいものがあるそうだ。はやく自宅に帰って休むつもりだったが、別に純玲の家で休むのでも構いはしない。俺は電車に乗り込むと、自宅最寄り駅を通り過ぎ、純玲の家へと向かった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新記事
凶悪犯罪者バトルロイヤル
凶悪犯罪者バトルロイヤル
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。