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外道記 改 18



                         18


「わあ~。今日もいちごちゃん、可愛い~」

 百獣の王、ライオンの臭いが漂う山小屋に、赤の地に紫のラインが入った、中学のジャージ姿をした莉乃が、乾パンやカロリーメイトの入った袋を持って入っていった。

「あ!いちごちゃん、おっぱいの時間だったんだぁ~。けんじくんと、たつやくん、おっきくなるといいね~」

 莉乃の願い通り、俺の息子は大きくなっていた。俺にさんざん身体を弄ばれ、種を植え付けられた女がミルクを出しているところを、俺が身体を弄りたくてたまらなかった女が笑顔で眺めているという光景に、けんじとたつやを作った俺のミルクは、暴発寸前になっていた。

「しかし、酷いところですね・・・。うわわっ。ウンコが落ちてるっ」

 唐津が足元に注意しながら、扉の向こうに見える莉乃の後ろ姿を、不安そうに眺める。莉乃をこの地蔵山におびき寄せることができたのは、まちがいなく彼の功績である。労働組合の活動が下火になっている今、アピールの場に飢えている莉乃は、唐津に自分のダルクぶりをみせつけるため、出産を控えたいちごに栄養のある食べ物を届けてあげるとの名目で、定期的にこの地蔵山に入ることを同意したのだ。

 弱い者を守る使命感に満ち溢れた唐津さえ、戦意喪失気味になってしまうほど衛生的に劣悪な環境だが、莉乃は嫌な顔ひとつ見せず、いちごの糞を、バレリーナのような華麗なステップでかわし、小屋に入った後は口呼吸に切り替えて、まるで、大好きなお花畑にいるかのように振る舞っている。

 おそらく莉乃は、掃き溜めに鶴の言葉通り、そのままでは凡百並みでしかない自分のルックスが、お下劣な婆のいる、お下劣な環境に足を踏み入れれば映えて見えることを、本能的にわかっているのだろう。この地に、自分が追い詰めたにんにく大魔人の怨念と精気が渦巻いていることを知らぬ莉乃は、ここが死地とも知らずに飛び込んできたのである。

「けんじ、たつや、ゆかりの子。けんじ、たつや、ごはんのじかん」

 百獣の王の臭いを放ち、還暦にして妊婦という、ハードな見た目をしたいちごと莉乃が仲良くなれるかは気がかりなところであったが、いちごを、自分が「弱者を労わるプリンセス」を演じるためだけに利用しようとしているだけの莉乃にとっては、いちごがグロテスクであればあるほど都合が良く、張り切って優しくしようと思えるらしい。いちごの方は、この二年間というもの、俺、純玲、にんにく大魔人と、怖いことをする人間か、えっちなことをしようとする人間としか接してこなかったせいか、久々に、人間らしく接してくれた莉乃にはよく懐いているようであった。

「わあ!いちごちゃん、私にプレゼントをくれるのね!ありがとう~」

 言うやいなや、莉乃が引き攣ったような不自然な笑顔を浮かべて、小屋の中から出てきた。左手には、にんにく大魔人が買ってきたものと思われる、バナナが握られている。

「はい、蔵田さん。私、お腹すいてないんで、食べてください」

 いちごが、莉乃に友好の印にと渡してきたらしいバナナは、母乳とよだれと手垢で、びとびとに汚れていた。いちごの身体から出た雑菌が莉乃の身体に入るところをぜひ見たかったが、ここでイジメて、莉乃に機嫌を損ねられてもつまらぬ。俺にとっても、久々に味わうゆかりの雑菌は貴重な栄養素である。ありがたく、頂いた。

 すでに山小屋の中には、にんにく大魔人が買ってきた食料の他に、莉乃が持ってきた食料も置かれている。また、莉乃がここに来たと猿にもわかるように、山小屋の前で記念撮影した莉乃の写真も置いておいた。それらの痕跡から、にんにく大魔人は、地蔵山の愛の巣に、侵入者が現れたことに気が付くはずであった。愛の巣への侵入者の正体が、事もあろうに、己を人間から怪物にした帳本人である莉乃だと知ったならば、にんにく大魔人は今度こそ、莉乃を犯し、殺害するはずであった。

 が――。

 二週間前、莉乃がいちごへの餌付けを始めてから今日まで、にんにく大魔人がアクションを起こそうとする形跡は、まったくなかった。

 あの男は、このままいけば、大事な大事な、エッチなことし放題の女体を失うということを、わかっているのか?このまま手をこまねいていては、もう一生涯、素人女とセックスをする機会は巡ってこぬであろうことを、わかっているのか?

 愛の巣に侵入者が現れたことがわかったとき、にんにく大魔人は、いちごを行政に引き渡されることを怖れるはずだが、あるいはにんにく大魔人は、莉乃の目的が、弱い者に優しくする自分を周囲にアピールし、褒めてもらうことだけであることを理解しているのだろうか。かつて宮城であったにんにく大魔人が、そうであっただけに――。だから莉乃は、逆にどんなことがあっても、いちごを行政に引き渡したりなどはすまいと、安心しているのだろうか。

 いや。他人の気持ちを想像できないことにかけては東山クラスのあの男に限って、そんなはずはない。あの男はただ、この期に及んでもキレイごとに縋りつき、「然るべき場所に保護されるほうが、いちごさんにとっても幸せですから・・・」などと自分に言い訳して、莉乃への恨みを押し殺し、ただ犯罪者の汚名を着るのを恐れておるだけだ。

 あのにんにく大魔人は、魔人のくせに、どこまで腰抜けなのか?俺や唐津がいるから出ていけないというのならまだ仕方がないにしても、莉乃の家を調べて、一人でいるときに襲い掛かるとか、幾らでも方法はあるだろうに、なにをいつまでも、ぐずぐずしておるのか。

 もし、俺のにんにく大魔人に対する一連の行動を、あたかも神のように俯瞰して見守っている者がいたとすれば信じられないだろうが、俺はにんにく大魔人に対しては、実のところ、かなり同情的である。

 不細工な顔に生まれてしまったのは、本人は何も悪くはない。その顔のせいで女に酷い扱いを受け、女への接し方がおかしくなってしまったのも、本人のせいではない。あそこまで女の気持ちがわからないのは、顔のせいで敬遠され、まともな恋愛経験を積めなかったことよりも、何らかの発達障害を抱えているせいなのかもしれない。

 にんにく大魔人を笑いはしても、彼を責めるつもりは一切ない。元より、俺にその資格があるなどと思っていない。社会不適応の先輩として、俺がにんにく大魔人に偉そうにいえるのは、社会不適応者だからといって卑屈になり、社会に遠慮する必要などは一切ないということだけだ。

 負けることが恥なのではない。負けたままでいることが、恥なのだ。俺たちも間違っているかもしれないが、社会はもっと間違っている。こんな社会に、無理に適応する必要などはない。自分がどうしようもなく、この社会、世間と相容れない存在であることがわかったとき、その人間がやるべきことは、適応の努力をするのではなく、自分の不適応を愚弄し、屈辱を味あわせた者に対して、泣き寝入りせず復讐することだ。俺が莉乃や唐津にしようとしているのはそれであり、もしそうしたなら、俺は一人の男として、にんにく大魔人に拍手を送る。

 まだ親の援助を受けられるとか、愛する妻や子供がいるとか、立派な仕事があるとか、失うものがあるうちなら、人生を棒に振るのを躊躇うのはわかる。まだ、莉乃に振られてバカにされただけだったら、殺すまではしなくてもわかる。だが、今のにんにく大魔人は何も失うものがない、住む家すらないホームレスなのである。

 莉乃にはただ振られただけではない。にんにく大魔人は、莉乃が怪物・でぶ雑菌おじさんからみんなに守られるお姫さまを演じるために、散々利用されたのだ。その挙句、莉乃に絶望の淵に落とされ、死ぬことを考えていたときに見つけた生きる希望、いちごすら、莉乃に奪われようとしているのである。ここまで滅多糞にされて、一体どこに、莉乃への復讐を躊躇う理由があるというのか?あの魔人は、キンタマがついていないのではないか。

 いや、キンタマはついている。それも、途方もない量のおたまじゃくしを抱えたキンタマだ。なぜ、一生懸命こさえたおたまじゃくしで、いちごに子どもを産ませ、自分のペニスで作った母乳を飲むのを邪魔しようとする莉乃を、殺そうと考えないのか?なぜ、悪臭放つガーリックモンスターとなってまで作ったおたまじゃくしを莉乃の顔にべったりとつけ、恐怖を味あわせようと考えないのか?仮にも魔人ならば、耐えがたい屈辱を浴びせた莉乃に、怒りの一撃を食らわせるべきではないのか?

 断固として言うが、俺はにんにく大魔人を、自分の欲望のために利用しているだけではない。俺はあの魔人が男になるための舞台を整えてやったのである。俺は、不適応の先輩がここまでお膳立てしてやっているにもかかわらず、どこまでも煮え切らないにんにく大魔人に、怒り心頭に達していた。

「よう。そういえばさ、唐津くんのところに、週刊誌の取材が来たって話、もう少し詳しく聞かせてくれねえか?」

 昨日受け取ったメール――東山の個人情報流出事件のことで、週刊誌が唐津に取材を申し込み、早くもその晩のうちに、インタビューが行われた。なんでも、来週から週刊誌で、ネットで話題の東山の特集連載記事が始まるということで、唐津への取材の内容は、次号はやくも掲載される予定だという。東山破滅のマジックナンバーが、いよいよ点灯してしまったのである。

「僕が聞かれたのは、東山の職場での横暴な振る舞いについてのことです。どこで調べたのか、僕が労働組合を作ったことを知って、聞きに来たみたいですね。全部話しましたよ。僕たちがやられてきたことを」

「それで、記者は何だって?」

「東山のパワハラのことも書いてくれるみたいですけど、特集のメインテーマは、東山の奥さんが失踪したことらしいです。ひょっとしたら、東山が殺しちゃったんじゃないかって・・・もしそんなことになってるんだったら、話はパワハラとかの次元じゃなくなっちゃいますね・・」

 親族など、いつかは怪しむ人間が出てくるのは仕方がないが、週刊誌が早くも動くというのは、東山が「スーパースター」だからである。十八年前の同級生殺傷犯が、社会復帰後、奴隷工場の暴力親方として、弱い立場の派遣労働者をいたぶり、それが仇となってネットに個人情報を流され、挙句の果てに、妻殺害の疑惑まで浮上した・・・。週刊誌のネタとしては、申し分ないスキャンダルでだ。

 東山が追い詰められていくことは、東山を決起させる上では都合がいいが、それだけ手綱を握るのは難しくなるということである。これから俺は、ベテランの騎手のような絶妙なバランス感覚で、うまく東山を操縦しなければならない。金銭搾取から始まった東山利用計画は、いよいよ大詰めの段階に入ったのである。

「わあ。けんじくんとたつやくん、おいしそうにしているね。いちごちゃん、元気な赤ちゃんを産んでね。私、応援しているからね」

 いちごちゃん、いちごちゃんと、山姥のような悍ましいゆかりを、さも可愛い娘のように言う莉乃。女が、男の基準では明らかにブスでしかない女を褒めることがあるのは莉乃に限ったことではなく、その心理は複雑怪奇であるが、莉乃の場合は、「この女を可愛いということにしておけば、みんなは私のことを超可愛い、と思ってくれる!」というような願望でも込められているのであろうか。

 しかし、莉乃の中学のジャージ姿は何ともそそる。本当の子供が子供の恰好をしても何の魅力も感じぬが、成人を迎えた女が子供の恰好をしているというのが、マニアックで非常に興奮するのである。あざとい莉乃のことであるから、それを計算ずくでのコーディネートだったかもしれない。

 ボロボロの木戸の隙間から見えるいちごは、出産を控えてパンパンに張った乳房を絞り、皮膚の弛んだ腕に抱いたけんじ地蔵とたつや地蔵に、大量の母乳をばぴゅ、ばぴゅ、ばぴゅうと放射している。六十過ぎの妊婦が母乳を出すという、世にも奇妙な光景。これもまたこれで、たまらなかった。

 レイプ魔の血が騒ぎ出す。このままでは俺の方が先に、いちごと莉乃に、おたまじゃくしをべっとりと付けてしまいそうである。俺が我慢できなくなる前に、にんにく大魔人には一刻も早く動いて欲しいところであったが、どうやらヤツには、その気がないらしい。

 あの、肝心なときに役に立たないふにゃちん大魔人を奮い立たせるには、どうしたらいいのか?
時間的にシビアなのは、もう一方の怪物、東山よりも、むしろこちらの方である。

 いちごの腹はバスケットボールよりも大きくなっており、出産は間近に迫っているように思える。もし、いちごが子供を産んだなら、にんにく大魔人は子供を適当な赤ちゃんポストに放り込み、身軽になったいちごをさらって、何処かへと消えてしまう可能性が高い。

 派遣会社の寮かどこか、住む場所を確保したにんにく大魔人は、いちごに鍵付きの首輪をつけて監禁し、エッチなことをしまくって、今度は自分の赤ちゃんを産ませることだろう。その生活を眺められるというならそれでもいいのだが、俺の知らないところでやられたのでは、何の意味もない。

 長く見積もって、あと一か月。にんにく大魔人がこの地に留まっているうちに、勝負を決めなければならない。多少強引な手段を使ってでも、にんにく大魔人のリミッターを外し、莉乃を葬らせなくてはならない。

「なあ莉乃ちゃん。近頃この地域を徘徊している、にんにく大魔人って知ってるかい?」

 俺は、用事を終えて山から下りた後、商店の裏にあるトイレの水道で、汚物を触ったように入念に手を洗う莉乃に近づき、にんにく大魔人の話題を持ち出した。このまま一人で頭を捻らせていても、埒があかない。ターゲットである莉乃本人の口から、何かヒントを引き出せないかと考えたのである。

「・・・・聞いたことあります。街の方で、ものすごく臭くて、汚い顔をした、五十歳くらいのおじさんがウロウロしてるって」

 街の女子高生と同様、この女も、にんにく大魔人を五十路と言った。

 二十九歳で五十歳に見られるにんにく大魔人は、卒業アルバムを見る限り、十五歳で四十歳に見える顔立ちをしていた。近頃はアンチエイジングの研究も盛んであるが、おそらくこの先、彼がどれだけ努力をしても、二十代以下に見られることはないだろう。

 生涯の中で、十代二十代が「無い」という彼の人生を思うと、暗澹たる気分にならざるを得ない。たとえ本人の気持ちは若くても、周りはそうは見てくれないのである。肝心の女からオッサンだと言われれば、そうだと思うしかない。

 若さがすべてではないが、中身が同じだったら、若い方がいいに決まっている。心の中は、今まさに世に雄飛せんと意気込む若者で、セックスの経験は一度もないにも関わらず、肝心の若い女からは、人生の黄昏時を迎える中年で、もうバイアグラを使わなければ役に立たないと見られてしまう。冴えない顔だちではあるが老け顔ではない俺にとって、宮城の悲しみは、想像を絶する。

「・・・それじゃあ、ちょっと前まで同じ丸菱の倉庫で働いていて、莉乃ちゃんに告白してきた、宮城のことは覚えてない?」

「ああ・・・。あの人、どうしているんですかね。何だか凄い思いつめていたみたいだから、心配ですよね」

 よくもまあ、いけしゃあしゃあと言ってのけたものである。まるで宮城利通という人間が、にんにく大魔人という怪物になった経緯について、自分が何も関与していないとでも言いたげではないか。実際問題、そういうことにしておきたいのだろうが。

「その莉乃ちゃんに告白してきた宮城が、にんにく大魔人なんだよ。あいつは莉乃ちゃんに振られたことで心が壊れて、あれ以来、お嫁さんになってくれる女の子を探し求めて彷徨い歩く性欲の怪物、にんにく大魔人となって、この地域を彷徨い歩いてるんだよ」

 莉乃の顔が露骨に歪んだ。宮城を心配しているなどと言いつくろってはみたが、生理的な拒絶反応は、どうしても抑えられなかったようである。

「無理です。ほんとに迷惑です。なんでそんな夢を見ているんですか。結婚するだけが、人生じゃないのに」

 どうしてこう、息を吐くように、人の尊厳を踏みにじる言葉が出てくるのかと思う。

 学習障害を抱えたこの女は、小さい頃から人一倍、差別という言葉に敏感になって生きていたことだろう。世の中は平等でなくてはいけない。自分は平等に扱われなくてはいけない。その考え自体は立派なものだが、一つ解釈がずれているのは、この女は、「差別される障碍者の側ならば、健常者に対して何を言ってもいい」というふうに思い込んでいることだ。弱者の立場を、他人を貶める正当化に使っている。また、世間には自分が属するカテゴリとは別の弱者がいることにも考えが及んでいない。

 そしておそらくは、都合が悪くなれば、学習障害で語彙が少なかったせいにして逃げようとでも思っているのであろう。「学習障害」を保険として持ち歩き、都合の悪くなったときだけ、障害者の枠に雲隠れすることを、常に念頭に置いているのである。

「・・・私、間違ったことしましたか?しつこい人に諦めてもらうために厳しくいうのは、間違ってますか?私の中学校からの友達が、みんなああしろって言ってたんですよ?」

 中途半端に希望を持たせるよりは、最初から思い切り突き放した方がいい。家族、友人、財産など、失いたくない、大切なものがある相手にならば、それが有効なときもあるだろう。しかし、かつての俺や宮城のような、失うものが何もない相手にキツく言い過ぎても、反対に、火に油を注いでしまうだけだ。

 失うものが何もない人間には、踏み止まる理由がないのだ。これより下はもうないという、追い詰められたところにいるのである。立ち止まるも地獄、進むも地獄。だったら、コンマ幾つの可能性にかけてでも、希望の光へと向かって進んだ方がマシではないか。

 莉乃はさっきの言い分で、にんにく大魔人を理不尽な理由でズタボロにしたことを正当化できていると思っているのだろうが、とんでもないことである。

 莉乃の弁明を真に受けるなら、莉乃は絶望的に女にモテない三十路男――俺や宮城のように、極端に追い詰められた人間と今まで関わったこともなく、その気持ちもまったくわかっていないということになる。

 生まれつきコンプレックスとは無縁の美人がそうだというのなら、まだ仕方がないと諦められる。しかし、さして美しくもない三十路女が、自分を無理やり美人の側だと思い込んで――いや、「思い込むため」に、本来同じ穴の貉であるモテない三十路男を見下し、ケチョンケチョンに貶してくるというのはどうであろう。

 莉乃にコンプレックスがないのではない。莉乃はむしろ、俺に勝るとも劣らない、強烈なコンプレックスの持ち主である。

 莉乃と俺の違いは、コンプレックスというものを、否定するかしないかだ。莉乃はコンプレックスというものを心底恥ずかしいものだと思い込み、コンプレックスを抱えている自分を全否定している。だから、自分を必死に、生まれつきコンプレックスのないイケメンや美人の側に置こうとして、俺やにんにく大魔人のような、自分に言い寄ってくるモテない男の気持ちを滅茶苦茶に踏みにじろうとする。

 一方、俺はコンプレックスというものをある意味肯定的に捉えており、小さいときからちやほやされてきた美人よりもむしろ、莉乃のような不美人こそが、踏みつけられる者の痛みがわかる高尚な存在であり、本当に素晴らしいのは、そうした弱い者の気持ちがわかるはずの、優しい心の女と慎ましく生きていくことであると思っている。ただ単にブスに見下されてムカついているのではなく、「理想の女」に裏切られたことが悔しかったのだ、という考えもあるから、想いは複雑なのだ。

 田辺のように、都合の良いときばかり、女は星の数ほどいる――などと、ありきたりなことを言って、事なかれ主義を俺に押し付けようとしてくるヤツのことが、ずっと嫌いだった。そいつは一生そんなことを言って、誰一人本気で愛することもなく、絶対に手放したくない女も見つけられずに死んでいくのか?

 物事はすべて裏表である。失恋して思い切り落ち込めない男に、本気で女を愛することはできない。女を本気で恨める男は、同じくらい本気で、女を愛せる男。餓死しかけるほど苦しもうが、殺意を抱こうが、俺は莉乃への執着を否定する気はない。

 莉乃に対して俺の中で、愛情と憎しみと、あらゆる感情がミックスされて、熱くドロドロに煮えたぎっている。莉乃への感情は、それはまたそれで特別なもので、純玲を手に入れたところで消し去れるものではない。愛する純玲を手に入れたのだから忘れろ、ではなく、純玲を愛するためにも、消し去ってはいけないものなのだ。それこそが、俺の中での無謬性というものである。

「私の友達には、法律に詳しい人がいます。私があのおじさんに言ったことは、法律で違反じゃないって言ってました。裁判になったら、私が勝ちます。おじさんは、私に迷惑なことをしてはいけないんです」

 莉乃のことで前々から気になっていたのが、要所要所で登場する、中学時代からの友人とやらのことである。莉乃はいつも、特に人を責めたてる場合において、田辺や松原など、すぐ近くにいる人間だけではなく、俺やにんにく大魔人、あるいは東山に何の関係もない、別の集団に属している第三者にわざわざ相談をし、彼らの同意を得ているとしたうえで意見を述べることがあるが、これにもちゃんとした意味があることが、最近わかってきた。

 まったく関係のない、別の集団にいる第三者の名前を出すメリットは、こちらから確認のしようがないことだ。これが、俺が所属する集団にいる松原とか田辺の名前を出した場合なら、言われた方が彼らに、本当にそんなことを言っていたのかと確認を取ってしまうかもしれない。そこで誤解だと分かったら、今度は勝手に名前を使った莉乃の立場が危うくなる恐れがある。しかし、まったく関係のない第三者なら、そんな心配はまったくなくなる。

 もちろん、メリットもあればデメリットもあり、まったく関係のない第三者では、どうしても信憑性や説得力には欠ける。本当に俺やにんにく大魔人を悪く言っていたのだとしても、それは莉乃が、中学時代の友人とやらに、俺やにんにく大魔人を必要以上に悪しざまに誇張して伝えたせいかもしれない。だから聞き流してしまってもいいのだが、しかし言われた方には、なんとなく多数から責められているような、モヤモヤとした気持ちが残る。効果は薄くても、ノーリスクで確実に、相手を痛めつける手段なのである。

「法律に違反しなきゃ、何を言ってもいいって考えもどうかなぁ・・・。正直、ちょっと莉乃ちゃんは言い過ぎなんじゃないかって思うときはあるぜ。別に、今の時点で、なにか危害を加えてきたわけでもないのに・・・。自分を好きになってくれた男に、なんでそこまで言えるのかな?あいつが本当にブチ切れる前に、あいつに言い過ぎたことはとりあえず謝っておこうとは、思わねえのかな?」

 自分でも、愚問だとは思う。答えは、聞かずともわかりきっていた。

 莉乃は俺やにんにく大魔人のことを、人間だと見做していない。見世物小屋の珍獣のようなものだと思っている。だから、檻の中から愛嬌を振りまいている分には優しく接してくれる。だが、珍獣が一たび分を弁えずに恋心などを抱き、自分と同じステージに立とうとするのなら、「侮辱」であるととらえ、態度をガラリと変える。銃を持って、排除する側に回るのだ。

「・・・知らないです。どうせ・・・どうせあの人は、何もできないと思います」

 無視という選択。間違ってはいない。和平を持ちかけるにしても、中途半端に終われば、返って相手を刺激するだけで、逆効果になることもある。俺のような、煮ても焼いても食えぬ相手に対しては、確かに無視という手段しかないであろう。

 しかし、にんにく大魔人は、俺とは違い、話してわからないヤツではない。まだ良心の欠片が残っているあの魔人に対してすら、無視という手段しか取れないから、莉乃は愚か者なのだ。

 この女は本当に、自分が一点の曇りもない、すべてにおいて正しい聖人君子のような生き方をしていると思っているのだろうか。その可能性もあるが、俺の考えは少し違う。

 人には後ろめたさという感情がある。自分も言い過ぎた、自分の邪な考えのために、自分を好きになった男を利用してしまった。誰かに対して後ろめたいと思ったとき、自分の感情に素直に向き合い、現実的な解決策を探っていこうとするタイプと、ムキになって自己正当化を図ろうとするタイプの、二つの人種がいる。莉乃は典型的な後者のタイプである。

 毒を食らわば皿まで――。それならそれで、にんにく大魔人に徹底的に追い打ちをかけて潰そうという気概を見せるまだしも、莉乃はただ単に、都合の悪いことは忘れる、無視するという手段しか取れない。

 無能というより、莉乃はにんにく大魔人を完全に舐め腐っているのだ。人の悪意というものが、自分のおとぎ話の中に入ってくるなど夢にも思っていないのである。

「わかったよ・・・。莉乃ちゃんがそういうなら、仕方ねえな」

 莉乃を確実に葬る方法がわかったわけではないが、やはりどうあっても、この女を懲らしめるには、東山だけではなく、にんにく大魔人の手も借りなくてはならないことはわかった。

 莉乃は東山のこともにんにく大魔人のことも怖いと言っているが、二人に対する恐怖の質は、まったく異なる。東山の怖さがライオンやトラなどの猛獣の怖さだとしたら、にんにく大魔人の怖さは、ゴキブリやナメクジなど、不快害虫の怖さである。

 確実に莉乃の命を奪いたいなら、ライオンやトラをけしかけるべきだろうが、俺は必ずしも、莉乃の命を奪うことは目的とはしていない。純玲と出会う以前ならいざしらず、今の俺は、この世間に、小さな糞を擦り付けられればそれでいいのである。

 そもそも俺は、莉乃という女の、ハードの部分を憎んでいるわけではない。むしろハードの部分だけだったら、俺は毎日ぺろぺろと舐めても飽きないくらい愛しているのである。ただ単に、圧倒的な暴力によって莉乃の身体を傷つけるだけでは、俺の心の傷は癒えはしない。

 俺が憎んでいるのは、莉乃という女のソフトの部分――キレイなもの、都合の良いものしか目に入れないことで作られた、おとぎ話の世界である。

 にんにく大魔人は、莉乃にとって、この世でもっとも醜い存在であり、けして自分のおとぎ話に入れたくはない存在だ。莉乃がこの世でもっとも醜いと見做すにんにく大魔人に、莉乃のおとぎ話を侵略させることこそが、莉乃のソフトを完膚なきまでに破壊する、莉乃への復讐に最も相応しい手段ではないか。

 世間に対する俺の怨念を成就させるためには、東山だけではなく、どうしても、にんにく大魔人を使わなくてはならない。俺と同じく莉乃に惚れ、莉乃に「雑菌おじさん」扱いされ、同じ屈辱と憤怒に塗れたにんにく大魔人でなくては、俺の代理にはなりえないのである。
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津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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