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外道記 改 17


 自宅で東山からのメールを受け取った俺は、対応を考えあぐねていた。

「あの野郎、早まったマネしやがって・・・」

 この場面で、俺はどうするべきなのか?今すぐ通報する?ここで黙っていれば、犯人隠避の罪に問われてしまうかもしれない。だが、俺の口から通報して、警察に俺と東山との関係を詳しく調べられたら?東山を恐喝していたことのみならず、ゆかりのことで捕まってしまうかもしれない。

 下手に動くのは愚策、しかし、何もせず手を拱いているのは、更なる愚策である。ヤケになった東山が、警察に自首する前に、俺を殺しに来てしまうかもしれない。東山が逮捕されるまで、おちおち外も出歩けないとなったら、莉乃や唐津への復讐計画を進められない。

 ほかに相談できそうな相手がいないということもあるが、追い詰められた状況で俺を頼ってきた東山は、俺のことを信頼している。ただちに、俺を殺したりはしないだろう。むしろ、これはチャンスではないのか?東山の恨みを、俺ではなく莉乃と唐津に振り向ける絶好機・・・。

 幸運の女神には後ろ髪がない。いや、目の前に現れた幸運を逃せば、往々にして、それ以上の不運が襲ってくる。ピンチとチャンスは裏表。グズグズしていれば、東山の信頼を掴むチャンスを失い、東山の心に疑心暗鬼を生み、俺への反感を増幅させてしまう。

 それに・・・外道の俺にも、罪悪感というものがある。東山を利用するだけ利用しつくすだけというのでは、さすがに良心が咎める。ここで東山に協力するにしても、ヤツが破滅するには違いないが、最低限、ヤツを正しい道――この世間に対し、復讐する方向へと向けてやらなくては、この先寝覚めが悪い。

 決断を下して、スマートフォンを手に取った。後には引かない覚悟だった。

「よう、東山。落ち着いて、何があったか話してみろよ。まだ、すべてが終わったわけじゃない。お前はまだ大丈夫だから、な」

 今からでも直接会って話した方がいいのだろうが、むざむざ殺されるわけにもいかない。今の東山は、巣穴を破壊されたグリズリーの状態である。絶望のあまり、敵味方の識別もできず、目の前を動くものすべてに襲い掛かる。結局は直接会わなくてはいけないことにはなるが、まずは電話で話し合い、様子をうかがう必要があった。

「家に帰った途端、女房に過去のことを問い詰められた。俺と別れ、美織を連れて実家に帰ると言ってきた。頭に血が上って、わけがわからなくなった。気が付いたら・・・」

「・・・大体わかった。それで、美織ちゃんはどうしてるんだ」

「・・・・美織は、女房の実家にいる。大事な話し合いをするからと、女房が預けてきたんだ」

 娘が無事なら、まだ希望はある。東山がギリギリ理性を保ち、最後の最後のところで踏み止まる理由はある。

「奥さんのご両親は、その・・・お前のこと、知ってるのかよ」

「わからん。女房がいうには、まだ詳しい話はしていないみたいだが・・」

「・・まあ、奥さんも、確証が取れるまでは、知らない人間にまでは言いふらしたりはしないだろうしな・・・。実際はどうかわからねえが、今は取りあえず、それを信じて動くしかないだろう。美織ちゃんを迎えに行くのは、いつってことになってるんだ?」

「明日の昼には、女房が行くということになってる」

「明日の昼か・・・・・。ちょっと待ってろ。十五分したら、俺の方からかけなおす」

 俺は一旦電話を切り、ガラクタ入れの中からペンとメモ帳を取り出して、パッと思いついたシナリオを文字にして整理し、きっかり十五分後に、東山にこちらから電話をかけた。

「こういうのはどうだ。実は嫁さんは、ずっと浮気をしていた。昨日は美織ちゃんを実家に預けて、そのまま間男と駆け落ちをした」

「・・・だが、女房は明日、美織を迎えに行く予定で・・・」

「・・・っていうのは、両親を安心させるための嘘だった。奥さんは、そのまま姿を消した」

「・・・いや、しかし・・・・」

「・・・まあ、俺の考えたシナリオが気に入らなきゃあ、後でじっくり考えればいいよ。いまはとにかく、遮二無二物事を進めていくしかねえ。明日の朝までが勝負だ。明日は怪しまれないように、お前は普通に休養を取って、いつもと同じように出勤するんだ。その間になんとか、俺がカタをつけてやる」

「カタを・・・?なにを、どうやって・・・」

「全部、俺に任せろ。お前はいつも通りにしてりゃいいんだ。今からそっちに行く。お前は俺が着く前に、嫁さんの実家に電話して、嫁さんが帰ってこなくて、心配しているふうに装え」

 東山に、今後の動きについての説明を終えた俺は、取るものも取りあえず、駅前のレンタカー屋に向かった。

 東山が通常通りの生活を営むには、当然のことながら、女房の死体をどこかに移動させなければならない。女房の死体を移動させるためには車が不可欠だが、東山が自分の車を使ってしまったら、途中でNシステムに引っ掛かって、深夜の外出を怪しまれてしまう。表向きには東山とは親しい関係にあるわけではない俺が、代わりに動いてやらなければならないのだ。

「よう。ところで、おまえんちのアパート、防犯カメラとかはついてんのか?」

 ペーパードライバーの俺は、車を借りてから、しばらく付近を流して試運転をしていたが、その途中にふと気がついたことを、東山に電話して確認した。女房の死体を車に運ぶところを映像に収められてしまったら、一発でアウトである。

「・・・各階の通路に、カメラが一台ずつ設置されているように見えるが、あれは全部ダミーカメラだ。触ったわけでも、大家に直接聞いたわけでもないが、まず、間違いない」

 防犯カメラの設置費用など、精々三万から四万円程度のことで、維持費も電気代くらいのものだが、ケチってダミーカメラを使っている物件は多い。それでも設置しているだけマシかもしれないが、プロの犯罪者はダミーカメラなどすぐに見破る。

 本物とダミーカメラは、回線の敷き方が不自然でないか、静電気で埃りがつきやすい性質のカメラの表面がちゃんと汚れているか、などといったことから判別することができる。少年院の中で、聞くともなしに聞いた知識で、東山はカメラが偽物であることを見破っていたのだろう。

 ダミーカメラを設置する意義とは、抱き合わせ商法と同じことである。福袋などで、ガラクタばかりを貰ってもまったく嬉しくはないが、一つだけは良い品を混ぜておけば、ガラクタも客にお得感を味あわせるという効果を生む。ダミーカメラも同じことで、一番目立つところに一台だけは本物を設置し、あとはダミーを併用して数を水増しするというやり方なら高い効力を発揮するが、全部ダミーというのでは、何も置いていないのと同じことである。

 防犯カメラがないということであれば、女房の死体を運ぶ際における問題は、住人の目に触れぬかどうか、ということだけである。俺は一般的なライフスタイルの人間が寝静まるであろう、早朝三時まで待ってから、東山の自宅マンションを尋ねた。

「・・・・」

 東山が顔を真っ青にしながら、インターホンを鳴らした俺を迎え入れた。一度東山の家に入ったら、俺はもう、袋のネズミである。万が一に備えて、最低限の護身用具は持ってきたが、猛獣のような東山相手には、おもちゃの鉄砲を持っているのと同じこと。争いになればまず勝ち目はないが、俺も腹は括ってきた。猛獣を相手にするときは、ビビったところを見せないのが一番肝心である。堂々としている相手には、猛獣だってそうそうは襲い掛かってこないものだ。

 東山は、到着した俺を、すぐにリビングへと通した。人生で初めての、死体との対面である。心の準備はしてきたはずだが、否が応にも足がすくみ、心臓の鼓動は高鳴る。静かに目を閉じて横たわる東山の女房は、旦那と激しい言い争いをして殺されたのだとは信じられないほど、穏やかな顔をしていた。

「とにかく、死体を車まで移動させなくちゃならねえ。お前、ブルーシートとガムテープは持っているか?」

「ブルーシートはないが・・・。ダブルベッドのカバーの予備では、代わりにならないか?」

「それでいいよ。奥さんの身体を包めればいい」

 俺は東山と力を合わせて、女房の死体をベッドカバーに包み、ガムテープで固定した。傷口の付近はサランラップを巻き、血液がレンタカーの車内に付着しないようにしておいた。

「バラバラにした方が、運びやすいんじゃないか?」

 ついさっきまで、観音様のように大事にしていたはずの女房をバラバラにする、などということを、野菜を細切れにするかのように平然と言う東山。立場が逆で、純玲が俺を裏切ったときに、俺も同じことを平然と言う自信がある。どれほど深く結びついた相手でも、一度自分の世界から離れてしまった者に対しては驚くほど残酷になれるのが、俺たちという人種である。

「人間を解体したときの臭いって、半端じゃねえらしいぞ。指についたら、洗っても一週間は取れないんだと。お前が独身ならいいけど、明日には美織ちゃんが帰ってくるんだろ?奥さんの両親も来るかもしれねえ。異臭対策がちゃんとできてるならいいが、もう、この近くの店は、コンビニ以外どこも閉まっちまってる。朝を待ってから解体作業を始めたんじゃ遅すぎる。人の形をしたまま持っていくしかねえ」

 俺は、ベッドカバーに包み終えた東山夫人を、お姫様だっこの要領で抱え上げた。東山夫人の体重は、純玲より少し軽いくらいの四十五キロ前後だろうが、プロレスの受け手のように、持ち上げられる準備ができている人間と違い、完全に脱力し、弛緩しきった人間の身体というのは実際の体重以上に重く感じられるものである。ヘビー級の東山なら軽々抱えて車まで歩いていくのだろうが、派遣で引っ越しの仕事を一日しただけで足腰がまともに立たなくなる貧弱な俺では、一歩歩くのも一苦労だった。

「んじゃあ・・・・ちょっと、行ってくるから。お前は朝までに部屋の中を掃除しておけ。取りあえずは、血のついたところを水で洗っとくだけでいいけど、ルミノール反応を消すための洗剤を早めにネットで注文して、それが届いたら、もう一度、部屋全体を入念に掃除しろよ。あとは、死体さえ上がらなきゃ、事件にはならねえ」

「・・・わかった。あとは、頼む」

「任せとけよ」

 東山を安心させるため、力強く返事をして、俺は東山夫人を抱きかかえながら、玄関を出た。死体の冷たい感触が、両掌から伝わってくる。不気味さから全身に鳥肌がたち、思わず死体を取り落してしまいそうになるが、歯を食いしばって耐え、建物のすぐ前にある駐車場に停めてあるレンタカーのミニバンまで、一気に歩を進めた。

 腕が軋み、膝が笑う。身体が悲鳴を上げる重労働であったが、どうにか、約二十メートルの距離を歩ききり、ミニバンのトランクに、東山夫人の遺体を積み込むことに成功した。ゆかりへの子種植えつけ強化期間と称し、十五日連続、一晩三発のセックスをやり切ったとき以来の疲労を感じたが、休んでいる暇はない。次なる問題は、この死体をどうやって処分するか、である。

 建築や産廃の業者と懇意にしているヤクザならば、焼却炉で産廃と一緒に焼いたり、ビルの基礎工事の際に土台に埋めてしまったり、プラントで数千度にもなるアスファルトの合材と一緒にドロドロに溶かして、天下の公道に敷いてしまうというなどといった手段で、確実にこの世から一人の人間を消せるというが、俺にヤクザの知り合いなどはいない。

 素人でもできる方法なら、遺体を解体して、鍋で液状になるまで煮込んでトイレに流し、溶けきらなかったものは手のひらサイズになるまで細かくし、団子状にしたうえで乾燥させ、川魚のエサにしてしまうという手がある。だがその場合、遺体解体の際に発生する異臭をどう解決するかという問題がある。家々の距離が離れているか、素材のしっかりしたマンションならともかく、俺の住んでいるような安アパートでは、どれだけ防臭処理を施そうとも、建物の隙間から漏れ出る異臭を抑えることは難しいだろう。ゆかりとにんにく大魔人の愛の巣を乗っ取るということも頭に浮かんだが、歩きで二十分以上かかる山小屋まで、あの重い死体を担いでいくのは非現実的である。

 あとはそれこそ、原始的に山で穴を掘って埋めるくらいしかないが、死体を埋めるには、野犬に掘り返されないために、最低でも三メートルは掘らなくてはならないという。一人で掘るとしたら、今からやり始めても、昼まではかかってしまうだろう。東山夫人を車の中まで運んでくるだけでも大変だったのに、昼までの重労働など、考えるだけで気が滅入る。

 この状況で力を貸してくれそうな知り合いには桑原がいるが、彼は昼間、東山にボロボロにされたばかりで、今ごろは高熱を出して床にふせっているところであろう。とても、肉体労働を頼める体調ではないはずだ。

「どうすっかなぁ・・・」

 勢いで引き受けてしまったはいいものの、早くも暗礁に乗り上げてしまった。もう、時刻は早朝の四時を回っている。グズグズしていたら、あっという間に陽が昇ってしまう。

 変に怪しまれないためにも、ひとまずは、この場から離れなくてはならないだろう。俺はあてどもなく車を発進させたのだが、そのとき途方もない恐怖を感じて、思わず車を停めてしまった。トランクに横たわる東山夫人の遺体に、身も凍るような恐怖を感じたのである。

 死体と一緒に、車の中のような狭い空間にいるというのは、思った以上に恐ろしいことであった。自分が殺したのであればアドレナリンが出ているから平気かもしれないが、俺は東山夫人には何の恨みもなく、精神的に興奮状態にあるわけでもない。一緒に誰かがいるわけでもなく、ウィンドウの外は漆黒の闇に包まれている。

 停車しているときならまだいいのだが、車が走っていて、両手が塞がれているときに、すさまじい恐怖に襲われる。死んだはずの東山夫人が突然起きて、トランクから座席を乗り越え、首を絞めでもしてきたら・・・などと、バカな想像が浮かんできて、嫌な汗が出てくるのを止めることができない。カーラジオを点けても、ちっとも気が紛れない。一般道もろくに走れないようでは、高速にも入れないし、ましてや山など登れたものではない。

「やっぱ、一人じゃどうにもならねえ。桑原を呼ぶか・・・」

 桑原の手を借りようと電話をかけると、車の近くで、電子音が鳴っているのが聞こえた。音のする助手席の方を振り向いてみると、ウィンドゥから、車を覗き込む人影が見えた。

 あまりの恐ろしさに、脳天からつま先までを、電流のような衝撃が貫いた。

 ガラス窓の向こうに立つ、エレファントマンを想起させるような、歪な顔をした男――誰であるか、気づくまでに時間がかかったが、闇に溶け込む黒のツナギ服から、どうやら男は、東山の無二の信者、桑原であることがわかった。

「アニキ。何をやってるんですか」

 半開きにした助手席のウィンドゥ越しに、桑原がさっそく話しかけてきた。

「おめえこそ・・・こんなとこで、何を」

「これ以上、東山先輩のプライバシーが侵されてはいけませんからね。今晩から、俺が明け方まで警備をすることにしたんです」

「明け方までって、それじゃお前、仕事は・・・」

「今日付けで、派遣会社に退職の申し出をしました。おふくろと姉貴と同居ですし、失業給付の条件は満たしているんで、生活に不安はありません」

「そ、そうか・・・・体調は、大丈夫なのか?」

「熱冷ましの座薬を三本も打ってきたんで、その副作用で少し頭がボーっとしますが、気力で支えられないレベルではないです」

「そ、そうか・・・。すげえな、お前」

「東山先輩の置かれた困難な状況を思えば、屁でもありませんよ。それより、アニキの方は何をしてるんですか。さっき、俺に電話をかけたみたいですが」

「ああ・・・話せば長くなるんで、入ってくれねえか」

 俺は助手席のロックを解除して、桑原を車内に招じ入れ、俺が死体と一緒に車の中で過ごすことになった経緯を説明した。

「わかりました。そういうことでしたら、俺が奥さんの遺体を処分してきますよ。右翼の連中に言えば、協力してくれるはずですから。死体を明日まで隠しておくのにいい場所があるんで、取りあえずそこに行きましょう」

「お、おう・・・」

 桑原の東山への信仰の強さは俺には理解不能の世界であるが、死体から解放されるのは、願ってもない話である。俺は桑原の言う死体の隠し場所に向かって、車を発進させた。

「なあ・・・お前、なんでそこまですんだよ。お前にとって、東山って何なんだよ」

 雑談をする気分でもないが、会話をしていないと間が持たない。この機会に、俺は異常としか思えぬ、東山に対する桑原の信仰心の秘密について、桑原本人に問うてみることとした。

「・・・俺は十三のとき、俺やおふくろ、姉貴に暴力を振るう親父をぶっ刺して、少年院に収監されました。アニキには、俺は昔から悪であったかのようにウソをついていましたが、実はその当時、俺は不良でもなんでもなかったんです。身体も小さかったんで、先輩の院生から、よってたかってイジメを受けましたよ。殴る、蹴るはもとより、変態ヤローに身体を弄ばれたり、中での唯一の楽しみである飯に汚物をかけられたり、酷いもんでした。肉体的にも精神的にも追い込まれ、自殺を考えるほどでしたが、当時少年院で語り草となっていた、東山先輩の伝説を知ったことで救われたんです。俺と同じイジメられっこから、少年院を仕切るまでにのし上がった東山先輩の伝説を心の支えにして、俺は少年院の中で成長し、生きて娑婆に出ることができたんです」

 地獄に差した、一条の光。乗り越えた苦しみが苛烈だった分だけ、支えにしてきた神への信仰も強固なものとなったのだろう。他者を自分以上に押し抱いたことが一度としてない俺には、到底立ち入れる世界ではなかった。

「・・・アニキの方こそ、東山先輩とは、どういう関係なんですか。ただの旧友というだけで、死体遺棄まで手伝うというのは妙な話です。重大な秘密を共有できるような、特別な間柄なんじゃないですか」

 ご明察であるが、桑原の東山への信仰心の根底が、イジメを克服したことへの共感にあると知ってしまっては、東山との本当の関係について、正直に話すことはできない。

「・・・・中学校のころ、俺と東山は大の親友でよ。実は最初にイジメられていたのは俺だったんだが、東山は俺を庇ったことで、イジメっこグループに目をつけられちまったんだ。俺にとっても、アイツは恩人なんだよ。だからアイツに頼まれたことは、断れねえんだ」

「・・・そうだったんですか」

 桑原は、東山が自分を差し置いて、俺に重大な仕事を任せたことに、嫉妬心を燃やしている。桑原を、俺の言葉だけで誤魔化すことはできないだろう。あとで東山と、口裏を合わせておく必要があった。

 桑原の案内で辿り着いたのは、山中の畜産家であった。なんでも、所属する右翼の会長の親友が所有する敷地なのだという。なるほどここなら、少々遺体が傷んでも、臭いで気づかれることはない。遺体を解体して乾燥させ、肉団子にするやり方では、川魚に食わせるほかに、家畜の飼料に混ぜて食わせてしまう方法もあるそうだが、雑食性の豚を飼っているここなら、それも可能だろう。安心して任せても良さそうだった。

 俺は、敷地の所有者と話をつけてくるという桑原を待ちながら、東山に、桑原に俺との関係を問われたときの対応について、メールを送っておいた。神経が昂って、まだ眠れていなかったらしく、東山からはすぐに電話がかかってきた。

「・・・・女房の件は・・・・大丈夫なんだな」

「とりあえずは、な」

「今回は、何から何まで・・・・本当に、世話になった」

「気にすんなって。俺も随分借金が減って、助かったんだからよ。お互いさまだよ」

 本人もわかっている通り、俺は東山が少年院に入ってからの人生には、一切タッチしていない。東山の過去がバレ、女房を殺害してしまったことに関しては、なにも責任はないのである。

 俺と東山は、本質的には、一卵性双生児のように似た人間である。東山が少年院に入る前にあった出来事、「生存競争」の件にどうケリをつけるか・・・ただそれだけが、俺と東山が「友」となることを妨げている。

「よう・・・・。中学時代のことだけどさ、俺、あれに関しては、お前に謝る気はねえんだ。一歩間違えれば、俺が逆の立場だったかもしれないんだから」

 敢えて触れないでおくという手もあるが、俺はここで、賭けに出ることにした。東山の俺への信頼が最高潮に達しているこのタイミングで、いよいよ禁断の話題に触れる。いままでずっと平行線だった東山と、二人一緒に、十八年間のわだかまりに真剣に向き合うことで、真の和解への扉を開くのである。

「やりすぎはお互い様。数の暴力を使おうとしたのも同じ。ただ、お前は正しい道を走っていたかもしれないが、周囲を顧みない暴走をしていた。一方、俺は最初から正しい道を行ってる奴らとぶつからないように、裏道を走った。そこが違った。結果、あの集団の中では、たまたま俺の方が支持された。もしあの学校のメンツが全然別の奴らだったら、立場は逆で、お前が俺を追い詰め、俺がトチ狂って誰かを殺してたかもしれない。それはわかるか?」

 東山からは反論もないが、同意もない。理屈はわかるが、納得はしていないということであろう。

 国際法に従って、正々堂々と戦争した結果だとしても、勝者と敗者の間に何の遺恨も生じないということはありえない。戦争ならまだ、勝者の側にも多数の犠牲が出たという言い分があるが、「生存競争」では、確かに途中経過では俺が追い詰められたこともあったが、最終的には、俺は無傷、東山はすべてを失って少年院に入るという結末を迎えたのである。俺だって、逆の立場なら一方的に被害者意識を抱いていただろう。

 確かに、東山が労働組合の件でヤバい立場になってからは、色々と協力してやった。犯罪の片棒も担いでやった。できる限り、東山の信頼を勝ち取るための努力はしたはずだが、その直前まで、俺は東山から金をむしり取っていたことを忘れてはいけない。冷静に考えれば、よくてその分をチャラにするぐらいが関の山だろう。

 あとは、外交において最も重要なもの、タイミングに賭けるしかない。東山のために仕事をしてやった、東山がいま俺に感謝をしている、まさにそのときなら、普通なら受け入れられるはずのない和平交渉が成立する可能性もある。今を逃したら、もう永遠に、そのときは巡ってこないだろう。

「少年院にいたころ、俺を理解したように語る教官が言う、俺はイジメを受けた被害者だ、同情されるべき立場なんだ、という言葉が、ずっと引っかかっていた」

 俺の意見に何か思うところがあったのか、東山が、少し考え込んでから言った。

「どういうことだい」

「俺はっ・・・・俺はけして、イジメられていたわけじゃない。イジメられているヤツを・・・助けようとしていた!確かに、やり方は間違っていたのかもしれないが・・・。俺は、ずっと、最後の最後まで、戦っていたんだっ!」

 確かに、中学時代の東山は、鬱で頬がこけるまで追い込まれようと、驚くべき精神力で、君を守り隊の活動を続けていた。考えてみれば、男らしさに絶対の価値を見出す東山が、自分がイジメの被害者だった事実を認めるはずがない。俺が心配するまでもなく、東山の意識も、イジメではなく、「戦争」だったのだ。

 戦士としての誇り。なにもかも失った東山に、たった一つ、残されたもの。金を奪われてもいい、職を奪われてもいい、家族を奪われてもいい、刑務所に入ってもいい。だが、誇りを傷つけられることだけは許さない。東山が、この世間の中で生き残るための「巣」が破壊され、東山円蔵という人間のすべてがむき出しになった。どのツボを刺激してやれば、東山を突き動かすことができるようになるのかがわかった。

 東山と俺は同じDNAの持ち主だが、同志ではない。動物ではなく、誇りある人として生きるための、大切な価値観を分かち合っているわけではない。

 君を守り隊――東山が命を懸けて取り組んでいた「聖戦」を、よりにもよって、当の東山を相手にやった奴らがいる。東山が絶対に触れられたくなかった傷を、ドライバーの先で抉るようなことをしていた奴らがいることを、俺は知っている。

 最後の作戦を思いついた。にんにく大魔人と東山、二人の怪物を利用して、莉乃と唐津を葬り去る計画のプロットが、ようやく最終章まで描けた。

「やり過ぎは謝る。だが、戦ったこと自体は、今でも間違いじゃねえと思ってる。やり過ぎたことに対する償いは、それなりにしようと思う。今度、お前にある事実を教えようと思う。俺の話を聞けば、今のお前が何をするべきなのかがわかるはずだ。お前に道を示すことで、俺なりの償いをしようと思う。とりあえず今晩は、一時間でも二時間でもいいから、ゆっくり休め」

 俺が示す道を東山が忠実に進んだなら、東山は死刑か無期懲役か、いずれにしても、シャバでの生命を完全に断たれることになるだろう。だが、東山はけして、後悔はしないはずである。

 イジメられた八つ当たりと、振られたことの逆恨みで、最後まで自分と仲良くしてくれた女の子の尊い命を奪った、とんでもない鬼畜。出所後も反省せず、運送会社でパワハラを働き、弱い立場の派遣労働者を虐めていたクソ野郎。それが、いまネット上で騒ぎを起こしている東山の、世間での評判である。

 これまで東山の人生は、どこで何を言われても構わないと思えるぐらい充実していた。東山に幸福を運んできてくれたのは、ヤツの最愛の女房である。女房がいなければ娘も産まれず、東山がこの生きづらい世間の中に、家庭という自分の「巣」を作りあげることはできなかった。

 東山が女神のように大事にしてきた女房は、今日この日、豚の餌になって消え失せる。死体が発見されなければ、逮捕は免れるかもしれない。だが、三十二歳にして無職、殺人の過去があり、世間に面が割れている東山が、ここから再起し、これまでと同等の暮らしを取り戻すのは、まず不可能といっていいだろう。

 名実のうち実を取り戻せないのならば、名誉を取り戻すしかない。しかし、殺人犯の東山が、今更にんにく大魔人のように、発展途上国へのボランティア活動などを行っても、世間は白々しいパフォーマンスだとしか見てくれない。

 殺人のような重大な罪を犯した者が何を言っても、何をやっても、世間は認めてくれないのだ。東山はもう、日の当たる場所には二度と出てこれない。今回のことで、東山本人も身に染みてわかったはずである。

 東山が名誉を取り戻す手段は、ただ一つ。どうせ世間が殺人犯としか見てくれないのなら、同じ殺人犯という括りの中で、名誉を取り戻す。身勝手な理由から人様の命を奪ったのではなく、己の信ずるところの正義を貫き、悪を成敗した義人として名を遺すのである。

 副産物的なことだが、東山がその道をいったとすれば、俺は完全に、東山に殺される候補からは外れる。東山がどれだけ俺のことが憎くても、俺を殺したのでは、単なる私怨になってしまう。世間から認められるためには、自らではなく、他人のために手を汚したのだという形にしなくてはならない。

 とっておきの相手がいる。東山にとって、私怨でも俺を上回る可能性があり、世間に誉れと見做されるための正義の鉄槌を下すのに、うってつけの相手。

 舞台はすでに整っている。中学時代、東山がすべてを賭けていた合唱コンクールに参加するのを邪魔してしまった罪滅ぼしとして、俺が東山を、生涯最後の晴れ舞台に連れていってやる。

「ずっとやりたかったんだろ、それを。ガキんとき、邪魔しちまった詫びに、今度は俺が手助けしてやっから、勘弁してくれよな。すべてが終わったとき、おめえは殺人犯で、ムショの中。あるいは、そのまま自殺でもしてもらおうと思うけど、化けて出ねえでくれよ。おめえが冷たい土の中に埋まってからも、俺は女房と二人で、幸せに暮らそうと思うけど、恨まねえでくれよな」

 通話が終わった後の受話口に向かって、俺は一人言を呟いた。

 俺、東山、にんにく大魔人。強すぎる自我を持って生まれてしまったために、この世間と、どう頑張っても相容れない怪物たち。復讐の定めを持って生まれた魔物。三人がそれぞれ、憎き世間にケジメをつけた結果、俺は愛する女房と、たった二人だけの世界でずっと生きていく暮らしを手に入れ、東山とにんにく大魔人の人生は終焉を迎える。この世間を憎み、世間の価値観を有難がって生きている連中に復讐することを彼らに強要しておきながら、俺自身は、世間一般的な幸せを手に入れようとしている。

「そいつぁ、しょうがねえだろうが。お前らが世間に媚び売ってる間、俺はずっと一人で頑張ってきたんだ。純玲はそのご褒美。てめえらずっと逃げて、俺一人に背負わせてきた分、人生終わるときぐらい働け」

 俺たちは怪物。俺の敵は世間。俺にまつろわぬ全て。
 
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No title

東山の女房の死体をどうするかという場面はスリリングですね。
脳みそフル回転せざるを得ない状況でしょうね。
こういう非常事態で穴を掘って埋めることは考えつくだろうと思いますが遺体を解体して煮込みトイレに流すことを思いつくとしたらとんでもない人物ですね。
かなりのピンチでしたが桑原のおかげで何とかなりそうですね。
防犯カメラとダミーカメラの違いを知らない人なら全部防犯カメラだと思ってしまいそうですね。
一般人なら防犯カメラの位置などあまり意識しないものでしょうね。
追い詰められた東山にとっての誇りとは金銭や社会的地位や幸福な生活以上のものなのですね。
にんにく大魔人も東山とは違った人生ですが根っこの部分は同じような感覚の人間だと思います。
プロフィール

津島 博行

Author:津島 博行
1987年4月3日生 男性
相互リンク歓迎します。

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